~剣×剣5~
それから事態は早く動いた。
姫川と話した後すぐ携帯に、なんと皐月からメールが来たのである。
文面には、
『練習が終わった時間に剣道場へ来い』
と書かれていた。来い、って部分が少し怖い。
でも、これは待ちに待った皐月と話せるチャンスかもしれない。
行かない理由はない。
オレは皐月が指定した通りの時間に剣道場へ向かった。
補修が終わったら、とかなりアバウトな指定だったが、剣道部は基本、規則正しい時間に練習を終えるので大して問題はなかった。
前回、皐月と校門で鉢合わせした時、あれくらいと同じ時間に行けばいい。
オレは六時半過ぎ、剣道部員と入れ違いになる形で剣道場に足を入れた。
道場内はしんと静まり返っていた。
いつもはうるさく外にまで響いている竹刀の打ち交う音もなければ、練習中の活気と熱もない。
あるのは、張り詰めた静寂だけ。
靴を脱いで、床に足を置くと、お腹の辺りに力がこもる。
お腹だけではない、足、腕、顔。
体中の筋が縮こまって、震えるのが自分でも分かった。
ピリピリと、頬をうつような威圧感。
けれど、決して不快ではなく、この感覚が心地よいとすら思える。
懐かしい…。
まだ剣道をしていた頃、これと同じ経験をしたことがある。
全身で感じるプレッシャー、適度な緊張、胸の奥底からこみ上がってくる高揚。
試合前になると必ず感じていたもの、武者震いだ。
「約束通りちゃんと来たわね」
川のせせらぎのような澄んだ声。
すっかり静まってしまった道場内にはよく響く。
「約束を違えないのだけが取り柄だからな」
眼前には皐月が座っていた。
練習が終わったにも関わらず、剣道着のまま、しかも面と小手以外の防具はつけてある。
座禅を組んだその横には、残りの防具が置かれてある
ここまで揃っていたら当然、竹刀もある。
「で、この状況を説明してもらえませんかね、新海さん」
振り返ると剣道部部長、新海さんが立っていた。
「お、よく私の存在に気がついたね?」
「気配がしましたからね」
毎度突然現れて、忍者みたいな人だとは思っていたが、この人、故意に忍び寄っていたのかよ。
「で、これはなんです?」
「いやー、はっはっは。すまないねぇ、円城君。さつきんに懇願されちゃってさあ、私も断ろうにも断りきれなくて」
「はぁー…?」
「申し訳ない。先に謝っとくね、メンゴ」
テヘペロ、と舌を出して、ウィンクする新海さん。
軽っ!
そんな薄っぺらい謝罪されても、申し訳なさが一切感じられない……。
「なんで謝るんですか? 意味が分かりませんよ」
「それは私からじゃなくて、さつきんの口から説明してもらおう」
くいっとあごで皐月の方を指す新海さん。
そう告げられるも、皐月は苦行に耐える修行僧の如く、微動だにしない。
容易に話しかけてはいけない、そんな空気の重さがあった。
じりじりと胸に迫る圧迫感。
どう見ても、とても話し合いをするような雰囲気には思えない。
両者の間に、なんとも居心地の悪い沈黙が訪れるのは無理からぬことだった。
「………!」
なんだ?
皐月の横に置いてある防具。更にその奥。
なぜか“もう一人分の防具一式と竹刀”が置かれている。
それらを見て、一つだけ嫌な予感がした。
さっきのメンゴの意味って……まさか……。
「チーッス! すいません、ちょいと遅れましたー!」
「おお、来たか逢坂君」
「隆弘っ!?」
ガラガラーピシャンっと、閉められる戸。
おもむろに靴を脱ぐと、隆弘は頭に手を組んだ状態で、新海さんに話しかける。
「お、間に合いましたかね?」
「助かったよ。君が来るのがもう少し遅かったら、私もこの気まずい空気に耐えられなかったとこだ」
ふいー、と肩の力を抜く新海さん。
「そりゃ、すいません。ちょいと野暮用があったもんで」
微笑でそう返すと、隆弘はオレを見て、肉食獣の笑みをする。
「よぉ、なかなか面白いことになってんな」
「隆弘、なんでお前がここに…?」
「お前と一緒だ。そこで臨戦態勢になってる奴からお誘いを受けたのさ」
ピッと指を弾いて、キザ男風に皐月を示す隆弘。
「まぁ、つってもオレはただの野次馬だ。今回の主賓はお前だぜ、雁耶?」
「つーことはやっぱり……」
「その様子だと、これからなにするか分かってるみてぇだな」
「そりゃ、まぁ、この舞台設定を見たら…な」
二人分の防具と竹刀。戦闘準備万全の皐月。そしてなによりこの高揚。
これはどう考えても―――
「これで全員揃ったわね」
ここでようやく皐月が口を開いた。
全員が注目する中、迷いのない鋭い眼光をオレへ―――手元にある竹刀を一本取りながら―――向ける。
そしてブンと振り下ろされる竹刀。
その剣先はまっすぐと、オレを指示している。
「…………」
「………っ」
剣先をじっと見つめる。
額から一筋の汗が垂れるのを感じながら、改めて理解した。
これは……決闘だ!




