~鴉山学園(表)2~
入学式が滞りなく終わり、教室に戻ると、すぐに下校となった。
ぞろぞろとクラスメート達が席を立ち始める中、その波に便乗して教室を出ようとした時だった。
「待ちたまえ円城」
「…………」
気のせいだ。
オレの名字が呼ばれた気がするが、きっと空耳だろう。
もしかしたら違う円城君かもしれない。
そうに決まってる…絶対振り返ってたまるものか。
オレは帰る! なにがなんでも!
断固とした決意を胸にオレは歩みを進める。
「円城雁耶、聞こえないのか?」
あ、オレのフルネームだ。コレ。
恐る恐る振り返ると、いきなりデコピンされた。
「痛っ!」
「なに聞こえないフリをしているんだね、君は」
「…生徒に暴力を振るうのは、教師としてどうなんですか? 新塚先生」
額を押さえながら、オレは目の前にいる担任の女教師――新塚伊織先生を見据えた。
「無視した罰だ。むしろこのくらいで済んだことをありがたく思え」
「はぁ…で、なんの用でしょうか?」
「円城……入学式のことは覚えているか?」
にゅうがくしき…?
はて、記憶がないな……寝てたし。
素直に寝てました、と言うか?
いや、ダメだろうな。絶対に怒られる未来しか見えない。
ここは適当に誤魔化して煙に巻くしかない。
「質問に質問で返さないでくださいよ、せん―」
ベシッ!
またデコピンされた。
「~!!」
「今、答えるのは君のほうだ。いいから答えたまえ」
やばい! 答えなければやられる!
有無を言わせない新塚先生を見て、そう判断したオレは咄嗟に考えた言い分を口にした。
「え、えーと…新入生達、みんないい顔でしたね」
「フム、それで?」
「…? それだけです」
「それだけか」
………………。
それっきり無言になる新塚先生。
さっきからこの人は何を聞きたいのだろう?
怖いなぁ…皐月とはまた違うベクトルの恐怖を感じる。
「円城…今なら本当のことを言っても許すぞ?」
「はい? どういう意味です?」
「あくまで白を切るつもりか…」
はぁ…と深い溜め息をつく新塚先生。
「?」
「…君は入学式のことなんて一つも覚えていないはずだろう? そんなにパイプ椅子は寝心地がよかったかね?」
「な……」
オレはその場で固まる。
え? ま、まさか式の最中、ずっと寝てたことがバレた?
いや、騙されないぞ。きっとこれは誘導尋問……釜をかけているに違いない。
そんな手には乗るものかと、オレは取り繕う口調で慎重に答える。
「おっしゃる意味が分かりませんね……なにを根拠にそんなことを…」
「式が始まった頃からずっと君を全部見てたぞ」
……なるほど、犯行現場を見られてたのか。
そりゃ全てお見通しですね。
終わった。
「あのなぁ、一年の頃から君の担任をしているんだぞ? ああいう場で君が居眠りすることくらいよーく理解している」
…そうなんだよな。
新塚先生は去年オレのクラスの担任だったのだ。
厳しいが面倒見はよく、生徒の意見にも耳を貸してくれるので生徒からは担任にしたい教師ランキング二位と呼ばれている。
実際本当にいい先生だと思う。オレのこともちゃんと理解してくれているしね。悪い意味で。
「……なんで最初からそう言ってくれなかったんですか?」
「君に反省する気持ちがあるのか知りたかったんだが、どうやら最初からそんなものはなかったみたいだな」
意地が悪いな、この人。
なんでそう、人を試すようなことするのかなぁ。
ハッキリ言わないと伝わらないこともあると思いますよ? 先生。
「よって君には罰を与える」
神妙な態度そう告げる新塚先生。
「罰!?」
「なに、そう固くならなくていい」
新塚先生は子どもに言い聞かせるようにそう言うと、教室の外へ出る。
「まぁ、ついてきたまえ」