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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
13/30

~鴉山学園(裏)4~

 皐月の電話を受けた後、オレ達は一階へ降りて旧校舎を出ることにした。

 時間は九時を超えて、十三分。

 補導時間まで余裕はあるが、急いで帰るに越したことはない。


 十時までには家に帰らないと、今後オレのファミリーカーストはブッチギリの底辺を貫くことになるだろう。


「なぁ、雁耶。今日ここで見たことなんでけどよ…」


「誰にも言うな、皐月にも…だろ? 分かってるよ」


「ああ、そうしてくれると助かる。一応動画には撮ったけど、こんなの他の人には見せらんねえしな」


 あんな状況であったにも関わらず隆弘は動画の録画だけは止めなかった。

 マジでこいつ、怖いもの知らずだな。

 将来、カメラマンとかになって、危険地帯とかにいそうで本当に怖い。


「でも別に篠宮にまで隠すことはねえぞ?」


「いや、言わない方がいい。皐月はああ見えてホラー超苦手だからな」


「へー、そういうの全然平気そうだけどなぁ」


 意外なことに皐月は幽霊とかが大の苦手である。

 心霊スポットはもちろん、ホラー映画、心霊番組も手で覆い隠して見ないという徹底したチキンっぷりである。

 もし、そのことでからかおうものなら、こちらの命を覚悟しなければならない(昔、オレはそれで半殺しにされた)。

 これは長い付き合いのオレだから知っている、あいつの数少ない弱点だ。


「にしても……本当になんだったんだろうな?」


「幽霊っていうよりはなんか幻……みたいだったな、立体的に再生された過去の映像というか」


「どういうことだ? よく分からんが?」


「うーん、なんて言やぁいいかな……オレも分かんねえや」


 うまく言えないのか隆弘はもどかしく唸る。


「…あながちお前が言ってた噂も間違いじゃないかもな」


「噂? ああ、実験場だった説のことか」


「なんか……病院みたいっていうか、実験的な感じだったよな」


 あの時、幻(?)で現れた二人のうち、一人白衣を着ていたし。

 もう一人はドラマで見たような精神病院? の患者みたいな恰好だった。


「言われてみればそんな気がするな。ふーむ、一応調べてみっかな」


「調べるってお前……本気か?」


「あんなもん見たら、やっぱ気になんだろ」


「頼むから、あんまりオレを巻き込むなよ?」


 あんなものを目にしたのに、隆弘はもう新しいオモチャを見つけたような顔をしていた。

 この分だとまたなんか付き合わされそうだな…。

 不安だ……。

 この先、そうなのかと思うと、溜め息が止まらなかった。

 それからくだらない冗談を言いながら元来た道を辿ること数分。

 寂れた廊下をまっすぐ歩いていると隆弘が急に怪訝な表情をした。


「あれ?」


 急に立ち止まると、真横の壁をペタペタ叩いてはライトで壁伝いに照らして、眉を潜める隆弘。


「どうしたんだよ? またなんか見つけたのか?」


 もう時間に余裕ないから早くしたいんだけど。

 若干――いや結構焦り気味に問い詰めると、隆弘は珍しく唖然とした様子で、おかしなことを言いだした。


「いや……入ってきた時、ここに裏口の扉があったよな?」


「……どういうことだ?」


「間違いねえよ。入ってきた時に見たのと同じ掛け時計があるし、景色も一緒だ」


 隆弘に言われて身の回りを見る。

 時計、壊れた壁や、床に落ちているガラス瓶……入ってきた時に見たものだ。

 そう、寸分の狂いもなく、全て同じ位置に置かれてある。

 オレ達がここに入ってきた時と同じ景色だ。

 その事実を目の当たりにし、オレは一つ…恐ろしい発想を浮かべてしまう。

 いや…まさか、そんなあり得ない。

 その発想は認められない。

 オレはなるべく冷静に、落ち着いた声で隆弘に聞いてみた。


「えっと……つまり、なんだ。…出口が消えた、ってことか?」


「……………」


「え? 嘘だよな? ちょっとふざけてるんだろ隆弘? そんなことあるわけないだろ、見間違いじゃねえの?」


「…もし、今オレ達が正気だとしたら、そういうことになるな」


 真剣な顔つきでゆっくりと喋る隆弘。


「いやいや、勘違いじゃないのか? 歩いている途中で見過ごしたとか、もうちょっと奥の方にあるんじゃね?」


 慌てて先の通路を照らすが、奥に見えるのは階段と壁。

 後ろも照らしてみたが同じだった。


「嘘だろ……」


「ないもんは仕方ねえな……こうなったら表の入り口から出るか」


「いや、あっちの扉、開かないんじゃなかったのか?」


「分かんねえけど、内側からなら出られるかもしれないだろ。ガタついて開かなけりゃ力ずくで押し開けるまでだ」


「お前……よく落ち着いていられるな。驚かねえの?」


「パニックになったってなにも変わんねえだろ。とりま、ここから出ることだけ考えようぜ」


 口の端を吊り上げて、隆弘は先の通路を歩きだす。

 その背中はオレと大して変わらないのに、やけに大きく見える。

 オレは、今だけはこいつがものすごく頼りになる奴だなと心の底から思った。

 ちょっとカッコイイとすらも思った。

 こいつと二人ならなにがあっても大丈夫だ。

 根拠なんてないが、不思議とそう考えてしまう。

 まあ、こんな目に合ってるのも元はこいつのせいなんだけど。


 なんて考えながら、足を一歩前に――出そうとして止めた。


「―――――!」


 全身の毛が逆立つ。

 背中に氷塊を押し当てられた気分だ。

 ここに入った時から感じていた、誰かに見られているような感覚。

 それが今になって強くなった。

 これはもう気のせいと無視できない。


「っ」


 間違いない。

 今………オレの後ろに誰かいる。


「誰だ!?」


 即座に振り返る。

 その方向にライトを当てると、暗闇の中から黒い人の形が浮き彫りになる。


 それは人だった。

 全身黒ずくめのコート、顔はフードで覆われている。

 分かるのは背丈、体格から男ということくらい。




挿絵(By みてみん)




「お前……」


 この時オレは確信した。

 目の前に現れたことでそれがハッキリと分かったのだ。

 オレをずっと見ていたのは―――こいつだ!


「お前は……誰だ?」


「…………………」


 黒コートの男はなにも喋らない。

 ただこちらを見つめたまま動く気配がない。


「お前だろ? ここに来た時からずっとオレを見ていたのは」


「………………」


 男の顔はフードを被っていてなにも見えない。

 この建物よりもっと暗い闇で覆われている。

 全身黒一色の風体は暗闇が人の形をしているように見えた。

 オレと黒コートは互いに睨み合ったまま硬直する。

 数秒ほどして、後ろから引き返してきた隆弘が現れた。


「おい、雁耶! なにしてん……誰だ、そいつ?」


 すぐに隆弘も黒コートの男に気づき、咄嗟に身構える。

 ここでずっと固まっていた黒コートの男は右手を動かした。

 まっすぐ上げて人差し指を立てる。

 指先が指し示すのはオレだった。


「……おまえ…」


 喋った。


 おまえ、と男は声を出した。


「おまえで……二人目」


「……?」


 オレのこと…か?

 今の言葉はオレに対して言ったのか?

 男の指は間違いなくオレを指している。

 そして、おまえで二人目……そう言った。


「二人目…?」


「…………」


 それきり男はなにも答えなくなった。

 右手を下ろすと、男は踵を返して奥へと歩いていく。

 瞬くうちに暗闇の中に溶け込み、男の姿は見えなくなった。


「おい! 待てよ」


 急いでその後を追いかける。

 ふざけるなよ……散々つけまわされて逃がすか。


「あれ?」


 だが、男の姿はどこにもなかった。


「いない…」


 走り去ったわけじゃない、どこかに隠れたわけでもなく、男は完全に消えていた。

 もう見られている感覚も感じない。


「消えた? あの一瞬で…どうやって…」


 男の歩いて行った方へ向かうと、足元になにかを踏みつけた違和感がした。

 その場から足を退けると、そこにあったのは小さな革張りの手帳。


「なんだコレ? さっき向こうから歩いてきた時にあったっけ?」


 手帳を手に取ってみると、えらく埃まみれで古そうなものだった。

 さっきの男が落としていったものだろうか?

 手で埃を払って、手帳を開こうとすると、後ろから隆弘の大きな声が聞こえてきた。


「おい、雁耶! あ、あれ…っ!」


 素っ頓狂な顔でどこかを指差す隆弘。

 その先を辿っていくと、その終着点に見えるのは――裏口の扉。


「え!?」


 さっきまでなにもなかった壁に、消えた扉が出来ていた。

 いや、再び現れたというのが正しいか?


「ど、どういうことだよ!? これっ? なにがあったんだ隆弘?」


「オレも分からねえよ……あの黒コートが消えて、振り返ったらいつの間にかあったんだ……」


「…………マジかよ」


 他に言う言葉がなかった。

 オレ達はその裏口の扉を通って旧校舎を後にした。

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