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〜ゼロ・リトライ〜  作者: 門田 光
Ⅰ 鴉山の神隠し
10/30

~鴉山学園(裏)1~

 隆弘と取引を交わした翌日のことだ。


 決行は金曜の晩と告げられたオレは“例のブツ”を楽しみに毎日(主に皐月の暴力と生徒会の業務)を乗り切った。

 不純な動機かもしれないが、人間は心の支えがあれば案外やれるものなんだと実感した。


 ジーパンに長袖のパーカーと、動きやすい格好に着替えると、リビングでテレビの前に座っているアオ姉に声をかける。


「アオ姉、ちょっと出かけてくるよ」


「別に構わないが、どこに行くんだ?」


「隆弘んとこ」


「そうか。補導だけはされんなよ」


「りょーかい」


 随分と軽く了承されたけど、今の言葉は最後通告だ。

 おそらく次、補導されたら二度と家の敷地は跨げないだろう。

 全てを失う覚悟で家を後にし、オレは旧校舎とやらがある場所へ向かう。

 気分はさながらクライマックスを迎える主人公である。

 もしこれで“例のブツ”も貰えず、補導されたら、殺してやるからな隆弘。


 そんなわけで着いた旧校舎。


「すげ……ホントにあったよ」


 どんなボロ屋敷なのかと思っていたら、案外まともだ。

 あちこち変色してヒビが入っているが、建物全体は石造りで頑丈そうだ。

 窓は全部内側から木の板で塞がれており中を覗くことは出来ない。

 嵐かなにかに備えた後だろうか?

 それとも応急措置…?

 理由は分からないが、とにかく校舎の窓は全て塞がれていた。


「うわ……ホラーゲームとかに出てきそうな建物だな」


 その有様は見ていて気味が悪い。

 夜だからというのもあるが、多分明るい時に来ても同じ感想を浮かべると思う。

 それくらい気味が悪い。

 これならススキが中に入りたくなかったのも頷ける。

 あれ? 鈴木だっけ。まぁいいや。


「お、早いな雁耶」


 のそりと歩いてやってきた隆弘。

 傷だらけのジーパンに黒い長袖Tシャツに革のネックレスとえらくワイルドな格好だった。

 比較的軽装備で手荷物なども一切見られない。


 なにもない。


 ない。


 ない?


「おい、隆弘……“例のブツ”はどうした?」


「ん、ああ。アレ家に置いてきた」


「てんめぇぇぇー!!」


「うおお!? どうした、いきなり飛びかかってきてくんな」


「約束が違うぞ、どういうことだぁ!」


 許さねえッ! てめえは今ッ! オレの心を裏切ったッ!


「落ち着け!落ち着けって!」


「うるせえ、落ち着けるわけねえだろ!」


 隆弘の胸倉を掴んで、力いっぱいブンブン揺さぶってやる。


「ちょっと忘れたんだよ! 明日! 明日持ってくるから」


 揺さぶるのを止めて、思いっきり顔を近づけて睨みつけてやる。


「……本当だな?」


「あ、ああ。ぜってー! だから離してくれ…苦しい…」


 必死で懇願する隆弘。

 あんまりにも苦しそうにするので手を離してやると、ゲホゲホとむせながら息を整えていた。。


「し、親友を殺す気か…」


 親友? 何言ってんだこいつ。

 おいおい、親友ってのは皐月と望みんみたいのを言うんだよ。

 その概念からいうとオレ達は違う。互いに利用しあう、切って切られる関係だ。

 …これで中学から関係が続いてるんだから不思議だ。


「とりあえず“例のブツ”については不問にしてやる」


「エロ本一つでそこまで怒るかよ、普通…」


「いいからさっさと中、調べて帰るぞ」


「おーい雁耶、待てって」


 隆弘の制止を力いっぱい無視って、オレは旧校舎の扉へ向かう。

 錆びついた扉の取っ手を掴んで引っ張る――が扉はビクともしない。

 逆に押してもみたが、やはり開かない。


「なぁ、この扉壊れてね?」


「待てって言ったじゃねえか。こっちだ、裏口から入れる」


 オレを追い抜いて先へ行く隆弘。

 後に続いていくと、裏手に扉が一つだけあった。


 それを隆弘が開く。

 扉越しからの景色は暗闇に包まれ、何も見えないし分からない。

 その光景を見て、隆弘は突然なにかを引用するような口調で言った。


「まるで、大いなる闇の奥まで通じているようだな」


「なんだよ、その台詞?」


「最近読んだ本に書いてあった言葉だよ」


「へーなんて本だ?」


「コンラッドの、闇の奥」


「闇の奥……知らないな」


「だろうな」


 そう返事をして、少しだけ肩を竦める隆弘。


 隆弘はこう見えて、無類の読書家だ。

 哲学書から古典文学……更には原書まで本ならなんでも読む。

 不良のくせにインテリな奴なのだ。

 いささか活字中毒な気もするが、隆弘の場合は読書狂(ビブリオマニア)と呼んだ方がいい。


「よし、行くぞ」


「…おう」


 その闇の中に二人で乗り込む。


「寒いな」


 四月の夜は冷えるが、屋内は更に気温が低い。

 口元からは白い息が出ていた。


「本物の心霊スポットっぽくていいじゃねえか」


「だったら夏場に来たかったな」


「しっかし暗いな……お前懐中電灯とか持ってね?」


「いや。そういえばそんなこと考えてなかったな」


 “例のブツ”を受け取ることで頭がいっぱいだったし。


「携帯のライト使えばよくね?」


「お! その手があったか」


 ポケットからスマホを取り出して、操作しライトを点ける隆弘。


 周りが照らされると、そこは別世界だった。

 外見と内面が違う人間(皐月)がいるように、ここは外観と内装が違った。

 外から見たときはまともに見えたが、中は予想以上にボロボロだった。

 何か強い力で割られたような壁、何か所も穴の開いた床、あちこちに飛び散ったコンクリの破片。

 荒らされた――というよりはまるで戦闘でもあった、という感じ。

 ……なにがあったんだ、ここ。


「すげえ惨状だなぁ」


 大きく目を見開いて辺りを見回す隆弘。

 もし明かりがなかったら大変だったろうな、ここ。

 足元見えずに歩いてたら何かに足を引っ掛けていたかもしれない。


「よーし、奥のほう見てみっか」


 そう言って、廊下を歩いていく隆弘とオレ。

 一応オレも自分のスマホのライトを照らしておく。

 最初の部屋に入って、室内を探索している時だった。

 そういやここって、ウチの学校が鴉山学園に変わる前からあったんだよな。

 そのことがえらく気になった。


「この校舎って、どんくらい昔のもんなんだろうな?」


「詳しく知んねえけど、戦時中からあったらしいぞ」


「マジか!?」


「ああ、ここに入った先輩達がそんなこと言ってた」


 戦時中って、古! どんだけ古いんだよ。

 ほとんど歴史的遺産じゃねえかよ。

 なんで普通に放置されてんだ、ここ?


「でも…にしては綺麗なほうだな」


「だよなぁ。ボロボロだけど、建てられた時期を考えると不自然だ」


 そう、確かにあちこち痛んでいるのだが、見た感じせいぜい五、六十年前のものに見える。


「てか、いつの間にそんな聞き込みしてたのかよ。手回しが早いな」


「事前に調査しておくのはとーぜんだろ」


 ニッといい笑顔で答える隆弘。

 普段は何事にも消極的なくせに、こういう時だけは行動力が早いんだよな。こいつ。

 力を向ける方向をいろいろ間違えているだろ。


 こいつは服装や態度のせいで不良と扱われているが、成績優秀・運動神経抜群と基本高スペックな奴なのだ。

 一年の時だったか……本気を出せば、去年学年成績トップだった望みんを超えていたかもしれない、そんなことを新塚先生は語っていた。


「んで、他にもなんか分かったか?」


「それがよぉ~あの先輩達、旧校舎のことになるとほっとんどなんにも教えてくんねぇの。みんなに青い顔して目ぇ逸らされた」


「じゃあ何も分からずじまいか」


「あとはそうだなー。この校舎の噂くらいかな」


「噂?」


 気になる一言だった。


「それ、怖い内容か?」


「決まってんだろ」


 隆弘は意地が悪そうに笑って、その噂について語り始めた。


「なんでもこの校舎はよ、まだ戦時中だった頃、学校としてじゃなくって、負傷した兵士達を治療するための収容所として使われてたんだと」


「収容所…」


「でもそいつは表向きの謳い文句でな? ……その実態は、治療と称した人体実験を行う軍の実験場だった――それが原因で新しく別の場所に校舎を建てたんじゃねえかって噂だ。真否は定かじゃないけどな」


「……嫌な噂だな」


 そんな噂聞きたくなかった。

 事前に聞いてたら、“例のブツ”だけ持って逃げてたのに。


 くそ、一気に胸糞悪くなってきたじゃねえか。

 べ、別にブルってるわけではないからね? 誤解するなよ。

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