ひしめく非現実
【私はお母さんを守りたい。だから早く元の世界に戻らないといけないんだ!】
「オッケータイム。整理する時間をください」
【でも手がかりは奴の魔剣しかない。私は一体どうすれば】
お願いだから静かにしてえ!
【ご、ごめん】
「よし、やっと止まった」
このまま続けてたら頭が無量空処で何も考えられんくなってたな。絶対に。話を聞くと言った後、自宅から近い謎にブランコだけがある小さい公園にまで足を運んだ。もちろん銀髪の少女も一緒に。座る場所がブランコしかなかったのでそこに座って、適当に話を促したら…………
「思ったよりもやばかった」
時間が許す限りなんてカッコつけるんじゃなかった。
「よし、話を復習しよう」
俺はブランコを漕ぎながら少女に向かって呼びかけた。
【整理の時間は終わった?】
多分ね。えっとまず君の名前が……
【グウェンよ。グウェン=ロザリー。グウェンで構わないわ】
銀髪美少女改め──グウェン。初対面から名前を知るまでに時間がかかってしまった。
グウェンはお母さんと仲睦まじく暮らしていました。貧乏な暮らしを支えたくて魔術を学ぼうとしました。するとめちゃくちゃ才能があって自分もお母さんも大喜び。でもある時王の使者って奴が来たと。
実はグウェンは国の王様と王宮の料理人との子どもで、昔それが王妃にばれて王宮から追い出されました。王妃は親子の存在が視界からいなくなった後でも大層嫌っていて…………えっと…………そこで魔術の才能があるグウェンの噂が耳に届いて、魔王軍の戦争に行かされることを命令されました。
ええと……代わりにお母さんの生活支援を約束されて…………あーっと…………それでグウェンは…………戦場に…………赴いた…………
【なんか歯切れ悪くなってない?】
「情報過多過ぎて何言ってんのかわからんくなった」
魔王軍て何? サノスでもいんの?
【誰だそれは。名の通りの魔物の軍隊だ。魔王を首魁とした魔物側と人間側の戦争は約100年も続いている】
ホントにあるんだそういう世界。
【魔物は人間を襲い、居住区に棲みつき食べ物を奪う。中には死体を食事にすることだってある。ハルキだって魔物の脅威はわかるだろ?】
いやわからん。魔物いないし。
【え?】
えじゃなくて。
【は?】
はじゃなくて。
【ま、まさか、この世界には魔物がいない……?】
創作の中にはいくらでもいるけど。そもそも魔術もないしね。
【魔術も!? 冗談でしょ】
こっちからすれば魔術がある方が冗談なんだけど。
【確かに魔力を感じない。私と体の構造は同じなはずだけど】
魔力もあるのか。マジで異世界の話なんだなと実感する。
【本当なんだ……魔物がいない…………それはいいな】
グウェンは心底羨ましそうな表情で呟く。戦争か…………あまり実感が湧かないな。戦争なんて資料か映像か教科書くらいでしか知る術はない。ましてや魔物なんてファンタジーのイメージしかない。それでもグウェンの顔が切なく見えて、聞いたばかりの境遇からは望んで戦いをしていないことは理解できた。
【ハルキ。私はこの辺りを捜索してみることにする】
え? あ、ああ。でもどうして?
【少し調べてみたい。疑っているわけじゃないが、魔物の有無を確認したい。後は黒い穴の所在も。望みは薄いかもしれないけど、もしかしたらどこか近くにまだあるかもしれない。この世界の文明レベルも見てみたいしね】
なるほど。わかった。でも大丈夫? もう少しで夜だけど。
【問題ない。陽光を使えば視界は明るく保てる】
そ、そすか(気になる用語はとりあえずスルー)。夜は不審者も出るけど……まあその心配はいらないか。
【そんな化け物を見るような目で見ないでよ】
くすっと僅かに笑みが彼女に出た。そんな顔できるんだなとこっちも頬が緩みそうになった。
【話を聞いてくれてありがとう。久しぶりに気の抜けた会話ができた。じゃあ私はこれで】
「えあ、ちょ、ちょっと!」
本当に去ろうとするグウェンを俺は引き止める。知らない場所が気になるのはわかるけど、もう少し自制心を持って欲しいと思う。
【どうした?】
あのさ、俺の家、あの赤い屋根の家の2つ隣りにある家だから。調べ終わったら来てよ。野宿なんてさせられないし。2階が俺の部屋だから、周りに気づかれないで窓をノックしてくれれば俺が開くから。それだけ伝えたかった。
【わかった。何から何までありがとう。ハルキは良い奴だな】
俺の言葉に同意してくれ、グウェンは突然空へと飛び立ってしまった。文字通りの意味で。数秒経てば姿は見えなくなっていた。
「……魔術すげえ」
俺は口を開けたまま感心することしかできなかった。
────
コンコンと何かを叩く音がした。
「ハルキ」
そして俺の名前を呼んだ。これはきっと夢だと思って気に留めなかった。放置していたらまたコンコンとさっきと同じ音がした。
「ハルキ、いないのか?」
また同じように俺の名前が聞こえた。3秒間ほど睡眠ボケ状態の脳で思考をしてから、これは夢じゃないと気づいた。
「まさか……」
俺は布団から飛び起き瞼を擦る。目の前に広がるのはもちろん自分の部屋だった。好きな映画のポスターに大好きなヒーローのフィギュアたち。机にカーペットにクローゼットに漫画が詰まった本棚。うん、俺の部屋で間違いない。
俺は自然と窓に視線が移る。さっきの音は窓をノックする音だとわかる。だって昨日そうやって伝えたから。まだ横に戻って寝たい欲を堪えながら、ベッドから離れて窓のカーテンをばっと開けると、外には宙に浮いている美少女がいた。
「お、いた」
「夢じゃなかったんだ」
マントをつけたらスーパーガールだな。
本音を言えば、あの銀髪美少女──グウェンと出会ったのは何かの幻なんじゃないかと疑っていた。あの後普通に家に帰って、手を洗ってアニメ見て飯食って風呂入ってYouTube見てたら夜になって、そのまま歯を磨いて寝るとこまで来てしまった。
グウェンが来る様子もなかったので、ひょっとしたら身に起きたこと全ては間違いなんじゃないかと思いながら瞼を閉じて、しかし目が覚めたらこれである。目覚まし時計を見るとまだ朝の5時30分だった。
「こんな時間まで探索してたの?」
「ええ。この街を回って見ていたら面白くてつい見入っちゃった」
「そうすか……一応聞くけどなんで浮いてんの?」
「疾風で上昇気流を起こしている」
「風ですか。なんかもう驚かなくなってきたなあ…………ん?」
俺は首を傾げた。グウェンとの会話に何か違和感を感じたから。なんだ? 何か引っ掛かる……音か? いや、音というより声……声!
「あれ! 喋ってる! 普通に喋ってる!」
「気づくの遅くない?」
「色々訊きた過ぎて気づかんかった! え、何、もう日本語マスターしたの?」
「魔術を少しばかし工夫してね。念力でハルキの脳内にある情報、今回はハルキが話している言語の日本語の情報を私の脳とうまく線のように繋いで理解しようとしたの。魔力で脳の演算速度を強化して効率化も図った。所謂独学かしら」
「魔術すげえ。なんでもありだな」
「まあ私は天才だから。地頭も良いってよくお母さんに褒められたんだから」
結構ボリュームがある胸を張って自信満々に言う。お母さんと言葉にしている時のグウェンは本当に楽しそうで、でも時折り不安が垣間見える時もある。
ずっと浮いているグウェンと話すのもなんだから、俺はグウェンを自分の部屋へと招き入れた。女子を部屋に入れるなんて緊張する、とはならない。同じ女子の桜楽を何度も入れているので感覚が麻痺しているのかもしれない。
グウェンは俺の部屋の風景を興味深そうに観察している。
「素敵ね。自分の部屋があるなんて」
「なかったの?」
「貧しかったから。でも欲しいと思ったことはなかった」
「ふーん」
「これは何?」
「スパイダーマンだ」
「すぱいだーまん?」
グウェンが俺の持っているスパイダーマンフィギュアを指差している。朝っぱらだってのに俺はテンションが上がった。
「ニューヨークっていう街を守るヒーロー。俺が1番好きなヒーローだよ」
「おお、この世界にはヒーローがいるのね」
「いや、架空だよ。創作の中の人物。でもな、めっちゃかっこいいのよ。他のも全部ヒーロー。こっちはキャプテンアメリカ。こっちはバットマンで、こっちはドクターストレンジ。ストレンジはグウェンみたいに魔術が使えんだぜ?」
「魔術? 本当に?」
あそうだ。そう言えば聞きたいことがあったんだ。
「グウェンの世界の魔術ってどういう定義? やっぱストレンジみたいにマルチバースに干渉して力得るみたいな?」
「いや違う。そんな大それた物じゃない。私の知っている魔術の源はここ、即ち脳に全ての始まりがある」
グウェンは自身の頭を指差しながら丁寧に語る。
「ある医者は言った。脳には知らず知らずのうちに制限装置がかけられていると。仮に人間が100%の力を引き出そうとすると、筋繊維はちぎれ骨は砕けて、人間の体に相当な負荷がかかる。だから我が身を守るために、意識的に発揮できるパワーを抑制する制限装置があるの」
「それはわかる。こっちの世界にもその理屈はあるから。バトル漫画だとそれを無理やり外して馬鹿力で殴るのが通説」
「なにそれ。でもその考えは私の魔術と同じ。私たちの体に流れる生命エネルギー、即ち魔力を行使して脳にかかっている制限装置を外す。その人が自らの力で埋もれさせていた潜在能力を、またその人の力で引き出すの。これが私たちの定義の魔術」
えっと、つまりまとめると。
「人は頑張れば風も起こせるし氷の剣も作れると?」
「ざっくり過ぎるけどまあそうね」
「マジかーやべー」
ラノベとかの魔術って、世界に干渉して引き出すとか神から力借りるとかそんなんじゃなかったっけ? 理屈じゃわかるけど実際できるのやばいな。
「ねえねえ。魔術って俺もできるようになる?」
「いや、無理ね。大前提として魔力が必要になるから。魔力を鍵に例えると、魔術は宝箱の中身。鍵がないと箱の中身は見れないの」
「説明わかりやすい」
でもそっかー。使えないのか。正直少し期待してた。エルドリッチライトみたいにかっこよくずばーんて。
「あ、でも例えばさ──────」
────
それから俺とグウェンは色々話した。魔術の話はとても興味深かった。他にも魔物は本当にいないとグウェンは驚きを隠せないでいたし、変な板をいじっている人は何をしているのかと本気で考えている姿が面白くて(スマホのことである)、コンビニの話をしたら食い入るように話を聞きたがっているのが新鮮だった。
まるで無垢な子どもだ。まあでも普通の反応なのかもしれない。俺だって異世界に飛ばされたらきっと興奮するし、戸惑って泣くかもしれない。知らないことを聞きたがるのは好奇心でもあるし、知れば物事に対処できる知恵を手に入れることができる。要は知らない土地で誰かと話すのは大事ってこと。
「初めて聞く言葉ばかり。本当に……知らないことだらけね……」
グウェンは未知の存在に驚きと感嘆を示していた。でも……なんだ……グウェンからはそれ以外の物を感じた。俺はエスパーじゃないけど、結構他人のことを俯瞰して見ることができると思っている。なんだろうな…………?
「あ、時間」
俺はハッとした。目覚まし時計を見れば、もうすぐ俺がいつも通り起きる時間帯になっていた。喋るのに夢中で全然気づかんかった。
「あーごめんグウェン。俺これから学校行かなきゃならないんだ」
「おお、学校か。この世界にも学校はあるのね」
「もちろん。帰りにバイトもあるから、少し遅くなると思う」
「そうか……わかった。いってらっしゃい」
おお、母親以外のいってらっしゃいは新鮮だ。でもあれか、グウェンをこのまま放置するわけにはいかないよな。こんな狭い部屋にただいるだけじゃつまらないし、まだ話しておきたいこととかあるんだよなあ。くそ、余計な会話し過ぎた。あー学校休もっかナー……あそうだ!
「あのさ、暇つぶしになるかわかんないけど、あそこの漫画なんでも読んでいいから」
「まんが?」
そっか、グウェンの世界には漫画がないんだった。本とかはあるだろうけど、ファンタジー世界に漫画はないか。て言うか映画とかもない? えーまじか、俺生きていけないかも。
「あの棚にびっちり収まってる物。簡単に言えば、絵にセリフがついたストーリー形式の本……かな? 実際に読んだ方がわかりやすいか。ちなみに俺のおすすめは、僕のヒーローアカデミア」
「なるほど。なら読んでみるか」
「あ。後、このタブレットで好きな映画も見ていいからさ」
「えいが?」
おっとまだ説明が必要だった。俺は最低限のタブレットの使い方を教えた。一応俺の通う明善高校とバイト先の住所もマップで教えた。とりあえず今日俺が帰ってくるまでの暇つぶしになれば大丈夫だろう。
「俺のおすすめはアメイジングスパイダーマン。1と2があるから是非見てほしい。まあでも他に見たいのが見つかったらそっちでいいから……おわっ、時間やば」
そろそろ下に降りなければ母さんが上に来てしまう。今この状態を見られるのは非常にまずい。
「じゃあグウェン、俺もう行くから。くれぐれも下にいる両親には見つからないように。もしなんかあった時は俺の所来てよ。あまり目立たずにね、目立たず」
「? わかった」
少し心配ではあるが、まあ1日くらいなら大丈夫だろう。それに好きな映画を観て気に入ってくれれば、桜楽みたいに一緒に楽しく話せるかもしれない。
そうなったら、きっと俺は嬉しくなる。




