~鴉山の神隠し(全)2~
大体の部分を話したところでオレは話しを切った。
というのも、まさかの第三者がこの場に入りこんできたからだ。
「雁耶―!」
「げっ、皐月!」
オレと隆弘、二人だけの神聖な空間を侵したのは皐月だった。
コンチキショウメ、今から隆弘の話も聞こうとしたのに。
なんていいタイミングで割りこんできやがんだよ。
「なにしてんの? もうとっくに生徒会は終わってるはずでしょ」
「そういうお前はもう部活は終わったのか?」
「今、何時だと思ってるのよ?」
言われて携帯の画面を見ると、午後六時半を過ぎていた。
うっかりしてたな。
剣道部は大体この時間には練習が終わる。
話しこむ余り、ついその時間を忘れていた。
校門で待ち合わせ、と指定したのはオレだ。
ここで喋っていれば、その内部活終わりの皐月と鉢合わせになるーーその可能性があることを全く考えてなかった。
ウルトラ・ミス!
「で、なんの用?」
「なによ、その投げやりな言い方は? 私は練習を終えて帰ろうと思ったら、校門にいるはずのない姿を見つけて確認しに来たのよ」
「いるはずのないって……」
オレは幻のポケ○ンか?
「それに隆弘までいるし」
「よ、篠宮。部活お疲れさん」
気前よく返事する隆弘。
オレと比べて、急な皐月の登場に慌ててないようだった。
至って冷静、ふだんどおりである。
「二人とも、こんな時間まで残ってなにしてたの?」
無邪気な顔で聞いてくる皐月。
「え、あぁ…」
皐月にそう言われた瞬間、面接で意図していなかった質問をされた気分になった。
参ったな……。
なんて言えばいい?
助けを求めようとして隆弘の方を見ると、『オレはどっちでも構わないぜ?』って顔してた。
ちっ……放置かよ。
旧校舎の時に見せた頼れる男っぷりはどこ行ったんだよ?
内心そう毒吐いていると、皐月は眉を逆八の字にして、もう一度聞いてきた。
「ねえ、なにしてたの?」
どうしよう……旧校舎のことは皐月にだけは教えたくない。
アオ姉や姫川と違って、皐月はかなり面倒臭い。
嘘を言っても、素直に誤魔化し切るのは難しい。こいつは変なところで鋭い奴なのだ。
それにどうやら、オレには嘘を吐く時に出る癖とやらがあるらしい。
だから欺くことは不可能に近い。
そういう点じゃ新塚先生よりもずっと難易度が高い。
どのくらいかっていうと、ムカついてコントローラ投げるレベルの難しさと似ている。
「ねえってば! 聞いてるの?」
「別になんでもねえよ」
しつこく聞いてくる皐月に業を煮やしたオレは質問に困った時出てくる回答ナンバーワン(オレの中で)を返してしまった。
今までの経験からこの回答をして、ことが穏便に済んだケースはそうない。
ていうかゼロだ。
案の定、皐月は怪訝な目をオレに向けていた。
「なんでもないって、こんな時間まで残って?」
「そうだ」
「……それってさ、この前隆弘の家に行ってたのと、なんか関係あるの?」
「まあ、な」
目を逸らして短く答えると皐月はチラと隆弘を一瞥して、くるり。オレに視線を戻す。
今度は確実に疑いを持った瞳をしていた。
「もしかして、またなんかやろうとしてるんじゃないわよね?」
「そんなんじゃねえよ、別にお前が心配するようなことじゃない」
「なら教えてよ。いいでしょ? 別に私が心配するようなことじゃないんなら」
「ぬぐっ」
しつこいなぁ、こいつ。
なんてってそんなにオレのこと知りたがんだよ。
どうでもいいだろ?
「それともなに? やっぱ言えないようなことなの?」
お構いなしにぐいぐい攻めてくる皐月。
ああ、もう……頼むから放っておいてくれ。
今のオレを見たら言えないことなのは分かるだろ? それくらい察しろよ。
そうやっていちいち干渉されるのさ、ホント苛つくんだよ。
「ちょっと雁耶、黙ってないでなんか言―――」
………もう我慢の限界だ。
「うるせえよ」
「え……?」
そう言ってやると、皐月はビクッと反応して黙った。
予想外、といった顔だった。
だが、そんなの知ったことじゃない。
構わずオレは、なにも言えず固まった皐月に、文句という熱湯を浴びせる。
「なんでいちいちそんなことまで言わなきゃなんねえんだよ。お前には関係ねえだろうが」
喉から発せられたのは、とても自分のものとは思えない、荒々しく棘のある声だった。
聞くだけで火傷しちゃいそうな、熱の入り過ぎた言葉。
その台詞を切っ掛けに、それまで緩やかだった雰囲気が一気に剣呑なものへと変わるのが、手に取るように分かった。
「なによ…そんな…言い方しなくても……いいじゃない…」
途切れ途切れに喋る皐月は怯えた動物のように縮まっていた。
さっきまでの強気な態度はどこにも見られない。
どこにでもいる普通のか弱い女子高生だった。
その姿を見て、今、自分が犯した愚行を恥じた。
「っ……」
あんまりにもしつこいんで、つい言い過ぎた。
怖がらせるつもりじゃなかったのに、思った以上に強めな口調になってしまった。
皐月は俯いたまま黙りこんだ。
オレはなんて言ったらいいか分からなかった。
今この場で皐月にかけるべき言葉が見つからない。
なんとなく隆弘の方を見ると『あーあ、やっちまったな』みたいな顔してた。
なんだよ、その顔は……まるでオレだけが悪いみたいじゃないか。
「……いいから早く帰ろうぜ」
無性にこの場から逃げたくなった。
今はここにいたくない。
もう時間も遅いし、家に帰ろう。
「そうだな、もう日も暮れてきてるし。解散すっか」
柔らかい口調でそう言って、肩を竦めながら校門の外へ歩いていく隆弘。
それに続きながら、皐月の方をチラッと振り返る。
皐月は黙ったまま、半目でじーっとオレを見つめていた。
「……置いてくぞ?」
呼びかけても返事はない。
皐月はそのままオレから目を離さなかった。
しばらくそうやってお互いに見つめていると、皐月はふう、と重たいため息を吐いて、タッタッと早歩きで校門の向こうへ消える。
「はぁ…」
こっちも自然とため息がこぼれていた。
あの分だと、かなりご立腹だな。
慌てて皐月を追いかけ、横に並ぶ形で歩く。
が、なんと言えばいいか分からず、とりあえずいつも話していることを聞いてみた。
「……今日はウチ寄ってくのか?」
小声で尋ねると、皐月はなにも答えない代わりに一回だけ頷く。
それきり皐月は喋らなかった。
隆弘と別れてからの下校中も、アオ姉もいる夕食の時でさえも。
三人揃って静かな食卓は今までで初めてのことだった。




