~鴉山学園(表)3~
新塚先生に連れられて歩くこと、約五分。
オレと先生は目的地にたどり着いた。
「ついたぞ」
振り返りざまに言って、親指で扉を差す新塚先生。
オレの目の前に見えるのは表札に生徒会室と書かれた部屋だった。
「こ、ここは…っ」
オレはこの場所について知っている。
いや、今までに来たことは一度もないけれど。とにかく知っている。
この学校の生徒なら知らない人間はいない。
ここは校内一多忙と言われている生徒会の使用している部屋だ。
まさかこの目で扉を拝むことになるとは……。
ダメだ、ここにいてはいけない。今すぐ離れなければ。
生徒会はとにかく忙しいことで有名だ。忙しいことに定評があると言ってもいい。
どのくらい忙しいって、授業の合間や下校後も各自で仕事しないといけないくらい忙しい。入りたくないという生徒も少なくはないが、参加すれば内申点をかなーり優遇してもらえるので人気は意外とあったりする。
でも、なんでこんなところに……?
コンコン、と扉をノックする新塚先生。
「どうぞ」
扉の向こう側から短い返事が返ってくる。
ガラーッと派手に戸を開け、部屋へ入っていく先生。その後ろに続いていく。
中に入ると、部屋の中心に置かれた長机とパイプ椅子――その窓際の席に茶髪の女子生徒が一人座っていた。
「失礼するぞ、姫川」
「新塚先生…と円城君?」
こちらを向いて、青い瞳を見開く少女。
「よぉ、姫川」
この少女もオレの知り合いである。
姫川望來。
2年A組、生徒会所属。学年成績トップ。
隆弘と同じく中学で知り合った友人だ。
一目で天然と分かる明るい茶髪、青玉のように煌めく碧眼。
どこから見ても日本人離れした容姿。しかし前髪をヘアピンで留め分け、後ろ髪の左側だけおさげにしている姿はどこか委員長っぽく見えなくない。
初めて会った時は海外からの留学生と思ったが、親しくなってからクォーターであることを知った。
父親がイタリア人と日本人のハーフで、その血が強く出たらしい。
「先生、何か用ですか?」
「うむ。実は折り入って頼みがあるんだが、しばらくこいつに生徒会の手伝いをさせてもらえないか?」
ポンとオレの肩に先生の手が置かれる。
「はい?」
今、なんか聞き捨て出来ない台詞を聞いたぞ?
「ちょっと…! 何言ってんです? 正気ですか先生?」
「なんだね、その物言いは? 私は正気だし本気だぞ」
そう言いきる先生は目が据わっていた。
この人マジだよ、本気と書いてマジだよ。
「手伝い…ですか」
「そうだ。こいつは舐め腐ったことに、入学式の最中ずっと居眠りしててな。そのペナルティというわけだ」
「なるほど」
じっと舐めるようにオレを見て、何やら思案する姫川。
どうもオレを採用するかしないか悩んでいるっぽい。
うーん、なんかこの状況、バイトの面接の時を思い出すなぁ。
あの時は採用してもらいたい気持ちで一杯だったが、今は逆だ。
生徒会にだけは絶対入りたくない……本気で。
「そういうことでしたら別に構いませんよ。ちょうど人手が足りないところでしたし、断る理由はないです」
ニコッと微笑んで快諾する姫川。
……いやいや、ちょっと! そこは使えない人間はいらないって、冷たくオレのことを切るべきじゃないかと思います!
この際、オレのこと卑下していいからさぁ。
そんなオレの気持ちは通じるわけなく、姫川はニコニコと可愛らしい笑みをオレに向けている。
「よろしくね円城君、分からないことがあったらなんでも聞いていいから」
「お、おぅ」
気圧され気味になんとか答える。
……その笑顔は反則だろ。
そんな顔されたらなにも言えなくなるっつーの。
あぁ…もういいや。どーにでもなれ。
「そうか、それは良かった。ではこれからのことなんだが……」
それから生徒会関連のことで話し合う新塚先生と姫川。
そんな二人を尻目に、オレは机の上を注視する。
鞄が二つある。
一つは姫川のもので間違いないだろうけど、なんでもう一つあるんだ?
ここに入った時、部屋には姫川しかいなかったはずだ。
なら、もう一つの鞄の持ち主は誰だ?
それにあの鞄についてる日本刀のストラップ……すっごく見たことあるぞ。
……嫌な予感がする。
胸に不安が募ってくる矢先――ガラガラと音を立てて戸が開かれた。
「お待たせー望來……って、あれ?」
扉の向こうから現れたのは皐月だった。
右手にはコンビニのビニール袋を手掛けており、袋越しにパンやおむすびがうっすらと見える。
それを見て、オレは全てを理解した。
おそらく皐月は、理由は分からないが一回ここに来て鞄類を置いていき、それから昼食を買いに行ってたんだろう。
そこにオレ達が来たというわけだ。
だから鞄は二つあった。
うん、別に考えなくてもすぐ分かることだな。
「新塚先生と…雁耶? なんであんたがここにいんの?」
「そりゃこっちの台詞だ。お前こそなんで生徒会室にいるんだよ?」
嫌な予感が的中しやがった。
畜生。そうだよ、あんな妙ちくりんなストラップ、鞄につけてる奴なんてこいつしかいねえじゃん。
「望來の手伝いよ。友達なんだから当然でしょ?」
腰に手を当てて、憮然とした態度を取る皐月。
あ、そっか。
“友達”という言葉を聞いて、納得した。
よくよく考えてみれば皐月がここにいるのはおかしくない。
気が動転して、つい忘れてたが…皐月と姫川は大の仲良しなのだ。
たしか今日はどこの部活も休みだったし、親友のとこにいても不思議じゃねえわな。
「なるほどな。オレもまぁ、同じようなもんだ」
「どういうことよ?」
「生徒会の手伝い…新塚先生に頼まれてな」
「え゛…マジで?」
ヒクッ、と顔を強張らせる皐月。
今朝、早起きしたオレに会った時よりもひどい表情だった。
……そんな目で見なくてもいいんじゃないかな?
「嘘……あんたに限って、そんなボランティアじみたことは絶対にしないはず…あり得ないわ」
ブツブツと失礼なことを呟く皐月。
全くもってその通りなのだが、他人に指摘されるのはやはりどうも居心地が悪い。
「はっはーん、分かった! 当ててみよっか?」
「なんだよ、急に? 気持ち悪いな」
フフンとふんぞり返る皐月。
「入学式で寝てた罰! そんなところでしょ? 合ってる?」
「なんで分かった!?」
こいつ、エスパーか?
オレが心底驚いていると、皐月は大きな溜め息をついた。
「あんなに堂々と眠ってたら誰でも分かるわよ!」
「お前も見てたのかよ…」
「私だけじゃないわよ? 多分クラスのほとんどの子が気づいてると思うけど」
マジかよ……オレ、そんなにスポット浴びてたのか。
誰も言ってくれなかったぞ、そんなこと。
「流石にあの状況じゃ叩き起こすことも出来ないから、私も諦めて放置してたのよねー」
…それでも起こそうとはしたんだな。
よかったー、入学式の最中だったから殴られずに済んだぜ。
いや…それはそれでマズイな。
何がマズイって、プライベートでは皐月に殴られ、学校では新塚先生に睨まれて、いつの間にか、がんじがらめにされていることが。
すでに王手かかってなくね?
「篠宮も姫川を手伝いに来ていたのか?」
「はい!」
「そうか、それは助かる」
そう口にする新塚先生は我がことのように嬉しそうだ。
「君達も知っての通り、生徒会は多忙だからな。こうやって姫川のように授業の合間にでも仕事をこなさないと追いつかない状況なんだ。よろしく頼むよ」
「ですよねー、でも…生徒会長までこんな残業みたいなことしなくてもいいんじゃないですかね?」
「ハハハ…まぁ、たしかにそうだよねぇ」
一人、乾いた笑みをこぼす姫川。
皐月の言う通り、今ここで山のような書類と向かい合っているの、生徒会長なんだよなぁ。
会長自ら率先して残業しなくちゃいけないとか、生徒会、ブラック企業だろ。
「一応、人員を増やすようには言ってるんだが、上が掛け合ってくれなくてな」
申し訳ないように愚痴をこぼす先生はどこか疲れ気味だった。
大人って大変なんですね。
「では、私は仕事に戻る。姫川、後は任せたぞ」
それだけ言い残して先生は職員室へと去っていく。
その途中、少し立ち止まって――
「円城、篠宮、喧嘩ばかりして姫川を困らせるなよー」
と一言。
部屋に残された姫川、皐月、オレ。
オレは新塚先生の後ろ姿を見つめたまま呟く。
「……だとよ」
「……なんで私に言うのよ?」
「いや、大抵お前が先に怒るのが喧嘩の原因じゃん」
「誰がそうさせてると思ってんのよ? 誰が?」
喧嘩するなと言われた矢先、一気に場の雲行きが怪しくなるオレと皐月。
そんなオレ達の間で、姫川が不安に怯えながらも精一杯の声を上げる。
「え、えーとそれじゃ二人とも、手伝ってもらおうかな?」