~円城家の朝1~
ハッとなって、目を開いた。
「…………」
目の前には見慣れた天井。
左を向けば針が止まったままの目ざまし時計。
右側には読みかけの小説が置かれた机。
いつもと同じ、オレの部屋だ。
「夢か…」
不思議な夢だった。こんなにハッキリと鮮明な夢は初めてだ。
あの白い少女――初めて会ったはずなのに、どこか懐かしく感じた。
聞き覚えのある声だったような気がする。
“今度は…間違えちゃダメだよ?”
少女が最後に言った――警告にも似た言葉。あの一言がひどく耳に残っている。
あの子は一体……。
「……」
まあ、いいか。ただの夢だ。
そう思って、あまり深く考えないようにした。
身体を横にして、布団の上にうずくまる。
オレはこうしている時間が好きだ。
自分の部屋で横たわっているこの瞬間だけ、世界は自分だけのものと感じる。
心の底から自由だと思える。
誰に強制されるわけでもなく、己の赴くまま、自由に行動する。
そんな猫のような人生がオレの目標だ。
ただし猫は猫でも飼い猫だ。それも豪邸の。
うんと甘やかされていると尚良い。
「雁耶~」
どこからか聞こえてくる女性の声。
それはオレの名前を呼ぶ声だった。
「そろそろ起きろー、メシの前に支度しなー」
「……」
「雁耶―?」
「この声はアオ姉か」
大丈夫だ。
声の主が分かった瞬間、オレは沈黙を決め込んだ。
しばらく呼び声は続いた。
しかしオレはなにも答えない。
何度か繰り返すうち、向こうもオレが動かないと諦めたのか、呼び声は聞こえなくなった。
…………。
完全な沈黙。
それと同時に戻ってきたオレの世界。
ふいに時間を確認しようと思い、手元に置いてある充電中のスマホの液晶画面を見る。
表示された時間は六時二十八分。
かなり早く起きてしまった。
どうしようか?このまま起きるのが最善だが、先程アオ姉の声を無視した以上、そうするのは負けな気がする。
……つまらない意地かもしれないが、これだけは譲れなかった。
しばらく悩んだものも、結局オレは二度寝することにした。
ウダウダ考えるくらいならいっそ寝ているほうが時間も無駄にならないし、…後少しくらい起きなくても大丈夫だろう。
それに――もう一度眠れば、夢の中でまたあの少女に会えるかもしれない。
そんな気持ちが少しあった。
まあ、いいか…なんて言ったけど、実は結構気になってたりする。そのくらい不思議な夢だった。
僅かな期待を抱きながら、瞳を閉じる。その直後――
先程オレを読んでいた声が再び聞こえた。
「皐月ちゃんが来たぞー」
その言葉に超反応――すぐに布団を蹴飛ばして起き上がる。
条件反射と言っていい動きだった。
「す、すぐ行くっ!!」
脳内で非常警報が鳴り響いている。
急がないと……急がないと殺される…ぶっ殺される…!
冗談ではなく本当に。
いやいやマジで!嘘じゃなくって!
起きたてでよろめく足で部屋を抜け出し、リビングへと走る。
その途中、チラッと少しだけ振り返って部屋の戸を名残惜しく見つめる。
じゃあな…また夜には帰ってくるよ。
自分の世界に別れを告げ、オレ――円城雁耶、十七歳の一日は幕を開ける。