勝手に噂が一人歩きしている件について。
私は愛子という名前だけども、恋愛なんてほとんど縁がなく、1度も彼氏がいたことはない。
もちろん人並みに告白されたことはあるし、人並みに異性の友達もいる。
この人が好き。
そう思った人だって……
過去に一人や二人、存在はする。
「愛子!実は彼氏がいたって本当?」
同じ大学の、同じ学部で、同じサークルに所属する一番の友達―沙弓は息を切らして私のもとへやって来た。
「え?」
「3年も遠距離してたなんて全然知らなかった。言ってくれれば良かったのに……」
「ちょっと待って、そんな人いないって。沙弓が一番知っているでしょう。」
沙弓はよくサークルの仲間から、そんなありもしない噂を聞き付けては、私のもとへ運んでくる。
教育実習でお世話になった高校教師と付き合っているらしい、とか。
御曹司と結婚前提でお付き合いしているらしい、とか。
高校時代から付き合っている人と結婚が決まっているらしい、とか。
そんな噂を聞くたびに、
「そんな人いたら良いのにね」
と私は答える。
そんな相手がいる自分が本当にいるのならば、噂の中の自分が羨ましくてしかたがない。
また、噂の真相を直接聞きに来るのは沙弓だけなので、自ら否定をする相手も沙弓だけ。
だからサークル内でそんな噂が飛び交ってしまうのかもしれない。
それにしても短期間でよくそんなに噂が一人歩きをするなと、感心してしまう。
「沙弓はその噂、どこから聞いてくるの?」
「部室だよ。ほら私、地獄耳でしょう。他の人が話してるとどうも聞こえてきちゃって」
私はそれを聞き、ふと思い付く。
「じゃあ……噂対策に、逆に噂流してみようかな」
「どういう……こと?」
沙弓はキョトンとした顔をして聞くので、私はコソリと答えた。
次の日、息を切らしてやって来た人がいた。
それは沙弓ではなく、サークル仲間の田辺という男。
「愛子、お前どういうつもりだよ、」
田辺はそう言いながら、気まずそうに目をそらす。
「今までね、私に関するたくさんの噂が、勝手に一人歩きしていたの。
知っているでしょう?」
なんの話だ、とでも言いたそうな田辺の顔に怒りを感じ、私は更に口を開く。
「教育実習で知り合った高校教師に、御曹司に許嫁?
挙句の果てに遠距離彼氏?
知らないなんて言わせないわよ!
全部、田辺くんの仕業でしょう?」
「だからって!」
田辺は声を荒らげた後、はっと我に返り、落ち着いた口調で話し出す。
「だからって、なんで俺が愛子と付き合い始めたらしいって変な噂流すんだよ」
「だって、私の事好きなんだと思ったから!私に……男の子が近寄らないように、予防線はっていたんでしょう?」
――ああ、私は何を言っているんだろう。
大きくため息をついたとき、田辺は笑った。
「そっか、バレてたか。」
と。
「え?」
「お前の言う通りだよ。
なんだ、俺すごい格好悪いな、」
それを聞いた私は、肩に入っていた力がふっと抜けた気がした。
全ては沙弓が、
『噂を流しているのは全て田辺で、もしかしたら愛子の事が好きだから……』
なんて言っていたものだから、私は沙弓に頼んで逆に噂を流してもらった、という次第。
「で?どうする?」
田辺は私に問う。
「何を?」
「噂だよ。俺ら、付き合うの?」
そんな風に言うものだから、私は最後まで悪戯っぽく、
「風説じゃなく事実ですって、みんなの前で言ったら……
すごくカッコイイんじゃない?」
と言う。
こんな恋の始まり方も、私はアリだと思う。
けれども、今後田辺の口から出る私の噂は事実になるため、万が一噂が一人歩きした際は、元凶をつきとめるのが困難な件について。
……それについては後日、改めて考えたいと思う。