~鴉山学園(裏)3~
「……」
「……」
二人とも動けないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
残されたのは不気味な沈黙だけだった。
ピリリリリリリリ!
「うおっ!?」
照明代わりとして右手に持っていた――圏外になっているはずの――携帯から着信音が鳴りだした。
「おい、その携帯、さっき見た時…圏外だったよな!?」
なんで!? なんで!? 変だろ、今この携帯はどこにも繋がっていないんだぞ!?
鳴るはずがない!
なのに……なんでこのタイミングで鳴るんだ?
オレは恐怖のあまり、右手の携帯を握ったまま硬直してしまった。
「雁耶!」
「どうした隆弘! なんかいい方法でも思いついたのか?」
「知ってるか? 幽霊はな、電話やメールを使って接触してくることがあるらしいぜ!」
「知るかよぉ―――っ!! ンなもん、今教えるんじゃねえ! てかそれ着信○リのネタだろ、お前―――っ!」
こんな時までチュートリアルしてんじゃねえよ! ぶっ殺すぞテメエ!
ピリリリリリリリ!
全然鳴りやむ気配がない携帯。
まるでこっちが出るまで根競べしているみたいだ。
……上等じゃねえか。
へっ、生憎だが根競べなら、オレは誰にも負ける気がしないぜ。
今まで数多の数、殴られてきたオレを舐めるなよ。
こうなったら意地でも電話には出ん。
どっちが先に懲りるか勝負だ!
ピリリリリリリリ!
ピリリリリリリリ!
ピリリリリリリリ!
ピリリリリリリリ!
「なぁ、雁耶……?」
「なんだよ隆弘、またいらんこと言ったら今度こそぶっ飛ばすぞ?」
「そうじゃねえよ、その携帯、誰から連絡来ているか見てくれよ?」
「はぁ? なんで?」
「ちょっとした好奇心だ。もし幽霊ならどう表示されるか気になるんだよ。別に見るだけなら構わねえだろ?」
「う……まぁ、そうだな。見るくらいなら……大丈夫か?」
右手で握りしめている携帯の液晶をゆっくりとこちらに向ける。
こういうのって映画やドラマだと知らない番号とか変な記号とか映っているよな。
現実だと一体どうなんだろう。
チラッと片目だけ開けて、おそるおそる液晶に表示されている相手の名前を見る。
そこに映されていたのは―――――
090‐○○☆○‐□△☓△ 篠宮皐月。
ピリリリリリ―――ピッ!
「お前かよっ!!」
オレはすぐに通話ボタンをプッシュして、本日最大のツッコミを入れた。
『ちょっ……なんて声出してんのよバカ!! 耳がキーンってなったじゃない!』
携帯のマイクから流れてくる声は聞き間違えようがなく、オレの幼馴染、皐月のものだった。
こいつ、どんだけ長い時間コールしてんだよ。
「うるせえ! 紛らわしいことしてんじゃねえよっ! お前のせいで寿命が十年縮んだわ!」
『はぁ!? 散々待たせておいて、その言いぐさは何よ! 意味分かんない!』
うるさい子犬みたいにキャンキャン吠える皐月。
…でも言ってることは全くもって正論だ。
別に皐月はなにも悪くない。
ないんだけど、これはあれだ。うん、とにかく八つ当たりしとかないとオレの気が済まない。
「んで、こんな時間になんだよ? もう九時だぞ?」
『なんでそんなに苛立ってんのよ?』
「……なんでもない、ちょっとした勘違いってやつに気づいただけだ」
『……よく分からないんだけど、つまり私は悪くないってことでいいの?』
「そうだな」
『ふざけんな、死ね』
「へん、なんとでも言え。電話越しのお前なんざちっとも怖くはないわ」
殴られる心配がないからな。
『へぇ……そういうこと言うんだ。ふぅん…その言葉、覚えておきなさいよ雁耶?』
……急に下がる声のトーン。
受話器越しに聞こえる皐月の声音からは背筋の凍るような冷たさが感じられる。
訂正――さっき、本当の恐怖って言ったけど、あれは撤回だ。
恐怖には順位などない。なぜならどれも同等に怖いからだ。
「……すいません、ちょっと調子乗りました」
気づいたら、電話を耳に当てたまま頭を下げていた。
うぅ……哀しいけど、これ、習慣なんだよね。
『最初からそう言えばいいのよ。もう…』
「で、なんの用だ?」
『あぁ、そうそう。あんた、明後日って暇?』
「明後日? ……日曜日か、特に用事はないけど」
『そっか。じゃその日、ウチの剣道場に練習見に来てよ』
「え?」
『前に言ってたでしょ? あんたに先輩・後輩の楽しさを教えてあげるって。だから明後日! 練習は朝の九時から』
そういえば入学式の日にそんな約束をしたような気がする。
皐月に強く言われ、半ば強引に引き受けてしまった。
……めんどくせーなぁ。
『一応言っておくけど、来ないようだったら首根っこ掴んででもあんたを連れてくからね』
とは口が裂けてでも言えまい。
今、んなこと口にしたら、明後日オレの家に処刑執行人がやって来るのは自明の理。
「…分かったよ……明後日の朝九時だな」
『うん、じゃ、そういうことだからよろしく』
プツッと切られる電話。
耳元から携帯を外して、液晶を見ると電波は二本立っていた。
なんで電波があるんだよ? さっきまで圏外だったじゃねえか。
オレは今日何度目か分からない溜め息を吐く。
「篠宮からか?」
「ああ」
「よかったな、幽霊からじゃなくて」
「一概にそうとは言えない気分なんだが…」
試合に負けて、勝負にも負けた気分だった。




