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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
30/30

~剣×剣7~

皐月との仲違いはこれで終わりです!

 勝った…?

 新海さんの声を聞いて、すぐに思ったのがそれだった。


「ハァハァ」


 動くのを止めて、乱れきった呼吸を整える。


「はーい、二人とも面を取ってもいいぞー」


 気の抜けるような声音で言う新海さん。

 頷いて、面を外す。

 うーん涼しい。

 地獄の蒸し暑さから解放された爽快感はたまらなかった。


「ふぅ。……ん?」


 なぜか面を外そうとしない皐月。


「……ほら、さつきんも。勝負は終わったよ?」


 再度、新海さんにそう言われ、皐月は不服そうに面を取る。

 露わになった顔を見て、ギョッとした。

 試合前よりも、ここ一週間―――いや、それ以上にムスッとした表情。

 見るからに超不機嫌そう。


「……なんで、止めたんですか、部長?」


 怒気のこもった声。


「私はまだ斬られていません。まだ……勝負は終わってないはずですっ!」


「いやいや、終わったって。さつきん、君の負けだよ」


 オレなら間違いなく逃げてる。

 それくらい怒っている皐月を前に、新海さんはキッパリと答えた。


「確かに竹刀は身体に当たっていなかった。円城君が意図的に止めたからね。本来ならあり得ないことだけど、今回は円城君の勝ちだよ」


「どうしてっ!?」


「それはさつきんが一番よく分かってるんじゃないかな?」


「……っ!」


 押し黙る皐月。

 どういうことだ?


「得物を巻き上げられた時、自分が斬られるのを悟ったはずだよ?」


「そんなことは…」


「あるよ。あの時の君は完全に静止していた。心のどこかで敗北を受け入れてしまってた。だから負けたのはさつきんだ」


「そ……そん…」


「素直に認めなよ。常々前から思っていたけど、さつきんはやや強情なところがあるよ? それじゃ自分が辛いだけだし。振り回される周りも迷惑だ」


「…………はい」


 迷惑、そう言われて、しゅん、と凹む皐月。

 今さっきの態度はいずこへ。

 悲壮な表情で俯いたまま、動かなくなってしまう。

 なんかもう、見ていて可哀そうに思える変貌ぶりだった。


「それにね」


 だというのに、まだ新海さんの話は終わらない。

 止めて下さい、皐月のライフポイントはもうゼロですよ。


「本音を言わして貰えば、さつきんに怪我してもらいたくないのもあるんだ。君はウチの剣道部に必要不可欠な人材だからね! 公式戦でもない試合で負傷なんてしたら大変だ。部長としてそこは譲れない」


「え…?」


 意外なことを言われ、顔を上げる皐月。

 皐月だけじゃなく、オレも驚いた。


「こっちもさつきんの我儘に付き合ってあげてるんだ。これでフェアってことにしようじゃないか」


 二カッと歯を見せて笑う新海さん。

 それは、部長としての、純粋な部員への心配。皐月のことを気遣ってくれていた証だった。


「さ、話は終わりだ。それじゃ、片づけしようか?」


 少し間を置き、慌てて頷く皐月。

 どうなることかと不安だったが、とにかく勝負はオレの勝ちで終わった。


 でも、あれは勝った、とは言い切れない。

 判定もだが、オレは皐月の戦法や癖を知っていたから、かろうじてなんとかなっただけ。本当なら負けていたのはオレだった可能性が高かったのだ。

 ……一本試合でよかった。


 竹刀と防具を元の場所へ戻し、借りた剣道着を脱ぐために更衣室へ向かう。

 その途中、新海さんに呼び止められた。


「円城君、最後のアレ。わざとじゃないんだろう?」


 目を横にずらす。

 皐月が女子更衣室へ入っていくのを確認して、答える。


「……やっぱり新海さんには分かりましたか」


「まあねぇ。多分さつきんも気づいてるよ」


「ええ、思いっきり舌打ちされました」


 あれは恐らく、勝負を侮辱されたと思ったんだろうなぁ。

 皐月には悪いことをした。


「私としては双方に怪我なく終わり、安心したよ。君とさつきんが本気で闘ったらどうなってたことやら。ありがとう円城君」


「礼なんか止めてください。アレは…単にオレが意気地なしなだけです」


 狙ってこうした訳じゃない。本当は面を打ちこむつもりだった。

 でも、出来なかった。


「……メンが打てないのは、やはり昔の事故のせいかい?」


「……知ってるんですか?」


「私も長いこと剣道をやってるからね。そういう情報は聞こえてくるのさ」


「マジですか」


 情報網って怖いなぁ。

 誰にも話してないのに、いろんな人に知られてしまっている。


「知らないかもしれないけど、君はこの業界じゃ有名人だったからねぇ」


 意地悪そうに笑う新海さん。

 その笑みは隆弘のモノと似ていた。


「君は剣道が出来なくなったわけじゃない。したくなくなっただけだ。それも知れて安心したよ」


「それ、どっちも同じじゃないですか?」


「違うよ、“出来ない”と、“しない”ではまるで意味が違う。強制的か、自発的でないのか、その二つはまるで別の意味合いだ」


 指を二本差し出して、人差し指をピコピコ動かす新海さん。

 そのうち中指を丸めて、ビシッとオレを指差した。


「私はまだ、君の勧誘を諦めていないからね!」


 そう言うや、クスリと笑って、振り返る。


「さつきんのこと、頼んだよー。もしまた泣かせたりでもしたら、今後、君のことは女泣かせって呼ぶからー」


「それだけは勘弁して下さい!」


 その呼び名が定着したら洒落にならん。

 確実にオレの世間体が、スクールライフが崩壊する!


「じゃ、後はよろしく~」


 新海さんは鍵だけ放り投げて渡すと、ひらひらと手を振って、去って行った。

 さっきの言葉が本気でないことを祈りたい。

 あの人はそこんとこ読めないから怖い。


「はぁー」


 オレも着替えるか。

 勝ったら一つだけ聞いて貰えるお願いも考えないとな。

 峠は越えたが……これからが本番だ。

 皐月という嵐が沈めないと。




 さて、一段落ついたところで、まずは飯!

 久しぶりの運動で腹ペコなんで、オレ達はいつぞや隆弘と行ったモスドに寄った。

 無論、アオ姉には連絡はしてる。

 そうじゃなきゃ、翌日からしばらく飯抜きコース突入してしまうからな。


「それじゃあ、まずはお二人さん、腹を割って話そうか?」


 本日のお題目は和平対談。司会進行は隆弘。出演者はオレ、円城雁耶。本日のゲスト、篠宮皐月。


「ええと、んじゃまず……例の約束、聞いて貰っていいか?」


 ぎこちなく発言する。


「まぁ……勝ったのはあんただし。いいんじゃない?」


 不貞腐れ気味に答える皐月。

 相変わらず怒っているみたいだけど、返事が返って来るだけでも進歩した方だ。


「まず、オレの話を聞いて、怒らないでくれ。頼むから最後まで話させてくれ」


「それがお願い?」


「ああ。隆弘もいいな?」


 ニヤッと笑って、頷く隆弘。


「オレは初めから構わないって、言ってるぜ?」


「そうだったな」


 それでも念のため、最後に確認しておきたかった。

 これから話すことは、オレが勝手に喋っていいことじゃない。

 一応言いだしっぺは隆弘だし。


「ねえ、話って……なんのこと?」


「お前が知りたがってたことだよ」


「えっ?」


「………知りたいんだろ? どうしても」


「……うん」


「そのかわり怒るなよ? 絶対怒るなよ? 必ず怒るなよ?」


 皐月はこくりと一回、力強く頷いた。



 …………………。



「―――ということなんだ」


 あらかたこれまでのあらすじを、オレなりにダイジェスト化して全部話した。

 嘘や隠し事もない、ありのままの体験談を。

 皐月は約束通り怒らなかった。なにも言わずに最後まで聞いてくれた。

 と、思ったのだが。


「皐月さん?」


 話し終えたところで、いきなり拳を握りしめて、震え始めた。

 ガタガタ揺れるテーブル。

 注文しておいたハンバーガーやポテトが、トレイの上で小躍りする。


 これ……ヤバいんじゃないか?

 若干、危機感を感じ始めた時、いつの間にか隆弘の姿は席になかった。


 あの野郎――っ、逃げやがった!

 まさかの裏切り!

 親友を戦場に置き去りしていくなんて…………親友じゃねえっ!


 消えた親友。目の前には爆発までのカウントダウンに入った地雷(さつき)。そしてその地雷を踏んでいるオレ。

 今この時、店内のこの席は正に地雷原と化していた。


 てゆーか待って! お前約束したよね?

 絶対に怒らないって頷いてくれたよね?

 ここで怒られたら、オレは一体なんのために闘ったんだ?

 隆弘の野郎、なにが理解してくれないほど、肝っ玉が小さくないだよ!?

 全然分かってねえぞ、こいつ。


 席を立って、その場から逃げようとした時だった。


 ドゴン―――


 天地を翻すような轟音。

 なに事だと思ったら、皐月が自分の頭を思いっきりテーブルに叩きつけていた。

 突如起きたクレイジーな行動。

 ザワッとどよめく周囲の客。


「お、おい、なにしてんだよ!?」


「ふぅ、これで落ち着いた」


 真っ赤になったおでこをさすりながら、涼しげな顔の月。

 見るからに痛そうだ……。


「ええと、皐月……?」


「なに?」


 どうかした? という顔の皐月。


「今のは……なんだ?」


「いや、ちょっと頭に血が上ったから、冷静になろうと思って……なんか変?」


「おおいにクレイジーだよ……超おかしい…つか周りの客がもの珍しそうな目で、すっげぇオレ達を見てるんですけどぉっ!?」


 周りを見ると、他の客が全員、なにごとかとこっちに首を曲げていた。

 怒りを鎮めるために、頭をぶつけるとか…。

 漫画の読み過ぎだろ……お前。


「な、なによ? いいじゃん。なんとか抑えたんだから」


「そんなにムカつく内容だったか?」


 そう聞いた瞬間、皐月の眉間に深々としわが刻まれた。

 チワワからドーベルマンへの変貌。カエルを睨む蛇、或いは鬼、と言えばいいだろうか?

 今にも角が生えておかしくなかった。皐月じゃなくて殺鬼だ。

 こめかみの血管をビキビキ言わせつつ、冷静な態度で答える皐月。


「そりゃあもう……三回は殺してやりたくなったわね」


 ひえぇぇぇぇぇ。

 よかった、事前にお願いしといて。


「まぁ、でもせっかく話してくれたんだし。それに約束は守らないと、でしょ?」


 まぁ、そうだよな。

 こいつが言い出した約束だもんな。いくらなんでもそれを自分で破りはしないか。


「あ、もう一ついいか?」


「なに?」


「お前、なんたってそんなに、オレと隆弘のやること知りたがるんだ?」


「え?」


「いや、ここまでそのことに執着するのはなんでかなって」


「そ、それは…」


 グッと口ごもる皐月。言いにくそうに身体をよじらす。

 前々から思っていたが、こいつは必要以上にオレに干渉し過ぎな節がある。

 四六時中くっついてくるとか、粘着質とか、そういう度を越したものとは違うが、オレと隆弘がつるんでる時、いつも皐月はなにをしているのか聞いてきた。

 いつもだ。例えそれが取るに足らないことでも。

 昔から一緒だったが、高校に入ってからそれが顕著になってきた。


「……って」


 俯きがちに答える皐月。

 針に糸を通すみたいにか細く、繊細な声だった。

 皐月はその声をなんとかつなぎ合わせて、言葉にした。


「だって…雁耶…全然、構って、くれない…だもん」


「は?」


 今、なんてった?

 聞いて、肩がガクッと落ちた。

 怪訝な目で皐月を見ると、皐月は決壊したダムから流れる水の勢いで一気に喋り始めた。


「高校に入ってから、剣道辞めちゃうし。いつも隆弘とばっか一緒だし。なんか前より……素っ気なくなった」


「お前……なに言って…?」


「そりゃ、高校生にもなったらさ。なにか変ってもおかしくないよ? 新しくやりたいこととか、それまでやってきたことが嫌になったり……そういうの、あると思う」


 それは血のような言葉だった。

 発する声が喉内部をえぐり、口から吐き捨てられた血。

 そう思えるほど辛そうに皐月は口を、喉を動かす。

 赤く滲んだ言葉は、鋭いナイフとなり、オレの胸に突き刺さった。

 ずぶずぶと深く。そして焼けるような熱を起こす。


「でもさ…わ、私は……それが、どうしても…嫌だった」


 声はやがて嗚咽混じりのモノになり、気がつくと皐月の目には光る雫がこぼれていた。


「お、おい…泣くなよ」


「泣いてない!」


 言い返しつつも、グスッと鼻を鳴らして、両手で瞼をこする皐月。

 オレはその姿を目にして狼狽える以外、なにも出来なかった。


「いや、どう見ても泣いて……」


「泣いてないったら泣いてない!」


 とにかく皐月はそう言い張った。


「うっ……ううぅ」


 両の目から次々と溢れてくる涙を、何度も拭う皐月。

 参ったな……今になって分かった。

 どうしてオレが頑なに皐月へ、旧校舎のことを教えたくなかったのか。


 オレは、………こいつのこの姿が見たくなかったんだ。


 昔、オレと隆弘が警察に補導されたのを思い出す。

 あの時、皐月はカンカンに怒ってたけど、その後で泣いていたんだ。

 それこそ丁度、今みたいに。


 その顔を見たくなくて、自然と無意識に、心のどこかで皐月を避けていた。

 いや、それ以前に剣道を辞めたことで、裏切りに似た引け目を感じていたのかもしれない。


「要は、構ってもらえなくて、やきもち妬いていたってこったな」


 声がする方に顔を上げると、隆弘が立っていた。


「隆弘……お前、どこ行ってたんだよ」


「トイレだよ」


 しれっと答えて、席に着く隆弘。

 嘘だと、すぐ分かった。

 どうせ、さっきの会話を遠くから聞いてたんだろう。

 オレと皐月、二人だけの方が話しやすいと思って、こいつなりに気を利かせたってとこか。

 最後の最後で全く、的確なお世話を……。


「オレなんかより、皐月に言うことがあんだろ? そこはちゃんとしろよ」


「……言われなくても分かってるよ」


 これは元々オレと皐月の問題だ。だからケリを着けるのはオレじゃなくちゃいけない。

 未だに泣き止まない皐月を正面から見据えて、そっと優しく呼びかける。


「皐月…」


 反応して、ゆっくりと顔を上げる皐月。よほど泣いたからか目元が真っ赤になっていた。


「ん…?」


「ごめんな、オレ…お前がそんなふうに考えてたなんて全く気づかなかった。なにも……考えていなかった」


「……ホントだよ」


「オレさ、確かにお前を関わらせないようにしていたとこ、あったと思う。自分でも気づかない内にお前から距離を取ってたよ」


「グスッ…」


 オレは馬鹿だ。こんな些細なことで皐月を泣かせるなんて……全く、ホントどうしようもない馬鹿だ。


 ゴン―――


 まっすぐ頭を叩きつけて、オレは“素直”に自分の気持ちを口にした。

嘘偽りないオレの本心を。


「悪かったっ! いくらでも殴っていい。蹴ってもいい。罵っても構わない。……だからさ、泣かないでくれよ。お前のそんな顔……オレ、見たくないんだ」


「………」


 皐月はなにも答えない。

 しきりに流れ出る涙を、紙ナプキンで拭うばかりだ。

 泣き止むまで、なにも言わず黙って、皐月を見ていたが、あまりにも涙が止まらず、濡れた紙ナプキンの束が出来上がってきた。


 どんだけ水分出てんだ…。

 積み重ねられた紙ナプキンの束を見ていて、段々、違う意味で心配になってきた。

 チーン、と鼻を噛んで、やっと皐月は口を開いた。


「……もうしない?」


 ポツリとこぼれた涙声。

 その声は小さ過ぎて、よく聞き取れなかった。


「ん?」


「こういうこと、もうしない?」


「……あぁ。もうしないよ。約束する」


「ホントに?」


「ホントに」


「………」


「……ダメか?」


「ううん……いい………許す」


「そっか」



 許す。そう言われた瞬間、肩が軽くなった気がした。

 もう憂鬱な気持ちはない。

 ようやく楽になれた。

 お世辞なんかじゃなく、本当にそう思えた。



「ありがとう」



 剣と剣を交え、オレと皐月は生まれて初めて、ちゃんと仲直りをした。

次回、最終章、~鴉山の神隠し(再)~に続く。

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