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Ep00:死んだんだからゆっくり茶でも

初のオリジナル執筆作品です。

カクヨム様にて先行プロット版ともいえるものを投稿しており、それを基に加筆修正再編集を行なったものを小説家になろう様とアルファポリス様に投稿しています。

どうぞよろしくお願いします。

「お前は我らと同じ勇者だろう!何故魔族を庇う!」

「知るか!勇者だから?昔世界をめちゃくちゃにしたから?そんな理由で人を傷付けるなんて出来るわけないだろ!」


 剣を構える彼女に吼える。


 俺の後ろには魔族と言われた少女。

 右の額から角が生えているだけの女の子。


「やはり赫い流星が不吉だという噂は本当だったようだ。致し方ないが、こちらも勇者の端くれとして世界に叛く者を許すわけにはいかない」


 俺の手元に武器はない。

 幸いなことに彼女の意識は少女から逸れて俺に向かっている。だったらやることはひとつ。


「キミ!ここは俺がなんとかするから逃げて!」

「で、でもあなたが……!」

「俺のことはいい!なんたって勇者らしいからな!まぁ異端らしいけどさ」

「双方捕える。覚悟!」

「っ走れ!」


 俺の声に弾かれたように走り出す少女。

 純白の剣を振り翳して向かってくる女騎士。


 ——ああ、本当に異世界転生モノってやつは!!


「理不尽だなぁ!」


×


 最期の記憶は走り出した少女の小さな背中だった。


 神崎賢斗(カンザキ ケント)はどこにでもいるような空っぽの高校生で、その日もいつも通りに登校し授業を受けて、部活にも入ってないから帰路につく。そしてまた変わらない日々を送るはずだった。

 

 しかしいよいよ家に着く数分前というところで、見てしまった。小学生ぐらいの女の子が男にナイフを突きつけられ、まさに刺されようという瞬間を。

 無意識だった。気が付けば足は駆け出していて、勢いそのまま二人の間に割り込んでいた。

 

 ざくり。そんな感触が賢斗の左胸を貫いた。鉄の冷たさと灼熱の痛みが少し遅れてやってくる。

 咄嗟に男を突き飛ばして、少女に体を向けてその小さな肩に両手を置いて、彼女を人通りの多い道へ続く方向へと向ける。


「ここを行けば人がたくさんいるはずだから、助けてって言うんだ」


 胸から血が流れて、温度を失っていく身体で振り絞るように伝える。

 

 さあ行ってと彼女の背を押すと同時、賢斗自身の背にも鋭い衝撃が走る。起き上がった男が再び彼を刺したのだ。

 痛みに思わず声を上げると、それに反応して少女がこちらを振り返る。


「逃げろ!走れ!」


 口から血を撒きながら叫ぶ。

 

 それを受けて、弾かれたように走り出した小さな背中を見送って賢斗はひとまず安堵する。

 あとは後ろの男を彼女のもとに行かせないようにするだけだ。そう考えるも、既に賢斗の身体からは相当量の血が失われている。

 

 いつ死んでもおかしくはない、確実な致命傷。しかし遠のく意識の中で、彼は力を振り絞って腕を身体ごと振って肘を男に叩き込む。

 

 まさか反撃がくるとは思っていなかったのだろう。意表を突かれたのと、偶然頭に当たった肘が男の脳を揺らしたのか彼はよろめいた後に地に伏せる。

 賢斗はもはや立っていることすらままならなくなって意識も殆どなく、男の上に被さるように倒れた。

 

 今際の際。最期に彼が思い出したのは走り去る少女の背中。空虚な日々を送るだけだった自分の中に確かな何かが満たされるのを感じて、神崎賢斗という少年の人生は終わりを迎えた。


「——で、気がついたらここにおったと。いやはやかっこいいじゃないか坊主、なぁ?」

 

 禿げた頭に、たっぷりと蓄えられた白い髭を撫でながら好々爺といった風情の男は笑った。

 日本家屋の庭園を臨む縁側に座って茶を啜る彼の隣には、まさに先程死した賢斗が並んで座り同じく茶を啜っている。

 

 意識を失った後、気が付けば賢斗は見知らぬ日本庭園の中心に立っていた。ここがあの世かと辺りを見回していると、目の前に(そび)えていた武家屋敷然とした家屋の中から先の老人が現れ、茶に誘われたのだ。

 

 流石に警戒した賢斗であったが、一言二言言葉を交わすと不思議なことに老人に対する警戒は自然と消えて、促されるままに縁側へと腰を下ろしていた。

 そこにいつのにやら茶の入った湯呑みが二つと茶請けの煎餅が盛られた木皿が乗せられた盆を手にした老人が横に座り、ここに来た経緯を聞かれたのであった。


「なぁ?って言われても結局その後どうなったか分かんないから、どうもモヤモヤするんだよなぁ」

「きっと助かっとるよ。この爺いが保証しよう」

「何でだろ。信じられるんだよなぁ、会ったばっかりなのに」

「その素直さはお前さんの美徳よ。大切にせい。まぁ儂が凄い爺いってのもあるがな?」


 はっはっはっ、と髭を皺の深い指で梳きながら老人は笑う。賢斗はその胡散臭さにジトリとした視線を向けるが、どうにも不信感は抱けず、むしろ安心を得ているような気がしている。


「しかしなぁ、お前さんがなぁ……。苦労をかけてしまうのぉ」

「ん、何の話?」

「坊主のこれから(••••)についての話よ」


 老人は先程までとは打って変わって悲しげな、申し訳なさそうな目を賢斗に向ける。

 その目は、全てを見透かしているような不思議な瞳だった。


「これから……って俺もう死んだんだけど。もしかして実は爺さん、閻魔大王だったりでこの後地獄に落とされるとか?」

「儂はその閻魔とやらに明るくないが……その方が幾分マシだったやもしれんなぁ。確かに地獄に感じることもあろうが、坊主は儂にとっても、まだ(まみ)えぬ誰かにとっても希望なのよ」

「……ごめん、全然わかんないわ。つまりどういうことなのさ」


 年長者の言うことは往々にして理解が難しいことは承知している。これもその類いだろうと思い、老人に分かりやすい説明を要求する。

 しかしそれに彼はそれに答えることなく、優しげな目になって顔の皺を深めて笑う。


「なぁ坊主。平和は好きか?」

「……そりゃあ好きだよ。平和に越したことないし、痛いのもイヤだし」


 刺された痛みを思い出して左胸を抑えて賢斗は答える。

 

「では、そうさなぁ。もしもその平和の中で、虐げられる者が居たとして坊主はどうする」

「そりゃ……何とかしたいと思うよ。可哀想だし。でもただの高校生に出来ることなんて早々無いだろうからきっと思うだけなんだろうなぁ」

「しかし坊主は目の前で虐げられた少女を助けたじゃないか」

「だってそれは目の前で起きたことだから——」

「それが坊主にとっての答えよ。実際そうできる者がどれ程いるか」


 老人はどこか満足そうに笑みを深めてガシガシと賢斗の頭を撫でる。

 久しく撫でられていなかった賢斗は気恥ずかしくなって少し顔を背けた。


「でも、あの時もしも俺に、それこそマンガみたいな力があれば死なずに助けられたのにって後悔はやっぱりあるよ。あんなのはただの自己満足だ」

「はっはっはっ!いやはやそう言えるとは坊主は中々の男だのぉ。これからの人生、案外上手くいくやもしれんな」

「いやだから俺死んだんだけど……、まさか実は俺生きてて病院で意識不明とかそういう?」

「坊主は確実に死んだよ。間違いなくな」

「即答で希望を摘むなよなぁ?!ちょっと期待しちゃったじゃんか!」


 ぎゃーと叫ぶ賢斗を見て朗らかに笑う老人。

 それを見て我に返ったように賢斗の中でこれまで頭の片隅にあった疑問が噴出した。


「大体!結局アンタは誰で、ここはどこなんだよ。あんな死に方しといて平然と知らん爺さんと茶しばいて煎餅齧ってた自分が怖いわ!!」

「その疑問は当然で答えてやりたいところだがな。残念ながらもう刻がやってきたようだ」


 老人がそういうと、腰を下ろした縁側が、いや世界が揺れ始めた。直後、縁側から一望できる庭園が端から崩れ始めるのが視界に映る。


「な、なに?!何が起こってんの?!」

「言ったろう。刻が来たと」


 慌てて立ち上がり右往左往さる賢斗とは対照的に落ち着き払って茶を啜る老人。

 

 兎にも角にもどこかに逃げなければと老人を立ち上がらせようとした途端に、身体が石になったように動かなくなる。自由に動くのは目と口だけだ。

 

 いつの間にやら崩壊は目と鼻の先まで到達しており、遂に賢斗のいる日本家屋まで飲み込み始める。

 不思議なことに、足元の地面が崩れても賢斗は落下することなく、老人もまた変わらずそこに在った。

 

 世界を覆う壁紙(テクスチャ)が剥がれ落ちるように、辺りは『無』と形容できるような白に包まれる。

 老人は地面のない白の(そら)に立ち上がって、賢斗に背を向けて歩き出す。


「なぁおい!どこに行くんだよ!俺はこれからどうなる?!」


 叫ぶも、まるでそれが聞こえていないかのように老人の足が止まることはない。

 そして賢斗の意識は、死の瞬間に感じたように遠のいていく。


「なぁ、坊主」

 

 ぼやける視界で老人が立ち止まって賢斗に顔だけを振り返らせる。


「茶、美味かったか?」


 あまりにも場違いな問いに、賢斗は半ば自棄を起こしたように叫んで答えた。


「美味かったよ!あと煎餅も!」


 それを聞いて、そいつは良かったと笑い再び老人は歩き出す。

 賢斗の残り僅かとなった意識の中で聞こえた老人の声。


「お主に、赫星(かくせい)の導きがあらんことを」


 その言葉を最後に、賢斗の意識は白に飲み込まれ、再び彼は眠りについた。


「——あとは任せたぞ、坊主」


×


 身体を包む浮遊感。

 

 宙を流れる星になった気分だった。

 そんな夢を見ていた気がする。

 

 賢斗が次に目覚めたとき、彼は晴天の空の下、芝生の上で横たわっていた。

 見上げた空は知っているようで知らない不思議な色をしているように感じる。

 

 それに戸惑いながらも身体をゆっくりと起こせば、周囲には疎らに木の茂る林。

 そして何より目を引いたのが——


「黒い……塔?」


 その黒は、光の一切を拒むように静謐を呑み込む色だった。天を衝く角柱。漆黒の塔。

 それを眺めるうちにバチリと、目が合った(•••••)気がした。

 

「今のは……?それにここは、一体……」


 困惑していると、遠くからドドドドドと地鳴りが近付いてきた。

 聞こえる方に目をやれば、木の無い開けた空間の向こうに土煙を上げてこちらに近付いてくるものがあった。

 

 それは騎兵の一団。歴史の教科書やファンタジーなどで見たことのあるような光景だった。

 音と存在の圧力に慄き腰を抜かすと、凛とした女性の声が辺りを切り裂くように響いた。


「総員停止!停止!」


 その声に従うように、騎兵の一団は賢斗の数メートル先で停止する。

 如何にも兵士然とした甲冑姿の騎兵の先頭に居たのは、毛色の違う白い装束を見に纏った女性だった。

 

 彼女はひらりと後ろで一つに結んだピンクブロンドの髪を靡かせて馬から飛び降り、賢斗の前まで歩み寄る。

 そうして目の前まで来た女性は、片膝をついて腰を抜かした賢斗に手を差し伸べて言うのだった。


「異世界より喚ばれし勇者よ。貴殿を迎えに参上した」


 神崎賢斗はこの日、異世界へと召喚された。


お読みいただきありがとうございます。

拙い文章ですが、続きも読んでいただけると幸いです。

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