ヒーローになれない
「いやー楽しかったなー」
「私はハルキに対する認識を改めざる負えない気がする」
格好は制服のまま、家近くのブランコのみが設置されてある公園に居座っている。隣には俺と桜楽の一部始終を見届けていたグウェンがブランコを漕いでいた。放課後の帰りにグウェンと待ち合わせてこうして喋っているわけだが、どうやら何か俺に誤解を抱いているらしい。
「一応言っとくけど、俺は別に戦闘狂じゃないぞ。あっちが桜楽に変な気起こしてなかったら、俺は何もしなかった」
「あのハルキといた女の子もなんだ? 暴力の化身みたいだった」
「化身って。家が道場なんだよ。多分俺より強いと思う」
「抑えられてたけど、怒りのままに拳を振るったらどうなっていたか」
「やばいことになってたと思うよ。まあ自分があんな気色の悪い話の種になってたら、そりゃ怒るよな」
「いや、それはあんまり関係ないんじゃ……」
「何にせよ、厄介事が消えてスッキリした」
あのまま学校生活続けてても息が詰まってたし。早期対策が1番だ。
「ハルキは見た目の割に狂犬ということは理解できた」
「誰が狂犬じゃい」
「あの人たち、仕返しにきたりしないの?」
「その可能性は薄いかな〜。腕っぷしじゃ敵わないって思考を植え付けたし、無理矢理学校中にバラしてもこっちには桜楽がいる。俺なんかと違って人望も影響力も桁違い。桜楽が泣きの演技くらいすればどっちを信じるかは明々白々。後は桜楽調べだけどあのー……あれだ、健太って人は2年のバスケ部の先輩の彼女がいた。調べたけど2年の中では知名度ある美人な先輩だった。桜楽が告げ口すれば即アウトになるだろうよ」
「ハルキが悪役に見えてきた」
「真面目になった覚えはない。目立つのは勘弁したくてやってる。ああいう輩はプライドだけは高いから、わざわざ動画なんて撮らなくても、ボコられ写真1つ取ればなんとかできたと思う。一応撮ったけど」
「そのすまほとやらはなんでもできるんだね」
「人類の革命品よ。これを互いに持ってれば遠い場所から会話ができる」
「距離に限りはあるけど、私には念話がある」
「そうでした」
「ハルキはいつもあんなのに絡まれているの?」
「まさか」
いつもあんな血生臭いことやってたら精神が崩壊してしまう。
「中学……少し前くらいまで波瀾万丈だったことはあるけど、俺は片っ端から喧嘩ふっかける漫画の中の不良じゃない。そもそも今の時代そんなにいない。でも桜楽にちょっかいかける奴らはまあまあいる。あいつは明るいけどさ、心は少し疲れてるんだよ。鬱ってわけじゃないけど」
「大変なんだね」
「学校ではあんな言い方したけど、俺が少しくらい桜楽の背負ってる荷物を背負えたらって思ってる。ま、殴る蹴るくらいしかできることないんだけども……俺……桜楽くらいしか話せる奴いないから」
言ってて恥ずかしくなってきた。まあ事実だしいっか。学校生活にぼっちでは生きていけない。グループ分けとか、班活動とか、その他色々親しい間柄の人間がいないとこなせない課題が3年間でいくつも存在する。
特に校外学習とかの班割りで、周りに知らない人ばかりいた時はクソだ。
1人でも友達がいれば、心は安らいで余裕が生まれる……でも桜楽とは別に、そんなことよりも、ただ楽しく映画の話でもできれば良いと思ってる。桜楽が俺を嫌うことはあっても、俺が桜楽を拒絶することは絶対にない。
「じゃあハルキはあの子にとってのスパイダーマンだ」
「へ?」
「桜楽をいつでも助けてくれる。親愛なる隣人じゃないか」
「スパイダーマンに失礼だ。蜘蛛に噛まれてないし片手でバスを止められる馬鹿力は俺にはない」
「それは能力でしょ。ヒーローの本質は誰かを助けることだって熱弁してたじゃないか」
「よく話を聞いてますねえ」
昨日の帰り道だ。熱弁と称するまで俺は話し込んでた? 恥ずかしいー。
「ヒーローになりたくないの?」
「……昨日言いかけたけど、俺はヒーローになれないしなる必要性もない」
「どうして?」
「例えば泣いてる赤ん坊が近くにいたとする。わーわーと泣き止まずに結構うるさい。俺は赤ん坊の口を塞いでさっさと泣くのをやめてほしい」
「ふむ」
「例えば無償で誰かの手伝いをする仕事があって、もう1つ同じような仕事内容でもちゃんと見返りの金が支払われる2つの仕事があったら、俺は多分金がもらえる方に行く」
「ふむ」
「例えばどこかに急いで行かなきゃいけない予定があって、走ってる途中に迷子の子どもがいたとしても、俺は多分助けないでそのまま走る」
「ふむ……」
「復讐は何も生まないとか刑事ドラマの刑事が言うけど、知り合いの1人でも殺されてからそういうこと言えよって思う。復讐は仕方ないでしょ」
「んん……?」
「俺はやられたらやり返しても良いに賛成派」
「この話終わりある?」
「こんな考えの人間が、ヒーローなんてなれないって話」
グウェン中の俺の評価が下がったかもしれない。仕方ない、隠すより話したほうがいいだろうし。
「なんで?」
え? なんで?
「なんでって……相応しくないでしょ。こんな性格の奴がヒーローなんて」
「そう? 今晴喜が言ったこと、私だってそうすると思う。赤ちゃんはかわいいけど泣いてる時はうるさいし、私はお金がもらえるんだったらそっち側に行くし、大事な自分の予定を放棄してまで誰かにお節介を焼くつもりも私はないね。もしお母さんが殺されたりしたら、私は関わった奴ら全員鏖にする」
「マジでやりそうで寒気がした」
「ハルキの言ってることは別に普通だってこと。ヒーローは完璧超人じゃなきゃなれないわけじゃないでしょ? 晴喜は難しく考えすぎ。頑固頑固」
「頑固ぉ? 初めて言われたな」
「細かいところまで気にしてたら誰もヒーローですら、善人にだってなれないよ。この世界にはしんごうって標示があるけど、1度でも赤のまましんごうを渡ったら、その人はもうヒーローになれない?」
「あー……」
グウェンに言われて思い直してみた。確かにそんな厳格な線引きをされては誰もヒーローになれたもんじゃない。考えてみればヒーローの定義なんて誰も知らない。漫画とかアニメで、ヒーローとはの答えが明確に映し出されてる場面がたまにあるけど、結局はそれが絶対的ルールってわけでもない。
俺が知ってるヒーローでも、下ネタを息をするように吐く奴もいれば、復讐の鬼になって悪党に容赦がまるでないキャラもいれば、平和のためなら殺人を厭わない奴もいる。そんなのと比べたら、俺の性格の捻じ曲がりは案外ちっぽけな物なのかと思った。
「それにハルキは自分が思ってるより善人だと思うぞ。赤ちゃんの口を塞ぐだなんて絶対にしない」
「俺はどっちかって言うとそんな度胸すらない。捕まりたくないからさ」
「見ず知らずの私を助けてくれた」
「俺じゃなくてもそうしてたよ。てかそんな仰々しくもない。少し話を聞いただけ」
「ハルキはそう思っても、私にとっては大きなことなの。知らない場所に1人って結構辛いから」
「それはまあね」
「きっとハルキは、時が経つにつれて、色々なことを考えすぎるようになってしまったんだよ」
「それは良いことなんじゃないか?」
子どもの頃と違って、いや今も子どもだけど。でも幼稚園児によりも高校生の方が思考はよく回るようになったのは事実だ。
昔はテーマパークにいるマスコットキャラクターが本当に実在すると思ってたけど、成長するにつれて中に人間がいるんだなと悟るようになったり、小学生の時に見た映画がすごく面白かったけど、今になって調べてみると世間からの評判が芳しくなかったことを知って改めて見返してみると、「つまんねえな」と評価が逆転することがあったり。
今挙げたのはどうでもいいことばかりだけど、昔よりも今の方が、なんとなく生きやすいなって思うのは俺だけなんだろうか?
そんなことを考えてる俺に、グウェンは昔話を始めた。
「私も大きくなるにつれて、見方が変わる物があったの。それが魔術だった」
「なんで?」
「私、魔術はとても綺麗で、幸福をもたらしてくれる物だって信じてた。先生に魔術を教わっている時もその気持ちは変わらなかった。自分で生み出す火は暖かくて、水はとても冷たくて、草木は生い茂って美しかった。お母さんを楽させるために始めたことだけど、学んでるうちに私もハマっていって、魔術は私にとって綺麗な物であり続けてた。でも自分が戦いの場に赴くことになって気づいた。魔術は綺麗な側面だけじゃない。魔術は戦場で……殺戮の道具として扱われていた」
戦争を知らない俺にも、その言葉はよく理解できた。包丁だってあれは料理の材料を切るために作られた物だ。でもサスペンスドラマとかだとよく殺人に使われたりする。薬も服用の仕方を間違えれば簡単に命を落とす。自分が思っていることが全てじゃなかったなんて、よくあることだ。魔術が生み出す火も、水も、草も、氷も、神秘的な物に見えるのは間違いないけど、生物の命を奪えることだって、間違いはないんだ。
「最初の頃は病んだよ。お母さんの顔を思い浮かべて踏ん張ってたけど、毎日毎日血生臭い戦いばっかり。魔術が真っ赤な血で汚れていって……頭がおかしくなりそうだった。雪崩れ込んでくる魔物の軍勢を炎で消し炭にすることよりも私は、寒い誰かの両手を暖めたかった」
「魔術が……嫌いになった?」
「いや、そういうわけでもなかった」
グウェンの表情が和らいだ気がした。綺麗な物が実は汚れていて、失望して落胆したはずなのに、グウェンの顔は魔術を綺麗と言った時と何も変わらない表情をしていた。
「穢れも見つけたし、私の憧れていた景色は叶わなかった。でも、それでも私は魔術を好きなままだった。理由なんて簡単。歳を重ねて大人になったとしても、小さい頃思った気持ちは私の中で変わらなかった。ただ綺麗って思ってただけの私は無知で愚かだったけど、絶対にそれは間違いないって思うから」
純粋、それと同時に思ったことは、綺麗だった。俺は意志の強さも感じた。しんどさや確執、葛藤の大きさがどれほどの物なのか、俺にはわからない。でも夜空に輝く満天の星空のように、グウェンの存在が眩しく、尊いものだとはっきり思えた。
「だからハルキも難しく考えなくていいんだよ」
「……俺たち今何の話してたっけ?」
「ヒーローになれないって話でしょ!」
「ごめんごめん! いや、俺のちっぽけな話からめちゃくちゃ重たい話へのすり替わりで感情が追いつかないんだよ!」
「全く……ハルキは面白いな」
「おもしろ要素あった?」
「ちっぽけでも私は今、こういう楽な話ができればそれでいい。私が言いたかったことは、初心に振り返ってみること。ハルキだって、小さい頃は資格とか覚悟なんて考えすら浮かばなくて、ただ純粋にヒーローになりたかったんじゃないの?」
「まあねぇ……」
まだ身長が150にも満たないくらい小さいな時の俺は、きっと単純過ぎる思考だった。スーパーマンみたいに空を飛びたい、手からビームを出してみたい、何ならヒーロスーツを纏えばヒーローになれるんだって思ってた時期もあった気がする。
でもそうだよな。大体そんなもんだ。憧れを見つける瞬間なんて、いつの時代も単純明快。大人になっていくにつれて、良い知識も悪い知識も蓄え続けて、いつの間にか俺みたいな頭でっかちが誕生したってわけか。
「ハルキはもっと楽でいいんだよ。私みたいに戦うわけじゃないんだから」
「確かに。頭が固いとやだね」
色々考え過ぎるようになるのも良いことばかりじゃないってことがよくわかった……わかった…………そう言えば……俺っていつからヒーローになれないとか思って────
【──死ねば良かったのに!】
ずきっ。
「いつ……っ!」
痛みで頭を押さえる。いや違う。痛みなんてない。ただ目を背けたいだけだ。
「ハルキどうかした?」
「いや、なんでもない。そろそろ帰ろうか」
「う、うん」
ああ……やめよう。考えちゃ駄目だ。もう終わったんだ。いつまでも引きずって誰かに心配をかけるのはもうごめんだ。
俺はグウェンと他愛もない話をしながら、家に帰った。




