Ep01:明けを切り裂く赫い星
それを目にしたのは偶然だった。
いつもよりほんの少しだけの早起き。
彼女、アリア•オンディーヌは目起きの眼を擦りながら、外の空気を浴びるためにバルコニーへ出た。
見慣れた風景。ひんやりとした朝の風を感じながら段々と白んでいく空を眺めて、徐々に目を覚ませていくとそれは流れた。
「赫い、流星……。赫?」
空を流れた一筋の赫い軌跡は美しかった。畏れを感じるほどに。美しさと妖しさが同居する光だった。
この世界『ネムレスト』において流星とは吉兆だ。なぜならば、流星は『勇者』を運んでくるものだから。
今ここに立つアリア自身もそうだった。
つまりきっとアレはそういうことなのだろう。
コンコン!と忙しないノックの音が部屋に鳴り響いた。それから間を置かずして扉の向こうから男の声が聞こえる。
「早くに申し訳ございませんアリア様!ヘイゼル司教様より、早急に貴女様を聖堂へお連れするよう仰せつかり参りました!」
ただ事ではないといった気迫を伴った声に、アリアはやはりと思う。十中八九、今しがた空を裂いた流星に関わることだろう。
バルコニーから室内に戻り、扉の向こうで跪いているであろう彼に声を掛ける。
「承知した。支度をするので、暫し待たれよ」
言いながら身支度を整えていく。
清々しい朝を台無しにされたような気分がして少々ゲンナリする。
しかしこれは仕事、立場もあるアリアは愚痴ひとつ漏らさずに割り切った。
とはいえ、朝のティータイムがキャンセルされたことには残念に思う。
着替え終わり、最後に姿見の前に立って髪を軽く整えてから部屋の扉を開けた。
男の姿が見えないので、視線を下に向けると案の定、伝令兵の彼は跪いて待っていたようだ。その顔には緊張が張り付いている。
「待たせた。では向かうとしようか。司教様のもとへ」
凛と告げて、アリアは伝令兵を伴って聖堂へと早足で歩き出した。
「おお。お待ちしておりましたぞアリア様。この度は早くにお呼び立てしてしまい申し訳のうございます」
聖堂の厳かな扉を開けると、中では聖衣を見に纏った老女、ヘイゼルが待っていた。
彼女はこの都市の司教として勤めている。
「偶然にも早起きしてな。あの赫い流星のことだろう」
「なんと。見られたのですねあの星を。これもお導きか……」
そう言って祈り始めたヘイゼルに、アリアは話を進めるように促した。
彼女にとってヘイゼルの信心深さは理解の外にあった。
「私を呼んだということは、中央から何かしら来たのだろう私宛に。何をすればいい」
「これは失礼致しました。件の流星はミアレス領内『保護指定区域A-1号』付近へと落下したものと見られており、そこにいるであろう新たな同胞を迎えに行くように、とのことでして」
「A-1号……滅びの碑か。また厄介なところに喚ばれたものだ。承知した。即刻、部隊を編成して向かう」
踵を返して聖堂を後にしようとすると、ヘイゼル司教から声が掛けられる。
「アリア様、差し出がましいかと思われますが御武運を。今朝流れたのは蒼ではなく赫。何事もなくお役目を終えられることをこのヘイゼル、ここで祈っております」
「そうか。頼もしいことだ。留意しておこう」
「何卒よろしくお願い致します。『勇者』アリア•オンディーヌ様と異邦より招かれた新たな『勇者』に祝福が有らんことを——」
アリアにとっては無縁な祈りを背に受けて今度こそ聖堂を出ると、新入りを迎えに行くべく部隊編成に入るのだった。