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2番目の魔法少女  作者: 秋乃 透歌
第三章 2番目の魔法少女と1番目の魔法少女

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「瑠璃、預けておいた上着も頼む。それから、イヤホンも忘れるな」

「はい。〈開門〉(オープンゲート)

 僕の言葉に応えてから、瑠璃も魔法の言葉を唱えた。

 瑠璃の足元から水が湧き出て、一瞬で穏やかな水面が出来上がる。瑠璃は、とぷん、とその中に沈み――瞬間の後に水しぶきを上げて戻ってくる。

 茜のものと対比的な青の衣装。水色、空色、藍色など青系統の色で、不思議な質感の生地で作られている。シャツもベストもスカートも、フリルやリボンを多用した、可愛らしいものだ。

 瑠璃の髪と瞳の色も、印象に強く残る青色に変化していた。

 そして、彼女の耳には、目立たない黒のマイク付きイヤホンが手筈通りに着けられている。

 そして、瑠璃の右手は僕が預けておいた濃紺のウィンドブレーカーを持っている。瑠璃は、それを僕へと投げてよこした。

 僕は、それを受け取った勢いのまま、一息でウィンドブレーカーに袖を通す。用意しておいたイヤホンを左耳にセットしながら携帯電話を操作し、瑠璃の電話と通話状態にする。僕には大きすぎる、ブカブカの上着の前を閉めれば、準備完了だ。

「勝つぞ、瑠璃」

 瑠璃の背中をバンと叩く。

 おまじないだ。

 勝利に向けて瑠璃を激励するための、勝利に向けて僕自身を奮い立たせるための。

「うん。絶対、勝とうね」

 王位継承試験の結果に直結する、一番目の〈女王候補〉(プリンセス)との、最初の直接対決だ。

 まずは、どれほど突破するに難しい壁なのか、見せてもらおう。

 火の〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)――茜と珊瑚は肩を並べて、共に立っている。

 対する水の〈魔法少女〉(プリンセス)と協力者――瑠璃と僕は、瑠璃を前に縦に並ぶ形で立っている。

 両者が対峙する、一瞬の静寂。

 それを破ったのは、ジャッジメントの声だ。

「それでは――」

 先行して、ハガネイカが空中を滑るように移動して、開け放たれた玄関扉から校舎の中へと消えた。

 そして、ジャッジメントの声が響く。

「――始め!」



【瑠璃】


「――始め!」

 ジャッ爺の声に、私は動作と魔法のための集中を開始します。

 最初の一手だけは、ここに向かう途中で、玖郎くんと打ち合わせしてあります。

〈操作〉(オペレート)

 私が魔法を唱えると同時に、茜達の死角から――私の背後、玖郎くんの手元から、大量の煙が吹き出します。

 玖郎くんは、小学校に到着する前に、小さなペットボトルに一杯の水を用意し、隠し持っていたのです。

 着こんだウィンドブレーカーと、私の背中で作った死角で、こっそりと蓋を開けておいたのです。

 それは正確には煙ではありません。

 霧です。

 玖郎くんとの特訓で習得した、水の〈操作〉(オペレート)を応用した魔法です。

 ペットボトルの中の水を、細かく振動させてバラバラにするイメージ。空気中に拡散された水は、大気に浮いているチリの周りに集まって、細かい水滴を作ります。

 魔法によるその変化は劇的で、私達の視界は一瞬にして真っ白に染まってしまいます。

 お互いの顔すら分からないほどの濃霧です。

 まして、小学校の校舎がどちらにあるかなんて、分からなくなってしまいます――私と玖郎くんのように、直前まで意識して方向を確認でもしていなければ。

 霧の発生と同時に、私は校舎に向けて走り出しました。

「わ!」

「な、なんだ?」

 茜と珊瑚くんの驚きの声が、後ろから聞こえます。

 最初の一手は大成功です。玖郎くんと相談しておいた、開始と同時に霧を作って視界を奪う作戦は、狙い通りに決まりました。

 玖郎くんの考えはこうでした。

 〈試練〉(トライアル)の会場として小学校を指定した以上、校舎も含めた小学校全体が範囲になる可能性が高い。さらに、競争形式という言葉を考えると、開始地点からどこかに移動するアクションが絡む可能性は高い。スタートの瞬間、特訓しておいた霧で視界を奪い、最初の一歩にアドバンテージを得る――そういう作戦だったのです。

 そんな予想を見事に的中させてしまうのです。やっぱり、玖郎くんはすごいです。

 そう思った瞬間、私は霧から抜け出せました。

 ほぼ同時に、玖郎くんも霧の中から走り出てきます。

「校舎に入ったら瑠璃は右、僕は左だ」

 隣を走る玖郎くんの声が、イヤホンから聞こえるものと二重で聞こえます。

 携帯電話の通信状態は良好、離れていても問題なくお互いの声を届けることができます。

「中央階段を上った方が、ハガネイカを見つけやすいと思います」

 私の意見に、玖郎くんが言葉を返します。

「まずは水の確保を優先する。東階段と西階段の前にある、手洗い場の蛇口を全部全開にしながら一階から順に階段を上がろう。空のペットボトルへの補給も忘れるな。――思ったより早い」

 ちらりと後ろを見た玖郎くんが、苦々しく呟きました。

 一瞬遅れて、私の背中を熱波があぶりました。

 振り返らなくてもわかります。

 茜が作り出した〈生成〉(クリエイト)の炎が、私の霧を残らず散らしてしまったのでしょう。

「蛇口を開けながら上を目指す、三階まで上がってから探索する。常に状況を報告しろ」

 その言葉と同時に、私と玖郎くんは校舎に飛び込みました。全く同時に右と左に曲がって走ります。

「はい、分かりました」

 私の声は、携帯電話の電波を通じて、玖郎くんに聞こえたはずです。

 私は廊下を走ります。

 いくつも教室の前を走り抜けて、廊下の終点にあるお手洗いの前の手洗い場を目指します。

 普段、こんな風に走ることもないから意識したことはありませんでしたが、廊下は意外と長く、目的地が遠く感じます。

 私の焦りがそう感じさせているのだとしたら、落ち着かないといけません。

『着いた。水を出すぞ』

 イヤホンを通した玖郎くんの声に、轟音が重なって聞こえました。

 水の音ではありません。

 生み出される炎が、空気を焼く音です。

「茜、のんびりしてると置いていくぞ」

「校舎の中は、〈生成〉(クリエイト)で飛ぶには狭すぎるよ。珊瑚、先に行って」

 遠くから、珊瑚くんと茜のやり取りが聞こえました。会話が終わると、間髪おかずに炎の轟音。あれは、多分――。

『あれが〈騎士〉(ナイト)の移動魔法――〈靴〉(スピード)か。凄まじいが、想像を絶する程ではないな』

 玖郎くんの声は、落ち着いていて頼もしいです。

 しかも、〈騎士〉(ナイト)の魔法でさえ、想像の範囲内だったみたいです。

 そこで、ようやく私は水飲み場に着きました。蛇口に飛びつくように、水を全開にします。

 廊下に水が流れる音が響きます。この音が聞こえる範囲なら――水の気配が感じ取れさえすれば、私はその水を自由に操ることができます。

 空のペットボトルも忘れずに水を入れて、蓋を閉めます。腰の後ろに用意しておいたホルダーに、しっかりと固定しました。

 玖郎くんと相談して、持ち歩くペットボトルは私が五百ミリリットルを一本、玖郎くんが一リットルを二本と決めています。

 魔法に使う量と、移動への影響とのバランスを考えて、こう決めました。

「こっちも着きました。遅くてごめんなさい、ここからは、〈操作〉(オペレート)で移動します」

 そう言いながら、私は〈操作〉(オペレート)で蛇口の水を足の下に運び、水の膜を作ります。

 茜のように、〈生成〉(クリエイト)の反動で空を飛ぶ方法だと、校舎内では危なくて使えません。動作のたびに壁や天井にぶつかってしまいます。

 でも、私のように〈操作〉(オペレート)で飛ぶ方法なら小回りが利きます。

 これまで気付きませんでしたが、屋内では私の方が有利です。

『良く気づいた。こちらはもうすぐ二階だ。珊瑚は中央階段を先行、茜と手分けして上下から探索するつもりだろう』

 玖郎くんの声を聞きながら、私は階段を飛びます。

 あ、階段に沿って飛ぶ必要はないんだから、空間的な最短距離を飛べば良いんですね。かなり時間を短縮できそうです。

「さすがに飛ぶと速いです、着きました」

『こっちも到着だ』

 玖郎くんと同時に二階の手洗い場に着きました。ここでも蛇口を全開にします。

『次は三階だ』

「ハガネイカ、茜達が先に見つけてしまいますよね」

 私は指示通りに三階に向かいながらも、不安を口にしました。

『あのハガネイカのサイズを考えると、多分教室に隠れている。廊下で見回すだけでは見つからない。それなりに時間が必要だろう』

 玖郎くんが言います。階段を駆け上がりながらの会話なので、少しつらそうです。

『空中を移動できること、加えてあの速度を考えると、見つけたとしても一人で捕まえるのは至難だろう。必ず、もう一人を呼ぶはずだ。その場合、おそらく――』

 そうです。

 茜達が、携帯電話を用意していないなら――。

「大声で場所を伝えるしかありません」

『そうだ。他に手段がないとは言え、こちらにも居場所が筒抜けだ。タイミングを見計らって、向こうが挟撃しようとした瞬間に割り込むぞ』

 玖郎くんの声を聞きながら、私は三階に移動しました。

 廊下の向こうに、教室に飛び込む人影が見えました。珊瑚くん、茜とは反発してるように見えて、やっぱり真剣に〈騎士〉(ナイト)をやってるんですね。

「三階の蛇口、完了しました」

『こちらは三階に着いた。珊瑚とすれ違った、これから二階の探索をはじめるだろうな』

 とすると、私が行くべきなのは二階です。このまま東階段を降りた方が良いでしょう。

『そのまま東階段で二階に降りてくれ。そこで待機だ。僕も――よし、三階完了、西階段で二階に向かう』

 そこで、ごう、と短く炎が吹き上がる音が聞こえました。

 茜か、珊瑚くんか、どちらかがハガネイカを見つけたに違いありません。

 一瞬の間をおいて、にさらに二回轟音が響きます。

「玖郎くん、どちらかが一人で攻撃を始めたみたいです」

『――いや、違う』

 え?

『すぐに一階に向かうぞ。目標を見つけたのは茜だ。場所は一年二組だ』

「ど、どうして分かるんです?」

 空中を〈操作〉(オペレート)の飛行で滑り降りながら、私は疑問の声をイヤホンからつながったマイクへ伝えます。

『ハガネイカのように小さい対象を攻撃するのに、さっきのような単発的な魔法は向かない。茜は〈生成〉(クリエイト)が得意な上に魔力は無尽蔵だ、包み込むように大量に炎を作った方が効果的だということは考えるまでもない。とすると、さっきの音は不自然だ』

 確かに、言われて見ればその通りです。

『今の炎の音は合図だ。茜と珊瑚は、あの短い時間の中で最低限の打ち合わせをしたんだろう。最初の一回が学年、次の二回がクラスで間違いないはずだ』

 なるほど。

 説明を聞いてしまうと、そうとしか思えません。

「一階に着きました」

『よし、一年二組は西側だ。そこからは遠い。すぐに向かってくれ。こちらは二階を通過した。このままのタイミングで飛び込むぞ。今後の手順は――』

 玖郎くんが、作戦を説明してくれます。

 ええ。

 了解しました。

 いよいよ、魔法を使って茜と勝負をするのです。

 二番目の私は、玖郎くんの助けを得て、一番目の茜に勝てるのか。

 この一戦の意味は、大きいのです。

「玖郎くん」

 私は、思わず言わずにはいられませんでした。

「絶対に、勝ちましょうね」

 携帯電話に繋がったイヤホンで言葉を届けることができても、表情までは分かりません。

 それなのに、私は玖郎くんが浮かべる、あのちょっと悪い笑顔が見えた気がしました。

『ふ。無論だ』

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