栞
「ありがとうございましたー」
店を出て帰るお客様に感謝の言葉を述べる。子どもが2人の4人家族。男の子が俺に手を振ってくれたので、俺も笑顔で手を振り返す。その仕草は非常にかわいらしかった。後は料理の食べ方が綺麗だともっとかわいいんだが。
『ごめん春喜くん。7番テーブルに呼び出しが来たから行ってくれる?』
「了解です」
インカムから流れる先輩の声を聞いて俺は再びバイトへと戻る。授業が終わって放課後、俺は学校から徒歩15分ほど歩いた場所にある飲食店へと赴いている。飲食をするためではない。ここが俺のバイト先だからだ。学校の制服から店員の制服へと着替えていつも通りに出勤した。
でかい声でお客を出迎えて料理を運んで空いたテーブルを拭いてまた出迎える。基本的にはこの繰り返しである。たまに店の電話が鳴って俺が出なければならないことがあるが、正直出たくない。知らん人と電話越しに話すのは精神が削られる。
まあ悪態ついたってやるしかないからやるんだけど。今日は休んで家にすぐ帰りたかったけど、急に休むわけにはいかないし。
「グウェン大丈夫かなー」
今頃グウェンは何をしているだろうか。言いつけを守ってくれてたら良いんだけど、あんな男部屋で1人は暇つぶしがあるからと言っても窮屈に違いない。しかし無闇に外に出たら危険だ。主に周りが。色々話したいことがまだあるんだけど、時間が経つのが遅ーい。
「タイムストーン使えないかな」
「何独り言呟いてるの?」
空いたテーブルをふきんで拭いていると、後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。それはそれは目の保養になる美人で仕方ない先輩──哀川栞が後ろに立っていた。
「バックは大丈夫なんですか?」
「うん。今落ち着いてるから」
俺と同じここでバイトをしている大学1年生。亜麻色のショートヘアーに金色の瞳。出る所はしっかりと出て引っ込む所は引っ込んでいる抜群のプロポーション。不完全な部分を見つける方が難しい容姿端麗なスタイル。桜楽は目標や望める到達点みたいな立ち位置にいるけど、先輩は高嶺の花とか雲の上の存在レベルの高みにいる。さらに容姿だけじゃなく性格まで美人ときた。人間国宝だなこりゃ。
「ん? 私の顔に何か付いてる?」
「いやー先輩は美人だなーって」
「うえっ! な、何急に!」
わかりやすく頬を赤らめる先輩。その仕草1つ取っても可愛らしい。桜楽とは別のベクトルの良さがある。
「ちょっと考え事してただけです。大学生活は大丈夫ですか? 楽しいですか?」
「うん、楽しいよ。友達もできたし。勉強はちょっとだけ大変かな。いきなり難しいレポート課題が出ちゃって」
「大変そうですね。サークルとか特にしつこく絡んでくる人には注意してくださいね。先輩は否が応でも目立ちますから」
「肝に銘じます」
容姿が優れているからって、良いことばかりではないことを俺は知っている。特に先輩の場合は如実にそれだ。色々あったから、頑張ってほしい。流石に大学じゃあ守ってあげられることはできない。
「心配してくれてありがとうね、春喜くん」
「いえ。でも先輩の心配をしてる場合じゃないのかもしれません」
「どういうこと?」
「ちょっと俺にも心配の種が増えたもので」
「悩みなら聞くよ? お姉さんに任せなさい」
「それは頼もしい」
つい口が滑ってしまったが、これはこれでありかもしれない。桜楽とは違った返答が聞けるかもしれないし。
「先輩。例えばですけどね──」
俺は桜楽に話した例え話を同じように先輩に話した。
「それ誰の話?」
「誰のでもないですよ。心理テストとでも思って答えてみてください」
「うーん。私だったらその子から話を聞くかな。そうしないと何も始まらないし、きっきわからないことだらけだから力になってあげたい。もしかしたら会話の中に元の世界に帰れる糸口があるかもしれないしね」
おーまともな回答だ。いや、桜楽が馬鹿だっただけか。現実問題それが得策か、マジで他にやることないし。
「良い答えですね先輩」
「そ、そう? 役に立った?」
「そりゃあもう」
「良かった。なら嬉しいな」
「桜楽なんかよりも素晴らしい回答でしたよ」
「桜楽って……前に一緒に来たあの子?」
おっと、先輩は桜楽を見たことしかなかったかな。桜楽とは何回かこの店に来ている。先輩もいつもシフトに入ってるわけじゃないから、見ていたとしても指を数えるほどだろう。覚えていなくても無理はない。
「はい。基本ずっと一緒にいる女子です」
「ずっと……」
「あいつ、ヒーローチーム結成作るとか言い出すんですよ。笑い通り越して呆れましたね。まあでも桜楽らしいというか、面白かったです」
思い出すと笑みが溢れる。桜楽といると退屈はしない。数少ない友達なのだから、大事にしなければ。でもあの根に持つ行動はウザいのでやめてほしい。
「……私もそんな顔させたかったな」
「何か言いました?」
「え!? な、なんでもないよ! そろそろ戻るね!」
先輩がそそくさと店のバックへと戻っていく。さっきの声ちっちゃいし顔もさっきより赤かったな。なんであんな慌ててるんだろう? とそこで店のベルが鳴った。これは店の扉が開いた音であり、お客様が来た音でもある。さて、お喋りはこのくらいにして、ちゃんと仕事しましょうかね。
「いらっしゃいま────」
「お、ハルキいた」
店に入って来た人物は、悩みの種である銀髪少女だった。




