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2番目の魔法少女  作者: 秋乃 透歌
第一章 2番目の魔法少女と天才少年
7/23

07

「私が持っているのは――この『私』くらいだよ」

 正直、驚いた。

 ここで、その言葉が出るとは。

 深呼吸をしてからその言葉を口にしたということは、ただの思いつきや、勢いで言った訳ではないのだろう。

 瑠璃にはそれほどの覚悟がある、ということか。

 僕は正直この時点で、彼女が話す『魔法』は、全て嘘偽りなく真実だろうと思った。

 けれど、それと、頼みごとを聞くかどうかは別だ。

「それは良い。それなら――」

 彼女には覚悟がある。

 それは分かった。

 だから、僕が確かめることはあと一つ。

 その覚悟の強さだ。

 僕は言う。

「瑠璃、きみをもらおう」

「えっ――?」

 瑠璃の驚きの声や表情の変化は全部無視して続ける。

「結婚しよう。もちろん、すぐには法律が許さないから、まずは僕の彼女になってもらう。当然、結婚を前提にした付き合いだ。これから数年かけて、瑠璃を僕好みの女性に育てる。瑠璃だって僕を好きに変えれば良い――」

「待って、待って。あの、それは無理だよ」

 瑠璃があわあわと手を振って拒否の言葉を口にする。

「私、これでも一応、〈女王候補〉(プリンセス)だから、勝手に決められないよ。お母さんにも相談しないといけないし、お父さんはきっと怒っちゃうし……。それに、領民のみんなもすごくびっくりしちゃうし、国内の権力バランスだって」

 そうか、無理か。

 瞬間的に、すっ、と熱が退くのを感じた。

 それなら――。

 ――この話は、なしだ。

「無理、か。――その条件だったら、魔法少女ごっこに付き合っても良いって思ったのに」

 僕は、瑠璃の言葉を遮って言った。

 意識して、冗談だと分かるように、笑顔で。

 彼女は、ベンチから立ち上がった。僕の正面に立つと、僕の瞳をまっすぐに見てくる。

 瑠璃の瞳には、失望の色がある。

 絶望の、色があった。

「ごっこ……。――付き合っても、良い……って」

 茫然と、瑠璃が呟いた。

 そう。

 僕が意図したように――。

 彼女は理解したことだろう。

「この話はここまでだ。細かい設定まで良く考えてあったし、作り話にしてはなかなか面白かった」

 僕の言葉に、瑠璃はみるみる顔色をなくしていく。

「それにしても、何のためにそんな話をしたのか疑問だな。まさか本当に、契約だとか言って僕とキスがしたかっただけ、とか?」

 まったく、我ながら。

 笑顔で。

 随分と酷い事を口にする。

 自分のことながら、そう思わずにはいられない。

 これが僕の『性格的問題』というやつだ。

 僕は、瑠璃にさえ――僕を信じて決意し、覚悟の上で全てを話してくれた、魔法の国から来た女の子にさえ――心を開くつもりがないのだから。

「信じて、もらえてなかったんだ……」

 瑠璃の口から言葉がこぼれた。

「信じてくれて、なかったんですね……」

 そして、大粒の涙がこぼれ出す。

 僕がしたことと言えば――肩をすくめて見せただけ。

「最後に一つ、聞いても良いか?」

 僕は、たった一つ残った――残しておいた疑問を投げかける。

「なぜ僕に頼もうと思ったんだ? 委員長に、天才少年だと聞いたからか? 自分の利益になると思ったから?」

 瑠璃は、首を横に振った。

 涙の粒が、宙に舞った。

「似ていると思ったの」

 瑠璃の答えは――。

「最初は、朝美ちゃんから話を聞いて、その天才少年が――小泉くんが、私の〈騎士〉(ナイト)になってくれたら、あの子に勝てるかもしれないと思ったから。でも実際に話してみて、似ていると感じたの。私と、小泉くんが、似ていると思ったの」

 ――完全に僕の予想外のものだった。

 だから――。

「優しくしたいのに、それを許してもらえない私と、本当は優しいのに、それを自分に許していない小泉くんが――」

 ――僕の思考が止まった。

「――似ていると思ったから。あなたとなら――」

 瑠璃は、涙を流して、叫ぶように言葉にする。

「――一緒に、優しくできる世界を作って行けると思ったから!」

 僕は、言葉を返せなかった。

 瑠璃と、僕が、似ている、と。

 本当は優しいのに、それを自分に許していない、と。

 優しくできる世界を作る、と。

 瑠璃の言葉が、僕の内側に反響している。

 やがて。

「……ごめんね、時間をとらせちゃって。聞いてくれてありがとう。でも、もう、こんな変な話は、しないから。忘れて――」

 そう言って、瑠璃は僕に背を向けた。

 行ってしまう。

 なんだよ。

 なんなんだよ、それは。

 なんで――僕は、こんな気持ちになってしまうんだろう。


【瑠璃】


「おーい、瑠璃ちゃーん」

 校門を出ようとしたところで、名前が呼ばれました。

 顔を上げると、校門の陰から顔を出して、朝美ちゃんが元気一杯に手を振っています。

 小泉くんがいる図書室の裏に向かうため、一緒に帰ろうという彼女の誘いを断って、先に帰ってもらったはずです。それなのに、面倒見の良い彼女は、私が来るまで待っていてくれたようです。

「待っててくれたの? ありがとう」

 私は、そう言って朝美ちゃんに駆け寄りました。

「瑠璃ちゃん、泣いてた?」

 私の顔を一目見るなり、朝美ちゃんは真剣な顔で、真っ直ぐ言葉を投げてきました。

 そうですね。

 女の子同士ですから、わかってしまいますよね。気持ちを落ち着かせてから顔を洗ったり、最低限はちゃんとしたつもりでしたが。

「ん。ちょっと……」

 言いよどむわたしに、朝美ちゃんは笑顔で言います。

「もしかして――転校早々、小泉に告白してフラれた、とか?」

 小泉くんがどこにいるのか教えてくれたのは朝美ちゃんです。彼に会っていたことも、当然知っています。だから、自然とそういう発想になるのでしょう。

「あはは、違うよ。……でも、近い、かも」

 否定はしましたが、冗談めかした朝美ちゃんの言葉は、実は正解と言っても良いかもしれません。

 自分が〈魔法少女〉(プリンセス)であることを含めて全てを打ち明けたのに、結局のところ小泉くんは〈騎士〉(ナイト)にはなってくれなかったのですから。

 その言葉がきっかけになったのでしょうか。

 私は小泉くんから言われた言葉を思い出してしまいました。

 まさか、〈騎士〉(ナイト)になる報酬として、私が欲しい――結婚しよう、と言われるなんて。

 私は、その条件に、はい、と応えられませんでした。

 だから、小泉くんは、私の話をなかったことにしてしまいました。

 それくらいのことは、私にも分かりました。

 私の覚悟が、その強さが、足りなかったのです。

 でも。

 それでも。

 たとえ、魔法の国のお姫様でなかったとしても。

 突然あんなことを言われて、即答できる小学五年生なんていません……。

「え。もしかして、逆? 好きだとか言われたの?」

 朝美ちゃんが驚いたようにそう言いました。

 もしかしたら、私は頬を赤くしてしまっていたのかもしれません。

 細かい状況はともかく、ほとんど初対面とはいえ同い年の男の子から、あんなセリフを言われると言うのは、女の子なら誰でも憧れるところです。無理もありません、と私は自分を弁護してあげたいです。

「まさか。それは言われてないよ。あはは」

 誤魔化して笑いました。

 好きだ、とは言われませんでした。けれど、それどころではなかったのです。

 彼に言われたのは――『結婚しよう』『僕の彼女になってもらおう』『結婚を前提にしたお付き合い』『僕好みの女性に育てる』『瑠璃が僕を変えても良い』――だったのですから。

「そっか。いくらなんでも、それはないよね。まあ、とにかく――」

 軽い調子でそう言うと、朝美ちゃんは歩き出しました。私も、横にならんで歩きます。

「――何か困った事があるなら、私が助けになるよ」

 私は、驚いて朝美ちゃんの横顔を見つめてしまいました。

「私、さ。……瑠璃ちゃんのこと気に入ったんだ」

 朝美ちゃんは前を向いたまま、少し照れた様子で続けました。

「私ってこんな性格だから――まあ、クラス委員長には向いてるんだろうけど、ハッキリ物言うし、ちょっとした失敗をからかったりしちゃうし、今みたいに泣いてる子がいたら見て見ぬふりなんてできないし。つまり――あんまり仲が良い友達がいないんだよね」

 それは――。

 ええ。

 私も感じていました。

 嫌われている訳でも、仲が良くない訳でもありません。それでも、朝美ちゃんには、本当に仲が良いと言える友達はいないのではないでしょうか。

 それは多分、朝美ちゃんが、クラスメート達と比べて色々なことを考えているからです。

 朝美ちゃんは、『良い・悪い』や『好き・嫌い』に対する自分の基準をしっかり持っています。ダメなことはダメだと言えます。冗談にできるラインをしっかり持っています。だからこそ、クラスの中で、ほんの少しだけ浮いてしまうのでしょう。

 小泉くんが自分で壁を作っていると言うなら、朝美ちゃんは逆に周りに壁を作られてしまうタイプだと思います。小泉くんのように突き抜けていれば違うのかもしれませんが、朝美ちゃんのように『少し優秀』というのは、本人にとっては辛いことかもしれません。

「瑠璃ちゃんは、そんな性格の私が、そのままでいても気にしてないって感じだからさ。転校生だから、っていうのもあるかもしれないけど。つまり、その――」

 言いよどんで、朝美ちゃんは私を見ました。足を止めて、言います。

「仲良くなりたいんだ。私は、瑠璃ちゃんと――親友に、なりたいと思うんだ」

 その言葉は、ゆっくりと私の胸に降りてきました。

 嬉しいです。

 心からそう思いました。

 私にも、同じ思いを持っていたのです。

 〈女王候補〉(プリンセス)であること、領主であるお母さんの娘であること。そんな私の外側じゃなくて、私を見て欲しい、と。そのままの私を見て欲しいと思っていたのは、私も一緒だったのです。

「とっても、嬉しいよ。うん。私も、朝美ちゃんと親友になりたい」

 きちんと言葉に出して伝えます。

 その時の朝美ちゃんの笑顔は、これからどんなに時間が経っても、絶対忘れません。

 これから地球世界で過ごす日々の中でも、とっても大切な思い出の一つになります。

 そう思いました。

 そして。

 ――決めました。

 朝美ちゃんに、全てを話そうと思います。

「朝美ちゃん」

 彼女に、私の〈騎士〉(ナイト)になってくれるようお願いしてみましょう。

「私ね、実は――」



 その瞬間でした。

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