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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
24/30

~剣×剣1~

 翌日、朝のことだ。

 机に突っ伏しているオレを心配気に眺めてくる隆弘。


「なぁ雁耶、お前……あれから篠宮とはあのまんまなのか?」


「あぁ…」


「お前、今までで一番酷い顔してるぞ?」


「あぁ…」


 説明しよう……。

 現在、オレの顔は左頬を真っ赤に腫らして、鼻にティッシュを詰めこんでいる。

 これをやったのは聞くまでもないだろうが、皐月だ。

 あいつ、今朝部屋に入ってくるなり、いきなり人の寝顔を思いっきりぶん殴りやがった。しかも無言で。

 殴るなり、すぐ部屋から出ていくし、朝食の時もなんにも喋らないし。


 ……やっぱ昨日のこと怒ってんのかな。

 あれ以来、皐月は喋ってくれない。

 こちらからなにを話しかけても全部無視だ。

 必要最低限のことは頷きで返してくるが、目は合わしてくれない。

 それでも律儀にオレを起こしに来る辺りはあいつらしい。

 全く自分の決めたルールには厳しい奴だよ。

 息苦しいだろうに。


「正直に言えばよかったんじゃねえか?」


「出来るかよ……そんなこと」


 旧校舎で人体実験が行われていた。

 そのことを告発するために、昔の失踪事件を調べてる。

 なんて言えるかよ。


「だからって今の状態は良くねえぞ。ギャルゲーで例えるなら悪い選択肢の中でも最も悪い奴を選んだ展開だ」


「ギャルゲーなんてやったことないから分かんねえよ」


「マジかよっ!?」


 クワッと目を見開き、大声で驚く隆弘。

 え……なにその反応。

 そんなにびっくりすることなの?

 なんかオレが常識外れみたいじゃん。


「勿体ねえなぁ。んじゃ、今度面白いソフト一本貸してやるよ」


 お前、そのナリでギャルゲーやってんのかよ。

 本当に不良なのか? それともオタクなのか?

 全くインテリ不良という奴はちっとも理解出来ない。


「そいつをプレイすりゃ、ちっとはマシな気分になるだろ」


「いや、別にいらないんだけど」


 今はゲームなんてやってられる気分じゃねえんだよ。

 ましてや、ギャルゲーなんぞしたくないわ。

 そういう美少女モノは免疫がないから、生理的に受け入れない。


「なんだよ、んじゃエロゲーならいいか?」


「そういう問題じゃねえっ!」


 おい、ちょっと待て!

 エロゲーまで持ってんのかよお前っ?

 なんでンナもんまであるんだ!

 お前、オタクだろ? それもへヴィーな! 本当はそうなんだろ?


「おいおい、一体なにが不満なんだよ?」


「全部だよ! てか学校でエロゲーとか口にすんな! お前のせいで、またオレに変な名前つけられたらどーすんだよ?」


 ただでさえ、オレには帰宅部のエースなんて異名があるのだ。

 それだけで十分だ。

 いや、全然十分じゃないけど。


「まぁ、冗談はさておき。お前、篠宮とのこと……どうすんだ?」


「どうもこうもねえよ」


「放っておくのか?」


「別にこういうのは初めてじゃない。前にもあったことだし、そのうちなんとかなるだろ」


 皐月とは過去にも何度か似たような喧嘩をしたことがある。

 その時も全く口を利かなかったが、一週間もすれば自然と仲直りしてた。

 だから今回も放っておいても大丈夫だろ。


「確かにそうだけどなぁ」


 どうも納得いかないのか、隆弘は不安げな装いだ。

 そういや今日はやけに朝からオレに構ってくるな、こいつ。

 もしかして心配とかしてくれてるのか?

 だとしたら気持ち悪いなぁ。

 隆弘が人の心配なんてこっちが落ち着かないっつーの。


「一つ聞いていいか?」


「なんだ?」


「お前、なんたってそんなに旧校舎のことを篠宮に教えたくないんだ?」


「言ったろ、あいつ超怖がりなんだよ」


「本当にそれだけか?」


「どういう意味だよ?」


「だったらそう説明すりゃよかったじゃねえか。なのにお前はそう言わなかった。なんでだ?」


「……説明するのが難しいんだよ」


 あいつ、オレが嘘つく時の癖知ってるから、適当には言えないんだよな。


「オレは篠宮ならホントのこと話しても大丈夫だと思うけどな」


「お前、それマジで言ってんのか?」


「マジにだ。確かにあいつは頭が固いところがあるけど、それを理解してくれないほど、肝っ玉の小さな女じゃねえだろ」


「そうかぁ?」


 あの短気さを見る限り、そんなことはないと思うんだけど。

 隆弘は愕然としてため息を吐く。


「やれやれ、こりゃ篠宮も怒るわけだわな」


「……はぁ?」


「雁耶よぉ、お前はもうちょい篠宮のことを見てやるべきだぜ。いっつも近くにいるんだからそれくらいは分かってやれよ」


「なんだよ、オレが悪いのかよ」


「今回はどっちかっていうと、お前の方に原因があるな。多分、姫川や伊織ちゃんに聞いても同じこと言うと思うぜ?」


 やけに尖った物言いをする隆弘。

 いつもと比べて若干辛辣っぽさがある。

 あれ? 今ひょっとしてオレ、説教されてる? 怒られてる?

 机上にぬべっと押し当てていた顔を上げると、隆弘は真顔だった。

 常に浮かべている、唐突に殴ってやりたくなる、あの軽薄そうな笑みはない。

 ガチでマジな態度だ。


「もういっぺん聞くぞ。なんで篠宮に旧校舎のことを隠すんだ?」


「そんなの……」


 いざ口にしようとすると言葉が出なかった。

 なんでってそりゃ、あいつは怖がりだから怯えさせたくない訳で……それにもしオレ達のやってることを知ったら、今以上に面倒臭いことになるんだ。

 絶対に怒る。いや、もう怒ってるんだけど。

 とにかく邪魔になるんだ。鬱陶しいんだ。


 ―――本当にそれだけか?


 不意に、自分の中で誰かがそう尋ねてきた気がした。

 それが円城雁耶の本心か? そんなものがお前の理由か? と誰かが吠えている。

 リピート再生された音楽プレーヤーのように何度も止むことなく、繰り返し問いかけてくる声。

 それがえらく癇に障って、不愉快だった。

 うるさい、黙ってろよ。

 オレのことならオレが誰よりも分かってるんだ。

 すっこんでろ。

 誰に向けてでもなく、そう念じるが、胸の奥底から沸き上がってくる唸り声は絶えず耳に入ってくる。


「雁耶」


 が、隆弘の呼び声によってそれは打ち消された。

 肩を竦めて微笑む隆弘。

 それはいつもの軽薄そうな笑みでも、獲物を目にした肉食獣のような笑みとも違った。

 姫川が常に見せる、皐月が時折見せる、純粋に優しさだけのもの。


「お前はよ、もちっと自分に正直になってみてもいいと思うぜ?」


「正直に……?」


「少なくとも中学の頃、喧嘩でオレに勝った時のお前は今よか素直だったぜ」


「皐月みたいなこと言わないでくれよ」


 中学の頃なんてもう覚えてない。

 思い出したくもない。

 オレはもう過去のことは忘れようと決めたんだ。

 昔の自分が嫌いで、許せなくて……今までの自分を捨てたんだ。

 なのに、今そんなこと言われたら参っちまうじゃないか。

 皐月といい、お前といい、なんてってみんな、昔のオレを高く評価するんだよ?

 人がせっかく忘れてたものを無暗に掘り返すんじゃねえよ。


「とりあえず、篠宮とのことが片付くまでは神隠しの件、保留な」


 そう告げて、手を振りながら自分の席へ戻っていく隆弘。


「えっ? ちょ…マジか?」


 信じられない台詞だった。

 嘘だろ? お前、寝不足になってまで必死に調べてたんじゃなかったのかよ。

 これはオレだけの問題で、神隠しの調査には関係ないのに。

 しかも皐月と仲直りするまでって……。


「そりゃ無理ゲーだろ……」


 一週間もすれば、あいつも元に戻ってるはず。

 そう思って、オレは今を耐えることにした。





挿絵(By みてみん)

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