~剣×剣4~
短めですが、どうかご容赦を。
「ブゥ――っ!」
「ど、どうしたんだい? 円城君?」
つられて驚きの顔をする鴉間先生。
しかし、構っていられる余裕はない。
「な、なな、なななんで、なんっ!?」
パ二くって、早口で言おうとし、勢い余って舌を噛んでしまった。
頭を上げると姫川は、片側だけ下ろしたお下げを整えて、顔はそのまま、視線だけで此方を見据えた。
まずい、今最も会ってはならない人物と直面してしまった。
それも上位ランキング一位の!
最悪のナイス・タイミング。
悪運ここに極まれり。
こんなことってあるの? ねえ、あるの?
ズル休みして、上司に見つかってしまうなんて、そんなのあんの?
残酷だよ神様……。
もしこれが神様の悪戯なのだとしたら、オレは今後無神論者を貫く所存です。
姫川はから身体全体を向けると、ニコニコと、いつもの慈愛百パーセントのスマイルを浮かべている。
パッと見た限り、どこも変わっていない。変わっていないんだけど……なんかその後ろから空恐ろしいオーラが見え隠れしてる。
色でいうと紫とか黒…?
「ねえ、円城君。一つ聞いていいかな?」
「な、なんでございましょう?」
「どうして円城君は美術室にいるのかな?」
「そ、それは~」
なんて言えばいいんだよ――っ!?
最近こんなんばっかじゃねえか、畜生――!
これでこのやり取り何回目だ?
「円城君…」
「は、はい?」
「別に私は生徒会を休んで、ここにいることを責めている訳じゃないよ?」
「と、言われますと…?」
「先に私の質問に答えてくれないかな?」
圧力を感じる。
怖い……笑顔なのに、望みん、なんか怖いよ?
「それとももう忘れちゃった? ならもう一回聞くね? どうして円城君は美術室にいるのかな?」
繰り返された質問は機械のように正確で、先ほどのものと同じ。
声に感情が感じられないところとか、超そっくり。
「どうして円城君は美術室にいるのかな?」
なぜ復唱した!?
逃げたい! 今すぐここから逃げ出したい! お家に帰りたいよぅ!
「あの、姫川さん? ちょっと待ってくれない?」
「私ね、これから職員室に行って、新塚先生にこの書類を提出して、それからまた生徒会室に戻らないといけないんだ。その他にもまだやることがいっぱいあるんだ」
「そ、それは暗に、時間がないから早く答えろって言ってます?」
「嫌だなぁ、円城君。私は別になにも言ってないよぉ?」
ふふふ、と微笑む姫川。だが目が笑ってない……。
絶体絶命のピンチ。助けてくれる仲間はいない。頼れる隆弘は置いてきてしまった。
「えっと、姫川さん。いいかな?」
しかし助けは意外なところから出てきた。
「なんですか鴉間先生?」
「円城君はね、僕に相談しにここへ来たんだよ」
「相談?」
「うん、彼は今、友達と喧嘩中らしくてね。そのことですごく悩んでいるんだ。子犬を殺された顔をするくらい」
「……そう、なんですか」
鴉間先生がそう言うと、姫川の硬い態度がややほぐれた。
た、助かった! 鴉間先生ありがとう! あなたは今、生徒の命を救いましたよ。
「なら、そうだと早く言ってもらえるとよかったんですけど」
「…そんなの恥ずかしくて言えるかよ」
高校生にもなって、仲直りの仕方が分からないオレです。
「まあ、理由が分かっただけでもよしとしよう、うん」
「悪い…」
「ん? なにが?」
「いや、生徒会休ませてもらってまでして、まだあいつと仲直り出来てないこととかさ、なんか申し訳なくて」
「そうだと思うのなら、一刻でも早く、皐月と仲直りしてくれないかな」
「う……それはそうなんだけど」
他人に言われると、やっぱ心にグサッてくるよなー。
「あんな皐月、初めて見たよ? ものすごく辛そうなんだから」
「え、あいつが?」
「そうだよ。最近なんか暗いし、お昼もご飯、あんまり食べないし、それこそ子犬を殺されたような顔してたよ?」
「…………」
皐月が? あの皐月が? 落ちこんでる?
「だからさ、こんなところで油売ってないで、早く仲直りしてあげて……このままじゃ皐月が可哀そうだよ」
「……なるべく前向きに善処します」
とりあえず議員なんかが使いそうな十八番台詞を言っとく。
オレは出来ないことは約束しない主義だ。
「なるべく? 絶対にでしょ?」
「え…?」
「返事は?」
「りょ、了解…」
「声が小さいよ? そんなので皐月とまともに話せると思ってるの?」
「サー! イエッサー!」
怖ぇー、望みん超怖ぇー。
これを機に、オレには、“帰宅部のエース”に次ぐ記念すべきセカンド・ネーム、“生徒会の社畜”というあだ名がつけられるのだが、この時まだ知る由もない。




