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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
11/30

~鴉山学園(裏)2~

 一階を探索し終えて、階段に座る。


「ちょっと休憩するか」


「そうだな」


 オレ達は一通りこの階層を回ったが、これといっておかしなものはなかった。

 あるものといえば、壊れた机や割れた窓、ガラスの破片、破れた布きれ。

 以前、壊されたような痕跡は見られたが、それだけだ。

 ただの廃墟と別段変わらない。


 そう、なぜか大量にあったベッドと床に広げられたシートを除けば。

 オレはさっき隆弘が言っていた噂話を思い出していた。


 ……収容所……実験場……。

 あの話、本当なんじゃないかな。

 じゃないと、あのベッドとシーツの数は説明つかないよ。

 くそ…、ただでさえ気味が悪いところなのに、余計気味悪くなってきたじゃねえか。

 今の心境を言い表すとしたらバイオハザードの洋館にいる気分だ。

 もしこれでゾンビなんかが出てきたらたまらない。

 今のうちに、隆弘を差し出して逃げる準備をしておいた方がよさそうだ。


「なーんか特にこれといったものは見当たらねえな」


 そんなオレとは対称的に、隆弘はさっきから物足りなさそうな表情でいた。


「お前、全然平気そうだな」


「昔からこういうところはよく来ていたからな」


「知ってるよ。その度に毎回付き合わされたっけ」


 中学で知り合ってから、オレはこういうイベントの時は必ずと言っていいほどこいつと一緒に行動している。

 その度、苦汁を舐めさせられる思いをしたのだが、毎回なんだかんだ言いくるめられて今もここにいるんだよな。


「そうそうそのために毎度新しいエロ本を構えるのは大変だったぜ、お前ジャンル細かく指定してくるし、未開封以外は認めねェし」


「おい、その言い分だと、まるでオレがエロ本を餌に釣られている変態みたいじゃないか」


「じゃないか、じゃなくてそうだろうが」


「は? 何言ってんだ」


「とぼけんな、オレがどれだけ沢山のエロ本をお前に回したと思ってやがる! このムッツリーニ」


「おい、いくら親友でも言っていいことと悪いことがあるぞ?」


 違う! 断じてそうではない!

 確かにオレの部屋に隠してあるコレクションの八割は隆弘経由だが、決してそんなんじゃない! ……毎回、本は貰ってるけど。


「幸いだったのは指定してくるジャンルが黒髪ロングと一貫してたことだな。ハードなSMとか要求されるかと思うと気が気でなかったぜ」


「そうだな、その点は感謝してもらいたいくらいだ」


「…お前なぁ~、別にそんな本集めなくたって、身近に立派な黒髪ロングがいるじゃねえか?」


「……おい、もしかしてだが、それは皐月のことか?」


「ああ」


 テンションが一気にさがった。

 たまらずオレはその場に唾を吐き捨てる。


「汚ぇな、おい」


「お前が気持ち悪いことを言うからだろ」


 皐月をそういう風に見るとか無理だから。

 見た目可愛いけど、あんなコアラみたいに凶暴な生物相手できるか。

 そう…あれは黒髪ロングのコアラであって、人間ではない。

 こんなこと…もし本人に聞かれたら八つ裂きにされても文句言えねえな。


「そろそろ行こうぜ」


「そーだな、後は二階を見て回るだけだな」


 よいしょと、腰を上げた時だった。

 背中越しに妙な気配を感じた。


「……」


「どうした雁耶」


「……いや、なんか視線を感じてさ」


「視線?」


「ああ、誰かに見られてるような気がしててさ」


「気のせいじゃねえか? 幽霊でもあるまいし」


「考えすぎ…か」


「幽霊ならそれはそれでおいしいけどな」


 それだけは勘弁だな。

 気を取り直して階段を上がる。


 気のせい……ね。

 そう考えようとするが、二階に上がっても誰かに見られている感覚は消えなかった。


 二階に上がると、そこは階下よりもずっと空気が冷えこんでいた。

 肌をつんざくような寒さに鳥肌が立つ。

 気づけば頬を汗が伝う。冷や汗だ。

 相変わらずどこもかしこも暗い。

 さっきからずっと携帯のライトを点けているけど、バッテリーは大丈夫だろうか?

 携帯のバッテリー残量を確認しようと、液晶に目をやると驚いた。


「え…」


 バッテリーの残量は問題ないが、そうじゃない。

 バッテリー表示のすぐ横――電波の状態を示すアイコンが圏外、と表示されていた。


「……さっきまで三本立ってたはずだよな」


「どうしたのか?」


「いや…急に携帯が圏外になった。故障かな」


 オレの携帯、一年以上は立っているけど、今までこんなことは一度もなかったのになぁ。今度携帯ショップで見てもらおうかな?


「あれ…オレのも圏外だ」


 液晶を食い入るように見つめる隆弘。

 オレにも見えるように携帯の画面を見せてもらうと、そこにはしっかり圏外、そう表示されていた。


「お前のも?」


 いきなりお互いの携帯が圏外になっていた。

 こんな偶然ってあるのだろうか?


「なぁ、この携帯…先週替えたばかりの新品だぜ?」


 違うな、偶然じゃない。

 新品の携帯がこんなに早く壊れるわけがない。


「なぁ、幽霊がいる場所の特徴って知ってるか?」


「急になんだよ」


「本やテレビで見たんだけどよ、そういうところって、白い息が出るほど寒くて、電子機器類がおかしくなるらしいぜ」


「へー…ちょうど今のオレ達みたいだな」


 なんでこのタイミングでそんな話するんだよ?

 お前、さっきからわざとオレを怖がらせようとしてんだろ? そうなんだな?


「へっ、怪しいにおいがプンプンしてきやがるぜ」


 八重歯をむき出しにして笑う隆弘。

 その横顔は、獲物を前にした肉食獣にしか見えなかった。

 血に飢えた獰猛な獣のそれは、中学校で出会った頃を思い出させる。

 苦々しくも苛烈を極めた出来事。

 オレと隆弘が仲良くなったきっかけを。


「楽しそうで何よりだが、オレはそろそろ本格的にブルってきたぞ」


「そうか、そりゃいいこった」


「今オレが言った言葉聞いてた?」


「心霊スポットに来たんだから、怖い思いしとかねえと損だろ? ホラー映画を見るなら、怖い方がいいって思うのと同じだ」


「そういうもんかねえ」


「要は楽しんだもん勝ちってことさ」


 余裕の表情で歩く足のスピードを全く緩めない隆弘。

 こいつは怖いものとかないのかな?

 崩れかけた橋とか平気で渡ってしまいそうで、逆にこっちが怖いんだけど。

 しばらく歩いていると、隆弘は奥に見える半開きの扉をジッと見つめて立ち止まった。


「どうした? 隆弘」


「いや、なーんかあの扉、怪しいな…」


 手前にも扉があるのに、なぜかその扉を凝視する隆弘。


「あそこだけ半開きになっているのはなんでだろうな」


「そりゃ、開けた奴がちゃんと閉めなかったからじゃないのか? どんだけ昔かは知らねえけど」


「いや、あれ…最近開けられたもんなんじゃねえかな」


「え?」


 ハッキリとした声音で答える隆弘の言葉に唖然とする。


「最近って……こんな使われてない場所に来る人なんかいるわけないだろ」


「忘れたか? 少なくとも最近じゃ、ここに入った人間はオレ達で二組目だぜ」


「あ……」


 そういえばオレ達のより前――春休みにここに来ていた人達がいた。

 ススキとその先輩達。

 つまりあれは、その時に開けられて、ちゃんと閉められなかったもの……てことか?


「例のおかしなものを見たっていうの、多分あの部屋だな」


「なんでそう思うんだ?」


「言ってたろ? 先輩達は慌てて逃げ出したって」


「あ、ああ」


「一階は全部見回ったが、何もなかった。だとしたら、先輩達の見たっていうおかしなものはこの階にあると思って間違いねえ」


 消去法で考えるなら、確かに隆弘の言う通りだ。

 その、おかしなもの、というのが確実にあればだが。


「そんで、一つだけ半開きの扉だときたもんだ。考えてみろよ、パニックになった人間が逃げる時にいちいち扉をちゃんと閉めると思うか?」


「……!」


 頷かざるをえない説明だった。

 だが、なにより驚いたのは、推察から短時間でここまでの結果を引き出すこいつのロジカル的思考だ。

 探偵か刑事に向いてるんじゃないかな、こいつ。

 扉の前まで行くと、隆弘は携帯をなにやら操作し始めて、カメラを持つように携帯を構えた。


「動画撮るのか?」


「ちゃんと目撃したって証拠撮っとかないとな」


「なんの証拠だよ」


「後で映像として見せてやったら、ほかの連中もデマとは思わねえだろ?」


「いやー、合成映像とかいろいろケチつけて信じないんじゃないか」


「雁耶……合成映像って簡単に言うけどアレ、違和感なく作るの結構難しいんだぜ?」


「そうなのか?」


「ああ、以前ムカつくセンコーの卑猥な映像を作って、ネットに流そうとしたんだが、これがなかなか上手くいかなくてな」


「お前はなにやってんだ!」


「だから、中には信じる奴もいるとは思うぜ」


「待て、何気なくスルーするんじゃない。その映像をどうしたんだお前!」


「諦めたぞ? だから教材用のDVDをAVに替えるので手を打った」


「手を打った…じゃねえ! しかもあれ、お前の仕業かよ! うすうすそんな気がしてたわ!」


 一年の秋ごろだ。

 高圧的な態度で不堪を買っている先生がいたのだが、ある日、その先生が授業で教材用のDVDを再生した際、とんでもないエロ映像が流れるという事件があった。

 その先生は必死に自分の潔白を説明していたが、それを誰にも聞き入れてもらえず、間もなく学校を去っていった。

 ひょっとしてとは思ったけど、まさか本当にこいつの仕業だったとは。


「お前……やり方が陰湿で残酷すぎるな」


 相手を社会的に抹殺するあたりとか、えげつない。


「それほどでもねえよ」


「ほめてないからな。寧ろ今後お前との付き合いを考えたほうがいいんじゃないかと非難しているよ」


 とまあ、口では言ったものの、こいつは友達にそんなことは絶対しない奴だって分かってるんだけど。

 普段の態度からは分からないだろうけど、基本義理堅い奴なのだ。隆弘は。


「んじゃ、開けてみっか」


 隆弘がそう口にして、扉に手をかける。

 ゴクリと唾を飲みこんで、それに頷く。

 キィィィ、と音を立てて開く扉。

 完全に開き切ったのを確認して、部屋の中へ入る。

 室内は他の部屋同様、一人横になれる程度のベッドが沢山置かれていた。

 かつては教室として使われていたのか、広いスペースだ。

 一歩、一歩と床を踏み確かめながら慎重に足を前に出し、自分の周囲に気を配る。


「どうだ?」


「こっちはなにもない」


 お互いに背中を合わせ、互いに死角を塞ぐ形で部屋を見渡す。

 その体制を維持したまま部屋の中心へ向かう。



 ………。



 ………………。



 ………………………。



「なあ?」


「なんだ」


「なにもなくね?」


 受験シーズンの面接の時以上に慎重な態度で入ったのはいいが、室内の様子はこれまで探索した部屋と変わらなかった。


「おかしいなー、ぜってぇこの部屋だと睨んでたのに」


 背中合わせの体制を解いて、頭をガリガリ掻きむしる隆弘。

 それから俯いて考え込む姿を見るからに、納得がいかないようた。

 まぁ、あれだけカッコイイこと言って、なにもありませんでした――じゃそうなるよな。


「認めたくない気持ちも分かるけど、ないならないでこんなところ早く出ようぜ」


「……しゃーねーなぁ」


 嘆くような声が返す隆弘。

 部屋を出ようと振り返った時―――背後でなにかが光った。


「!?」


 慌ててその方向へ振り返る。


「…っ!?」


 ソレを目にした瞬間、身体が固まった。

 声も出せない。


 ソレはよく分からないものだった。

 なんと言えばいいのか、説明が難しい。

 とにかくソレを言い表すとしたら、ソレは―――“おかしなモノ”だった。


『大丈夫だよ、怖がらなくていい』


 オレの声ではない。

 隆弘のものでもない。


『少し痛むけど、我慢してくれ……なあに、すぐ終わるよ』


『嫌だ! やめろ! やめろ!』


『こらこら……暴れちゃダメだって。元気だねぇ。ほらいい子だ』


 声だけ聞くと、注射を嫌がる子どもとそれを言い聞かせる病院の先生――そんなやり取りに思える。


 そうだったらいい。

 でも……違う。

 これは…そんな愛らしいものなんかじゃない。

 もっと別の……凄惨せいさんなものだ。


『さぁ…いくよ?』


 柔らかい声。同時に――プスッ、という針が刺さる音。


『アアアアアアアアアアアアア!!』


 それをスイッチに響きわたる…男・の叫び声。

 その声音にあるのは苦痛。


「―――ッ!」


 恐ろしい……悍おぞましい……。

 男が刺されているのは注射器なんかじゃない。

 もっと別のものだ。

 おかしなモノ。


 オレ達の目の前には二人の男がいた。

 いた……そう表現していいものなのかオレには正直分からない。

 人の姿をした白い靄もやがあった、というのが正しいのか?

 とにかく白い靄で出来た男が二人いた。


 一人は囚人みたいな恰好だ。頭に鉄製っぽく見えるヘッドバンド、首・手首・足首を錠のようなもので椅子に固定され、叫び続けている。


 もう一人は白衣らしいものを着ており、さっきから椅子の男の頭部に針を刺している。

 鉄製のヘッドバンドの上からネジを回すようにグリグリと刺している。


『アアあ…や、ヤやめてくれ……頼む…』


『ふむ…ここは違うか…では…こちらの方を…』


 プスリ。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


 再び叫び声を上げる男。

 それが聞こえないような態度で針を刺すのを止めない白衣の男。


『ヤ…ヤメ…ヤメテ…ヤメテヤメテヤメテヤメテ』


『おやおや、もう泣き出してしまった。我慢の弱い子だ』


『ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテメテヤメヤメテ』


 何度も同じ言葉を繰り返す男。

 それは壊れたオモチャのように見えて……。

 とても……目に当てられたものじゃ……。

 そこで男達―――白い靄は消えた。

 風に吹かれた煙のように、跡形もなく綺麗に。

 室内は入った時と同じく薄暗い静かな雰囲気に戻っていた。


「………………」


「………………」


 隆弘は携帯の撮影カメラを向けたまま動かない。

 ビデオの録画はまだ続いたままだ。

 しばらく、いや、かなりの時間を置いて、ようやく隆弘は録画の停止ボタンを押した。


「……よし」


 なんのよしだよ? とは聞けなかった。

 喉が震えて声が出せない。

 足なんてさっきからガタガタ震えて言うことも聞いてくれない。

 皐月やアオ姉に怒られたり、新塚先生に睨まれるものなんかとは違う。

 正真正銘、本当の恐怖。

 今になって、ようやく分かった。

 こんなものを目にすれば、そりゃあ誰だって逃げ出すよなって。

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