~鴉山の神隠し(中)2~
月曜の放課後。
オレはいつも通り生徒会室に行き、姫川望來こと望みんの手伝いに勤しんでいた。
ここに来て一週間経つが、生徒会の仕事にも大分慣れてきた気がする。
そのせいか、日に日にここへ来ることへの抵抗を感じなくなっている自分の変化に気がついた。
それどころか会長の負担を減らすためにも働かなきゃ! という意欲が湧いてくるくらいだ。
いやー望みんパワーぱねぇッス。
優れた指導者に必要なのは民衆を虜にするカリスマ性だと昔、映画で見たことがあるが、正ににその通りだ。
言っておくが、これは断じて洗脳などでない。
しかし生徒会は過酷だなんて噂が流れていたから覚悟はしていたけど、実際ここに来てみるとそうでもないと思う。
まぁ、オレは臨時職員みたいなものだから、仕事量は少ないんだけど。
やることといえば、主に書類の記入とチェック、と雑用ばかりだ。
大した量もなく、責任もかからないのでストレスを感じることもない。
週に四日行ってる飲食店のバイトに比べたら天国である。
一心不乱に書類と向き合い、書いてはチェックを繰り返す。
半分そこそこのところで作業を止めて、手を休めていると視界の横から紅茶の入ったカップが差し出された。
カップが出てきた方を見ると、カップをたくさん乗せたトレイを持った姫川がいた。
「はい、円城君。仕事熱心なのもいいけど、ほどほどにね。休憩しよう」
「ああ、サンキュ姫川」
そう答えてカップを受け取ると姫川は他の人達にも紅茶を配っていく。
その姿を見やりながらカップに口をつける。
美味い。舌を火傷してしまわないほどよい熱さだ。
生徒会を手伝い始めて知ったが、何故かこの部屋には電気ポットやカップに食器、紅茶のパックが揃えられており、ウチの会長様は自らお茶を淹れて配っている。
そんなの他の下っ端にでもやらせればいいのに、頑なにその役割を譲ろうとはしないのだ。
カップを受け取った役員達は天使を崇めるような目で姫川を見ていた。
同感だぜ、あれはまごうことなき天使だ。
人間に慈悲と救いの手を差し伸べる大天使望みん。
それに比べ、どっかの暴力幼馴染ときたら。
人間に苦痛と悲しみを与える堕天使さつきん。いや、魔王か?
只今神の救い、絶賛募集中のオレです。
オレは休憩がてらに携帯で一昨日の晩、学校の掲示板に立てたスレッドを携帯で確認してみた。
「書き込み数二百十五件か、結構来たな」
ページをスライドさせて書き込みの中に気になるような内容がないか目を通していく。
「ん、あまり役に立ちそうなものはないな」
旧校舎の存在を疑うものと、悪ノリでふざけたもの、一発で嘘と分かるようなものばかりだった。
そうだよな、ネットの中なら匿名で誰かなんて分からないんだから好き放題書き込み出来るよねー。
マトモな書き込みが少ないわけだー。
ネット社会なんて所詮欺瞞の塊だな。信じられるのはリアルのやり取りだけだ。
聞きこみ作戦第一弾は見事に失敗だな。
さて、どうしようか。
とりあえず片っ端から生徒に聞き込みするのが正攻法だろうけど。
それはオレにはおおよそ不可能に近い作業だ。
普段無口な奴が沢山の人とペチャクチャ喋ってる姿なんて気味が悪いだけだろ。
それが許されるのは上位クラスカーストのイケメンだ。
さて、そこでこの円城雁耶は考える。
持つ者にしか出来ないのなら、持たざる者はどうすればいいか?
簡単なことだ。
持たざる者なりのやり方を考えればいい。
王道がダメなら邪道。
少ない負担で尚且つ正確な情報を手に入れるのだ。
だから聞く的を極端に絞る。
「なぁ姫川、ちょっといいか?」
オレがそう呼ぶと、姫川はすぐに気づいてこちらに来てくれた。
「どうしたの?」
「一個聞きたいことがあるんだけど、お前、鴉山の旧校舎って知ってる?」
そう。聞くとすれば、それは多くの情報を知っていると思われる人物だ。
だから差し当たって、オレは姫川に聞いてみることにした。
姫川は生徒会長だ。
学校内部の事情にもっとも近い生徒だろう。
彼女ならなにか詳しいことを知っているかもしれない。
別にいつも話してるから、話しやすいとかそういう理由じゃないからね?
そこんとこ誤解するなよ?
姫川は左手の指先で左肩に下したお下げを弄りながら、考え事をしていた。
「旧校舎……旧校舎……あっ!」
なにか思い当たったようで、両手をパンと合わせて顔を上げる姫川。
「それって…ずっと昔に使われなくなったって言う古い校舎だよね? 聞いたことくらいならあるよ」
「誰から聞いたんだ?」
「新塚先生が結構前にそんなことを言ってたんだ」
「新塚先生?」
意外な人の名前が出て、驚いた。
「新塚先生は旧校舎のことを知っているのか?」
「…………」
なぜか黙りこんでしまう姫川。
オレを見ては俯いて、また見て俯いてと視線が落ち着かない。
そのことについて言っていいものか迷っている感じだった。
「あんまり話していいことじゃないんだけど…」
その仕草が十分な答えになった。
「分かった、いいよ。無理に話さなくても」
「え?」
「姫川が言おうとしてることは大体分かった。後のことは直接新塚先生に聞くよ」
そう告げると、姫川は低いトーンの声で聞いてきた。
「……円城君」
「ん?」
「もしかして逢坂君となにかしている?」
その言葉を聞いた途端、ゾクッとした。
それは鋭いナイフのような言葉だった。
姫川を見ると、さっきまでののほほんとした望みんオーラはない。
機械のように冷たい殺伐とした表情だ。
こんな、冷酷な経営者の顔をした姫川は初めて見た。
「…別にそんなことはないよ、ちょっと調べものをしているだけだ」
顔を逸らして答えると、右手に熱を感じた。
姫川がオレの右手を手に取っていた。
「姫川……? なにしてんだ?」
手を握ったまま、なにも答えない姫川。
しばらくして手を離す。
「円城君……危ないことはしないでね?」
「…?」
どういうことだ?
なんだか、まるでオレのやろうとしていることを知っているような口ぶりだった。
いや、おおよそは察しているのだろう。
姫川の言おうとしていることをオレが分かっている時点で、そうなのだ。
「このこと皐月には黙ってもらえると助かるんだけど」
あいつに知られたらどんな目に遭うか……想像出来ない。
多分怒りはするんだろうけど。
それだけはなんとしてでも防いでおきたい。
「それはどうしてかな?」
「え?」
「なんで皐月には黙るの?」
「それは……あれだ。あんま心配させたくないっていうか…」
詰まり詰まりで適当に考えた理由を答えると、姫川は罰が悪そうに言う。
「心配をかけたくないのなら、そういうことしちゃダメだよ?」
「う……」
そう言われると脇腹が痛い。
今作った理由なだけに、補足するのが難しかった。
なにも言えず黙っていると、姫川は、しょうがないな、という感じにため息した。
「でもまぁ、とりあえず黙っておいてあげる。同じ生徒会のよしみでね」
「そうしてくれると助かる」
納得は出来ていない感じだったが、姫川は寛容だった。
のほほんとした望みんに戻ると、姫川はニコッと微笑む。
「うん、それじゃあお仕事の続きね」
「了解」
苦笑混じりにそう答えて生徒会の業務へと戻った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし文中におかしな点がございましたら、遠慮なく申して下さい。
後、他の話も分割しましたので。




