プロローグ
何かがそこに存在するとしたら……それにはその間逆の対極がある。
それが、世の中の定義であり自然なこと…………。
自分とは似ているがまったくの別のもの………。
そこに木があれば火があり。
そこに火があれば水があり。
そこに水があれば木がある。
そう言う対極があるのがこの世界のロジックであり、運命である。
そして………………。
神……………。
神が存在するのならば無論……………悪魔が存在する。
神は悪魔を呼び寄せ………。
悪魔は神を呼び寄せる。
神と悪魔は出会うのが運命。
そして互いに存在を否定しあう。
神は正………悪魔は悪を肯定する。
神は悪………悪魔は正を否定する。
よって彼らには和解というすべはない。
そして彼らが争うと、人が争い、動物が争い、世界が争う………。
争いは止められない。
それが運命であるかのように………。
神と悪魔…………。
彼らの争いは古代のものと思われがちである。
それは間違いである。
神は現代に存在し……。
悪魔は現代に存在している。
時代はいつの時代も変わらない。
争いのない世の中なんて訪れはしない。
……………。
少年は無数の死体の中で凛として立っていた。
蒸せるような血の匂い。
生臭さに誘われてカラスの群れがやってくる。
辺りは夜の暗闇でカラスはまるで同化するかのように身を隠し訪れる。
「……………。」
少年は何も語らずに無言でいる。
その腕は大量の血で染められている。
血は腕から流れ落ちて地へ落ちる。
「桐原くん………」
背後から声がする。
女性の声だった。
そして、その声は俺の名前を呼んでいた。
「夏子か………。」
俺は彼女の名前を知っている。
呷葉夏子。
同じ学校のクラスメートである。
俺が彼女と初めて話したのは一年前。
そして何故か彼女と共にする時間が長くなったのも、ちょうど一年前。
最初はお節介で欝陶しいと思っていたが………。
彼女の節介には慣れてきて、今では欝陶しさを感じなくなった。
しかし…………。
俺はもともと人と関わりを持つべき人間ではなかった。
俺はたくさんの人間を今までに手に掲げてきた。
そして………。
その現場を見られたのも出会って間もなかった。
彼女に見られた、知られたときは戸惑った。
しかし、彼女は何事もなかったかのようにこう言った。
「貴方は悪くありません。私は貴方を信じています。私は貴方についていきます。」
はっきり言ってしまえば理解がしがたい。
人を殺している現場を目撃して殺している容疑者の肩を持つなんて…………。
しかし、俺はそんなことどうでもよかった。
この言葉を聞いた瞬間が俺にとって初めての報われた言葉だったからだ。
「裏で麻薬の取り引きをする隠れた影の組織ですか…………。」
夏子はたくさんの死体を目にしてそう述べた。
しかし、死体や血の湖を見ても震えたりするでもなく坦々とした口調。
「こんで二万人が麻薬の中毒者にならずに済みました。」
「しかし、12名の命が無くなった。」
俺は下に転がる死体に向かって述べる。
「人を助けようとした結果犠牲が出る。貴方はできるだけ犠牲の少ない道を選んでいる。が、犠牲の無い道なんて無い。貴方はこうして人を殺す。たぶん、大抵の人は貴方を否定するでしょう。けど、貴方は決して間違ってはいない。」
そう……………。
俺は人を助けたい。
それだけでやった結果が他の死を産んだ。
俺……桐原登というものの歴史は常に死と隣合わせで会った。
人を助ければ、人が死ぬ………。
それが1セットで必ずに死が生まれる。
だが………。
「悪いのは俺だ。裏で俺の事を神と称するものが最近増えてきたが私は神なんかではない。神なんかにはなれないのだ」
助けようとした人の数は確かに殺した数より多い。
しかし、手を血でよごした以上は俺は神なんかにはなれない。
「そうですか。私はそう思いませんけど」
「お前まで俺のことを神と言うのか?」
夏子の方向を向いて問い掛ける。
「わかりません。神とかそんなこと私にはわからない。けど、貴方の血に染まった腕は汚れてなんかいないと思います。」
「ふっ………。」
口元だけの微笑を浮かべる。
「なんで笑いますか。」
不思議そうに首を傾げる夏子。
「いや。なんでもない。さっさと帰るぞ………。」
「はい」
夏子の返事を確認して、その場を立ち去るために一歩足を踏み出した。
跡には無数に残された死骸の跡が残った。
背後でカラスたちの鳴く声がした。
人が立ち去るのを待っていたのだろう。
人が居なくなったのを期に死体の人肉を貪る。
悪業を行なった罪は常に最悪な結末を迎える。
そう思い自分の腕を見る………。
「……………。」
血に染まった腕。
何かのために、何かを守るために…………。
この手を汚す。
ただ弱きものを守りたかった。
だから戦い、ときには人を何人と殺してきた。
それが正しいと思ったから………?
それが自分のためだと思ったから………?
今では何が何だかわからなく自分がいた。
だから…………。
自分を美化してくれた彼女の存在を無くしたくなかった。
彼女と供にいたこの一年はただそんな思いだけなのかもしれない。
「桐原くん?」
隣で歩く夏子が声を掛けてくる。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。先を急ぐぞ」
俺はそう言って返す。
辺りは誰もいない小道。
月は高く上る。
会話が途切れると無音となり静まり返る。
空を見上げる。
高々と上がった月。
無数の星。
それを確認した後に正面を向いた。
すると…………。
遠くに小さな少女の姿があった。
「…………。」
再度確認する。
確かに少女の姿をした人物がいる。
見た感じは中学、もしくわ小学生のような少女。
背は極めて小さい。
「あれ女の子ですよね………。」
どうやら夏子も気付いたようだ。
なら幻覚を見ているわけではないようだ。
「でも、こんな時間にあの歳の女の子の姿はめずらしいですね。」
今の時刻は既に日にちを一日越えた時間帯。
「話し掛けてみます。………まぁ、聞かなくてもわかってますけど」
夏子はそういうと隣で笑った。
そりゃあ、もちろん決まっている。
こんな事で無視できる性格ではない。
そう思い少女のもとに行こうとする。
しかし…………。
少女は突然駆け出して視界から消えていく。
追い掛けようと思ったが…………。
今の自分の腕を見た。
こんな血の腕で近寄っても意味が無い。
逃げ出されるのが落ち。
「行っちゃいましたね。追わなくてもいいんですか?」
ああ………そう答えて再び歩き始める。
この腕でまだ助けれるものが果たしてあるか……………。
この血濡れた腕で……………。
目が覚めた時には空が広がっていた。
月と星の光が無数の点となり見えた。
ココハドコダロウ?
起き上がり周りを見渡した。
見覚えの無い風景。
アレ………。ナニモオモイダセナイ。
ココハドコダロウ?
オレノシッテイルモノナノカ?
ワカラナイ。
ワカラナイ。
ワカラナイ。
ワカラナイ。
ただ………………。
オレノナマエハ……………。
瀬戸斥………。
わかるのはそれだけだ。
そして再度辺りを見渡した。
周りには建物が立ち並んでいる。
辺りには誰も居ないようかに思えたが………。
「誰だ………そこにいるのは」
そう言うと………。
暗闇から一人の少女が出てきた。
異様な感じを感じる。
少女は笑顔を浮かべる。
しかし、その笑みは偽りか真実なのかわからないような怪しげな笑い。
「ベリアル………。」
少女はそう口にする。
「べ………リアル…………?」
彼女の言葉を復唱する。
あれ……………。
あれ……………。
ベリアル?
知っているような気がする。
ベリアル。
なんだったか思い出せない。
少女は再び笑った。
そして、こちらに背をむけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
オレは彼女を、呼び止める。
「お前は誰だ?!」
彼女の存在。
それもまた知っているようで思い出せない。
少女はこちらを見ない。
背を向けたまま………。
「神を求めなさい。」
そう言うと再び闇に消えていく。
「神……………。」
オレはつぶやいた。
神。
オレの中の何かが訴えてくる。
神を…………。
神を…………。
微かに何かが聞こえる。
神を…………?
何なのかわからない。
記憶がない。
何も解らない。
何も分からない。
何も判らない。
………………。
ただ……………。
異様な悪意を感じる。
どんなものか、誰のものかはわからない。
「神か………。」
空を向かって呟いた。
そらは雲に隠れて消えていく。
紺碧の空からただ暗く暗いだけの空が広がった。