↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

門×いてはいけない<夏休み最後の大冒険>

作者: ギンコ
掲載日:2026/08/27

あらすじ


夏休みも残りわずかとなった8月28日。

港町に住む小学6年生の仲良し3人組、ケイタ・サトシ・アキオは、

最後の思い出作りに山奥の廃校へ向かうことになる。

 8月28日。


 夏休みも、あと三日。


 港町の小学校に通う小学6年2組の3人組は、その日、市民プールにいた。


「暑っ……」


 ケイタがプールサイドに寝転がった。


「八月って、こんなに暑かったっけ?」


「毎年言ってるじゃん、それ」


 サトシが呆れた顔で言った。


 サトシは3人の中で一番成績がいい。


 夏休みの宿題は、ほとんど七月中に終わっている。


 一方、ケイタの宿題はほぼ手つかず。


 アキオは自由研究だけを残している。


 体が大きく、運動神経も抜群で、女子からも人気がある。



 プールを出たあと。


 サトシが腕時計を見た。


「まだ11時かよ」


「は?」


 ケイタが起き上がる。


「もう11時だぞ?」


「いや、まだ11時だろ。朝からプール来て、もっと時間経ってると思った」


「お前、宿題終わってるから時間が余ってんだよ」


「そういうこと」


「腹立つ」


 サトシは水滴を拭きながら笑った。


 いつもなら言い合いが始まるシーンだが今日は違う


 ケイタがニヤッとした。


「じゃあさ」


「なに?」


「夏休み最後の大冒険、行かね?」


「……どこに?」


「廃校」


 アキオの目が輝いた。


「行こうぜ」


「面白そうじゃん」


 サトシは少し考えた。


「……あの山の?」


「そう」


 3人が通っている小学校から山を越えた先。


 50年以上前、今の学校に統合されて廃校になったという古い木造校舎がある。


 近所では、ちょっとした心霊スポットとして知られていた。


「そこでさ」


 ケイタが声を落とした。


「未来が見えるおまじないがあるんだって」


「未来?」


「そう。『マズルさま』ってやつ」


 近所の魚の加工所でアルバイトをしているお姉さんから聞いたものだ。


 休憩時間になるとジュースをくれたり、くだらない話をしたりする。


 2人には内緒だがちょっと仲がいい。


 そのお姉さんが言っていた。


 ――あの廃校で、未来が見えるおまじないがある。


 校庭の桜の木から校門に向かって二十歩。


 右を向いて四歩。


 左を向いて六歩。


 そして校舎に向かって、


 ――マズルさま。


 ――マズルさま。


 ――教えてください。


 ――マズルさま。


 そう唱える。


 すると、二十年後の自分の未来が見える。


「面白そうじゃん」


 アキオが即答した。


「いや、やめとこうよ」


 サトシは渋い顔をした。


「そういうの、だいたい嘘だから」


「じゃあ来なくていいぞ」


「……」


「俺とアキオだけで行くから」


「それはそれで危ないだろ」


「じゃあ来るの?」


「……行く」


 こうして三人の、夏休み最後の冒険が決まった。


     *


 昼食はそれぞれの家で食べ、1時にバス停前で集合。


 親には、


「3人で宿題やる」


 と嘘をついた。


 ケイタはオヤツとジュース。


 それから、アリバイ作りのために夏休みのドリルを一冊。


 ――帰ったらサトシに答えを写させてもらえばいい。


 そう考えていた。


 一方、サトシとアキオは水筒、タオル、懐中電灯、救急セットなど、妙に用意がいい。


「お前ら遠足行くの?」


「山に行くんだから必要だろ」




 全員で虫除けスプレーを念入りに吹きかける。


 


 午後1時。


 三人は山へ向かって歩き始めた。


     *


 最初の1時間は、ただのハイキングだった。


「なあ、アキオ」


「ん?」


「自由研究、何やるの?」


「まだ決めてない」


「昆虫採集とか?」


「6年生だぞ」


「じゃあカブトムシの観察」


「もう夏休み終わるだろ」


「……そっか」


 くだらない話をしながら歩く。


 途中でガサッと草むらが揺れる。


「うわっ!」


 サトシが飛び上がった。


「な、なんだよ!」


「ヘビかも!」


 ケイタとアキオが笑う。


「サトシ、ビビりすぎ!」


「いや、今のは普通に怖いだろ!」


 草むらから出てきたのは、小さなトカゲだった。


「……」


「……」


「帰る?」


「帰らない!」


 3人で大笑いした。


 しかし。


 山道を歩き始めて1時間半ほど経ったころ。


 道が急に細くなった。


 人が歩いた跡はある。


 だが、舗装はされていない。


 草が膝の高さまで伸びている。


「……本当にこっち?」



「たぶん」


「たぶんってなんだよ」


「お姉さんが言ってた道は、こっち」


 ケイタが先頭を歩く。


 そのとき、アキオが立ち止まった。


「そういえばさ」


「ん?」


「ここ一時間くらい、誰とも会ってないよな」


 三人が黙った。


 確かにそうだった。



「……まあ、山だし」


 ケイタが言った。


「そりゃ人いないだろ」


「でも……」


 サトシが振り返る。


 来た道には、木と草しかない。


「こんなところに、本当に学校なんてあるのかな」


 誰も答えなかった。


 さらに一時間。


 歩いた。


 そして。


「……あ」


 アキオが指を差した。


 木々の向こうに、建物が見えた。


「学校……?」


 古い木造二階建ての校舎だった。


     *


 近づくほど、3人の口数が減っていった。


 校門には木の立て札があった。


 かつて学校名が書かれていたのだろう。


 だが、木は完全に腐っている。


 文字は読めない。


「50年前に廃校って聞いたけど……」


 サトシが呟く。


「もっと古く見えない?」


 窓ガラスはほとんど割れていた。


 校舎の壁には蔦が絡まり、屋根の一部は崩れている。


 それでも、不思議なことに。


 校庭だけは、妙にきれいだった。


 雑草がほとんどない。


「……誰か使ってるのかな」


「まさか」


 ケイタが笑う。


「こんなところで?」


 サトシが腕時計を見る。


「2時間半歩いてる」


「マジか!」


 疲労が一気に冒険の実感に変わった。


「すげえな」


「本当の大冒険じゃん」


 3人は笑った。


 怖いとは言わなかった。


 不気味だとも言わなかった。


 そんなことを口にしたら、本当に怖くなりそうだったからだ。


「じゃあ……」


 ケイタが桜の木を指差す。


「やるぞ」


     *


 校庭の隅に、1本だけ大きな桜の木が立っていた。


 幹は太く、表面には無数のひびが入っている。


 3人はその木の前に並んだ。


「20歩だな」


「うん」


「行くぞ」


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 ……


 二十歩。


「右」


 四歩。


「左」


 六歩。


 止まる。


 3人の正面には、古い校舎があった。


 割れた窓。


 暗い廊下。


 開いたままの扉。


「……本当にやる?」


 サトシが聞く。


「ここまで来て?」


 ケイタが笑った。


「せーの」


 3人が息を吸う。


「マズルさま」


「マズルさま」


「教えてください」


「マズルさま」


 声が校庭に響いた。


 そして――


 何も起きなかった。


「……」


「……」


「……」


「なんだよ」


 ケイタが吹き出した。


「普通に何も起きねえじゃん!」


 アキオも笑う。


「ケイタ、ウソじゃん!」


「いや、俺は聞いた話を――」


 そのとき。


 校舎の奥から。


「…………た……」


 三人の笑い声が止まった。


「……今、何か聞こえた?」


 サトシが言った。


「風じゃね?」


 ケイタが答える。


「だよな」


 アキオも頷いた。


 誰も動かない。


 しばらくして――


「…………さ……」


 また聞こえた。


 人の声。


 今度は、はっきりと。


「……聞こえた」


 サトシの声が震えた。


「誰かいる?」


「遭難した人かも」


「こんなところに?」


「じゃあ……幽霊?」


「それ言うなよ」


 3人は互いの顔を見た。


 そして。


「……行ってみよう」


 ケイタが言った。


     *


 校舎に近づく。


 ギシ。


 ギシ。


 靴が古い木の床を踏むたび、音が響く。


 中は外よりずっと涼しかった。


「寒っ」


「なんでこんな涼しいんだ?」


「日が当たらないからだろ」


 そう言いながら、3人は廊下を進んだ。


 教室には古い机と椅子が残されている。


 黒板。


 掲示板。


 破れたカレンダー。


 机の上には、埃が何センチも積もっていた。


「昔の学校って、こんな感じだったんだ」


 アキオが机を触る。


 指の跡が、白く残った。


 そのとき。


 ――ゴキッ。


「うわぁっ!」


 三人が飛び上がった。


「痛っ!」


 アキオが床を見た。


 古い床板が割れている。


「……」


「……」


「……」


 そして三人とも吹き出した。


「ビビった!」


「お前重いんじゃない?」


「俺だってビビるわ!」


 笑った。


 笑いながら、三人は思った。


 きっと大丈夫だ。


 怖くない。


 今日は夏休み最後の、大冒険なんだから。


 その瞬間だった。


「…………こっち……」


 声がした。


 今度は明らかに近い。


「2階だ」


 サトシが言った。


「行くぞ」


 階段を上る。


 ギシ。


 ギシ。


 ギシ。


 一段。


 また一段。


 古い木が、3人の体重に耐えるように鳴る。


 2階には職員室らしき部屋。


 その先に教室。


 そして一番奥。


 窓がなく、廊下まで薄暗くなっている部屋があった。


「……音楽室じゃね?」


 ケイタが言う。


「やめよう」


 サトシが即答した。


 その直後。


「…………ケイ……」


 3人が凍りついた。


「今、名前……」


「聞こえた」


「……俺たちのこと知ってる?」


 ケイタが唾を飲み込む。


「職員室からだ」


 3人はそちらを見る。


 扉が少しだけ開いていた。


「音楽室じゃなくてよかった……」


 ケイタが呟いた。


 誰も笑わなかった。


 ゆっくり扉を開ける。


 ガラ……


 ガラガラ……


 途中で何かが引っかかる。


「固い……」


 アキオが力を込める。


 ギギギ……


 やっと人一人が通れるくらい開いた。


 中には古い机が並んでいた。


 西日が差し込み、部屋の奥だけがオレンジ色に染まっている。


 そして。


 一人の女性が、机に座っていた。


「…………」


 三人の時間が止まった。


「…………」



「…………」



「…………」



 女性は、ゆっくりこちらを向いた。


「うわっ!」


 ケイタが後ずさる。


「ちょ、待って!」


 アキオも固まった。


 女性が笑った。


「あ……」


 ケイタの顔が明るくなる。


「なんだよ!」


「知ってる人?」


「ほら、魚の加工所のお姉さんだよ!」


「……え?」


 サトシが首を傾げた。


「何してんの?」


 女性が笑った。


 ケイタはホッとした。


「なんだよー! 驚かすなよ!」


 サトシとアキオを見る。


「この人だって。いつもジュースくれる――」


 そこまで言って。


 ケイタの言葉が止まった。


 女性の顔を見る。


 なぜだろう。


 顔が、よく見えない。


 目も。


 鼻も。


 口も。


 確かにそこにあるのに。


 思い出せない。


「……あれ?」


 女性が笑っている。


「どうしたの?」


「いや……」


 ケイタは頭を掻いた。


「お姉さん 名前……なんだっけ?」


 女性の笑顔が、少しだけ大きくなった。


 サトシが小さな声で言った。


「……俺、この人知らない」


「え?」


「こんな人、加工所にいない」


 アキオも首を振る。


「僕も知らない」


「いやいやいや」


 ケイタは笑おうとした。


「いるって。いつも休憩中にジュースくれるじゃん」


「誰が?」


「この人が――」


 女性が口を開いた。


「…………マズルさま」


 声が低かった。


 いや。


 低いというより。


 何人もの声が重なって聞こえた。


「……え?」


 女性は立ち上がった。


 椅子の脚が、


 ギィィ……


 と床を擦った。


「マズルさま」


「……」


「マズルさま」


 ケイタが後ずさる。


「おい……」


 女性が一歩近づいた。


 ギシ。


 もう一歩。


 ギシ。


 サトシの顔が青ざめる。


「未来を……」


 妙にはっきり聞こえた。


「教えてあげる」




「逃げろ!」


 ケイタが叫んだ。


「うわぁぁぁ!」


 3人は一斉に走った。


 アキオが扉に体当たりする。


 バキッ!


 古い扉が倒れた。


「走れ!」


 階段を駆け下りる。


 ギシギシギシギシ!


 後ろを振り返れない。


 振り返ったら、何かがいる。


 そんな気がした。


 校庭へ飛び出す。


 山道を転げるように走る。


「速く!」


「待って!」


「止まるな!」


 夕日が山の向こうへ沈み始めていた。


 赤い。


 木々も。


 道も。


 三人の顔も。


 全部が赤く見えた。


 怖かった。


 でも、怖いと言っている暇はなかった。


     *


 ようやくバス停が見えた。


 3人はその場に崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


「……死ぬかと思った」


「俺も……」


 しばらく誰も喋らなかった。


 やがて。


 サトシが腕時計を見る。


「……5時59分」


「まだ6時じゃないんだ」


「うん」


 ケイタが笑った。




 ――キーン……


 ――コーン……


 ――カーン……



 学校のチャイムが鳴った。


 聞き慣れた音だった。


 町の小学校から聞こえる、いつものチャイム。


 3人はホッとした。


「ははははは」


 ケイタが笑う。


「今日は音、ひどいな」


 スピーカーが古いのか。


 音がひどく割れている。


 ――キィィ……


 ――ン……


 ――コォォ……


 そこに。


 ……


 ノイズが混ざった。


「……?」


 サトシが顔を上げる。


 チャイムが続く。


 ――キィィン……


 ――ザー……


 そして。


 音楽の隙間から。


 小さな声が聞こえた。


「……ニ……ナ……」


「え?」


 三人が顔を見合わせる。


 ザーッ……


「……ニ…ゲ……」


 ケイタの顔から笑顔が消えた。


「今……聞こえた?」


 アキオが立ち上がる。


「聞こえた」


 サトシも頷いた。


「何て?」


 ザーッ……


 チャイムが止まった。


 静寂。


 そして。


 スピーカーから。


 今度は、はっきりと。


 


「 ニ ゲ ル ナ 」


 



 近くで誰かが小さく笑った気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。