四話 鉄の巨人、二丁の機関銃
長くなってしまいました……。
少し長めの暇つぶしとしてお願いします。
黒い球体の下からは、二本の大きな灰色の四角い足。両側からはいかにも頑丈そうな腕が生えている。その指は三本だ。
球体の形は卵のような形をしている。足と足の間――人間ならば股に当たるところ――には、二丁の機関銃が装着されている。
周りの建物からは体の半分を突き出していて、屋根の上に人が立つとちょうど腕の付け根の下辺りになる。
そんな機械の巨人が……二体。零磁たちと向き合っている。
風が両者の間を通り抜けていく。相変わらずの土ぼこりだ。
零磁が口の端を上げた。そして、構えながら言った。
「……でかくない?」
その一言に真心は一瞬唖然とし、そして深いため息をついた。
「お前には緊張感というものが……というか、場の空気というものがわからないのか」
「エヘヘ」
「褒めてはいないぞ、断じてな」
この二人のやり取りに、志波は震えている自分が恥ずかしくなった。
さっきの勢いで残っているが、志波自身、正面を切って兵器と向き合ったことは無かった。
「どうしたの? シババン?」
隣から明るい声で話しかけられ、慌てて震えを悟られないようにした。
「シババンってなんだよ! えっと……?」
「爽だよ! 紅行 爽!」
口を膨れさせながら言う。
(こんな子供でさえ震えていないというのに……)
爽には見えない側の手を強く握り締めた。
「でさ、真心さん。あいつの型番はわかる?」
あごで兵器を指し示して、問いかけた。
「遠隔自立型二足歩行兵器、RIB-11の類だな。球体の部分の装甲は厚そうだな」
「え! それじゃあコアに攻撃できないじゃん!」
零磁は地団太を踏みながら騒ぐ。
「なあ、お前らよ」
志波が話に割って入る。
「なんで、あいつらは動かないんだ?」
二体の鉄の巨人は、微動だにせずたたずんでいる。
そのことを志波は聞いているのだ。
この問いには真心が答えた。
「推測ですが……更新をしているのだと」
「更新って、なんのだ?」
「目標の更新ですね」
浦耶がそこには答えた。
零磁は地団太を止め、改めて敵を見据えた。
「そろそろじゃない?」
その言葉を肯定するように、兵器の起動音が大きく響き渡った。
全員の構えと顔つきが変わった。
真心は背後を確認した。無事に全員の避難が完了しているようだった。
「一番近いのは俺と真心さんで、奥のは赤三人組で頼む!」
「おう!」と返事をするや否や、手前の股をくぐり奥の巨人と対面した。
これで手前は零磁、真心、志波。奥は浦耶、爽、守十が相手をすることになった。
「志波さんは下がってて! ここは俺たちの戦いを見ててよ!」
「俺も戦いに参加する!」
「ダメです。とにかく建物の陰に隠れてください」
真心にもそう言われ、何か言い返そうとしたが、言葉が見つからず、渋々下がろうとした。
逃げたい隠れたいという思いが無いわけではなかった。
だが、足が動かなかった。足がまったく動かなかったのだ。
そんな志波を尻目に、戦闘は始まった。
零磁は脅威の跳躍力で、建物の低い屋根から高い屋根へと飛び移っていく。
「零磁! こいつの弱点は足と腕の付け根だ!」
真心は下で指示を出しつつ、避ける体勢を取っている。
その真心へ向かい、何かを巻くモーター音とともに、機関銃から無数の弾が乱れ撃たれた。
それら全てを紙一重でかわし、建物の陰に隠れた。
「やっぱり、機関銃相手じゃ分が悪いな……」
呼吸を整え、様子を伺う。そのとき真心は目を疑った。志波がまだ兵器の射程範囲内につっ立っていたのだ。
そして再び鳴り出すモーター音。一瞬のうちに志波の立っていたところに弾丸の雨が降り注いだ。
志波はそれぞれ行動していく零磁たちを眺めることしか出来なかった。
そして、逃げようと思っても逃げれず、立ち向かえもしない自分を激しく憎んだ。
「くそ……! なんでだよ……!!」
銃弾の乱れうちをかわし、陰に隠れた真心を見た。
ただ逃げるだけではなく、零磁の代わりとなって標的となっているその姿に憧れた。
歯を食いしばり、必死に力をこめる。だが、足は動かない。震えも止まらない。
「くっそぉ!!!」
自分の足を殴った。
その時だった。志波は奇妙なモーター音を聞いた。
音の出所を見たとき、志波は恐怖を超え、絶望を感じた。
二つの細長い銃口。黒々と光る無感情の球体。徐々に高さを増していく音。
腰が抜けた。崩れ落ちる瞬間に銃弾が打ち出された。
激しく舞う土ぼこり。止まない銃撃音。えぐられていく乾いた地面。
誰かの叫び声もかき消され、銃声に消える。
その激しい嵐は目標の姿を見失ったことで終わりを告げた。
鉄の巨人は再び目標の捜索に入り、動きを止めた。
「……大丈夫、志波さん?」
志波は薄っすらと目を開けた、そして瞬きをし、今の状況を理解しようとした。
建物の陰に背中をもたれかけている。そして、目の前にはまだ幼さを残す少年の顔があった。
「おーい? しっかりしてー!」
頭を人差し指で連打される。
「ちょ、ちょっと……やめろよ!」
そう叫ぶと、少年は――零磁は手を止めて笑った。
「よかったよかった、元気だね!」
腕を組みながら誇らしげな顔をしてうなずいている。
「なんで……俺は確かあいつに……」
急激に吐き気がこみ上げてきた。冷や汗が体中から噴出す。
だが、志波は一歩手前のところで押さえ込んだ。
激しく脈打つ心臓に手をあて、そのまま服を掴みあげた。
「助けてくれてありがとな……」
「いえいえー」
「俺を足手まといと思っただろ? なんで早く逃げないんだって思っただろ?」
服を握る手が震え始める。
「なのになんで……なんで俺を!」
真っ直ぐに零磁を見た。
「もう! 質問が多いよ! 志波さん!」
真っ直ぐに見かえされ、その目を見ていられず、目をそらした。
その両手には力が入り、震えていた。
それを知ってか知らずか、零磁はしゃがみ、肩に手を置いた。
「それは志波さんが悪いんじゃないよ。誰だって、あんな兵器を見たら立ちつくしちゃうよ」
「でも、お前らは!」
「僕たちは、ね……」
その先の言葉はなかった。だが、志波は表情だけでわかった。
そのときの零時の顔は、懐かしむような悲しい顔をしていたのだった。
「……それよりも」
何かを振り切るように立ち上がり、兵器を睨みぬいた。
「人々を……志波さんにこんな恐怖を植え込んだあいつは……」
怒りの感情が見えるようだった。猛獣のような顔をしていた。
「絶対にぶっ壊す!!!」
そう叫び、鉄の巨人に向かい、駆け出した。
「真心さん! 援護!」
「わかってる!」
零磁が走り去った後、建物の陰から飛び出す。
兵器は零磁に狙いをつけたようだ。モーター音が高まる。
その間に零磁は建物の一番高い屋根に立っていた。
そこが、兵器の巨大な腕でなぎ払われる。
上を飛び、それを避け、着地とともに兵器に向かい飛び出した。
「うらああああああああああああ!!」
足の付け根と腕の付け根の間。人間でいう脇の部分に、全力で勢いを乗せた掌底を放った。
その一部始終を見ていた志波は、言葉を失った。
鉄の巨人がゆっくりと体を横に倒していっているのだ。
膝をかがめて着地した零磁に、横から真心が話しかける。
「俺、なにもやってないが」
真心を見て、満悦した。
その顔を見た真心はため息とともに言った。
「今更言ったところでだが……あいつは、倒れたら自力じゃ起き上がれない構造だ」
その言葉を肯定するかのように、建物に寄りかかったまま動かない鉄の巨人。
「もともとあいつらは対人用に作られた兵器だからな。横からの強い衝撃なんて考えもしないだろうな。
考えても、爆発とか、衝撃の種類が違うだろうな」
零磁が話を聞いていないのをわかっていながら、一人で語っていた。
その零磁はかけよってくる浦耶たちに手を振っている。
「無事で何よりです」
「お疲れ様ー!」
「おう! お疲れさん!」
和気あいあいとしている。どうやら、赤三人組も兵器を倒したようだ。
真心はそんな様子を見て、語るのをやめた。
その穏やかな空気を突然、高い駆動音が切り裂いた。全員が兵器を見る。
弾丸が乱れ撃たれる直前、目にも止まらぬ速さで機関銃めがけ誰かが走り抜けた。
直後、轟音とともに爆発を起こし、球体が吹き飛んだ。
その激しい熱気の向こうには、岩を握っている志波が立っていた。
「これで貸し借りはなしだぜ」
そういう志波の顔には、恐れを微塵も持たない、清々しい表情が浮かんでいた。
僕は温泉卵が好きです。