殴る
「ほら、平和的に終われた」
俺の足元に転がる4つの死体(ただ気絶してるだけ)。俺には傷1つない。単調な動きだったから対処がしやすかった。うわ、手に少し唾ついてる、ばっちぃ。
グウェンが俺を少し引き気味の瞳で見つめている。
「そんな目で見ないでよ」
「これは平和的なの?」
「魔術でぶっ飛ばすより殴った方が怪我は少ない。こういう話の聞かない連中はこれくらいが丁度いい」
「……もしかして、ハルキって結構強い?」
「グウェンと比べれば1と1000だよ」
地面に降ろしていたバッグを拾って再び歩き出す。全く余計な時間を食ってしまった。
「ここら辺は前に比べて治安は大分良くなったけど、ああいう輩がいることはあるんだ」
「私の住んでいた場所と比べれば、オアシスのような場所だけどね」
「言葉に困るね。まあともかく、下手に魔術を使わない方が良いことは覚えといてくれれば大丈夫」
「普段から魔力の痕跡は残さないようにしてるけど」
「俺たち魔力ないからここじゃあんまり意味ないな。これはグウェンのためでもあるからさ、約束してくれると助かる」
「わかった。じゃあ……約束の代わりじゃないけど、ハルキの学校を見学してみたい」
学校?
「なんで急に?」
「今日行ってはみたけど、既にハルキや他の生徒たちは帰ってしまっていたからね。せっかくだから見ておきたくて」
「お忍びでよければ、俺は別に構わない」
「ありがとう」
「ああでもあれか、明日の昼休み……」
「何か問題が?」
「いや、問題ってほどじゃない。ただ明日は、厄介事を潰そうと思ってて」
────
不良4人をぶっ飛ばしてから翌日、いつも通り学校に来ている。靴を脱いで下駄箱から上履きを取り出して履いて、教室がある3階まで階段を登っていく。あー疲れる。エレベーターつけてくれないかな。
「よいしょっと」
やっと登りきった。後は教室まで真っ直ぐだ。
「ん……?」
俺は教室の扉前でたむろしている男子5人組を見つけた。それも昨日俺を睨め付けていたグループだった。何やら誰かと会話しているようだ。まいったなー。入りにくくてしょうがない。
「あれ?」
て言うかよく見れば、5人組が話しかけてるのって桜楽じゃないか。先に来てたか。何やら男の方が必死に説得をしている、いや、何かに誘ってるのか。大方映画を見に行こうとかかな? 桜楽の反応はっと……
「うわ〜」
クソつまんなそうな顔してる。女子がしていい顔じゃないなこりゃ。顔から「いいから早くどっか行けよ」オーラがBLEACHの霊圧のようにビリビリと感じる。一体どんな誘い方したらあんな顔になってしまうのか。
「てかもうちょっと愛想良くしろよ」
「……あっ!」
観察していたら桜楽と目が合った。蕾のように閉じていた笑顔が、俺を見た途端に咲き誇った。ぶんぶんと手を振って5人組なんて視界に映っていないかの如くで俺に寄ってくる。
途中5人のうちの1人の男が桜楽の肩を掴もうとするが、桜楽のスピードには追いつかず空気を掴むに終わった。
「おっはよー! 春喜!」
「おはよ」
ハイタッチの鳴る音がよく響く。別人かと思うくらい反応が違うので、二重人格かと疑ってしまいそうになる。
「ねえねえ見た? あの映画の予告編やっと出たよ」
「ああ見たよ。面白そうだった」
「一緒に見よ」
「さっきの何だった?」
「あーあれ? 映画の誘い。でも紹介されたの全部春喜と観たやつだった」
「観たことないやつだったら一緒に行ってた?」
「うん。春喜とだったら」
「選択肢がおかしい」
「ねーそんなのいいからさ、早く見よ見よ〜」
「わかったから押すなって」
強引に俺の背中を押して教室へと招く桜楽。ちらりと横を見れば、5人組男子グループが俺にガンを飛ばしているのが確認できた。今にも人を殺しそうな目をしている。
「やっぱ今日かな」
「何が?」
「んにゃ、なんでもない」
────
「はーるき! お昼食べよー!」
「悪い、ちょっとトイレ行ってくるから先食べててくれ」
「じゃあ私も」
「なんで来るんだよ。いいから食ってろ」
「えー寂しいー」
「すぐ戻るって」
午前中の授業が終わって昼の時間が来た。大きないってらっしゃいを背中に受け止めた俺は教室を後にする。
「……」
ちなみに尿意も便意もなかった。1番近いトイレは歩いている方向と真逆の方向にある。昼ご飯を食べたいのは山々だけど、早く処理しておきたい問題があるから教室を抜け出した。階段を降りる時、僅かに自分の歩いてきた廊下に視線を配れば、案の定見知った5人組がいた。今朝にも以前から俺に敵意の視線を送っていたグループ。追いかけてきているのは間違いなかった。
「餌の頃合いだな」
俺はあいつらの視界から外れた僅かな時間にスマホを取り出し、少しだけ操作してすぐにポケットにしまった。
────
校舎裏に来ていた。人がいない場所としては丁度よかったから選んだ。まあ大抵の漫画の脅迫とかは校舎裏だし合ってるでしょう。
「こんな所で何してるの?」
「おわっ! て、グウェン?」
急に声をかけられたから先客でもいたのかと思ったが、学校でもその銀髪美少女オーラが色褪せないグウェンさんが後ろにいた。
「驚かさないでくれよ」
「ごめん。さっきまであのでかい建物でやってた授業を見てて、ハルキの気配がここにあったから」
「ああ、体育館か」
グウェンは約束通りに姿を晦ませて高校の様子を見に来ていた。そういう魔術があるらしい。
「あのばれーぼーるという名前のスポーツを面白そうね。私の世界じゃなかった。歴史とか数学も、家庭科っていうのも非常に興味深くて」
「よしわかった。感想は帰ったらいくらでも聞く。ちょっと今からやることあるんだ」
「え、何……誰か来てるね」
「気づいたでしょ。とりあえず屋上にでも行って見ててくれ」
「わかった」
グウェンは魔術で2秒もかからず天に昇って行った。ほんと魔術すげー。
「おいおい、まさかここにしょんべんしに来たのか? 変態だなお前」
感動していたら良いタイミングで来訪してくれた。薄汚く嗤う先頭の人間含めた5人組の男グループ。確か名前が……駄目だまた思い出せない。俺の悪い所だから治さないと。まあとりあえず順調だな。
「まさかまさか。なんか俺に話があるって視線を最近ずーっと感じてたから、話し合いの場を作ろうと思って」
「俺たちが何を要求したいか知ってると?」
「どうせ桜楽でしょ。見てればわかる」
逆にそれ以外だったら怖いんだけど。
「我慢できずに直接桜楽に襲い掛かったら困るから、一度話をしときたいと思って」
「なんだよ、わかってんじゃねえか。なら話は早い。じゃあお前の彼女俺らにくれよ」
はい出ました。下衆確定。
「あーちなみに言うと、俺と桜楽は付き合ってはない」
「まじか! じゃあ何も問題ねえな」
「あんたら桜楽のこと好きなの?」
「好きだよ。主に顔と身体が。あははははは!」
5人全員筋金入りのクソ野郎だな。うちの高校ってまあまあ優秀な生徒が集まってくるんじゃなかったっけ? 中学の時にはガチの恋愛で桜楽に想いを寄せる誠実な人もいたのに、今回は外れだったか。まあ薄々わかってたけど。
「ちなみに止めたらやめてくれる?」
「するわけねえだろ」
「やめてくれよ。桜楽も困り果ててんだから」
「知るかよ。つーか、なんでお前みたいな陰キャなブスがあんな美人手にいられんだよ」
「酷いなーそんなに顔面偏差値低い? ただ楽しく話してるだけだよ」
「俺らの方がもっと話を盛り上げられるわ。今朝もこの前も誘ってやったのに断りやがった。いけ好かない女だぜ」
「もしかして俺が行かなかったやつ? まじで?」
それはちょっと無理があるでしょ。何が楽しくて知らない人と映画なんて。しかしもそんな大人数で。
「どうせあれだろ? 映画館の中でエロいことしてんだろ?」
「してない」
「お前のセフレでしょ。どんなテクでヤリまくってんだよ?」
「違うっつってんだろ。性欲魔人の豚野郎」
「おい、お前調子乗んなよ。状況わかってんのかよ。俺らに逆らったらお前にクラスの居場所はどこにもなくなるぞ? ただでさえぼっちなくせに。ただ俺らの要求飲めばそれでいいんだよ」
自分たちのクラス内の地位がわかっているからこういうことが言える。圧倒的な自信。俺が情けなく要求を受け取ると信じて疑ってない。反撃なんて夢にも思ってないんだろう。
「多分あんたらじゃ桜楽と話できないと思うけど」
「うるせえな。だったら力づくで言うこときかすだけだ」
「もし断ったら?」
「耳遠いのか? 断る権利なんざないんだよ。休学してえの? お前はただ頷いてあの女に別れ言いに行って、明日から金輪際近づかなければそれでいいんだよ」
「あ、一生パシリ追加は? 俺らに舐めた態度取った謝罪含めた」
「おお、それいいな!」
未来の光景にゲラゲラと下品に笑い転げている。いい加減そろそろムカついてきた。喧嘩ふっかけてくる不良の方がマシだな。
「……」
俺はスマホを取り出してメッセージを指で打ち込む。
「おい、無視してんじゃねえよ!」
打ち終えた途端に5人のうちの1人が俺に詰め寄って殴りかかった。衝撃と同時にじわりと口内に血の味が広がってくる。中々重いパンチだ。避けることもできたけどこれで正解だろう。
「さっさと従わねえともっと痛い目に」
「よし殴る」
俺は握りこんだ拳を振り抜いた。余計な力を加えず一点集中。男の顔面を壊す勢いで怒りを含めてぶっ飛ばした。
「ごへっ!」
「クリーンヒット。やっぱ屑殴るとスカッとする」
さっきまでイキっていた顔が大きく腫れている。地面に仰向けになっている姿は情けないを超えて哀れだ。あれだけ自信をひけらかしていたパワーは肉体にはなかったみたい。
「これじゃどのみち桜楽に蹴り飛ばされて終了だな」
「テメェ!」
「何してくれてんだ!」
思いもよらぬ展開に動揺してるけど立ち向かう勇気はあると、いいね立派だ。でも中学の時に散々拳を振りまいてきた俺だから多少は目が肥えてる。こいつら殆ど喧嘩したことないな。試しに拳を振りかぶる素振りをしてみた。
「ひっ」
1人がビビッて動きが止まった。あーこりゃ駄目だ。半笑いしながら裏拳でのす。もう1人の顎を下から蹴り上げた。
「よし後2人」
「な、なんだこいつ!」
「暴力なんて振るいやがって!」
「えーそんな正義の味方みたいなこと言うの」
「おい逃げるぞ!」
退行か。やると思ったけど、それされるとめんどくさいんだよ。
「全く……これでいっか」
地面に置かれていた小石よりは少し大きめの石を拾った。逃げてるうちの足が遅い方の左膝裏に照準を合わせ、石を投擲し命中。転んで一時的に動きを止めた。
「ラストはっと」
「な、なんだおま──ごはっ!」
「ん?」
もう一発デカ目の石をぶち当てようと思ってたけど、最後の1人が進行方向とは逆の俺の方に吹き飛ばされてきた。白目を剥いて気絶している。
「Bring me Thanos!」
「いねえよサノス」
「一度言ってみたかった」
「少し手加減してやれよ」
「いいのー。あースッキリした」
最後の輩を成敗したのは、いつの間に出てきた桜楽だった。清々しい若返った顔をしている。隅に隠れておいてとお願いしてたつもりだったけど、まあ別にいいか。
「いやーさっきの的当ていいね〜。ブルズアイみたいだった」
「動画取れた?」
「バッチグー」
桜楽が自身のスマホを見せつけて誇るように掲げる。俺は教室から階段を降りる時、桜楽にメッセージを送って、事前にこいつらの行動を話しておいていた。俺が殴られる所まで動画を撮っておいてくれと、直前にスマホをいじったのはそのためだ。
「うまくいって良かった」
「殴られる必要なかったよ。春喜なら避けれたし当たっても受け流せたでしょ」
「俳優じゃないんだ。うまい演技をするにはリアルが必要でしょ。ほら、血」
「……もぉ」
桜楽がポケットからピンクのハンカチを取り出して、俺の口から出ている血を拭き取る。
「汚れる」
「こういう時に使わなきゃ。いいからじっとしてて」
桜楽は念入りに拭いてくれた。
「私の晴喜傷つけやがって……」
「なんか言った?」
「なんでもない。さあ帰ろ。お昼終わっちゃうよ」
「いやいや、まだ後始末しないと」
「お前ら……どういうことだ?」
弱々しい声がすると思ったら、倒したうちの1人が膝立ちで俺たちを睨みつけていた。
「その女グルだっのか……この尻軽クソ女」
「死ね」
あーあ痛そ。イケメン顔に靴跡がめり込んだ。
「うげぁ……」
「もう一発」
「ちょちょちょ桜楽さん。ストップストップ。話聞いてもらえないと意味ないでしょ」
桜楽をなだめてから一つ咳払いをする。
「えー今意識がある人ー。ちょっと話あるから聞いてくださーい」
「お前ら……ただで済むと思うなよ」
「あのー割り込みしないでもらえると」
「これから学校生活無事で過ごせると」
「Shut up」
「あげっ!」
うるさいから顔面を踏みつけた。もうそろ顔はやめた方がいいかもしれない。
「ク、クソッ……」
「どこの中学出身か興味ないけど、口ぶりから同じようなことやってきたんだろ。人に殴られるの初めて?」
「私の初めて拳骨を喰らえたこと感謝するがよろしい」
俺の肩を掴みながらポーズを取る桜楽。こいつ楽しんでるな。
「さっきの一部始終の動画を撮った。全校生徒に晒されたくなかったら、これから一切桜楽に近づくな。変な気は起こさないことをオススメする。あんたらの人脈どれくらい広いか知らんけど、桜楽敵に回すとやばいよ。いやマジで」
桜楽は学年問わず人気がある。クラス内でちょっと株があるなんちゃって人気者なんて相手にならない。真偽がどうあれ、桜楽自身がレイプされそうになったとか一言でも流せば、こいつらに学校内での居場所はなくなるだろう。
「それでも狂行に出るんだったら、俺が再起不能まで殴り続ける。だからやめとけ。まあでもその前に桜楽がぶっ飛ばすから無駄か。毎回思うんだけど、俺いらなくない?」
「かっこよかったよー」
「キャプテンマーベル自分で戦うだろ」
「私はフォトンブラスト撃てませーん」
「そういう問題じゃ、まいいや。とにかく、あんたら始めから詰んでた。お疲れ」
何人かが青ざめて落胆した顔つきになり始めている。最初の時とえらい違いだ。ああやばい、ちょっと楽しくなってきた。
「お前……なんでそんな落ち着いてんだ? パンチだって一般人のそれじゃないだろ」
「落ち着いてるか……そりゃ中学の頃はよくあったし。あんたらみたいな奴ばっかじゃなくて、ちゃんと誠実に桜楽に向き合う人もいた」
「全部断ったけどねー」
「身体はアクション俳優みたいになりたいなって自分で色々やってただけ。おかげで諸々役に立ってる」
「ねーそろそろ帰らない?」
「そうだな。帰るか。あ、ちなみにその傷も適当に言い訳してね。バラしたら潰す」
やることは終わった。体を限界まで伸びしてから桜楽の隣に立って帰路につこうとした。
「待てよおい」
「ん? WOW」
1番最初に殴った奴がナイフを持って刃の部分を見せつけていた。周りの仲間もその存在に怯えているよう。知らなかったのか。
「なーんでそんな物騒な物持ってんの?」
「ドラマでしか学校に持ち込まないと思った」
「け、健太! やめろって!」
あ、名前出てきた。ようやく1人判明。
「うるせえ! 舐められっぱなしで終われるか。お前らは俺らの奴隷になってりゃいいんだよ!」
「東リべのキヨマサみたいなこと言った」
「あれ言う人ホントにいるんだね」
「殺す!」
猪突猛進の勢いでナイフを握りしめ迫り来る。死に物狂いな形相は声をかけても止まりそうになさそうだった。
「中学どんなキャラだったんだ」
「あ、私やる」
桜楽が前に出て徒手空拳で構える。横顔は殺る顔だった。
「顔はやめた方がいいぞ。目立つ」
「約束できかねる」
会話の2秒後には健太の癇癪が桜楽のすぐそこまで来ていて、もちろん鋭い刃が桜楽の滑らかな美肌に到達することはなかった。
「ふん」
桜楽は俊敏な動作でナイフを取り上げた。素人が扱うナイフなんて、桜楽からしたら素手同然なのだ。
「この」
「春喜傷つけたお返し!」
怒りの鉄拳制裁パンチが顔面にクリーンヒット。
やっぱ俺いらんかったよね?




