六話 集団鬼ごっこ、二刀流
真心達が会議を中断して外に出てくると、泣いている子供達と、傷を負った零磁が座っていた。
零磁の服はなぜか、一部焦げて、すすけている。
さらには、左腕に包帯が巻かれていた。
「一応聞くが、一体何があったんだ?」
真心が零磁にたずねると、苦笑いしながら零磁は語り始めた。
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時は遡り、老人が関係者以外の退出を求めた時まで。
零磁と爽も、皆と共に外に出て行った。
ばれないように、慎重に、ゆっくりと。
それが無駄な行動であるとは、まったく疑わずに。
とにかく、外へ出て行った二人は、すぐに人々に囲まれた。
特に、子供に。
「かっこいいお兄さん達! ぼくたちと一緒に遊ぼうよ!」
「違うよ! わたしたちと遊ぶの!!」
「なんでお兄さん達が、女子と遊ばなきゃいけないの!」
「なんでも!」
「ぼくたちと遊ぶほうが楽しいよ!」
「男ならわたしたちに譲りなさいよ!」
「お腹すいた!」
ケンカが勃発してしまった。
周囲の大人達は慈悲深い表情を浮かべているだけで、仲裁も何もしようとしない。
ここの子供達は、大人達全員の子供のようなものなのだ。
一人は皆のために、皆は一人のために。
困っている時はお互い様なのだ。
しかし、今困っている零磁たちにはあえて、何もしない。
零磁達も、少し歳の違う、子供達のように思われているのかもしれない。いや、そう思われているに違いない。
「じゃあさ、皆!」
困り顔の零磁の隣に居た爽は、逆に弾けるような笑顔だ。
その笑顔を子供たちへ向けて、楽しそうに話す。
「皆で鬼ごっこしよう?」
「する!」「する!」
まったく同じで、なおかつ即答だった。
「零磁さんもやりますよね?」
「もちろんだ!」
こちらも即答だった。
「じゃあ、最初は零磁さんが鬼!」
「え?」
「うわー!」
一斉に逃げ出す爽と子供達。
まさか、じゃんけんも何もせずに、一方的に鬼にされるとは。
零磁も、なぜか大人たちまでも面食らったようだ。
一瞬で遅れたが、気を取り直して、数字を数え始めた。
もちろん、暗黙の了解で、数字は十までだ。
「1、2、3、4、5……」
子供達の元気な声が遠ざかっていく。
「6、7、8、9、10……!」
スタートダッシュ、完璧。その後の加速も上々。
一直線に走っていくと、すぐに爽の率いるちびっ子軍団を見つけた。
「待てえええ!」
「まさかの全力疾走!?」
驚いた爽がなにやらジェスチャーをすると、集団が四つに分かれた。
「い、いつの間に!?」
急ブレーキをかけ、どれを追うか迷った。
そして、一番元気な男子軍団を追いかけることに決めた。
ちなみに、爽は女子軍団と共に逃げている。
爽は老若男女問わず、その人懐っこさで、あっという間に人気者になるのだ。
決して守十たちが、怖がられるというわけではない。決して守十が、だ。
目標を定めた零磁は、再びその俊足を走らせる。
単純に考えれば、もう既に捕まっててもいいくらいだが、子供達は建物を巧みに使って、零磁の前から出たり消えたりしているのだ。
これがなかなか捕まらない。
悪戦苦闘しているうちに、建物がない荒地に出てきていた。
子供の叫び声が上がったのはそのときだった。
「この声、ケンカしてたあの男の子か!」
少し行くとその子はすぐに見つかった。が、普通に見つかったわけではなかった。
刀を二本、両腰に差した男に、胸倉をつかまれて浮いていたのだ。
その姿を見止めるやいなや、地面を強く蹴ってさっきよりももっと速く、駆け出した。
「その子を離せ!!!」
一瞬にして距離をつめた零磁が、男に向かって飛び掛った。
零磁の掌底が届くまでに、男は子供を後ろに投げ飛ばし、両腰から刀を抜いて、防御体制をとった。
そして、零磁を受け止め、弾き飛ばした。
痛みに一瞬顔を歪めたが、着地と同時に、第二撃を繰り出した。
男はそれを避け、背中に一太刀浴びせようと、右手の刀を振り下ろす。
身体を半身にし、かわし、勢いそのまま、投げられて泣き出そうとしている男の子に駆け寄った。
「大丈夫?」
「怖かったああああああああ!!」
優しく語りかけた零磁に泣き付く。
どうやら、大きな怪我はないらしい。
ちょっと待ってて、と言い、振り返った。
その相手は、左手の上に電子モニターを出し、何かを確認していた。
体つきから、かなりの手練だと推察された。
「一応確認するが、帯葉零磁で間違いないか?」
渋い、渋い声だった。
「うん、そうだよ。また、俺を狙いにきた感じの人かな?」
距離をとってあっても、油断なく構える。
「ああ。かなり報酬がいいんでな。悪いが、俺の収入源になってもらうぞ」
「それは、嫌だなぁ」
電子モニターをしまうと、男は右手の刀を地面に突き刺した。
不可解な行動に戸惑う心を、底の方に押し込め、冷静に様子を伺った。
瞬間。地面を這うように、一直線に炎が放たれた。
放たれたと言うよりは、零磁に導火線が付いていて、それをたどるような感じだった。
その速度たるや、これもまた、導火線に付いた火のようだ。
零磁を飲み込まんと、炎の大蛇があっという間に迫ってきた。
それを見ると、すばやく後ろに飛び、男の子を突き飛ばした。
「熱っ!」
零磁の服の端が少し燃える。
慌ててたたき消すと、男の子を少し見、そして男を睨みつけた。
男の前の地面には、真っ直ぐな焦げ跡が付いている。
その発端は、どうやら、男が地面に刺した刀の先のようだ。
つまり、剣先から炎が放たれたという事だ。
「変わった刀を持ってるね。欲しいよ」
視線はなおも鋭いまま。額に流れる汗を拭き、軽口をたたく。
「これは炎刀だ。そこらの兵器とはわけが違う」
「どうやら、そうみたいだね」
零磁は今までも、刀らしきものを使う相手は何度もしてきた。
そこから得た経験もあり、剣士と戦うのは得意なほうだった。
しかし、この男は剣士としても、兵器使いとしても、今までのやつらとは格が違った。
(敵も、そろそろ本気を出してきたのかな)
構えを改め、再び臨戦態勢に入る。
男も、刀を引き抜き、構えた。
片時の静寂を挟み、次は男から仕掛けた。
二本の刀を乱れるように、しかし正確に振りぬく。
手を伸ばしただけでは届かない、絶妙な間合い。
避けることに精一杯で、じりじりと押されていく。
「だ、ダメだっ!」
大きく飛びのいて、間合いを取り直す。
ふと見ると、男の子がいなくなっている。
上手く逃げたのだろうか。
(でも、よかった。これで、思い切れる)
長く静かに一呼吸すると、左腕を前にした構えをとった。
だが、そんな余裕はなかった。
今度は目の前にさっきと同じような勢いで、何本もの氷の剣が、地面を這うように出現し、迫ってきていた。
「氷!?」
避けそこなって、右わき腹に切り傷を負った。
服に血がにじむ。さすがの零磁にも、焦りの色が見え始めていた。
「そのまま直撃していれば、氷付けになって、苦しまずに済んだものを……」
左手で刀を引き抜く。
「へへ。簡単に、やられるわけにはね」
少し笑ってみせる。
「さっきの流れから行くと、それは氷刀って感じかな。
ますます、欲しくなったよ……」
男は立ち止まって、その言葉を聞く。
そして、少し瞳に暗い影を覗かせると、炎刀の切っ先を、零磁に向けた。
「やるわけにはいかん。どうしても欲しいならば、奪ってみせろ」
地面を強く蹴り、切りかかる。
「ああ、やってやるよ!」
再び左腕を前に出し、振り下ろされている軌道に躊躇なく飛び込む。
男はそれに一瞬ひるんだが、止めることなく振り切った。
しかし、左腕を切り落とすにはいたらなかった。
零磁は勢いが付く前に、自ら刃に左腕をあてがったのだ。
懐に飛び込んだ零磁は、思いっきり引いていた、右腕を、全力で付き放った!
男のみぞおちに一撃、深々と手のひらが食い込む。
「うう……らあああ!!!」
怒気に満ちた男の叫びと共に、刀によって零磁が、また弾かれる。
すぐに受身を取って立ち上がろうとしたが、そこに、刀が振り下ろされようとしていた。
零磁は覚悟を決めた。もう、打てる手はない。
だが、そこで振り下ろされるべき刀は、なかなか振り下ろされなかった。
男は、暗い影を落とし、歯を食いしばっている。
「なんで……」
「零磁さん!!!」
叫び声と同時に銃声が鳴り響く。
男は我に返り、銃弾を防ぐと、零磁に何か投げてよこした。
そして、そのまま逃走体勢に入った。
「何を迷っているの?」
零磁の問いに、固まった。だがすぐに、黙って走って行った。
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「で、その傷とこれか」
傷だらけの零磁と、男がくれた物――電子認証カードを見比べて、ため息をつく真心。
零磁のすぐそばで泣きじゃくる男の子の頭を、優しく撫でる。
「君が助けを呼んでくれたんだね。ありがとう」
さらに零磁に強く頭を押し付けて泣き出した。
「あ、真心さん。男の子泣かせたー」
「もう一度、今度は全員で話し合う必要がありそうだな」
零磁の言葉を無視し、頭を抱えるが、微笑して、座っている零磁の頭を優しく――強くぶっ叩いた。
鬼ごっこでじゃんけんなしとか、実際にやったら、どんな反応されるんでしょうか