~鴉山の神隠し(前)4~
「実はな、そのことでお前を呼んだんだよ、雁耶」
ニヤァと軽薄そうな笑みを浮かべる隆弘。
ああ…またロクでもないことを考えているな、こいつ。
この笑い方をしている時は絶対にそうだということだけは今までの経験から分かる。
嫌な予感がするなぁ。
「オレ、このことを公にしようと思っているんだ」
「はあぁ!?」
ほら見ろ、やっぱりそうだ。
予想通り、とんでもないことを口にしやがったよ。こいつ。
「公にって、お前っ……旧校舎で起きたことを表沙汰にするのか?」
「そうだ」
「なんでそんなことするんだよ?」
「だってなー、こんなこと知ったら放っておけねえだろ?」
ごく当たり前のように言う隆弘。
それが、悪いことはしたらいけないみたいな、あんまりにも自然な返答だったもんで、思わず拍子抜けしてしまった。
「……そんなシンプルな理由なのか?」
「変かよ? お前の信条だって同じようなもんだろうが。嫌なもんは嫌だ。それと一緒だ。オレはな、見て見ぬフリは出来ねえんだよ」
「その気持ちは分からなくもないけどよ、これはちょっと学生には荷が重過ぎると思うんだけど」
「ンナもん、どーにでもなるさ。物事を大げさに見せるのは得意なんだ」
ニッと笑ってウィンクする隆弘に、オレはげんなりする。
完全にスイッチ入ってしまってる。
こうなったらもう隆弘は止められない。
「そうかよ、なら好き放題やってくれ。オレは止めないからな」
「んで、さしあたってはまずお前に協力してほしいんだよー雁耶」
「なるほど…。だが、断る」
オレはドヤ顔でそう返してやった。
「おいおいおいおい! なに言ってんだよ? ここまで話したんだから、そこは普通喜んでー、だろ?」
「ふざけんな、誰がそんな面倒で危ない橋を渡りたがるんだ。オレはごめんだ」
「はぁ…お前って相変わらず空気読むの下手くそだよなぁ」
盛大に溜め息を吐いて、目を細める隆弘。
そんな残念な奴を見る目をしても無駄だ。
そういうのは今まで皐月にやられてきたので慣れてる。
「ちょっと手伝ってくれるだけでいいんだ。片手間に、副業みたいなもんと思ってさ! 頼むよ」
「そう言われてもな」
「オレが聞き込みするよりもお前の方が話しやすいんだよ」
「いや、そんなことはねえだろ」
「お前……オレが学校でなんて呼ばれてるのか忘れたか?」
そう言われてオレは納得した。
実は、オレが帰宅部のエースと呼ばれているように、隆弘にも異名がある。
今じゃ丸くなったほうだが、中学時代、こいつはとてつもない不良で“鴉山の猟犬”などと呼ばれ、周りに畏怖されてた。
気にくわない奴なら先輩・後輩、挙句は教師だろうと構わず殴る、触れるもの全て壊すとそれはもう尖ったナイフ――いやギザギザしたノコギリのように危険な奴だった。
いや、ホントに酷かったよ? 目を合わせただけで因縁つけてくるんだもん。
そんな隆弘が丸くなって、何故オレの友人になったのかはまた別の話だ。
色々あって落ち着いたものの、かつての名残からか恐れている生徒は結構おり、話しかけると逃げられてしまうのが現状である。
……でもなんでか女子には人気なんだよなぁ。
一年の時、同じクラスだった女子が言うにはワイルドなところがカッコイイらしい。
君の目、腐ってるんじゃない? と心底思ったもんだ。
うん、そう思い出したらなんかムカついてきたな。
「そりゃ自業自得だ。恨むなら昔の自分を恨め」
「なんだよ、例のブツは欲しくはないってのか?」
「その言葉で思い出した! てめえ、それ早く寄こせよ! 旧校舎についてってやっただろうが?」
「おいおい、それが人にものを貰う態度かよ。そうだなぁ…協力してくれるのなら、今ここで譲ってやってもいいぜ?」
くっくっくと悪役じみた笑みを浮かべる隆弘。
「くっ、汚いぞ!」
こいつ、なんてことを思いつくんだ……!
約束を反故にしやがった。
「別に大したことはしなくていいんだ、ちょっと聞き込みをする。それだけでいいんだ」
しばらくオレは黙って考える。
「わずかな労力をかけるだけで望みのものが手に入るんだぞ? なんならこいつをサービスにつけてやってもいい」
どこから取り出したのか、隆弘の右手には茶髪碧眼美少女の写真集が!。
「くうっ!」
このままではまずい。
なんとかして跳ね返さないとっ!
「くどいぞ隆弘! オレがそんなチャチな誘惑に乗るとでも……」
「そうか、ならしょうがねえな」
オレの言葉を遮って、隆弘は右手に持っているそれをもう片方の手で破こうと―――
「分かった、やるよ! やればいいんだろ畜生!」
「そう言ってくれると信じてたぜ、相棒」
結局オレはその申し出を受けてしまった。
くっ、オレって奴はどうしていつもこうなんだろう…。
若干の自己嫌悪を抱きながら、写真集を受け取る。
「で、聞き込みつっても、オレはなにをすればいい?」
「お前には学校で旧校舎について聞きまわってもらいたい」
隆弘の頼みはそれ自体は単純なものだった。
さっき言ってた通り、やることは聞き込み。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「なんだ」
「それって、たくさんの人に聞かないとダメか?」
「そーだな、出来るだけ多い方が情報も多く入るしな」
聞き込みというのは単調な作業だが、安易というわけじゃない。
なにせ不特定多数の人を当たっていかなければならないし。
オレみたいに先輩・後輩との繋がりがなければ、同じクラスメートの名前も覚えていない奴は尚更ベリーハード。
うーむ、参ったな。
いちいち一人ずつ聞いていくのも面倒で嫌だ。
なにか一発で大量に捕れる網はないものか……。
顔を上げると隆弘が使っていたノーパソが目に入る。
待てよ……ノーパソ……インターネット……そうだ!
「隆弘、ちょっとそのノーパソ貸してくれ」
「構わねえぞ」
さっそくオレはインターネットで検索して、あるサイトにアクセスし、パスワードとIDを入力し、ログインする。
開いたページは鴉山学園Q&A掲示板だ。
後ろで、ほうと息を呑む隆弘。
「なるほど……その手があったか」
このサイトは鴉山学園のホームページからリンクしており、オレ達が入学した頃に生徒の意見・要望を聞くために生徒会によって作られたものだ。
入学時に貰うアカウントとIDを入力すれば誰でも使うことが出来、校内の情報も互いに交換出来、その利用しやすさから、結構人気があったりする。
オレはスレッドを一つ立ててみた。
タイトルは鴉山の旧校舎について。
内容は――この間、友人から聞いたのですが、ウチの二代前の校舎が違う場所に残っているらしいです。一体どんなところなんでしょうか? なにか知っていることがあったら教えてください。
「こんなもんでいいだろ」
スレを作り終えて、内容に不備がないかもう一度確認する。
これで二、三日もすればたくさんの書き込みがくるはずだ。
あの掲示板は出来たばかりの頃は真面目な内容のスレばかりだったらしいが、今じゃみんな面白いものにしか興味がなくなり、さっきみたいな内容ならまず間違いなく食いついてくる。
顎に手を添えて、ノーパソを眺める隆弘。
「上手いこと考えたもんだな」
「ふっ、便利なものはちゃんと活用しないとな」
本当は生徒会の手伝いの時、望來に教えてもらったんだけどネ。
教えてもらうまでこの掲示板の存在忘れてたんだよ、オレ。
しかし顔も名前も出さなくていいネット社会の利便さはマジ世界一。
ネットを使った犯罪が増えるのも頷ける。
ちょっとした優越感に浸りながら、ページを閉じようとしていると、ふと疑問が浮かび上がった。
ちらりと横目で隆弘の顔を覗き見る。
そういやこいつ、合成映像の作成とかやたらと詳しかったし、パソコンの扱いも手馴れていたよな。
オレは振り返って、そのことを尋ねてみた。
「ちょっと思ったんだけど、お前なら、真っ先にこの掲示板使ってたんじゃないか?」
率直に聞くと、隆弘はぽりぽりと鼻の頭を掻きながら、照れくさそうにして答える。
「いやー、それがさあ……オレ、掲示板の管理者からアカウントの停止くらってるんだわ」
予想の斜め下をいく返答だった。
アカウント停止って…おいおい、なにやったんだよお前。
「もう長いこと使ってなかったから、掲示板の存在すっかり忘れてたぜ」
「そういうことだったら姫川に頼めば、取り消してもらえるかもしれないぞ」
「え、マジで?」
「生徒会長と副会長は管理者権限を与えられてるからな」
掲示板に不謹慎な内容のものがないか調べるのも生徒会の仕事だ。これも姫川から教えてもらった。
つまり隆弘を出禁にしたのは副会長か望みんのどっちかってことです。
「よっしゃ、月曜にでも頼み込んでみっかな」
まるで地獄に救いの糸が降りてきたように喜ぶ隆弘。
さあて、その糸を垂らしているのはどっちなんでしょうね?
望みんじゃないことを祈るばかりです。
「んじゃ、こんな感じで来週辺りから本格的に調べて行こうぜ」
そう言って二本目の缶コーヒーを手に持つ隆弘。
「言っとくが、あくまでオレはちょっと手伝うだけだからな」
「わーってる、わーってるって」
と投げやりな返事をする隆弘を見て、溜め息を吐かずに張られない。
絶対分かってないな、こいつ。
こんな感じでオレと隆弘の旧校舎調査は始まった。
ただ、一つだけどうしても気になることがあったが。
そのこと……黒コートの男についてはお互いなにも口にはしなかった。




