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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
29/30

~剣×剣6~

 更衣室に余っていた剣道着に着替える。

 剣道部の更衣室は、とにかく鬼みたいに臭いので、迅速かつ丁寧に着物を羽織る。


 久しぶりにまとう剣道着は、特に懐かしくはない。

 普段、家では和服を着ているからだろう。

 もしくはオレが存外、剣道自体を忘れていないからか。


「ほぉー」


 ゴミ捨て場が可愛く思える更衣室を抜けると、案内してくれた新海さんが、息を呑んで、まじまじと観察してきた。


「…なんですか?」


「久しぶりに見たねー、円城君の剣道着姿! やっぱり似合うねぇ、剣道二段」


「止めてください……昔の話ですよ」


 そうやって過去のことを言われるのは、いかんせんむず痒い。


「しかし、なんで決闘を受ける気になったんだい? こう言っちゃ失礼だけど、君はてっきり拒んで逃げ出すものかと思ったよ」


 確かに言われて失礼だな、と思った。


「正面からあんなにまっすぐと申しつけられたら、逃げるにも逃げれんでしょう。それに、女のお誘いから逃げたなんて、これ以上にないくらいみっともないですし」


「なるほろ、逃げ場がないなら闘うんだね、君は。うん、文句のない言い分だ」


「それに……ひょっとしたら、これがなにかのきっかけになるかもしれませんし。聞いているんでしょう? オレと皐月のこと」


「うん、君が逆ギレして、さつきんを怒鳴ったんでしょ?」


「…なんか悪意を含んだ物言いですけど、そんなとこです」


「気をつけなよー、今のさつきんはかなりご機嫌斜めだからねー、ぶっちゃけかなりキッツイよ?」


「まぁ……死なないようにはしますよ」


 剣道場へ戻ると、まずゆっくり一礼。

 剣道に身を置く者として、これは常識だ。

 例え、今回限りであろうとも。


 皐月は変わらず、道場の中心で座禅を組んだままだ。

 対面に位置するところに腰を下ろす。


「勝負の前に、試合形式について説明するわね」


「……おう」


 押され気味な態度で返事。

 まさか一週間ぶりの会話がこんな剣呑なものになるとは……。

 そう思うと、落胆せざるを得ない。


「勝負は一本勝負、試合時間は無制限、突き有り。後、負けた方が勝った方のお願いを聞く」


「分かった…ってなんだ最後の? ルール関係ないだろ」


「これがあんたを呼んだ理由よ」


「え?」


「あたしが勝ったら、あんたと隆弘が企んでいることについて教えてもらう」


 キッと睨む皐月の目。




挿絵(By みてみん)




「なっ…」


「あんたが勝った場合は、私があんたの言うことを一つだけ聞くわ」


「……おう」


 なんの冗談か? と聞こうとしたが、それは藪蛇だなと悟った。

 言えば、瞬時に竹刀が飛んできて、脳天をかち割られる。

 そんな未来が一瞬頭の片隅をよぎった。


「それじゃ――」


「ちょーっといいかい、さつきん?」


「なんですか? 部長」


 いよいよ試合を始めようとするオレ達の横から割って入ってくる新海さん。

 言いかけたところを邪魔されたせいか、皐月は若干不機嫌な態度で応じる。

 部長にその態度は如何なものだろう、と疑問を抱かずにはいられなかったが、新海さんは別に気にしてない様子だった。


「円城君は、もう一年以上、剣を握っていない。いきなり試合というのは少々無茶じゃぁないかな?」


 それはオレのハンデに関することだった。

 確かにオレは高校入学してから、一度も竹刀を握っていない。

 具体的には中学卒業から入学までの春休みから。


「問題ないですよ」


 答えたのは皐月だった。

 当人の意見も聞かずに勝手に決めつけないでほしい……。

 もしかして、こいつ。オレにハンデがあるのをいいことに、自分に有利な状況を作ろうとしてるのでは?


「以前、部長も見たでしょう? こいつがここで男子部員と闘ったのを」


「あぁ、あれは見事なものだった。こんなにも綺麗な闘い方があるものかと、ついつい見惚れてしまったくらいだ」


 一年の夏休み、オレは皐月に連れられて、前にも剣道場を見に行ったことがある。

 その時、そこの男子部員にオレは試合を申しこまれた。

 そいつの名前は覚えていない。

 理由はよく分からないが、女連れでいいご身分だとか、とにかく勝手に因縁をつけられた。

 まぁ、そういうことは中学の頃にもあったのでオレは気にしなかった。

 それだけならいいのだが、悪態がオレ以外の奴――家族のこと――にまで及んだので、ついカッとなって、剣を握ってしまい……。


「相手はこれ以上にないくらい惨めな負け方だったねぇ。もう見てらんなかったよ、ふっふっふ」


 嬉しそうに喋る新海さん。

 自分の部員がやられたというのに、なぜご機嫌?


「そういうことです。半年以上ブランクがあったにも関わらず、こいつの腕は全然落ちていなかった。昔と変わらずのまま」


「高く買ってくれるのは光栄だけど、ちょいと大げさじゃないか? 剣道三段さん?」


 苦笑しながら、そう言うと、皐月は首を大きく横に振る。


「いいえ、正当な評価よ。あんたを倒すには、あたしも全力を出さなきゃいけない。そうしないと勝てないと私は思ってる」


 真剣な面持ちで皐月は、ハッキリとそう言った。


「そうか…」


 そこまで言うのなら、もうなにも言うまい。

 元々、此方も試合に臨むことに文句はないのだ。

 その勝負に受けて立つだけだ。


「新海さん、準備運動はいりませんよ。このまま開始してもらって結構です」


 新海さんへ丁重に告げる。


「…分かった」


 新海さんが頷いたのを確認して、双方とも頭に面手拭いを巻き、面を被る。


「審判は私が一人で勤める。勝敗の判決は私個人の見解となるが、構わないな二人とも?」


「「はい」」


 同時に返事。ゆっくりと竹刀を構え、剣先を相手の喉へ向ける。

 ここまできたら、なにも考える必要はない。

 ただ、相手を切る……それだけ。


 勝った方のお願い。

 それは勝った後で言えばいいだろう。


「始め!」


 新海さんがそう叫んだ瞬間、素早く立つ。

 同時に半歩踏み出す。


「イヤァァァッ!」


 開始早々、甲高い叫び声を上げながら、突っ込んでくる皐月。

 竹刀の剣先が頭を目がけて、飛んでくる。

 身体の芯を崩さないよう意識して、竹刀で受け流す。

 が、間髪入れず、ニ撃、三撃メン。


 容赦なく左、右と振り下ろされる竹刀。

 急いで、且つ冷静に対処。

 大きな音を立てて、竹刀の腹同士がぶつかり合う。

 一撃一撃が重く、手がビリリと痺れる。

 相変わらずの馬鹿力だ。

 同じ竹刀を振っているとは到底信じられない。


 このまま打ち合ってはマズイ、と距離を取ろうとするが、皐月はそれを許さない。

 オレが数歩下がったところへ、すぐさま同じ歩数分、詰め寄る。

恐ろしいまでのスピード。


「シェア――ッ」


 メンメン、引きゴテ、メンドウ、メン。

 休む間もなく攻めてくる皐月。

 なんとか全ての攻撃をさばき、つばぜり合いに持ちこむ。

 ググッと、女子とは思えない力が手にのしかかってくるが、絶対に力を緩めないよう、気をつけて耐える。


 ここで気を抜けば、やられる……!


 皐月の戦法は昔から変わっていない。

 攻めて攻めて攻めまくる、超特攻型スタイル。

 動物でいうと猪だ。

 特筆すべきはその並外れたパワーと、手を休めず攻め続けられる、尋常じゃないスタミナ。

 受け側からすれば無限に打たれ続けるような気分になる。

 格闘ゲームで例えると、常に必殺技を出してくる感じだ。


 デタラメそうで、その実シンプル。

 受けに回り続ければ、いずれ蹂躙される。

 ならば、その流れを崩してやればいい。


 皐月の竹刀を左斜めへ押し、すかさず引きゴテ!

 しかし、身を引いて躱す皐月。

 返し技は決まらなかったが、お陰で距離は離せた。


 おれは皐月を全体で観る。

 今の返しを警戒してか、上段構えのまま、立ち止まる皐月。

 相手を、纏っているよう空気を、それらまとめて一つのものとして観る。

 相手がいつ、どう動くか、肌で感じ取るのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 先ほどのやり取りでもう息が荒れていた。

 仕方ない。

 こちとら丸一年以上、運動と呼べるものをしてこなかったのだ。

 スタミナ的には圧倒的に此方が不利…。長期戦は望めない。

 しかも時間制限なし。

 この勝負はどちらかが一本取るまで終わらない。

 つまり、早めに決着をつける以外、オレに勝機はない。


 ゆっくりと間合いを詰め、皐月に近づく。

 対する皐月も同じく前へ前へと来る。

 ゆらりと、わずかに動く剣先。

 それに飛びつきたい衝動をグッとこらえる。

 まだだ、まだ攻めてはいけない。

 待て、落ち着け、と自分に念じる。


 好機は一瞬。

 守から攻へと転じる、意識が切り替わる刹那。そこに生まれる空白を狙う!

 皐月の竹刀が大きく縦に揺れた、その瞬間、


「ドォォォウ」


 抜きドウ!


 放った瞬間――ハッと皐月が息を呑むのが聞こえた。

 気づいたところでもう遅い。

 皐月の竹刀は上へと弧を描く途中だ。

 此方はもう振り抜いている。どう考えても自分の方が早い。

 完璧なタイミング。決まった!

 これは躱せまい。


 今、この場にあるのは、打たれるものと打つもの。その関係しかない。


 もらった!


「ぬっくぅぅぅ!」


 その時だった。

 がら空きだった胴に、あるはずのない竹刀が現れた。


 なっ…!?


 打ち重なる竹刀。

 確実に決まったはずの抜きドウは決まらず仕舞い。

 互いに刀身をあてがったまま硬直。


 こいつ…っ!


 見ると、皐月は手首を逆にして、竹刀を下に向けていた。

 ゾッとする。

 まさか、こいつ……咄嗟に手首を回転させて、ドウを防いだのか……?

 冗談だろ? あんな無茶苦茶な体勢で受けきるなんて、バカか!?

 下手すりゃ手を痛めるぞ!


 慌てて、手を下げる。

 攻めこむには最高のチャンスだったが、そんな気になれなかった。


「くっ…」


 苦痛に歪んだ声を上げる皐月。

 その声音を聞いて、ハッと昔のことを思い出す。


 額から血を流す相手……

 睨みつけてくる怨嗟の目……

 手に握られた、赤く濡れた竹刀。


 中学を卒業した後。


 いつも通っていた近所の道場での練習。


 オレが竹刀を握るのを止めた、あの日。


「雁耶――! ボケッとすんな! 前見ろ――っ!」


「ハッ!?」


 気がつくとすぐ目の前に皐月がいた。

 高く上げられた剣先。


 メンか!


 即座に防御。

 危ない、今、隆弘の声が聞こえなかったらやられてた……。


 九死に一生を得、一安心。

 だが、これがいけなかった。

 例え僅かだとしても、相手が気を抜くのを、皐月が逃すはずがない。


「ンメアァァァッ!」


 そのまま、立て続けにメン、メンメン、ドウ、メン、引きドウ、コテメン。


 怒涛の連打をくらう。

 身を守るのに精一杯で、躱すことも、距離を取ることも出来ない。

 足を引こうにも、さっきと同じようにさせないためか、皐月はオレにくっつき、間合いを取らせてくれない。

 チクショウ、くっつき虫か、こいつ!

 今のオレは皐月の間合いに入ってしまっている。

 想定していたまずい展開だ。このまま長引けば、先に倒れるのはオレ。

 防戦一方のまま、とにかくやられないように耐える。

 ひたすらに竹刀で防御防御防御!


「っ……!」


 そうしている内に、だんだん少しずつ、手が麻痺してくる。

 鉛のような一撃を受けているのだ。

 攻撃そのものは防げても、衝撃までは殺せない。

 まともに打ち合うのがアホらしくなるが、悲しいことにそうでもしないと、身を守れないのが現状。


「フゥー、フゥー」


 息を整えるのも一杯一杯だ。


「イヤァァァッ!」


 それに比べて、皐月の持久力は底が見えない。


 メン、と見せかけて抜きドウ。

 呆気を取られたが、ギリギリでガード。

 もう少し反応が遅れていたら、完全に斬られていた。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ」


 いかん、体力もだが、集中力まで切れ始めてる。

 昔はこんなことなかったのにな……。

 クソ…、今まで運動を怠ってきた自分が憎い。

 過去の自分に文句を言うが、後悔、後先に立たず。


 ああ、嫌だ。

 竹刀を受け続けて、腕はじんじん痛むし。まともに呼吸もできず、胸からは鈍痛もする。

 こうも辛い状態がずっと続くと、ほとほと嫌気が刺してくる。

 正直、出来ることなら逃げちゃいたいくらいだ。


 でも―――諦めない。


 オレは争い事が嫌いだが、負けるのはもっと嫌いだ。

 別に誰かのためとか、約束とか、そんな立派な理由なんてない。

 オレが嫌なだけ。


 嫌なもんは嫌だ。


 それに、オレはやられっぱなしってのは性に合わないんだよ!


 勝つ方法がない訳じゃない。

 皐月はここぞと勝負を決める時、メンに走る傾向がある。

 倒すなら、もうそこを狙うしかない。

 中段の構えで、じっと好機を待つ。

 肉体的にはもう限界だが、そこは根性論でカバー。


 耐えろ、待て、そして落ち着け。


 もし来るとしたら、それは確実に相手を仕留められると判断―――オレが弱ったと思った時だ。

 あいつは絶対にメンを選ぶ。

 わざと、身体を横に、微妙にのけ反らす。

 こうすると、皐月にはオレの頭が浮き出たように見えるはずだ。

 このチャンスを逃さない選手はいない―――連打で興奮状態になっている皐月が食いつくのは分かっていた。


「ンメエェェァァ!」


 来たっ!

 やはりメン!

 これを待ってた。

 狙うは皐月ではなく、その手に持った竹刀―――その中結(なかゆい)辺りに竹刀を当てる。

 相手の振り下ろす力を利用し、そのまま下へ、そして円を描くように一気に巻き上げる。


「っ!!」


 大きく上へ打ち上げられる竹刀。

 突然の動きの変化についていけず、皐月の右腕が柄から離れる。

 打ってくれと言わんばかりに、現れた無防備な脳天。


「メェェェン」


 そこめがけてメン!

 浮かぶのは、頭から一刀両断される相手の姿。その未来像を疑う余地はなかった。


 崩された今の姿勢から、先ほどのようなデタラメな防御は出来まい。

 このまま叩き斬って、オレの、勝ちだ。



 が―――振り下ろした竹刀は面に当たる寸前で止まった。

 後、数ミリの間隔を残して、綺麗にピタリと。

 


 皐月が止めた。

 

 違う。そうじゃない。

 止めたのはオレだ。

 オレが……斬るのを……躊躇った。


「ちっ!」


 舌打ち。

 それが皐月のものと気づいた時、皐月は振り上げられた竹刀を構え直していた。

 あっ、と思った直後。


「勝負アリ! 勝者、円城!」


 新海さんのコールが道場内に響きわたった。


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