会敵・開戦
「遠くからその薄い板みたいな持ってこっち見てたよな? バレてねえとでも思ってたか?」
「……」
グローリと大智は、まさかの邂逅を果たした。
目視でも20mはあったはずの距離を一瞬でどうやって縮めたのか。そもそもどうして自分の存在を探知できたのか。疑問は多く浮かんだが、大智の心が感じ取ったのは、得体の知れない何かだった。
(なんだこいつ……何か違う)
何がどう違うのか、具体的な説明が大智は思いつかなかった。強いということは、顔を見ただけですぐに実感できた。だが強いだけでは、この得体のしれない何かの説明はつかなかった。
(春喜に……似てる?)
無論、外見は全く似ていない。目玉が2つや鼻が1つと言った、パーツの一致くらいしか似ている部分はない。しかし、大智はどことなく本能とも言える感覚で類似点があると考えた。
春喜の蹴りを受けた時、人間のままでは出せない威力があったような。漠然とした別の力の知覚。山内が言っていたことが、少しだけ理解することができた。
「いいね、お前」
沈黙を貫いていただけのグローリを、なぜかグローリは笑顔で賞賛した。
「困惑してるな。その顔は弱い奴が強い奴に会った時にする顔だ。でも今まで会った馬鹿共は、自分の困惑にすら気づかずに俺に拳を向け、無様に敗れた。魔力もないと知能まで低下すんのかと思ってたけど、お前は利口だ。ちゃんと力量差を把握してる。雑魚には変わらねえけど、お前は頭の良い雑魚だ」
褒めているのか貶しているのかよくわからない。しかし、大智はポジティブなことがわかった。自分に対しての敵意があまりない。
「で、お前何してたんだ? 金の話に食いつこうとしたのか?」
「……何しようとしてんだ?」
「何って?」
「ならず者集めて何してんだよ。グウェンって女をそんなに自分の物にしたいのか?」
女性を自分の物にしたくて暴力を振るう屑。大智はグローリをそんな人物と考えていた。グローリは、大智が言っていることがよくわかっていなかった。
「んだそれ? なわけねえだろ。うちの女子陣はもれなく顔が良いんでな。多少美人な奴がいたって何も思わないね」
「じゃ……じゃあ見つけ出して何しようとしてるんだ?」
「殺すに決まってるだろ」
戦慄した。軽い冗談で友達が口にすることはあった。大智にも何度か言った記憶はある。だが今の『殺す』は、ふざけでも冗談でもなく、確実に人の命を断とうとしている言い方だった。
直後、グローリは「やべっ」と口を自分の手で塞いだ。
「言っちゃまずかったか……ちっ、どうすっかな」
「ほ、本気なのか? なんでそんなことする?」
「お前は気に入ったが、これ以上喋るわけにはいかねえな。協力者じゃなかっただけまだマシか。お前、名前は?」
「……大智」
「大智。俺に協力しろ」
脅迫に近い勧誘を促された。さっきまではなかった敵意が、蝋燭の火くらいの存在を出していた。
「協力……だと?」
「お前は他の連中より頭が良さそうだ。噂をばら撒くやり方は他の奴らに任せて、大智は情報を集めて俺に報告しろ。もちろんグウェンについてだ。些細なことでもなんでも良い。例えば、俺の話を嗅ぎ回っている奴がいるとかでもな」
大智の心に人影が浮かび上がる。つい最近知り合ったばかりの男──士道春喜だ。最初は自分のことをただ善意で助けてくれるだけだと思っていたが、春喜も同じくグローリを見つけたがってる様子だった。
理由はわからない。だが邪な理由ではないことは目を見て理解できた。浅い言い方になるが、春喜は優しい心を持っている。誰かを助けたいという思いが、言葉でなくとも伝わってきた。そんな彼を、この目の前で鎮座する男は狙っている。
「もちろんタダでとは言わねえ。特別に前金だって支払って──」
「ふざけんな」
「あ?」
「誰が人殺しになんて加担するかよ」
危害を加えようとしている危険人物を、ここで放置しておくわけにはいかなくなった。
「……マジで言ってる?」
「大マジだ。最初から俺は、お前の行動を止めたくて尾行してたんだ。ダチもやられて、別のダチの知り合いまで酷い目に遭いかけた。野放しになんてしておけるか」
「おおーかっけえなお前。で、この後どうする?」
返答はせず、代わりに拳を掲げた。大智が本気で殴れば、屈強な大人だって白目を剥く。彼の肉体は、パワーだけ見れば春喜を上回る威力を誇る。が、
「利口じゃなかったか」
殴る対象は既に眼前には存在せず、突如視界は180度回転した。
「っっ!?」
グローリはあり得ない速度で大智の背後へと回り、そのまま脇腹に蹴りをぶち込んだ。大智が人間離れした強さを持っていても、魔力という、この世界の人間にはない未知の力を持っているグローリにはなす術はなく、何度も地面をバウンドするしかなかった。
「がはっ……うぇ」
「誰か庇ってるだろ? 俺が例え話をした瞬間、目の色が変わったぜ。何か知ってるな?」
敵意が最大になった感覚があった。そして敵意が殺意に変わりつつあることを、放たれた拳を受けた肌で直接感じた。
「しくったと思ったけど、これならクグツ様に良い報告ができそうだぜ」
「くっ……
「おっ、まだ立つのか? 結構強めにやったんだけどな。やっぱお前根性あるぜ」
グローリは真正面まで歩いて来て大智を見下ろす。最早いじめと表現できるような構図だった。
「漢気がある奴ボコるのは忍びねえが、悪く思うなよ」
「……」
「ここじゃ誰か来るかもしれねえ。とりあえず気絶させて──」
わざと酷く苦しむフリをしていた大智は、一矢報いるつもりでグローリの右手に嚙みついた。
「痛って!」
「ぅうううう……っ!!」
まさか噛みつくなんて思ってなかったのだろう。完全なる油断、予想外の不意打ちにグローリは防御ができなかった。みっともない醜態でも大智は構わなかった。一心不乱に噛みつく大智の舌に血の味が滲んだ。
「このっ、離れろ!」
瞬きの刹那とも言える時間、グローリの右腕に淡い赤色の光が灯った。光はグローリの潜在能力を跳ね上げ、腕を軽く振り払っただけで大智の体は吹き飛び、強健な体躯は1本の大木に激突した。
「あぁ……」
「クソッ。魔物が噛みつくのはわかるけどよ、人間がそんな真似するのは初めてだぞ」
グローリは怒りどころか呆れが顔に出ていた。歯形から出てくる血液には目もくれず、再び大智が倒れる方へ悠然と向かう。
「手間かけさせるなよ」
「ぅ……ぉおお!」
大智は片膝を地面につきながら起き上がろうとした。頭を打ち付けたからか、流れ出る血が大智の顔に線を描いていた。
「おいおい、マジか。まだ動くのかよ。魔力もないのに随分タフ──」
言葉を紡ぐ代わりにグローリは後方に振り向いた。気配察知を発動していないが感じた、刺すような黒い殺気。大智の物であるはずがない。ならこの気の主は、
「ヒーロー登場だクソ野郎」
闇夜に溶け込む悪魔しかいない。




