第6章:純子の正義(11月下旬)
──梨沙視点──
十一月二十二日、午後三時。
芹沢梨沙は、
探偵事務所の窓から
冬の気配を帯びた曇り空を見つめていた。
ユキが警察に相談してから、
二週間が経った。
その間、
たくまの周囲では
静かだが確実な“変化”が起きていた。
- ユキは完全に距離を置いた
- 美咲は沈黙を貫いている
- たくまは混乱しながらも日常を続けている
- そして純子だけが、
たくまの周囲を“埋めるように”動き始めていた
梨沙は、
その動きを見逃していなかった。
◆ 1 純子の“正義”が動き出す
午後四時。
梨沙のスマホが震えた。
純子のSNSの新しい投稿が通知された。
- 「あなたを守りたい」
- 「誰もあなたを傷つけさせない」
- 「私だけが理解している」
梨沙は、
その文章を読みながら
背筋に冷たいものが走った。
「……これは、もう“匂わせ”じゃない」
純子は、
たくまの言葉遣いを完全に模倣していた。
句読点の位置、
語尾の癖、
文章のリズム。
それは、
“たくまの代弁者”を自称するような投稿だった。
梨沙は、
その危うさを理解していた。
「この女は、
たくまさんを“守る対象”にしている」
守る対象は、
同時に“所有物”にもなる。
梨沙は、
その構造を知っていた。
◆ 2 たくまの“依存の芽”
その日の夜。
梨沙は、
たくまのSNSを確認した。
たくまは、
純子の投稿に反応していない。
しかし、
その沈黙が逆に危うかった。
たくまは今、
誰にも相談できない。
- 妻は消えた
- 息子もいない
- ユキは恐怖している
- 職場では孤立し始めている
その空白を、
純子が埋めようとしている。
梨沙は、
その“依存の芽”を感じ取っていた。
「……このままだと、
たくまさんは純子の世界に取り込まれる」
それは物理的な危険ではない。
しかし、
心理的・社会的な“囲い込み”としては十分だった。
◆ 3 梨沙の報告
翌日。
梨沙は、美咲に報告を送った。
『純子が、
たくまさんの周囲を“囲い込む”ように動いています。
危険です』
数分後、
美咲から返信が届いた。
『もう関わらなくていい』
梨沙は、
その言葉を見つめた。
「……終わり、なのね」
美咲は、
たくまの世界から完全に手を引いた。
それは、
たくまが“誰の世界にも属さない”ということだった。
梨沙は、
胸の奥に重いものを感じた。
◆ 4 任務終了
十一月二十五日。
梨沙は、
美咲からの最後のメッセージを受け取った。
『梨沙さん。
本当にありがとう。
あなたのおかげで、私は自由になれた』
梨沙は、
その言葉を読みながら
複雑な感情に包まれた。
美咲は自由になった。
ユキは恐怖から解放された。
しかし――
たくまは。
梨沙は、
その名前を心の中で呟いた。
「……あなたは、どこへ行くの」
梨沙の任務は終わった。
しかし、
胸の奥に残った“ざわめき”は消えなかった。
◆ 5 純子の“聖域”
十一月二十八日。
梨沙は、
たくまのSNSを確認した。
そこには、
純子の投稿に対する
たくまの“いいね”がひとつだけついていた。
梨沙は、
その小さな反応に
深い意味を感じた。
「……始まったわね」
純子の世界は、
たくまを“守る”という名目で
静かに閉じていく。
たくまは、
その世界に寄りかかり始めている。
梨沙は、
その構造を理解していた。
「これは……
心理的な“囲い込み”」
そして、
その囲い込みは
後戻りできない形で進んでいく。
梨沙は、
胸の奥に痛みを覚えた。
「私は……
本当に正しいことをしたのかしら」
その問いは、
まだ答えを持たなかった。




