~鴉山の神隠し(前)3~
内容を一部分、編集しました。2015 8/26
人体実験。
思い出すのは、旧校舎の二階で見た、あの幻のことだ。
見るに悍ましいあの拷問の幻。
手帳を差し出してくる隆弘。
読め、ってことか?
手帳を受け取ると、ふせんが貼られていた。
「ふせんが付いてるページを見てくれ」
言われるがまま手帳を開いて、ペラッとふせんのページをめくると、紙が変色して汚かったが文字は読めた。
オレはそのページを読んでみる。
☓☓☓☓年○月○日。
人体の脳への刺激についての実験。
被験者十一番……精神的不安定により戦線を離脱、及びここへ収容。
外的刺激を与えることで起こる脳への変化を確かめるため、被験者の頭部――脳に針を刺しこむ。
被験者は痛みに泣き叫ぶだけでなにも起こらない。
しかし、刺された箇所によって反応の仕方、動く体の部位が違うのは興味深い。
これまでに十人同じ実験を行ったが被験者に特殊な変化は見られない。
どうやらこのプロセスでは駄目なようだ。
別の方法を試してみた方がいい。
「なんだよ……これ…」
ページに書かれた文字を読んで、戦慄が身体を突き抜ける。
恐怖のあまりに手帳を持った手が震えてしまう。
気持ち悪い……反吐が出そうだ。
このページの中では、まるでネズミを使った実験のように人間が扱われている。
それも今読んだ限りじゃ十人以上も……
生きたまま脳に針を刺されて。
そこでなにか引っかかる。
「脳に針…これって…」
「そうだ、あそこで見たことと同じ内容だろ」
似ている……確かにこの内容はあそこで見たものと同じだ。
「じゃあなんだ、これは人体実験の記録ってわけか!?」
「そういうことだ」
あっさりと肯定する隆弘。
「いや待てよ、でも隆弘、そうだっていうなら、オレ達があそこで見た幻はなんなんだよ!? あれは現実なのか?」
「それについては確証はねえな」
先ほどまとめていた紙をペラペラとめくって、なにかを探しだす隆弘。
「オレはその手帳を見て、二つのことを調べてたんだ。一つはお前が持ってる奴。そんでもう一つは……これだ!」
ばっと紙を見せてくる隆弘。その紙にはこう書かれていた。
「怪奇現象について?」
「あぁ、あの辺りで似たようなことがないか調べてみたんだ」
紙を受け取ってみると、そこにはなにかの数字がグラフで表示されていた。
「このグラフみたいのはなんだ?」
「そりゃ、幽霊の目撃数だ」
「幽霊?」
日常会話では聞きなれない言葉だった。
怪訝な目で隆弘を見やる。
「なんかお化けっぽかったじゃねえか? あれ」
お化け……そう言われたら確かにそうだけど。
なんか妙にそう認められないような。
認めたくないような。
「まぁ、それと似たような情報を集めてみたんだよ。過去にもそういうことがあったかもしれないし」
「ふーん、なるほどね」
一通り説明されて、再度、紙を見る。
一枚読み終わっては、めくり。また一枚ぺらり。
………………………………………え?
もう一度、一枚目から見返してみる。そうしていて、このグラフの意味が分かってきた。
「……なぁ、だとしたらこのグラフ……かなり数値が多くないか?」
「あぁ、実はあの校舎付近、昔からそういうホラー・ニュースが絶えない隠れスポットらしい」
「一年で二百件も……? あり過ぎだろ」
これだけ目撃されてて、なぜ、名所になっていない?
「結局詳しいことは分かってねえけど、多分、あそこで見たモノと関係ないことはないだろうぜ」
「それで残りの調べもの、コレはなんだ?」
「人体実験についてか」
最初に持っていた紙を見えてやると、隆弘はハッキリとした口調で答える。
「二つ目の調べもの……旧校舎について調べてみたんだ。あそこがまだ使われていた頃、なにがあったかを」
「なにが分かったんだ?」
尋ねると、隆弘は悔しそうに歯切りし出す。
「それがよぉ、なんにも分からなかった。当時の校舎の名前も、そこにいた職員もなに一つとして情報がなかったんだ」
「全くなにもなかったのか? ネットで調べたのに?」
「あぁ、意図的に消されてるんじゃねえかと思える有様だった」
お手上げだと両手を広げて溜め息を吐く隆弘。
珍しく本気で落ち込んでた。
こいつがこんなに落ち込むのは昔、予約していたテレビゲームがクソゲーだった時以来ではないだろうか。
いやーしかしグーグル先生でも分かんないことってあるんだな。
インターネットで無理ならもう情報なくない?
「だから一応、当時の鴉山市の歴史についてと人体実験のことからなにか見つからないか探してはいるんだけどな」
「その言い方だとそっちもダメだったみたいだな」
「今んとこはな。ただ、気になることはある」
返された台詞は強がっているようだった。
隆弘は昔から負けず嫌いだ。
些細なことでも負けることを良しとしない。
「で、こんなに調べものしてお前はどうしたいんだ?」
テーブルの上に積まれた大量の紙の束を見つめて、生唾を飲む。
隆弘はたった一日、一人でこれだけの情報を調べ上げた。
一度突っ走るとどこまでも突っ込む猪のような、或いはブレーキの利かない故障車のような一面がオレには空恐ろしい。
そしてそこまでしてなにをしようとしているのか分からないことも。
オレはこいつと長い付き合いになるが、たまになにを考えているのか分からなくなる時がある。心の奥底に得体のしれないモノを隠しているようで、それが怖い。




