~鴉山の神隠し(後)1~
生徒会の業務を終えて、オレは職員室へ向かう。
ガラッと扉を開けて、新塚先生の姿を探す。
パッと室内を見渡すが、どこにも見当たらない。
自分の机にいないってことは、どうせ奥の広間にでもいるんだろう。
オレは職員室の奥へ向かった。
「新塚先生ー?」
「おお、円城か。どうした? 君からこちらに尋ねてくるなんて珍しい」
思った通り、新塚先生は奥の喫煙スペースにいた。
ソファで足を組んで、煙草を吸う姿は我が姉を彷彿とさせる。
というか、すごい既視感……これってデジャブ?
どこから見てもまんまアオ姉だ。
「お話があるんですけど構いませんか? 出来れば人のいないところで」
「なんだ? 表では言い辛いことか?」
「ええ…ちょっと複雑なことなんで」
「……ふむ、冗談ではなさそうだな」
オレのを顔を一瞥して、新塚先生はこくりと頷き、煙草の火を消して立ち上がる。
「では隣の部屋に移ろう」
新塚先生の後に続いて、職員室のすぐ隣にある応接室に移動した。
部屋の中には長テーブルが一つ、そしてそれを挟むように高級そうなソファが二つ置かれている。それ以外に大したものはこれといって見当たらない。
応接室は主に校外からの客や保護者との対談という目的で使われることが多い場所だが、教師達は各々結構自由に使っていたりする。
なんでそんなことを一生徒のオレが知っているかっていうと、一年生の頃、よくここに説教で呼ばれたからだ。……新塚先生に。
「まぁ、かけたまえ」
新塚先生にそう言われて頷き、静かにソファへ腰をつける。
「で、話というのはなんだね? 円城」
「はい、一つだけ教えてもらいたいことがありまして」
「ふむ、構わんぞ」
「ただ…先生にはあまりいい話じゃないと思います」
「言ってみたまえ。私に教えてあげられることならなんでも教えよう」
肩を組んだままそう言う新塚先生はオレの言うことを大して気にしていないようだった。
だが、これからオレが聞くことは多分、いや確実に先生を不快にさせると思う。
新塚先生がオレの思い描く通りの人物なら間違いなくだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
言えと言われたので、オレは思い切ってそのことを聞いてみた。
「鴉山の神隠し」
「!」
その言葉を出した途端、新塚先生の眉が大きくピクリと動いた。
「その反応だとやっぱり知ってるんですね」
「どこで知った?」
「ウチの姉からです」
「そうか……碧か…」
新塚先生は頭を抱えて、大きなため息を吐いた。
姫川に旧校舎のことを聞いた時、オレは新塚先生が神隠しについて知っていると直感した。
あの時の姫川は新塚先生から聞いた話を『あんまり話していいことじゃない』と言っていた。
話していいことじゃない、話してはいけない。
つまりそうしなければいけない、なんらかの理由があったということだろう。
そこでオレは昨夜のアオ姉と話したことを思い出した。
アオ姉は言っていた。
当時、女子生徒が行方不明になった際、警察と学校から箝口令が敷かれたと。
それがどの程度のものかは知らないが、あのアオ姉が七年間もオレに黙っていたということは相当なものだったのだろう。
旧校舎のことで言い辛いこと……そう考えると思い当たるのは、鴉山の神隠しのことしかなかった。
だからオレは姫川の仕草を一目見てすぐに気がついたのだ。
「君はどこまで知っている?」
「……七年前、女子生徒がいなくなって未だに行方が分からないこと。その時、箝口令が敷かれていたこと。女子生徒を最後に見たのは旧校舎の入り口だった、くらいですかね」
「大体のことは知っているようだな」
新塚先生は白衣の胸ポケットから煙草の箱とライターを取り出す。
「重ねて聞くが、円城……君はなんでそんなことを知りたい? なぜ七年も前のことを知りたいんだ?」
「それは……」
「もしかして君は、あの旧校舎に興味があるのかね?」
畳みかけるように質問してくる新塚先生。
まずいな、その理由については考えてなかった。
新塚先生は厳しい人だ。
その場しのぎの言い訳や嘘が通じるような相手じゃない。
返答次第ではなにも教えてもらえず、突っ撥ねられるかもしれない。
なんて答えようか?
と考える反面、オレは腹持ちならない感覚を胸に感じた。
なにかがズレているような違和感、そして沸き上がってくる疑問。
…いや、待て。
そもそもなんでオレは必死に旧校舎のことを調べているんだろ?
それは今更ながらに浮き上がった自分への――オレの行動に対するオレの疑問だった。
「どうなんだ? 円城」
しかし、考えている時間はない。
オレはゆっくりと、自分の気持ちを整理しながら話をする。
「た、確かに旧校舎に興味はあります。けど…決して軽い気持ちで調べているわけじゃありません」
考えろ……そもそもなんでオレはこんなことをしている?
鴉山の神隠し? そんなの七年も昔のことだ。
自分には関係がないことじゃないか。
隆弘のわがままに仕方なく付き合っているだけで、自分から積極的に動く必要なんてなかったはずだ。
エロ本を貰ったからでもない。
ただ、言われたことをやって、ダメならそこで諦めればよかった。なのにオレは姫川を尋ねて話を聞き、こうして新塚先生とも話している。
おかしい。こんなのはオレのキャラじゃない。
オレが知っているオレ、円城雁耶の取る行動ではない。
なんたって今、こんなことに気づく?
どうして今、このタイミングでそう思った?
「と、いうと?」
新塚先生は追及の手を休めず、更に問いただしてくる。
理由か。逆にオレが教えてもらいたい。
オレが動く理由、動機。
それはなんだ?
旧校舎のことを知ってどう思った?
神隠しのことを聞いてどう感じた?
あの時、本当はどんな気持ちを抱いた?
怖かった? 違う。
気持ち悪かった? 違う。
悲しかった? 違う。
そうじゃない。
だってあの時、オレは―――
「オレは……許せないんですよ」
それはほとんど無意識に出た言葉だった。
「許せない?」
「そう、許せない。過去に生徒が一人いなくなっている……そんな大変なことが起きていたのに、オレはそれを知らなかった。それが許せない……でも、それよりも、そのこと自体が忘れ去られていることが、オレは腹立たしいんです」
そう。
いつぞや隆弘が言っていた。
『こんなこと知ったら放っておけねえだろ?』
あれは隆弘だけの言葉じゃなかった。
オレの思いでもあった。
あの時、オレは内心ではそう思っていたんだ。
「なかったことにしてはいけない、しちゃあいけないんだ。それがオレの動機です」
「なるほど。それが君の気持ちか」
「はい」
ありのまま、正直な気持ちを伝えると、新塚先生はプルプルと身体を小刻みに震わせて、口元を手で抑えていた。
それから間もなく大声をあげて笑い出した。
「ぷ………くっくっく…はっはははははは!」
「新塚先生?」
「はっはっはっは、いやすまん。まさか、君がそんなことを口にするとは思わなかったものでな」
…唐突に死にたくなった。
人が真剣に話したっていうのに、そこまで笑わなくてもいいんじゃないですかね?
柄にもないことを言ったのは自分でも分かってるけど、これは辛い。
「君は見かけによらず根は熱いんだな。篠宮が言っていたのは本当だったのか」
「皐月がなにか言ってたんですか?」
「いろいろと昔のことをな。君には分からないだろうが、ああ見えて篠宮は君のことを高く評価している。いや、正確には昔の君を、かな?」
まるで惚気話を聞かされている気分だったよ、と言ってニヤニヤする新塚先生。
「あいつが……?」
意外だった。
いつもオレに対して悪態を吐いて、暴力を振ってばかりのあいつが、オレのことをそんな風に言ってるなんて。
オレはてっきり、呆れられているとばかり思っていた。
前に進むことを止めてしまったオレを心底見損なったんだと。
「傍にいて自分を見てくれる人がいるのは素晴らしいことだよ。円城」
「あのなにかとすぐに殴るのさえなければ頷けなくもないんですけどね」
「叱ってくれるのは目をかけてくれている証だ。本当に失望したのなら干渉などしてこないさ、と話が逸れたな」
そう言って、新塚先生は真剣な顔つきでオレの返答に答えてくれた。
「君の気持ちは分かった。さて円城……君はなにが知りたい?」
「教えてくれるんですか?」
「可能な範囲で、だ。一応部外秘になっていることだからな」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
部外秘を口にしたことをオレが密告するとか露にも思わないんだろうな。
新塚先生は厳しいけど話が分からない人ではない。
オレを信じているからこそ、そう決めてくれたのだろう。
それにそのことを話したのはどうやらオレ以外にもいるようだし。
「ただし、円城。教えてやるのはいいが、一つだけ約束してくれ」
「なにをです?」
「これは学生が首を突っ込んでいいケースではない。だから首を突っ込んだりするな」
そう警告されて、アオ姉も同じようなことを言ってたなと思った。
けれど、予想していたことでもある。
学生如きが触れていい問題じゃないのは重々承知しているんだ。
それでも知ることくらいなら許されても構わないだろう。
「分かりました。それじゃあ、教えてください。新塚先生から見た当時の事件を」
そしてオレは知ることになる。
七年前に起きた事件、鴉山の神隠しの全容について。




