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7/9

僕と彼女②

予告通り、長いです。

頑張って読んで下さい。


<お詫び>

①大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


②猫の活躍は尺の都合で次回にさせていただきます。

ご了承くださいm(_)m


「おはようございます。」

「おう、おはよう。」

「おはよー。」


僕は翌日、いつも通りに動物病院の休憩室に入った。僕自身ではいつも通りのつもりが、寅さんにはそうじゃなかったらしい。

「──犬上、なんかええことでもあったんか?」

「えっ?なんでですか?」

「まぁなんとなくやけど、なんか活き活きしてるから。」

「うーん…。特には何も、だと思います。」


思い当たらないのは事実だった。彼女の笑みが気に入ったことかもしれないけど、それは果たして良いことに分類されるのか?


「だと思いますってなんやねん。」

寅さんは笑いながら僕の背中を叩いて治療室へ行ってしまった。


僕が自分の準備をしていると、春用の薄い上着のポケットからメモ用紙が落ちた。そして思い出した。そういや昨日、彼女から連絡先を貰っていたんだった。

心配をかけてはいけないと思い、慌て電話を掛ける。

ぷぷぷ──プルルル、プルルル・・・・・・何回かコールのあと、彼女が電話に出た。

「はい、もしもし。馬山です。」

「あの、昨日の犬上です。」

「あっ!昨日はありがとうございました。体、大丈夫でしたか?」

「はい。どこも異常ありません。」

「あー・・・。良かった。」

「すみません、直ぐに連絡しないで。」

「いえ、大丈夫で何よりですから。」

「では、これから仕事なので。」「そうでしたか。わざわざお忙しいのに、連絡ありがとうございました。」

最後にお互いさよならを言い合って、僕は電話をきった。




今日はなぜかお客が多かった。午前中も午後からも待合室がいっぱいの状態が何回かあった。

そのせいで閉院が遅れてしまったので、少しピッチを上げて帰る支度をする。家では、お腹を空かせた猫が待っている事だしね。

せかせかしている僕に突然、院長が話し掛けてきた。

「犬上、お前何か良いことでもあったのか?」

「えっ、どうしてです?」

「今日みたいなハードな日、いつものお前ならしんどそうにタラタラ支度するのに、なんかルンルンしてるからさー。」

「そうですかねー?特に何もないと思うんですが。」

自覚は全くしていなかったけど、2人から「何か良いことがあったのか?」と聞かれるってことは、相当いつもと違う雰囲気なんだろう。

でも、確かに疲れはいつもより少ない。気分は不思議と軽いし、頑張ろうという気持ちもある。




僕は院長に一言応えて家へ向かった。到着は、いつもより1時間半ほど遅かった。

「いやぁ、参った。すっかり遅くなっちゃった。猫ー、ただいま。」

「おっせーよ。マジで餓死るとこだぜ。」

猫は僕のベッドの上に座ったまま、ダルそうに言った。僕はまず、猫のカリカリまんまを用意してやった。

「「いただきます。」」

僕猫は声を揃えて挨拶した。猫はわざわざ、僕の食事の用意が出来るまで待っていた。かなり腹ペコのはずなのに、それでも待てる猫は素晴らしいと思う。

「別に待たなくていいんだよ。」

「うっせー。ご主人と一緒にいる時はそうするもんなんだよ。」

「それ、誰が決めたの?」

「──いいだろ、誰だって。」

これ以上は僕の突っ込むところじゃないと思った。猫が僕から目を逸らしてキョロキョロしたから。そうした時は、大体訊いてほしくない事を訊かれている状態だ。


僕は話題を変えて、今日の動物病院での話や電車の中での話をした。いつもは8割方グチだ。それを猫が黙って聞いてくれる。猫はあんまりよくわかってないと思うけど、聞いてくれるだけが心地良かった。

そこで僕は猫に訊ねる事にした。

「あのさぁ、僕いつもと何か違う?」

「そんな違わねぇよ。でもなんか、今日は大変だった割に元気だな。」

「そう?ものすごい疲れてるけど。」

「大変だった日は真っ先にベッドにダイブなのに今日はそうじゃなかった。」

「あっ!確かに。でもなんでなんだろう・・・。」


どっぷり疲れているのは確かだった。でも疲れ方が違うというか何というか、身体も頭もどこもかしこも疲労困憊なのに、心だけは無事みたいな感じだ。病は気からって言うけど、疲労感も気次第なのかもしれない。




その後も僕は院長や寅さんに、活き活きしてるだの、絶対に良いことがあっただの言われた。さすがにこれだけ言われると気にしてしまう。こんな時、頼りになるのはもうヒジキ先生しかいない。いつもは週1回のペースで行くけど、今回は特例。


こうして僕猫は3月14日午後12時40分、動物病院から鳥羽精神診療所へ向かった。しかし、肝心な事を忘れていた。午後診は確か15時から。診療所の最寄り駅に着いたのが14時過ぎ。どんなにゆっくり歩いたとしても20分かからない。

「早く着きすぎたからどっかで時間潰そうか。」

「おっ、ならこの前の市役所行こうぜ。」

「えっ、猫は鞄に入らなきゃいけないのに?」

「誰が中に入るっつったよ?オレの目当てはその裏にあるちっせー庭だよ。」

そんなものがあったなんて知らなかった。前に来た時、猫が図書館で耳にしていたが、僕に投げられた衝撃で忘れていたらしい。


僕猫は早速、市役所の敷地に入って裏へ回った。すると楕円形で大きめの花壇があり、その周りにいくつかのベンチが設置されていた。

僕はそのうちの1つに腰掛け、猫は花壇の花に近づいていった。

「猫!触ったり、食べたりするなよ。」

「分かってらぁ。観るだけだろ。」

「分かってるならいいんだ。」

動物は人間の幼い子みたいに、興味が湧いた物には触れたり、口に入れたりするけど猫はそういう事をしない。一応、小学校の高学年くらいの常識はある。


花壇には名前の分からない、春らしい色合いの花が咲いていて、とてもキレイだった。猫は花壇の外側ギリギリでじぃっと花を観察し、僕は何が面白いんだろう?と思いながらじぃっと猫を見ていた。するといきなり声を掛けられた。

「犬上さん・・・ですよね?」

「そうです・・・」

目を向けながら応えてビックリ!目の前にいたのは彼女だった。

「っっ!馬山さん!!」

僕は思わず立ち上がってしまった。しかし彼女は例の爽やかな笑顔で笑って続けた。

「そんなに驚かなくてもいいのに。ここで働いているんだから、逢っても不思議じゃないですよ。」

「確かにそうだね。」

「お隣、いいですか?」

「もちろん、どうぞ。」

座り直した僕の隣に彼女は腰を下ろし、持っていた弁当を広げた。


「随分遅い昼食なんだね。」

「えぇ、忙しい日はこれくらいです。」

「大変だね。」

「最初は辛かったんですけど、慣れればそんなに苦じゃありませんよ。」

「そっか。この仕事、どれくらいなの?」

「えっとー、大学出てすぐだから──もう直ぐ4年になります。」

あれ?大学出てそんなに経ってるの?僕はてっきり、もう直ぐ2年目に突入する新人さんだと思っていた。

「・・・えっ、じゃあ馬山さん歳は??あっ、言いたくなかったらいいんだけど。」

「歳は・・・これでも25なんです。」

「同い年だ。とても若く見えるから、驚いた。」

「悪く言えば童顔なんですけどね。よく言われます。」

彼女は誤魔化すような笑顔で言った。僕は彼女の爽やか笑顔を崩してしまった。

「見た目を悪く言うなら、僕だって職場の先輩からモヤシとか言われるし。」

「モヤシ?色白いからですか?」

「それプラス背が低いのと力が無いから。」

「あははっ。力が無いは違いますよね。」

「へ?」

「だって、助けて頂いたし。」

彼女にそう言われてとても嬉しかった。でも、ただ嬉しかっただけじゃない気がした。普段褒められない事で褒められたのもあると思うが、それだけじゃない。そんな気がした。


「じゃあ私、そろそろ行きますね。」

いつの間にか弁当を完食していた彼女は立ち上がって言った。

「うん、頑張って。」

僕の言葉に彼女は爽やか笑顔で返事をすると行ってしまった。


「・・・じん、・・ゅじん、ご主人!!聞いてんのかコラ!」

「うわっ、何?」

「飽きたから行こうぜ。っつったんだよ!女に見とれて聞いてなかったろ。」

「なっ、見とれてた訳じゃないよ。」

僕が、彼女が見えなくなるまで見送っていると、知らぬ間に猫が隣に寄って来ていた。猫は何回か僕のことを呼んだらしく、イライラしながら僕の服の袖を引っ張っている。

時計を見ると14時50分。ゆっくり歩いて行けば、丁度いいタイミングのはずだ。僕猫は猫の提案に賛成して診療所へ向かうことにした。




「こんにちは。って、優くん!珍しいわね、日曜日になんて。」

「ええ、まぁね。」

「症状が悪化したって感じではないわね。何か別の事かな?」

「よく分かるね。」

「一応、精神診療所の職員だからね?それくらいは分かるわ。」

「そりゃそうだね。」

「ふふっ。アナター、アナター、優くんですよー。」

診療所へ入ると、いつものように奥さんが迎えてくれた。少しするとヒジキ先生が現れて、診察室に入るよう促した。


「珍しいね、週に2回も来るなんて。しかも、いつもより元気そうだけど?」

「まさしくその事なんだけど、ヒジキ先生は僕を見て元気そうと思ったんだよね?それはなぜ?」

するとヒジキ先生は突然笑い出した。

「優くんは鏡とかあんまり見ないの?」

「うーん…髭剃る時とか、寝癖直すときくらいかな。」

「つまり、顔はそんなに見ないんだね。」

「うん。男なんてそんなもんじゃないの?」

「僕は違うかな。顔色や表情も見るよ。それによって、自分でも自覚していなかった事が見えてきたりするんだ。まっ、職業柄っていうのもあるけどね。」

そういいながら、ヒジキ先生は少し大きめの手鏡を持ってきた。

「とりあえず、自分の顔を意識的に見てごらん。」

言われた通り、僕は鏡に映った自分の顔を覗いた。でもやっぱり僕は僕であって、普段と何が違うのかさっぱり分からない。3分くらい僕は僕と見つめ合ったが、答えは出なかった。

「ヒジキ先生、やっぱダメみたいだ。」

「そっか。なら、少し話をしようか。」


こうして自分とのにらめっこが終了し、ヒジキ先生の問診が始まった。

「優くんは今日、どういう目的を持って来たの?」

「最近、周りの人から活き活きしてるとか、良いことがあったんじゃないかとかやたらと言われるんで、その原因を突きとめること。」

「ふーん、そっか。じゃあ、それはいつ頃から言われ出しだの?」

「えぇっと・・・確か2日前くらいから。」

「って事は、何かあったとすれば3日前。その日は優くんがここへ来た日だね。ぼくと会った時は何ら変わった様子は無かった。だから、あの日ここを出てからどうした?」

「奥さんに頼まれて図書館へ本を返しにいった。それから───。」

僕はさらりと行った場所を並べていった。その後、ヒジキ先生は昨日のことを訊いて、僕はそれに答え、続けて質問した。


「じゃあ次。今日、ここへ来るまでにどう過ごしてた?」

「午前中はいつも通り仕事で、昼からはここへ向かったんだけど、早く着きすぎたから市役所で時間潰してた。」

「ふっ、そうか。」

ヒジキ先生は軽く笑って応える。僕は笑われるような事を言った覚えはない。

「なんで笑ってんの。」

「いやー、優くんってつくづく素直だなぁって思って。」

「??どういう意味?」

「確実に原因は市役所にあるよ。3日前、図書館に入ってからのこと教えて。」

僕は彼女の笑顔のことや、返却係の嫌なおばさんのこと、彼女を助けたことなどを話した。ついでだったから、今日も彼女に会って話をしたことも付け加えた。

「なるほどね。」

「ひょっとして、分かった?」

「たぶんね。でも、これは優くんが自分で気づかなきゃいけない問題だ。」

「なにそれ。」

「あはは、僕から言えることは、もっと馬山さんと接することだね。後、鏡も見るようにしなさい。」

「うん・・・。」

いまいちよくわからない。でも、1つ分かった事は彼女が鍵になっているらしい事だ。




3月18日、木曜日。今日も僕猫は診療所へ。そしてまた、奥さんに本を頼まれて図書館へ。

「オレ、外で待ってるわ。」

「じゃあ、この前の庭で待ち合わす?」

「おぅ。」

猫はそう言って庭の方へ行ってしまった。鞄に入るのが嫌だったんだろう。そう思って僕は許した。言われなくても分かっているだろうから、車に注意しろとは言わなかった。


図書館に入ると、彼女は返却係をしていた。

「次の方──あっ、犬上さん。」

「こんにちは。これ返す。」

僕は奥さんから預かった本を彼女に差し出した。

「・・・犬上さん、お菓子作りされるんですか?」

「え、いいや。なぜ?」

「だって、これ・・・。」僕は本に興味がないので、奥さんから預かった本がどんな本かなんて、気に留めていなかった。しかし今、彼女に指摘されて初めて気が付いた。僕が返却しようとしていたのは『ドルチェおばさんのおいしいお菓子の本(上級)』というタイトルの本である事に。

僕は突然、無性に恥ずかしくなってきた。

「あっ、えぇっと。これは僕の知り合いの奥さんが借りたもので、僕は返しに来ただけなんだ。」

「あははっ、そうなんですか。上級なので、てっきり趣味かと。」

「そんな訳ないよ。」

どうやら彼女のツボに入ったようで、笑いながら言われた。彼女は、僕が見た中で1番いい顔で笑っていた。本当に彼女の笑顔は素敵だと思う。

僕の後ろに人が来たので、彼女は笑うのを止めて、手早く作業を終わらせた。僕と彼女は互いに軽く別れの挨拶をして、僕は庭へ向かった。




「触んなよこら、ばばぁ。」

「かわいらしいねぇ。」

「どこから来たの?ひょっとしてノラかぃ?」

僕が庭に着くと、猫がお年寄りに囲まれていた。珍しい風景なので面白く思い、少し見守ってみたが、猫が爪を立て始めたので声を掛けた。

「おーい、猫ー。」

「ご主人!助けろ。こいつらすんげーベタベタ触ってくる。」

猫はかなり必死だったようで、僕に気が付くなり駆け寄ってきた。しかもその上、涙目だったのには流石に驚いた。面白がって観察していた事に少し罪悪感を感じた。

「その子、あんたのかい?」

「はい。ご迷惑おかけしましたか?」

「いいや、かわいらしくて元気をもらったよ。ありがとう。」

「それは良かったです。」

「その子の名前は?」

「・・・猫です。」

「えっ?名前、付けてないのかい?」

「いや、あのー・・・そう呼ばれるのがいいらしいんで。」

僕は猫の方を見ながらお年寄りたちに言った。猫は頷いたが、お年寄りたちは若干引き気味だった。




「全く、ひどい目に合ったぜ。ベンチで寝てて、気付いたら囲まれてんだからよ。」

「けど、我慢したのは偉かったね。」

「まあ、命の危険は感じなかったからな。オレはそんな暴力は振るわねーよ。」

「そっか。お年寄りたち、猫に感謝してたね。存在だけで人をそんな風にできるって、ものすごいことだよ。」

「えー、そうか?無駄に好かれんのなんか、うぜーだけだろ。」

僕猫は帰路に着きながらさっきのことについて話していた。猫はうざがっているような物言いだけど、内心嬉しいと思っている。半笑いで言葉を発する時は、そう思っている事が多い。実に素直な態度だ。




一週間後、僕猫はまた診療所に来ていた。

「それで、最近どうよ?」「先週は馬山さんの1番の笑顔を見たよ。すごく素敵だった。そんでこの前の日曜日はまた昼一緒になっていろんな事話した。凌<しの>ちゃんってゆう妹がいるんだって。」

「そうかそうかー。ぼくが訊いてるのは症状の方なんだけどなぁ?」

「そんなのいつもと変わらないよ。」

「そんなのって・・・でも、かなり馬山さんに夢中だね。」

「だって、馬山さんと関わるように言ったのはヒジキ先生でしょ。」

「あれぇ?ひょっとして優くん、まだ原因分かってない?毎日鏡見てる?」

「見てるよ。でもやっぱ分からないんだよね。最近、ますます寅さんや院長に変わったって言われるし。」

「うーんと・・・優くんは馬山さんをどう思ってるのかな?」

「え?うーん…素敵な人。」

「本当にそれだけかなぁ?」

「どういう意味?」

「それは自分で考えなさい。はい、メガネ貸して。」

僕はヒジキ先生にメガネを渡し、いつも通りに奥さんのお菓子を頬張る。今日は1口チョコレートケーキだった。やはり絶品で、これは1つ残さず食べてしまった。猫はまた、出窓から外をぼんやりと眺めている。

メガネのメンテナンスが終わって、帰ろうと立ち上がって僕は言った。1ついつもと違うことが。

「あら?奥さん、今日は本ないんですか?」

「本?あぁ、今日は大丈夫。またお願いするわ。」

「あぁ・・・そうですか。──猫、帰ろうか。」

図書館へ行く用事がなくなった。どこかガッカリしている僕。なぜだろう?用がないなら行く必要がない。なら帰って家でゆっくりしよう。そんな休日は久々だしね。

「猫ー。」

「なぁご主人、もうちょいここに居ていいか?」

信じられない一言。今まで僕猫は、どちらか片方が行こうと言ったら行くのが流れだった。別に嫌ではないからいいけどね。

「僕はいいけど、ヒジキ先生たちの迷惑じゃないか。」

「どうしたの?」

「猫が、もう少しここに居たいらしくって。」

「なら大歓迎よ。実は猫くん、アイドルだから。患者さんたちに人気なのよ。」

「そうなんですか。」

「そしたら、時間潰しに図書館行ってきたら?」




ヒジキ先生の耳打ちに、僕は流されてしまった。結局猫を置いて、用も無いのに図書館に来た。


とりあえず僕は未だ踏み入った事のない5階へあがってみた。そこにはまた本棚が沢山あって、ハードカバーの本がずらりと並んでいる。絵本やら児童向けの物語、僕らの世代が読むような小説や洋書などの外国語で書かれた本までおいてある。しかも新刊も多く、最近話題の本もあった。

しかしやっぱり興味が湧かない。どうしようかと思っていると、僕の目に彼女が飛び込んできた。


「やっ、今日も手伝おうか?」

僕は、初めて逢った時のように脚立の1番上に立って本棚に本を戻していた彼女に話し掛けた。

「あの本棚以外はちゃんと届くんですよ。」

爽やかな笑顔で、本棚の最上段に手を置きながら彼女は言った。

「今日もお菓子の本を返却しに?」

「違うよ。ただフラっとね。時間潰しだよ。」

「そうでしたか。」

「にしても広いねここは。」

「そりゃあ、新しくしたばかりですから。それに、6階は漫画コーナーになっていますから、読書が苦手な方も楽しんで利用されてます。」

「へぇ、それは知らなかったなぁ。じゃあ、仕事の邪魔するのも何だし、僕は6階へ行ってくる。」

「はい。ごゆっくり。」


今日も彼女の笑顔を見られた。やっぱり素敵だ。それだけのはず。


だけど何故か、それとは違う、もっと別な感覚がある気がする。


自分で自覚できていない感覚。


嬉しいような、恥ずかしいような、苦しいような、わけのわからない不思議な感覚。


奇妙な感覚に少し不安を覚えながら、僕は6階へ到着した。4階や5階ほどではないが、それなりに本棚がたくさんあり、漫画がぎっしり並んでいる。最新の少年少女コミックや、僕らが子どもだった頃に流行っていた作品も揃っていた。

僕は読書こそめったにしないが、漫画を読むのは好きだ。子どもの頃に途中まで集めていた漫画を発見し、手に取ってみる。漫画を読むのなんてどれくらいぶりだろう。かなり懐かしい気分になり、テンションも上がってその漫画を読み漁った。




気が付くと2時間の時が経っており、かなり驚いた。急いで猫を迎えに行こうと市役所を出ると、後ろから声を掛けられた。

「犬上さん、お帰りですか?」

「え?──あぁ、まぁ。」

振り返ると、たぶん彼女だった。「たぶん」というのは、いつもアップの髪型を下ろしていたため、一瞬彼女かどうか判らなかったからだ。でも、あの笑顔と声は間違いなく彼女だった。今の彼女は弁当ではなく、橙色っぽい茶色のショルダーバッグを持っている。

「馬山さんは・・・上がり?」

「ええ、今日はこれから予定があって。」

「そうなんだ。忙しいね。」

「仕方無いですよ。」

歩きながら僕と彼女は話を続けた。彼女は笑ってはいたが、疲れているのに無理しているような感じだった。

「時には抜かないと、爆発しちゃうことがあるらしいよ。気を付けなよ。」

僕は何気なく言ったつもりだったのに、彼女には重く響いたようで、立ち止まってしまった。僕はこの上なく焦った。

「どうしたの?気、悪くした?」

「ううん、違うの。ありがとう。本当にありがとう。あの──」

「何?」

「あの・・・私、こっちだから。ではまた。」

「うん。またね。」

彼女は信号を渡って行ってしまった。なんだかモヤモヤする。彼女、何か言いたげじゃなかった?気のせいだろうか?僕はそんなことを考えながら、診療所へ急いだ。




診療所では猫が出窓で丸くなって寝ていた。日差しが丁度入ってきて気持ちいいのだろう。

「あら、優くん。お帰りなさい。」

「どうもすみません。迷惑なかったですか?」

「とんでもない。みんな癒やしてもらってたのよ。あっ、ケーキ余ってるから持って帰って。」

奥さんはケーキを取りに行ってしまうと、代わりにヒジキ先生が来て僕に言った。

「さっきまで馬山さんと一緒だったのかい?」

「どうして分かるの?」

「ははっ、顔に書いてあるよ。」

「なっ・・・。ヒジキ先生あのさぁ、僕は馬山さんの事を本当に素敵な人だと思うんだ。でもそれだけじゃないかも。」

「──ほーぉ、じゃあどんなふうに思うの?」

僕は図書館で感じた感覚をなんとか説明してみた。ヒジキ先生は、なぜか終始ニヤニヤしながら僕の話を聞く。

「そうか。原因が分かる日も、そう遠くないかもよ。」

「えっ、そう?」

「うん。あとはその感覚が何なのかが分かればいいんだ。それが答えだからね。」

「はーい、お待たせ。」

僕がヒジキ先生に聞き返そうとした時、奥さんが丁寧にラッピングしたチョコレートケーキを持って戻ってきた。

「という訳だから、もう少し深く馬山さんと関わってみなさい。」

そう言ってヒジキ先生は僕の肩を優しく叩いて行ってしまった。

その後、猫を起こしてケーキを持ち、僕猫は家へ帰った。




「おい、犬上。お前ボーっとし過ぎやで。大丈夫か?」

「へ?あぁ、へーきです。」

寅さんが僕の体を心配して声をかけてくれる。

最近自分でも思う。本当に病気なんじゃないかって。不思議な感覚が出始めて2日が過ぎた今日。その感覚は日に日に大きくなっているようで、また考えれば考えるほどボーっとして頭がクラッとする。こんな時、今までなら彼女の笑顔が僕の支えになっていたのに、これには全くの逆効果。いったい僕はどうしてしまったのか?

「顔赤いけど、大丈夫か?ちょっと熱計ってみ。」

寅さんに体温計を渡され、頷いて計ってみると37.8度だった。

「犬上、今日はいいから帰って体休めろ。」

「院長・・・でも。」

「体調管理はしっかりしなきゃいかん。倒れられても困るからな。」


院長のお言葉に甘えて今日の所は帰宅。フラフラしながら家に帰ると、猫も心配して何かと気遣ってくれた。本当に優しいやつだ。不思議と、猫と一緒にいるとぼーっとしたり、クラッとしたりはなくなる。しかし熱はまだ37度代だった。

「ご主人・・・あのー。」

「あー、ご飯の時間だよね。すぐ用意するから。」

「おぅ。」

僕は猫の皿にカリカリまんまを盛って、再びベッドに入った。

「あのさ、ご主人が食べ物用意しねーと、オレ食えねんだけど。」

「僕はパス。しんどくて、作る気も食べる気もしないよ。だから猫は食べて。」「ご主人、決まりなんだよ。さっさと作れ。」

「だからなんなの、その決まり。」

「──オレの弟の叶わなかった夢だよ。」

知らなかった。まさか猫に弟がいたことを、ご飯は絶対に一緒ルールにそんな深い背景があったことを。

「そう・・・だったんだ。」

僕は気が変わって、動き出した。1番手っ取り早い、カップ麺にお湯を注いで3分後。僕猫は声を揃えた。

「「いただきます。」」




翌日、熱は下がったが相変わらずぼーっとする。それから、クラッとする代わりに心拍数が高い気がする。まさかと思うが死期が近いのではないだろうか。

「犬上、もう大丈夫なん?」

「ほとんどは。今日は半日だけだし、こなせると思います。」

「ならいいが、無理そうなら早めにいうんだぞ。」

「はい。ありがとうございます。」

その日は客も少なく、内容も簡単な物ばかりだった。あっという間に時間は経ち、閉院の時間。僕は家へ帰り、診療所へ行こうか行くまいか迷ったが、体調があまり良くないのと、あの街へ行くと考えただけで心拍数が高まるので止めておいた。


しかし、この時僕は思ってもいなかった。

僕がこの日に図書館へ行かなかった事が、大変な事態の一因になってしまうだなんて。


僕はグラグラですが、彼女もぐらりときておりますねぇ。

この2人、両思いやったらえぇなぁ。


自分が恋してるって自覚するんはなかなか難しい。(と作者は思います。)

僕は特にそのようですね。

さて、僕は恋してる事に気付くのか。


次回は猫の活躍、彼女の大騒動、そして僕の──!!!お楽しみに♪

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