第5章:警察介入(11月6日)
──梨沙視点──
十一月六日、午前十時。
芹沢梨沙は、
探偵事務所のデスクに置かれたスマホの通知に気づいた。
差出人はユキ。
件名はなかった。
本文には、
短い一文だけが残されていた。
『相談に行きます』
梨沙は、
その言葉の意味をすぐに理解した。
「……警察ね」
ユキの恐怖は、
もはや個人の範囲を超えていた。
- SNSの匂わせ
- 純子の模倣
- たくまの混乱
- 10月10日の“深根会”
- 影のような気配
それらが積み重なり、
ユキの中で“脅威”として形を持った。
梨沙は、
その恐怖の構造を誰よりも理解していた。
しかし、
止めることはできなかった。
◆ 1 ユキの“決断”
午前十一時。
ユキから再びメッセージが届いた。
『今、警察署にいます』
梨沙は、
その文章を見つめながら
深く息を吐いた。
「……ここまで来たのね」
ユキは、
たくまに危害を加えられたわけではない。
しかし、
“危害を加えられるかもしれない”という恐怖が
現実と同じ重さを持ってしまった。
梨沙は、
その恐怖の“完成”を見届けていた。
◆ 2 警察の“定義”
午後一時。
梨沙のスマホが鳴った。
美咲からだった。
『ユキさん、警察に相談したそうね』
梨沙は、
その文章を読みながら
胸の奥に重いものを感じた。
『はい。
たくまさんの言動が“脅し”に見えたようです』
美咲からの返信は、
驚くほど短かった。
『これで終わり』
梨沙は、
その言葉の冷たさに
わずかに息を呑んだ。
「……終わり、ね」
警察は、
ユキの話を“事実”として扱う。
たくまが何を意図したかではなく、
ユキがどう受け取ったかが重視される。
その瞬間、
たくまは“加害者として扱われる側”に立つ。
梨沙は、
その構造を理解していた。
◆ 3 たくまの“知らない世界”
午後三時。
梨沙は、
たくまのSNSを確認した。
たくまは、
何も知らない。
- ユキが警察に相談したこと
- 自分が“危険人物”として扱われていること
- 純子が暴走していること
- 美咲が静かに距離を置いていること
たくまは、
ただ日常を続けている。
しかしその日常は、
すでに“別の世界”の上に乗っていた。
梨沙は、
その断絶を見つめながら
胸がざわついた。
「……あなたは、何も知らないまま壊れていくのね」
◆ 4 梨沙の迷い
夕方。
梨沙は事務所の窓から
沈む夕日を眺めていた。
胸の奥に、
小さな痛みがあった。
「私は……
本当に美咲さんのためになっているのかしら」
梨沙は、
美咲の痛みを理解している。
だからこそ、
美咲の影として動いてきた。
しかし今、
たくまの世界が静かに崩れていくのを見て
梨沙は初めて“迷い”を感じていた。
「……私は、何を壊したんだろう」
その問いは、
まだ答えを持たなかった。
◆ 5 美咲の“終わり”の宣言
夜。
美咲からメッセージが届いた。
『梨沙さん。
もう十分よ。
あなたはよくやってくれた』
梨沙は、
その言葉を読みながら
胸が締めつけられた。
美咲は続けた。
『たくまは、
自分の影と向き合うしかない。
私はもう関わらない』
梨沙は、
その言葉の重さを理解した。
美咲にとって、
これは“終わり”だった。
しかし梨沙にとっては、
“始まり”だった。
後悔という名の影が、
静かに形を取り始めていた。




