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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
14/30

~鴉山の神隠し(前)1~

 日曜日、オレはせっかくの休日だというのに、朝早くから起きて学校へと向かった。


 なんでこうなったんだ…オレの休日。

 

休日に学校へ行くというほど愚かな行動はない。

 そもそも学校とは平日に行くのが当たり前、当然の義務であって。休日に赴くというのは、つまり時間外労働、ボランティアにもにた行為であり、自らの時間を削ってしまう愚行なのだ。

 ましてや部活などの課外活動に関わっていないのなら尚更だ。


 そんなオレがこうして学校へ向かっているのは、やっぱりというか勿論、圧倒的暴力による強制だ。


 違う……こんな生活、オレは望んでない。

 オレが求めるのは自堕落的な猫ライフなはずなのに。

 子が親を選べないように、飼い猫は飼い主を選べないってことなんだろうな。



 剣道場に着き、扉を開くと中は竹刀を打ち合う音があちらこちらで鳴っていた。


「やってるやってる」


 扉を閉めて、練習している部員達に目をやる。


 二組になり打ち合いをしている部員達、その中から皐月の姿を見つける。

 みんな防具とお面をつけているが、背丈と動きを見れば、大体そいつが誰なのかは分かる。


 ことさら皐月なら一目瞭然だ。

 皐月は戦法が攻撃的なスタイルなので見分けやすい。

 

 後、打ち合いの際、竹刀のぶつかる音が他の人に比べて大きいもんだから、見なくても分かる。


 靴を脱いで中に上がると、部員達の稽古を見ていたショートカットヘアーの女性がこちらに歩いてくる。


「おー、円城君、彼女の剣道着姿を拝みに来たのかい?」


「違いますよ……新海さん」


 愛想笑いでそう答えると、剣道部部長――新海(しんかい)美紀(みき)さんはニコッと笑って肩を叩いてくる。


「誤魔化さなくたっていいじゃないか! さつきんから話は聞いているよ。君を更正させるんだってな」


「更正って……人を問題児みたいに言わないでくださいよ。首根っこ掴んででも連れて行くって脅されたんですよ、あいつに」


「尻に敷かれてるねぇ、まあ女性が力を持った方が夫婦関係は長く続くというし、いいことだ」


「敷かれてないし、夫婦でもないです。てかオレと皐月はそんなんじゃないですよ」


 ただの幼馴染だ、と何回この人に言っただろうか。

 ここに来る度、毎回口にしている気がする。


「その台詞はテンプレな幼馴染フラグだね。ははは、大したものは出せないけど見てってくれよ。その方がさつきんも気合が入るからね」


 はっはっは、と豪快に笑いながら元いた場所へと帰る新海さん。


「あの人、相変わらずだな」


 新海さんは一つ年上の先輩だ。

 いつもなにかとオレと皐月の関係について追及してくるのでオレは苦手だ。

でも部外者のオレを快く受け入れてくれたり、皐月のことをさつきんと呼んでたのを見ると、すごくいい人なんだよなぁ。

 苦手だけど嫌いな人じゃない。


 でもさつきんかぁ。

 ここじゃ、えらく可愛らしいあだ名で呼ばれてんだよな、あいつ。

 オレからすりゃ殺菌(さつきん)=死のウイルスって感じなんだけど。


 練習の開始から一時間ほどして、新海さんの合図で部員達は休憩に入っていった。


 窓の近くに座って、外を見ていると、先に防具を外し終えた皐月がこちらに走ってきた。

 背中に届くほど長い黒髪は一つに纏め上げられていて、袴に身を包んだ皐月はいつもの制服姿と違った印象だった。


 昔は毎日、目にしているものだったが、今じゃそれも過去の思い出になりつつある。


「お疲れさん」


「雁耶、ちゃんと来てくれたのね」


「約束だしな」


 ホントは家でグータラしていたかったけど。


「ふふふ」


 唇に手を添えて、微笑む皐月。


 その表情は不意打ちだった。

 普段と違ってあんまりにも可愛く見えたもんだから、ついドキッとしてしまった。

 

 いや、なにドキッとしてんだ。オレ。

 小さい頃からずっと一緒にいるこいつにどうして今更ときめくんだよ。


 皐月は微笑むのを止めずにオレの顔を見ていた。


「……オレの顔になんかついてるのか?」


「ううん。別になんでもない」


「変な奴だな」


そう答えるも皐月は変わらず微笑んでいる。


 あれ? いつもならここで怒ってなんか言ってくるんだけど。…変だな。

 今日の皐月はやけに機嫌が良い。


 オレのすぐ隣に座ると、皐月は部員達のほうを見つめたまま話しかけてくる。


「で、どう?」


「ど、どうって?」


 ……ちょっと近くないか?

 いつもは一人分くらい空けて、隣に来るだろお前。


「見ていてなにか思わなかった?」


「?」


 見ていてって、なにをだ?

 主語を省いて聞かれても困るんだけど。

 なんのことか聞こうと思って皐月の方をチラッと見ると、皐月の顔が目の前にあった。


「………っ!」


 距離の近さにびっくりして飛びのけそうになった。


 近い近い近い!


 皐月は鼻が触れそうなほど近い距離を保ったまま、じぃ、と睨むようにオレの目を見ている。

 その視線が恥ずかしくて、どこか違うところを見ようとしたが、視界全体に皐月の顔が映りこんでて無理だった。


 目に入るのは、水晶にみたいに光る瞳、長いまつ毛、ツヤツヤして柔らかそうな唇、雪のように透き通った白肌。

 シャンプーか香水か分からないが、いい匂いもする。


「~っ」


 かなり密接した距離のせいか、普段気にしないような情報が無駄に頭の中へ入ってきた。

 熱でもあるみたいに顔が熱い。

 それが原因かは知らないが、この時オレは、その顔の造形がどうしようもなく綺麗なものに見えた。

 全くなんでそう思うのか自分でも理解できない。

 けど、同時においそれと気安く触れてはいけない………そんな距離感を感じもした。


 篠宮皐月はオレの幼馴染だ。

 小さい頃から一緒に遊んで、ご飯を食べて、剣道を習って。

 いつも近くにいて、お互いを意識したりしない、ぶっちゃけ家族みたいな存在である。

 だから今までそういう目で見たことはなかった。

 見た目は可愛いと思ってるけど、それはなんていうか、こういう言い方は失礼かもしれないし、間違っても皐月には言えないけど、猫や犬を見て思う可愛いと同じ部類のもので、異性としてのものではなかった。

 けど、今オレが感じているのは、今までのそれとは違う気がする。


 意識したことはなかったが、実はこいつって……滅茶苦茶かわ―――い、いや! 騙されるな、オレ。

 こいつが可愛いのは見た目だけだ。そう見た目だけ。

 見た目可愛いくせに凶暴なコアラと一緒だ。


 皐月はコアラ……皐月はコアラ……。


 頭の中でその言葉を何度も繰り返し呟いていると、間近にある皐月の顔、その両眉の端が吊り上った。


 あ、元の皐月だ。


 表情がデフォルトに戻った瞬間、冷静になれた。


「ねえ? 聞いている?」


「え? ああ、悪い……なんだって?」


「だから、練習を見ていて、先輩・後輩の交流とかそういうのでなにか感じなかったかって聞いてんの」


 ああ、そういうことか。


「竹刀を打ち合ってる光景を見ててもなぁ」


 楽しそうとかそういうものは一切感じれないんですけど。

 寧ろ、キツそうとか痛そーとしか思わない。

 いや、あれ防具つけてるけど結構痛いんだよ、ホント。


「違うわよ……そうじゃなくって、今のこの光景を見てってことよ」


 皐月が手を伸ばした方を見ると、後輩らしき部員が先輩と話している姿が見えた。

 目を凝らしてみると、二人ともしきりによく笑っている。

 他の方では、なにかを聞いている後輩、それに対して教えている先輩もいる。

 ふざけて取っ組みかかったり、バカみたいにはしゃいでる姿もちらほら。


 ……さっきからチラチラこっちを見ては盛り上がっているグループもいるが、あれは無視しよう。


 剣道部全体をこうして見るとみんな和気藹々としていた。


「………」


 今のオレにはこの光景が眩しかった。


 見ていて胸が微かに震える。

 頬が紅潮していくのが自分でも分かった。

 なにもかもが懐かしく、そして羨ましく感じた。


 オレが目にしているもの……それはオレが自ら手放した可能性だった。

 もう戻すことは出来ない、あったかもしれない未来。

 羨望、後悔、諦念、嫉妬、一言では言い表せない複雑な心境だった。


「そうだな。確かにこうして見るとそう悪いもんじゃないな」


「珍しいわね……あんたにしてはえらく素直じゃない。もしかして偽物?」


「本物だ! 失礼なこと言うな!」


「へへへ、でもそんな風に思ってもらえたならよかった」


 ニコニコ頬を緩ませる皐月。

 自分のことみたいに嬉しそうだなぁ、こいつ。


「でもな、さっきから男子部員達の目がやけに痛いんだけど」


「え?」


 目だけで男子部員の方を指示する。

 さっきから―――具体的には皐月がオレのところに来てから、こちらを見る目が急にキツくなった。


「……確かになんか殺気立ってるわね、どうしたのかしら?」


「さぁな」


 お前のせいじゃないですかねぇ?

 男子達からひしひしと殺意を感じる今日この頃です。

 嫌だなぁ、この感じ。

 前来た時もこれがあったから嫌だったんだよなぁ。


「はっはっは、きっとそれは嫉妬しているからじゃあないかね?」


「部長!」


「いつからそこにいたんですか? 新海さん」


 いつの間にかすぐ傍に新海さんが立っていた。

 気配を感じなかった。

 この人、忍びか?


「さっきからいたよ? そんなに驚くことないじゃないか。大げさだねぇ、二人とも」


「部長、嫉妬ってどういうことですか?」


「分からないかね? あそこで鬼のように怖い顔している奴らは君達二人がイチャイチャしているのが腹立たしくて堪らないのさ。さつきんはズバ抜けて可愛いからねー」


「別にイチャイチャなんてしてないですよ?」


「ぶ、部長! な、なに言ってんですか! もぉ!」


「はっはっは、さつきんは照れる顔も可愛いねえ! うん、私の嫁に来てもらいたいくらいだ! 羨ましいぞ~円城君」


 はっはっはと痛快に声を上げて笑う新海さん。

 あの、ツンツン肘を当ててくるのはいいですけど、ちょっと痛いです。

 フリーダム過ぎて手に負えない。

 もう嫌だ……誰かこの人止めて。


「そんなに睨まれるのが嫌なら、また前のように叩きのめしてやればいいじゃないか。君なら剣道で彼らをのすくらい余裕だろうに」


 そう言って、オレの顔を見つめてくる新海さん。

 その表情からはチャラけた感じが消え、鋭い眼差しをしていた。


「いや、ああいうのはちょっと……もういいです」


「…そうかい。私としては是非またお目にしたいものなんだがね~、君の竹刀を握った姿」


「オレとしては今後二度とないことを祈ってますよ」


「ふふん、可愛くないなぁ円城君は。そこが逆に可愛いんだけどな」


 笑いながら、オレの頭をガシガシ撫でてくる新海さん。

 可愛くないのに可愛いって……矛盾してますよね?

 新海さんの頭ガシガシ攻撃に耐えていると、隣の皐月がむー、と唸っていた。


「どうしたんだ?」


「ねぇ、本当に剣道もうしないの?」


「……そのことなら前に言ったろ? その気はないよ」


「本気で言ってる? あんたから剣道取ったらなにが残るのよ?」


「いや、ちょっと待て。オレが剣道しか能がないみたいな言い方は止めろ。他にも得意なことはあるはずだ」


 確かにオレは他のスポーツ得意じゃないし、勉強だってそんなに頭のいい方じゃない。

 でもそれだけじゃないと思うんだ。人間。


 自分の長所について考えていると、間髪入れず皐月は嫌味ったらしく答えた。


「そうね、家に帰るのは得意だったわね、帰宅部のエースさん」


「ないな。オレに得意なものなんて全くなかったな」


 やめて!

 その二つ名でオレを呼ばないで!

 他人に言われるだけでもダメージでかいのに、お前に言われるとかなりキツイんだよ!




挿絵(By みてみん)




「……本当はさ、ちょっとやりたいって思ってるんじゃないの?」


「そんなこと…」


「あるよ、顔に出ているもん」


「そんなわけないだろ」


「気づいてないかもしれないけど、あんた嘘をつく時、右目を閉じる癖があるよ?」


「え? マジで?」


「小さい頃からずっとあんたといるからね。それくらいは分かってくるわよ」


 ふふん、と勝ち誇るように鼻を鳴らす皐月。


 ……自分にそんな癖があるなんて知らなかった。

 よく見てんなぁ、こいつ。


「で、本当はやりたいんでしょ?」


「少しだけ……な」


 嘘を言っても無駄なので、観念して本心を打ち明けた。

 でもちょっとだけだ。

 それ以上はなにも言わない。


「そっか」


 皐月もそれ以上はなにも聞いてこない。

 その察してくれた気遣いが素直に嬉しかった。


 今だけはこの沈黙が心地よく感じられる。


 無理矢理に呼ばれて、面倒に思っていたけど……ここに来れて良かった。

 柄にもないことだけど、今なら本心からそう言える。


 しばらく黙っていると、皐月の方から話しかけてきた。


「それだけでも聞けて安心した。帰宅部としてどんどん名を上げていくもんだから、てっきり変な道に目覚めたのかと思って心配してたのよねぇ」


「そんな心配すんな! そしてオレは帰宅部として名を上げるつもりはこれっぽっちもないから!」


 ホントに誰だよ、帰宅部のエースとか変な名前つけた奴!

 在学中に必ず見つけだしてやる。

 そして犯人は必ず殺す。


「よーし、休憩終了! 練習再開するぞー!」


 新海さんの声で瞬く間に練習へ戻っていく部員達。

 キビキビとしており、無駄がない動きだった。


「じゃあ、練習に戻るわね」


「おう、頑張れよ」


「当然でしょ!」


 皐月もその中へと戻っていく。

 全員集まるとさっきまでの和やかな雰囲気はどこ吹く風。

 道場内は再びピリピリした空間に戻った。

 それを仕切っているのは新海さんだ。


「へー、よく統率してんな」


 伊達に部長をやっているわけじゃないってことなのかね。

 素直にそう感心していると、ズボンのポケットに入れてた携帯が鳴りだした。


「誰だよ、こんな日に?」


 ポケットから取り出して、着信画面を見る。


 着信相手は隆弘だった。

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