三話 赤の三人、発砲の理由
何かしらの訓練を受けている者は瞬時に銃を構え、周囲の警戒に入った。
だが、他の人々は各々に悲鳴を上げ、あたりを奔走している。
背中を合わせた零磁、真心、志波は鋭い目つきでそれぞれ気配を探っている。
「静かに!」
老人が再び鋭い声で一喝した。
慌てふためいていた人々が少し落ち着きを取り戻した。
その奇妙な間を裂くように、上の方から人の声が聞えてきた。
「ごめんなさーい!」
声のしたほうを向くと、そこにはこちらに手を振る三人がいた。
零磁と真心は「あっ」と察したが、志波も含めたスラムの人々は、状況が飲み込めず呆然としている。
その空気の中、三人は近づいてくる。そのときにはすでに真心は頭を抱え、零磁は手を振り返していた。
三人は屋根から飛び降りると、そのうちの一人がすぐに頭を下げた。
「ごめんなさい! ……ほら! 爽も謝って!」
いつの間にか零磁と肩を組み合っている爽と呼ばれた少年を引っ張り、真心の前で頭を下げさせる。
「だ、誰だ? そいつらは……?」
たまらず志波が質問する。それは周囲の人々の総意のようで、老人も返答を待ち望んでいるようだ。
真心は困った顔で、腕を組みながら口を開いた。
「……こいつらは、仲間なんですよ。こっちを銃撃してきましたが……ね」
「本当にすいませんでした!」
謝っているのはさっきから、一人だけである。
襟足は首を隠すくらい長いが、全体的に長すぎない黒い髪が、頭を下げるたびになびいている。
目は少したれ目、唇は薄く、顔の印象としては優しいものを与えている。
身長は零磁と真心の中間程度。高くもなく低くもない。
そんな普通の青年だが、目につく部分が一箇所だけある。
「あの……その右腕……」
群集の中の一人が声をかけた。
頭を下げたまま固まる少年、表情は見えない。
真心も腕を組んだまま口を開かない。
いつの間にか真心の隣に立っているもう一人の青年も口をつぐんだままだ。
老人はこの質問を投げかけた人を睨んだ。その目はこう語っていた。なんてことをしてくれたのだ、と。
誰もが緊張に支配されている中、零磁は少年の右腕を持ち
「この腕すごいよね! 黒鋼鉄を加工してあるんだよ!」
と無邪気に言った。
黒鋼鉄とは、金属の中で最も固いとされる金属である。
大体の人々は、黒鋼鉄を初めて見るわけではない。
だが、それを使った義手は見たことが無かったのだ。
「そんな馬鹿な! 黒鋼鉄を加工する技術など、あの忌々(いまいま)しいあいつら以外に……」
老人はそこまで言ったところで口を隠した。
「やっぱり言われますか」
苦笑いしながら顔を上げる。そして姿勢を正した。
「遅れましたが、私は基朱 浦耶といいます。先ほどは、本当に失礼しました」
再び頭を下げる。
老人が何かを答える前に、零磁と一緒に楽しくやっていた少年が突然自己紹介を始めた。
「初めまして! 僕が紅行爽だよ! よろしくぅ!」
無駄にテンションが高い。この少年こそ、零磁たちに発砲した張本人だ。
髪はところどころはねているが、それを気にする様子も無い。
顔には元気があふれており、まさに元気な男の子といった感じだ。
身長は零磁と同じくらいだが、身体はそれよりも華奢である。
そんな元気な少年の腰には二丁の拳銃がホルダーにしまわれていた。
「そして! そこの無口なやつが、赤差守十だね!」
真心と肩を並べる身長の高さだ。雰囲気もどことなく似ている。
だが長い黒い髪が目にかかっていて、真心よりも暗い印象を与えている。
腰には今時珍しい、刀があった。
「えーっと……?」
志波が一気に紹介されて困惑している。
老人も唇に手を当てて考え込んでいる。
「すみません、一気に紹介されては混乱しますよね。簡単に紹介をし直すと」
真心が左にいた守十に手を添える。
「この刀を持っているのが守十で」
零磁に義手を触られて困っている浦耶の横に行き
「この黒い義手が浦耶」
零磁を引っ張り、軽く頭を叩いた後、尚続ける。
「こいつが一応リーダーの零磁」
淡々と歩き、首根っこを捕まえて
「二丁の銃を持っているのが爽です」
零磁のほうに押し出し、二人もろとも、もつれてこけた。
「うーん……」
「大丈夫ですよ、すぐにわかるようになります」
悩んでいる老人に優しくそう言った。
志波は既に考えるのを放棄しているようだ。零磁と爽を助け起こしている。
「で、なんでお前は発砲したんだ」
服についた土を払っている爽に向かって、少しため息混じりに問いかけた。
「え? ああ、えっとね、マシン兄たちが襲われてると思ったから!」
「……そう言うと思った」
頭に手をあて首を振る。
当の本人は首をかしげている。
「爽、ちょっと顔を近づけろ」
言われるままに近づける。
その顔の上部、おでこに強烈なデコピンが放たれた。
「ポトフ!」
意味不明な絶叫をして再び地面で服を汚した。
「違う! 違うよ爽! そこはその叫びじゃなくてもっとさ、情熱あふれる感じだよ!」
「おい、零磁」
「何? 真心さん?」
強烈な一撃。
「ぶふぉっふ」
「それのどこが情熱的だよ」
「あの……」
「すみません、うちの馬鹿どもが」
老人に謝ると、思い出したように付け加えた。
「そういえば、志波さんの件ですが、彼を連れて行くことは出来ません」
「え? なんでだ?」
志波が真心の両肩を掴む。その手には力が入っていた。
「あなたのような強い方は、ここの皆さんを守るのに必要です」
「守るのはもう限界なんだよ、こっちから仕掛けないとダメなんだよ」
徐々に口調に力がこもっていく。
「守るだけじゃ何も変わらないんだよ……! だから、頼む! 俺を!」
「だから、俺たちが」
「大変だーっ!」
建物の上で警戒をしていた一人が声を張り上げた。
「あいつらが来るぞーっ!」
その声を掻き消すように響く銃声。
建物の上で叫び声が上がる。
それにつられ、騒ぎ、逃げ惑う人々。
老人の一喝も届かない。
銃をもつ人々は、一箇所に集まり、老人の指示を聞いている。
そんな中、爽が空砲を撃った。
全員の視線が集まり、人々の動きが止まった。
そして、零磁が前に進み出た。
「銃を持っている人は人々の避難を! あいつらは……兵器は俺たちが相手をします!」
零磁の異常なまでに真剣な顔に、全員が従った。
避難し始めたのを認めると、零磁は大きな足音がするほうに向きなおった。
「来るなら来いよ……殺戮兵器共……!」
その零磁たちの前に現れたのは、巨大な鉄の怪物だった。
半年近くあいてしまい、元々拙かった文章がさらに悪化しています。
実際、デコピンって痛いですよね。