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交錯する俺と僕  作者: 畝澄ヒナ


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1/2

俺は弟が羨ましかった。

幼い頃から、ずっとそう思っていたんだ。


俺、誠一と、弟の龍一は双子としてこの世に、平等に生まれ落ちた。

瓜二つとまでは言えない、二卵性双生児として。

母さんと父さん、俺と龍一、一般的な四人家族だ。

母さんは俺たちを平等に愛し、優しくしてくれる素晴らしい人。

父さんは少し傲慢で、威圧的な態度を取る人。

そんな両親の元で育っていった俺たちは、少しずつ性格が分かれていった。


小学生になった頃だろうか、俺は外で遊ぶのが好きで、よく龍一を誘った。

しかし、龍一はほとんどの誘いを断り、稀に誘いを受けた時でさえ、一緒に混ざって遊ぼうとはしなかった。

「僕はお母さんと一緒にいる」

「僕は見てる方がいい」

そうやって母さんにべったりで、友達と遊んでいるはずの俺がのけ者みたいで、内心悔しかった。


俺は、家族全員で食卓を囲んでいる時、母さんに言ってやった。

「龍一は俺と遊びたくないんだってさ」

龍一の驚く顔を見て、してやったりと心の中でにやにやしていたが、母さんの口から出たのは、期待外れの言葉だった。

「誠一、龍一の気持ちを考えてあげることも大切よ」

母さんも俺のことをのけ者にするんだ、そう叫びそうになって口をつぐんだ俺と、困った様子の龍一に、父さんが声を掛けた。

「別にいいじゃないか、誠一は男らしく友達と外で遊びなさい。龍一、少しはお前も男らしくなれ」

この時はこの言葉が、俺の心を少しだけ安堵させた。


小学校高学年になっても、俺たちの性格は正反対に分かれ続けていた。

俺はよく、父さんの部屋に入れてもらうようになった。

父さんは仕事と言いながらパソコンを見つめていて、当時の俺にはさっぱりだった。

そんなつまらない画面から目を逸らし、部屋の中を眺めていると、黒い四角いケースが埃を被っているのを見つけた。

「父さん、あれは何?」

俺の指差した方向を見るなり、父さんは眉をひそめた。

「あれはな、サックスっていう楽器だ。気になるなら、少しだけ教えてやる」

乗り気ではない父さんに、マウスピースの吹き方を教えてもらった。

「とりあえず慣れるまでそれやっとけ」

父さんは俺をほったらかしにして、パソコンの方に向き直ってしまった。


耳をつんざくような音を出していると、龍一が様子を見に来た。

「僕も、やってみたい」

父さんはため息をつきながらも、もう一つマウスピースを取り出し、龍一にも同じように教え、再びほったらかしにした。

「音、出ないね」

龍一がしゅんと呟いた。

俺がすぐに音を出せたのとは逆に、龍一は全く音が出せなかった。


中学生になり、俺たちは揃って吹奏楽部に入った。

俺はサックス、龍一はフルート。

母さんは平等に、「頑張ってね」と俺たちの頭を撫でた。

父さんは、俺だけの頭を撫でた。

「フルートなんて女々しい楽器、一人だけで充分だ」

龍一にはそう吐き捨てた。


この頃から両親の様子がおかしくなった。

母さんは、いつも父さんの顔色を(うかが)うように怯えていた。

父さんは、そんな母さんをいつも怒鳴っていた。

それに釣られるように、俺と龍一も、部活以外で関わることがなくなった。

どうしてこうなってしまったのか、今になっても理由は分からない。

離婚という結末が訪れるのに、時間はかからなかった。


最後に四人で話したのは、親権をどうするかだった。

「僕は、お母さんについていく」

母さんの隣に座る龍一が開口一番そう言った。

「じゃあ、誠一は父さんが預かる」

父さんの言葉を否定しようとした俺より先に、母さんが口を開いた。

「それは……! 誠一も私の子供です……!」

「お前にそんな経済力があるのか? 所詮は人の金で食ってきたくせに」

「お父さん……!」

また俺だけのけ者になったような気がした。

この話を速やかに終わらせる最善策は、俺の中に既にあった。

「俺は、父さんについていく。だから話はこれで終わりにしよう」

その日のうちに、母さんと龍一は出ていった。


そこから時は経ち、俺は今、高校生だ。

家に帰れば、忌々しい父さんがいる。

「帰ったんなら、早く飯作れ」

俺は返事もせずに、スーパーで買ってきた食材で夕飯を作る。

それが俺のつまらない日常。


離婚した直後は、父さんが料理を作るわけもなく、コンビニ弁当や冷凍食品ばかりだった。

そんな父さんの様子を見かねた祖父がたまに俺を家に招き、祖母が手料理を振舞ってくれた。

「真二、ちゃんと誠一の面倒を見んか」

「親父に言われなくてもやってるって」

毎回聞こえてきたのは同じ会話。

「どうしてお前はそうなんだ」

「どうせ親父は、真一兄さんしか見てないだろ」

父さんがそれを理由に、態度を改めることはなかった。


祖父母は俺に優しかった。

会社を経営する祖父、それを支える祖母。

現在の社長は叔父さんに交代したらしいが、それでも理事長として実権を握っているらしい。

俺の楽器だって、買ってくれたのは祖父だった。

そのおかげで、俺はサックスを続けられている。


龍一は中学を転校し、それ以来会っていない。

俺と同じように、高校でも吹奏楽部で頑張っているのだろうか。

母さんとどう過ごしているのだろう。


ファミレスのバイト中、そんなことを考えていると、名前を投げかけられた。

「龍一?」

違う、これは俺の名前じゃない。

振り向いた先にいたのは、知らない制服の知らない男子高生。

「あ、すいません、人違いでした。二名でお願いします」

礼儀正しく謝ったその人たちを席に案内し、俺はまたレジに戻った。


高校生活も一年が過ぎ、父さんが家に女の人を連れてきた。

「今日からこいつも一緒に暮らす。お前も仲良くしろよ」

突然の事で理解が追い付かない。

俺が固まっていると、女の人から声を掛けてきた。

「驚いたよね。私、梅っていいます。真二さんと籍を入れたの。よろしくね」

落ち着いた口ぶりに清楚な服装、悪そうな人ではないにせよ、俺は好きになれなかった。


文句一つ言わずに、俺と父さんの身の回りの世話をする梅さん。

俺は我慢できず、思っていることを呟いた。

「あの、母さんの代わりっていうのなら、要らないっすから」

梅さんは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに小さな笑顔をこちらに向けた。

「そういうのじゃないの。ただ、真二さんのお子さんだから、大事にしたくて」

その態度も気に食わなくて、俺は質問する。

「なんで、そんな父さんに肩入れするんですか」

一呼吸置いた梅さんが話し出す。

「同じ高校の、吹奏楽部の先輩だったの。当時あまり接点はなかったけど、それでも私は先輩のことが好きだった」

それでも俺は、納得できなかった。

「俺は嫌いです、父さんのこと」

「それで、いいと思うよ」

梅さんは俺の言葉を、肯定も否定もしなかった。


とある日の、学校からの帰り道。

俺はサックスを持ち帰り、最寄りの公園で新しく買ったリードを試していた。

しかし、俺とは別に、どこかから柔らかく綺麗な、楽器の音がする。

辺りを見渡すと、視界に入ったのはフルートを吹く男子高生。

「龍一?」

俺は思わず声を掛けていた。

「もしかして、誠一?」

問いかけに応えた男子高生は間違いなく龍一だった。


俺たちは楽器そっちのけで話をした。

離婚してからの生活、父さんの再婚など。

俺が「そっちはどう?」と聞くと、龍一は重たい顔をした。

「実は、お母さん、認知症なんだ」

衝撃だった。

「嘘だろ、母さんはまだそんな歳じゃ……」

「若年性アルツハイマー型認知症っていうらしいんだけど、おじいちゃんとおばあちゃんのことも忘れちゃって、僕のことも時々曖昧になるんだ」

そう言って、龍一は一つの動画を見せてくれた。

そこに映る母さんは、俺の知っている人ではなかった。

「これ、本当なのか?」

「うん。ヘルパーさんに、記録のために撮っておくようにって言われてて、最近は症状が悪化して、ずっとこんな感じだよ」

放心状態になり、何も考えられなくなった。


「俺、何も知らなかった」

「当然だよ。僕もお父さんがどうなってるかなんて知らなかったし」

お互い黙り込み、気まずい空気が流れる。

「そ、そういえば、フルート続けてたんだな」

「誠一こそ、サックス続けてたんだね」

俺はその沈黙を破り、これからの事について話し始める。

「俺、音大に行って、本格的にサックスしようと思うんだ」

「僕も、音大でフルートを続けようと思ってる」

どうやら俺たちの進路は、同じ先に向いているようだった。

「じゃあ、また会えるな」

「そうだね」

俺たちはしばらく話し込んだ後、連絡先を交換して解散した。


俺は龍一が羨ましかった。

幼い頃からさっきまで、ずっとそう思っていたんだ。

でもその考えは、いつの間にか心の奥からすっきりなくなっていた。

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