僕猫と彼女②
彼女は僕の腕の中で肩を震わせて泣いている。僕は彼女を守りたいと思いながらじっとしていた。こんな経験も、こんな気持ちになったのも生まれて初めてだ。
しばらくして、落ち着いた彼女が顔を上げた。近い!あまりにも近すぎて驚いてしまった。さっきは衝動的に動いてしまいこうなったが、時間が経ち、冷静になってみるとかなり照れが来る。
「本当に、ありがとうございました。」
「えっ!あぁ、どいたしまして。」
心臓が出そうだ。鼓動が激しい。こんなに近くに居るんだから、きっと彼女には聞こえているだろう。そう思うと恥ずかしくてたまらなかった。
「それからさっきのって…告白ですよね?」
早速僕の核心を突いてきた。
「うん、そして馬山さんは了承してくれたよね?」
「はい、もちろん。私も犬上さんがスキですから。」
彼女はまぶしい笑顔で応えた。それは僕が今まで見た彼女の笑顔のなかで一番素敵だった。
僕は一生告白なんてしないと思っていた。できると思っていなかった。ましてや承諾してもらえるなん夢にもて思っていなかった。
僕は彼女がスキで、彼女も僕がスキ。この事実は嘘でも偽りでもない。
「あっ、初めてですね。」
「えっ?」
「そんな風な満面の笑み。」
彼女が突然言い出した。何の事だか分からなかったが聞き返して理解した。僕は今、心から幸せが溢れた笑みを浮かべている。自分でも気づいていないことに先に気付かれてしまった。
「人生で一番幸せだからね。」
僕は思ったまま応えると彼女は嬉しいと言って顔を僕の胸にうずめた。心拍が高まって爆発しそうだ!!
「そこで何してるんですか!!」
男の怒鳴り声に僕と彼女は飛び上がった。振り返って声の主を見ると、警備員が1人立っていた。
「ここは立ち入り禁止ですよ。」
警備員の迫力に負けて僕猫と彼女はそそくさとその場を去った。
「怒られちまったな。」
「しょうがないさ。立ち入り禁止なんて知らなかったし。」
「すみません、私のせいで…。」
彼女は申し訳なさそうにうつむく。階段を下りて地に足を着けると、もう彼女が遠くへ逝ってしまう心配が全く無くなり、安心した。
「今日はもう帰って休んだ方がいいよ。送ってくから。」
「――それはできない。」
彼女は一気に辛辣な顔つきになり、顔色も青ざめた。その時、僕はこの一件の原因が家にあるのではないかと推測した。
「何かあったんなら溜めてちゃだめだ。言いたく無いかもしれないけど、言ってしまえば案外楽になるんだって。」
「でも…」
「スキな人には頼っていいんだよ。スキな人からは頼られたいんだよ。」
僕の言葉に彼女の心は動いたようで、彼女は事の経緯を話した。
発端は前に僕が図書館で会った日だった。彼女は僕と分かれた後、妹の3者面談に行っていた。高校3年生のため、もちろん内容は進路の話。先生や彼女と意見が食い違い、大変な言い合いになったらしい。
その日から妹があまり口を聞いてくれなくなり、開いたと思えばけんかばかり。そして数日前、彼女が一番ショックだった言葉を言われたのだと。
「お姉ちゃんなんて居なければよかった!!って言われちゃって…すごくショックだった。でもその日は我慢して出勤したんですけど、利用者の方とトラブルになってしまって、その時にまたあんたみたいに使えないのは要らないって言われちゃって。」
「そうだったのか…こんなこと聞くのも何だけど、家族は?」
「2年前に両親を火事で亡くしました。それ以来、私と凌は2人で暮らしてるんです。」
踏み込んではいけないところに踏み込んでしまった気がした。僕は申し訳なくなって、これ以上掘り下げるのをやめた。
「妹さんは本気で言ったわけじゃないだろうし、本当に馬山さんが居なくなったらひとりぼっちだ。しっかり話合わないといけないよ。困ったことがあるんならいつでも相談してよ。」
「うん、ありがと!そういえば、犬上さんって獣医さんでしたね。」
僕は頷いて返事をすると驚きの言葉が返ってきた。
「凌は獣医になりたいっていうんです。」
「本当に?!だったら専門学校に行かないとね。」
「やっぱりそうなんですね。実は凌が通う高校はかなりの進学校で、国公立大学に行かせたいのが私の考えなんです。」
「国公立ではまず無いでしょうね。」
「金銭的にはなんとかなるんですが、2年やそっとで資格を取って、何年か研修してとなると大変じゃありませんか?」
「確かに資格を取るまでは大変ですが、研修はもっと大変です。でも僕は――」
動物の言いうことが分かるので。と言うところだった。こんなバカみたいなこと言ったら何て思われるか…。
「僕は何ですか?」
「僕は、えっと、まぁ楽しんでやってます。」
「…違う。」
「何が?」
「今何か違うこと言おうと思った。」
バレた。言わざるを得ない状況。まさに絶体絶命。しかしどう説明すればいいのか…迷った挙げ句、ストレートを選んだ。
「そう、違う。僕は…」
「僕は?」
「…僕は、僕は動物が擬人化して見えるし言葉も分かる、擬人視聴覚障害なんだっ!!」
いってしまった。この事を人に話すのは初めてだった。スキな人に嘘をつくとこんなにも心が痛むということも初めて知った。
きっと彼女は引いただろう。そう思っていたが、違った。
「そんなことがあるんですね!?」
「冗談とか、頭がおかしいとか、気持ち悪いとか思わないの?」
「ちょっとビックリしたけど、犬上さんが本当の事言ってると思うから。」
「信じてくれるの?」
「はい。」
そう言うと彼女はいろいろと興味深々に聞いてきた。いつからとか、どんな風に見えてるのかとか。ついでにメガネの事も教えてあげた。
「それで猫くんとも仲良しなんだ!」
「うん、まぁね。」
「にゃぁお。」
「ひょっとして猫くん、今何か言った?」
「僕のことよろしくってさ。」
「もちろん、猫くんもよろしくね。」
「喉元撫でてやると喜ぶよ。」
「うーん…触れたいのは山々なんだけど、私軽度のネコアレルギーなの。でも触れなきゃ大丈夫だから、猫くん気にしないでね。」
「まじかよ…残念な奴だな。」
「仕方ないよ猫。一緒にいることはできるんだからいいだろ。あっ、猫が残念がってる。」
彼女に猫の言っていることを通訳しながら3人、いや、2人と1匹で話しているうちに元気が戻ったようだった。気が付くとかなり時間が経っていて、日が沈んでしまった。僕らは駅まで一緒に歩いた。
「帰ったら、凌と話します。犬上さんたちと話してたら専門学校に行かせてあげたくなりました。」
「そっか。妹さんならきっと大丈夫ですよ。送って行かなくていいの?」
「はい、今日は大変お世話になりましたから。」
きっと僕が行ったら話し合いの邪魔になってしまう気がして、ちょうど良かった。電車の発車アナウンスが流れ、ドアが閉まる直前に彼女がいった。
「また連絡します。図書館にも来てください。」
「待ってるし、必ず行くよ。」
電車は彼女をのせて行ってしまった。これぞカップルの会話をつい先程したことに、抑えきれずにやける。今日1日がとても濃かった。人をスキになるって、こんなにも影響が大きくて、スキになってもらうことがこんなにも幸せな事なのか。
世にいう恋ってやつだ。したことが無い訳じゃない。今まで、人にしたことがないだけで。
というのも、僕はこの症状のせいでキレイなカナリア、スタイル抜群のドーベルマン、美しいロシアンブルーに惚れたことがあった。裸眼では人だと思っていたがメガネを掛けると動物だったというケースばかりで恋をするのもバカバカしいと思ってここ10年くらい生きてきた。そんな僕もついに人に恋をして叶った。
青春を取り戻したような気分で僕猫は反対側のホームから電車に乗り、幸せオーラ全開で家に帰った。
鍵を取り出そうとポケットを探ると、紙のような質感の物体に手が触れた。取り出してみると遺書とかかれてあった。そして、まだお礼を言っていないことを思い出した。
「猫、今日は本当にありがとう。猫が居なかったらこうなってなかった。」
「いいって、俺だって目の前で死なれたらいやだしな。」
こんなこと言ってるけど本当は心から助けたかったんだ。猫は優しいネコだよ。
僕猫は家に入って、僕は直ぐに彼女の遺書をシュレッダーにかけた。そのあと、カリカリまんまの袋を手にとり、いつもより多く皿に盛って、猫に出した。嬉しげににやにやする猫と声を合わせて食事をする僕猫。やっていることはいつもと変わらずとも、気持ち1つで特別なものに感じた。僕は急に嬉しくなって、カリカリまんまにガッつく猫の頭をくしゃくしゃと撫でた。
とりあえず一段落。
でもまだまだ続く!!
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