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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第1章:一人目
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桜楽



「どうすっかな〜」


俺はため息を吐きながら机に突っ伏していた。教室の扉からはクラスの人がどんどん入ってきて、友達とおはようおはようと挨拶を交わしている。明善高校1年Bクラスはいつも通りの光景である。いつもと言ってもこのクラスに入ってまだ約一ヶ月しか経っていないのだが。


「変わんないなあ……」


自分の身にはこれ以上に驚くことができない出来事が舞い降りたと言うのに、学校は変わらない日常が続いている。


ちなみに俺はというと、おはようと気軽に言う相手がおらず窓側の席に直行した。高校に入ってから新しい友達は作れていない。周りは何個かグループが出来上がってワイワイしている。中には1人な人間もちらほら見受けるけど、ぱっと見1人が好きでそうしている人たちに見える。


根本的な面で俺とは違う人種だろう。あー自己嫌悪で悲しくなる。簡単に友達作れる奴には嫌悪とかじゃなくて、普通に尊敬がある。


何も考えないで話せる奴が羨ましい。ああでも、グウェンには話せてたな。なんでだろ?


「それどころじゃないか」


独り言を呟く。周りに聞こえてたら恥ずい。しかしそれは事実で、俺は友達いない案件よりも考えなければならないことが山ほどある。もちろんグウェンについてだ。


よし、一旦思い出してみよう。昨日俺はどこまで言葉にしたっけな……そうだそうだ、確かグウェンがお母さんのために戦場に赴いてて、こっちに飛ばされた場面だったかな。なんかやばい奴と遭遇したんだっけなあ……ええっと……



「へいへいへーい! 春喜ぃ!!」



俺の名前を叫びながら迫って来る足音がする。よし、無視しよう。


「どーん!」

「うぐっ」


俺の背中にダイブをかましやがった。肺が圧迫されて苦しい。だが背中に感じる柔らかい感触には心の中でお礼を言っておこう。


「はあ~」

「おいおい春喜くんや、こんな美少女が派手にくっついて胸を押し当てている状況でため息とは何事かな?」

「慣れって怖いねー」


横に振り向けばひょこっといたずらっ子のような笑顔を見せてくる少女がいる。


同じく明善高校の制服。黒髪のサイドテールにルビーのように輝いている瞳。同年代が羨ましがる体型とスタイル。クラス内だけでなく学年の枠すら飛び越えてファンも多い、漫画に出てくるヒロインのような美少女。俺の数少ない友達でありかつ隣の席の女子であり中学からの付き合い──天方桜楽あまかたさくらである。


こいつのテンションも日常と何ら変わりない。あまりでかい声出すと注目を浴びるからやめてほしいが、桜楽に言っても無駄だな。


「なになに? 疲れた顔して。悩みでもあるの?」

「あるけどお前がぶつかってきて少し萎えた」

「私もあるよー。先週さあ、私の大親友が映画の誘いを断ったんだよねー。私はすごく悲しかったなー」


あーまた始まったよ。よし適当に喋ろう。


「桜楽さんみたいな美少女の誘い断る奴なんているんですねー(棒読み)」

「ねえ、いるんだよそれが。あんま知名度なくて先週までしか映画館でやってなかったからもうチャンスがないんだよねー」

「いやいやとんだ薄情者がいるんだなー(棒読み)」

「そうそう。全く私は怒り心頭だよー」

「そうですねー(棒読み)」

「一体誰なんだろうなー?」

「そだねー(棒読み)」

「めんどくさくなってんじゃねえええええええええええ!!」


桜楽が俺の首を絞めてきやがった。めんどくさいのはこっちの方だ!


「だあ、うるさいうるさい! いつまでも根に持ってんじゃねえ!」

「私の苦しみを味わうのだ! 春喜と私は一生一緒に映画館を共にする契約を結んでるのだからな!」

「いつ結んだそれ!」

「この裏切り者! 私の1000円とポップコーン代を返せ!」

「お前が行ったんだろ自分の意思で! 映画がつまらなかったからって俺に愚痴を吐くな!」

「愚痴じゃないもん! 感想共有だもん!」

「押し付けにしか見えない」


全く、最近はずっとこれだ。バイトがあったんだから仕方ないだろ。


「内容はまあまあだったんだろ。じゃあいいじゃん」

「そこは問題じゃないの。声だよ声! 吹き替えで見たのが間違いだった! ネタバレ回避のために情報検索を遮断しとくんじゃなかったなあ」

「どんまい」

「他人事みたいに!」

「他人事だからね」


桜楽が先週1人で見た映画はとある洋画だ。字幕がもうなくて吹き替えで見たらしいけど、主演陣の声がまあ酷かったらしい。調べたら俳優が声を担当していた。よくある声優初挑戦というやつだ。悔しさを吠える桜楽の苦しみがわからなくもなかった。


「くそぉ…………吹き替えには無名でもちゃんとした声優を使うべきです。そうは思いませんか春喜くん?」

「誰だよ。まあそれには同意だけど。俳優にも声優がうまい人はちょくちょくいるけど」

「いやわかるよ、わかる。私は聞くに堪えないレベル以外だったら別にいいの。でも今回のはないわ〜。マジでないわ〜」

「それもう5回くらい聞かされてんのないわ〜」

「親友なら義務に値する」

「親友やめよっかな」

「だめ〜。私が許可しない」


猫が体を人間に擦り付けるように、桜楽の全身がべったり俺に貼り付いている。それもなんとも幸せな表情で。顔にはあまり出さないように意識しているけど、心には赤み帯びた恥じらいが生まれている。


そんな俺の内心をつゆ知らず、敏感な肌が善くない視線をキャッチする。


証拠に扉近くの席にたむろしている男グループ5人組がいる。名前……なんだっけ? 話さない人の名前覚えるの苦手なんだよなー。しかし入学から1ヶ月ちょっとしか経っていないクラスの中でも、カーストトップに君臨していることだけはわかる。体から陽のオーラが溢れ出て眩しくて仕方ない。


そしてこちらを睨んでいる目もトゲトゲして仕方ない。敵意半端ねー。うー怖くてちびりそうだ。間違いなく桜楽案件だよ。そろそろ(・・・・)来るかな? めんどくさいけどまあ仕方ない。


慣れっこ(・・・・)だ」

「あースッキリした。愚痴を吐いて私は満足しました」

「愚痴やんけ。後何日続くか恐ろしい」

「よーし、お礼として春喜の悩みを聞いてあげよう。カモーン」

「いやでも俺のは別に悩みとかじゃ……」


いや待て、訊いてみるのはありかもしれないな。いっそ桜楽には打ち明けるか…………やめておこう。伝えなきゃならない状況だったらまだしも、無闇に混乱させるようなことを伝える必要はない。それにヒーロー映画じゃ自分の正体明かしたら、周りの人が危険に晒されるパターンが多い。別に俺はヒーローじゃないけど。とにかく話をぼかして訊いてみるか。


「桜楽。例えばの話だ」

「うん」

「異世界に1人の少女がいたとする。その子はすごくでかい戦いに巻き込まれていて、戦場で敵を倒すために躍進してました。しかし目の前にやばい敵が現れました。それはもう他の敵とは一線を画す敵です。少女は果敢に戦いました。とてもとても強いけど少女はそれ以上に強かった。少女はいけると確信しました」

「ねえこれ何の話?」

「最後まで聞け。このまま戦えば少女は勝てる、そう信じていた次の瞬間、なんと敵は謎の一振りの剣を取り出して一閃。謎の黒い虚無が現れてそこに吸い込まれてしまって、目が覚めると自分が知らない世界に飛ばされていました」

「ブラックホール?」

「その剣は異世界への扉を開ける剣です」

「ドクターストレンジみたいな?」

「そうだ」


よしなんとか説明できた。グウェンがこっちの世界に来た経緯について桜楽に話した。大体合ってるはずだ。確かあ……け、けん、剣……剣なんとかのジンって奴が戦場に出てきて、そいつがグウェンを俺たちの世界に来させた張本人だった気がする。


魔剣とかなんとか……だめだ思い出せない。詳しいことはまた訊くしかないな。とりあえずは桜楽の意見を聞こう。


「さてここで質問です。少女が元の世界に戻りたがってる場合、あなたはどうしますか?」

「はい先生! 未知の世界にやばい奴がいるとわかったので、計画を立ててアベンジャーズを創設します!」


こいつ俺の話聞いてた?


「話した俺が馬鹿だった」

「そんな顔しないでよお。いやだってマルチバースがわかってやばい敵がいるんでしょ? 地球に攻めてくるかもしれないじゃん。ならヒーローチームを結成するしかないだろー!」

「ニックフューリーか。質問の答えになってないんだよ」

「えーでも思いつかないよー。だって何もないもん」


言われてまあそうだなと思った。手がかりが無さすぎる。無駄骨だったな。そこでちょうどガラガラと扉が開いて、そこから先生が入ってきた。自由時間はおしまいである。


「ねえその話何だったの? 映画のあらすじ?」

「いや、もう忘れていいよ」

「えーなになに気になるー」

「ほら早く席つけ」



桜楽はごねながらも笑顔で隣の自分の席に戻った。



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