縁談
「お呼びですか、お父様。碌でもないお話なら今すぐ退出許可を頂きたいのですが」
人払いしているので取り繕う気がまったくない私の言葉に、気を悪くした様子もなく父様が口を開いた。
「碌でもなくはない。お前の縁談話だ」
「兄様の?」
「お前のだと言ってるだろう」
「…相手は」
縁談。王族としては珍しくないが、私に話が来たことはない。その前に握りつぶすので。
「ヘイドの長男。キースだ」
キース。
キースっていうと、今日女の子に引っ叩かれてたあのキース?
「お父様、正気ですか。頭は大丈夫ですか。耄碌したんですか。兄様に後を任せて隠居なさったらどうですか」
「お前、親に…一国の王に対して何たる暴言」
「どこの国に一国の姫にあんな女ったらしの嫁になれと勧める親がいるんですか」
「そんなに評判は――」
「悪いです。広まらないように立ち回っているだけで相当悪いです。一月と持たずに浮気します。娘を傷物にしたいんですか。家出しますよ」
私の淀みなく流れる友人への言い様に、父様は確かめるように口を挟んだ。
「…お前、学院では仲良くしてるんだろう?」
「それはそれ、これはこれ。友人としては良くても恋人としては最低です。断固拒否します」
「そう言われてももう決まったことだし」
「何を勝手に!!」
「こちらから話を振っておいて一方的に断るなど失礼だろう。ないがしろにして良い相手ではない」
キースの家はこの国でもかなり力のある貴族だから、父様の言うことは分かる。
というか、今ちょっと聞き捨てならないこと聞いた。
「何でこちらから私の縁談話を振るんです?」
びくっと父様の方が震える。そうか、話題振ったのは父様か。
「だってお前、縁談全部潰してるだろう」
「それが何か?」
興味が沸かないんだから仕方ない。
「だから、将来が心配だと話していたらそんな流れに…」
「王が流されてどうするんですか。心配なさらずとも嫁にいけなかったところで何の問題もありません」
「あるだろう!」
「何ですか、そんなに私を追い払いたいんですか。なら、断固居座りますよ」
「そういうわけでは…!」
「第一、あんな息子を差し出すなんて私に対して失礼です。あちらもきっと戸惑ってらっしゃいますよ」
姫の婚約者になっておいて浮気しまくるなんて、世間体悪いことこの上ない。
しかも、私の評判がた落ちである。
婚約者に即効で浮気される女とか、どれだけ退屈な女なのかと思われるではないか。
だって、あのろくでなし、立ち回りは良いから、世間では出来る息子さんだと思われてるんだ。
女癖の悪さは親も知っていると思っていたが、それを姫の婚約者にしようなどと何を考えているんだ。
「そもそも婚約者なんて必要ありません。結婚したければ勝手にします」
「お前ももう16だ。婚約者がいても珍しくないだろう。むしろ遅いくらいだ」
「仕方ないじゃないですか。兄様に男の人と仲睦まじくお付き合いをしろと?」
たまにある舞踏会くらいならともかく、兄様だって継続して特定の相手に口説かれ続けるのは嫌だろう。婚約者なんて作れるわけがない。
「それに私は元に戻ったら青春を謳歌すべくいろいろ女の子として遊・・・勉強してまわる予定なんです。そんなことに時間を割いてる暇はありません」
私は見てくれは悪くないはずだ。化粧をして猫を被れば完璧だ。
2年くらい遊んでてもいき遅れることはないだろう。もらい手がなくても、それはそれ。
「私は心配なんだ。お前は物心ついた時から男に混じって駆け回って…」
「物心ついたころには男の子でしたからね」
「と、とにかく! 一週間後には場を設けるからそのつもりで!」
兄様の姿で女の子に混じって、うふふあははとお茶会なんてしてるわけにいかない。
当の兄様は、私として貴族のご令嬢とお茶会体験してるし、ご令嬢たちの修羅場というか迫力に軽く精神的傷をおったみたいだけど、まあ、あれでも王族だし問題ないない。
そんなことより問題は。
「どちらと会わせるおつもりですか」
一体どうするつもりなのか。
「女装した兄様ですか。中身兄様の私ですか?」
「ぐっ……」
「まさか、考えてなかったとは仰いませんよね?」
にっこりと笑顔を向けると、明らかに目を逸らされた。
……どうしてくれよう、この縁談。