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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第2章:二人目
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駆ける



「はあっ……はあっ……」

「もう逃げらんねえぞ」


複数の男たちが1人の女性を袋小路に追い詰めている状況は、ただのじゃれあいと判断できないだろう。それも女性が飛切りの美人であれば、下衆な男たちは獲物を貪る獣と一緒だった。


「な、何なんですか! 私に何の用があるんですか!」

「無いならこんな所に追い詰めたりしねえよ。無駄に走り回りやがって」


絶世の美女という言葉がピッタリ当てはまる美形とスタイル。薄暗い路地でも絢爛になびく亜麻色ショートの髪。垂れる汗すら至極のアクセサリーとさえ思ってしまう彼女の名前は、哀川栞。自分を付け回し周りを取り囲んでいる男たちは、全員面識のない者たちだった。


「おい、本当にこいつなのか?」

「知らん。でも情報だとすげー美人なんだろ? だったら間違いねえじゃねえか」

「渡すだけで金もらえるとか、そんなうまい話あるんだな」

「な……何の話ですか……?」


栞は男たちの会話の意味がわからなかった。今日もいつも通りに大学で講義を受けに行っただけだった。なのにこんな目に遭うなんて本当に困惑しかなく、誰からも恨みを買った覚えなんて物もなかった。


「あんたは別に知らなくていい。恨みはねえけど、俺らと来てもらうぜ。でも……まあ……」


髪を銀色で染めた男は、栞の肢体を舐めるように見てくる。目の色で男の意図に気づいた栞の体に悪寒が走る。足が震え始め、身体が強張る。同調圧力のように周りの男たちも同じ目の色に変貌する。それは、自分が何度も経験し見てきた下劣な物だった。


「一発ヤッちまうか?」

「おいおい、お前昨日散々抜いたじゃねえか」

「馬鹿野郎。こんな美人前にして勃たない男なんているか?」

「そいつはもう男じゃねえな。あっははは!」

「や、やめてください。お願いですから」

「やばっ、その顔最高なんだけど」


もう囲まれた時点で手遅れだった。頼みの綱の()に電話をかけることはできたが、こっちに来ることは最早絶望的だった。来てくれたとしても、その時にはもう…………


「お、お金ならあげますから! だから……助けてくだ」

「金なら後からもらえるんだよ」

「今はその顔と身体にしか興味ないね!」


栞の怯える抵抗虚しく、華奢な右手を掴まれ──



          ────



「クソッ! 間に合うか……ッ!」


天位魔術(リーサルウエポン)のスーツをフル装備し、街中を駆けていく。桜楽に先輩の状況を簡潔に伝えて、俺は急いで先輩の元へ向かっている。人目を避け、できるだけ人通りの少ない所を良好となった視界から導き出しているが、今1番念頭に置くべき考えは、いかに早く先輩の元に辿り着くかだ。


「処刑人の野郎……っ! 少しは見直したと思ったのによ!」


最初の処刑人、名無しの傭兵(ノーバディ)は、最初の一撃で俺を殺す時に周りの民間人を容赦なく殺そうとしていた。奇跡的に死者が出なかったから良かったものの、一歩間違えれば大惨事になりかねないことだった。


しかし今回の奴は、理由は不明だが誰彼構わず暴力を振るってはいない。グウェンを探すためなら、街の人間全員を脅迫して探させることもできるはず。それだけの力を魔術師ソーサラーは持っている。でもそれをせず、襲う相手は選んで行動していた。


無関係な人間は襲わない節度を持った奴かと期待していたんだが、被害が出てしまった。それも知り合いから。捕まえることが当初の目的だったが、今は一刻も早く先輩を助けに行かなくては。


「よし、このスピードならもうすぐだ」


周りがどう見えているかわからないが、俺は今オリンピック選手だって腰を抜かす速さで道を移動している。元いた場所から先輩の大学までは約40、早くても30分はかかるのだが、スーツを着た状態なら10分もかからず到着することができると考える。


それだけスーツを着た状態の俺は身体能力が上がっていた。不良共を薙ぎ倒していた時も、スーツは着ていなかったが、中学の時より体が軽くパンチも鋭かった。魔術を、いや、魔力を手に入れてから、単純な身体能力が他者よりも上昇したのかもしれない。そのレベルアップが今は頼もしかった。


人がいない場所で跳躍し5回建てのビルの屋上に飛び乗る。高い所から景色を確認したかった。


「あった。先輩の大学」


先輩が通っている大学を視界の前に捉えた。もうすぐ近くに先輩がいるはず。


「確か小道って言ってたよな……そこから時間が経って人気のない路地とか……とにかく急げっ!」


先輩が通るかもしれない道を隈なく探す。ここからは丁寧に探さなければならないから、人に見つかる危険性があるため魔術は解除した。


「どこだ……どこにいるんだ先輩……っ!」


どうか無事でいてくれと願うことしかできない。もしかしたらもうどこかへ連れて行かれてしまっているかもしれない最悪の妄想を考えていると、シャッターが目立つ狭い路地に人影が見えた。


「先輩っ!?」


立ち止まり思わず叫んだ。一瞬だけ見えた亜麻色の髪。確認すると人影は2つあった。奥にいる顔が少しだけ見える人物は先輩だろう。しかし手前に後ろを向いて顔が見えない男がいた。


歳は少し上だろうか、不良少年グループの番長という印象が強い男だった。背中からでもわかる強靭な体格。朝の光のような色の金髪に染めていて、獅子を彷彿とさせる髪型。人を見た目で判断してはいけないとわかってはいるが、俺は先輩からの電話の影響もあって、1つの考えしかできなくなっていた。


男は先輩を襲おうとしている。


「あれ? 春喜くん?」

「おい! 先輩から離れろ!」


先輩の声がしたが、まともに聞ける状態ではなかった。コンクリートを踏み締め挑むは、敵の無力化。いつもより快調な体を跳躍させ、男の頭の側頭部に蹴りをぶち込む。手応えあり。これで昏倒して終わ──


「んだあ?」

「っ!?」


確かに命中した。しかし男はビクともせず俺の右足を掴んできた。そのままこちらに振り返り、俺を自分に叩きつけた。


「ぐ……っ!」

「お前……久しぶりに痛かったじゃねえか」


顔をやっと拝むことができた。美しさを醸し出している灰色の瞳とは裏腹に、案の定と言うべきか、顔は暴走族の総長のような見てるだけで圧を全身で感じる怖さと強さがあった。


しかし強いのは見た目だけではない。俺を地面に押さえつけている力は尋常ではない。何か柔道やボクシングをかじっているのかと考えてしまう。


「お前もこの人を襲いに来た連中か?」

「はあ? それはお前だろ!」


体を捻り拘束から抜け出す。抜け出し際に倒立の姿勢で蹴りをもう1発いれるが、手応えがあまり感じられなかった。


「おらあ!」


お返しと言わんばかりに強靭な男は、ミサイルの如く勢いで剛腕を俺に撃ってきた。瞬間、パンチとは思えないほどの衝撃が俺の体をヒリつかせ、後方に追いやった。


「うお……っ!」


ガードはしたがとんでもない威力。殴り倒してきたこれまでの不良共とはわけが違う。俺の体は強化されているはずなのにこれは異常事態だ。危険な状況に陥っているのは間違いないのに、なぜか俺は心臓の鼓動が早くなっていた。


「やべえなあんた」

「誰だか知らねえが、私刑にしてやるよ」

「それ決め台詞? カッケェじゃん」


軽く言っているが、油断して良い相手ではない。冷静に思考し勝ち筋を見出さなければ、先輩を助け出すことは──


「ちょっと2人とも! 一旦落ち着いて!」

「え?」


俺たち2人の仲裁に出てきたのは、他でもない先輩だった。


「ほら、見て春喜くん。私、何もされてないでしょ?」

「え……ああ」


よく見れば、先輩の服などは乱れてもおらず、清潔そのものだった。顔に傷も乱暴された跡もない。何もないことが、先輩が無事だと言っている証拠に思った。


「この人、私のことを助けてくれたの」

「はえ?」

「なんだ、2人は知り合いだったのか?」


男は先輩に友達のような感覚で話しかけていた。仮に目の前の男が先輩を襲おうとしていた下衆だったとして、こんな気軽に話ができるだろうか? いやそもそもよく考えて見れば、早く来れたとはいえ、先輩を助けるためには殆ど手遅れのような物だった。


彼が助けてくれたのであれば、先輩が無傷な理由にも説明が付く。


「春喜だっけ? 下の物(・・・)見て気づかなかったのか? まあ、そんなこと確認できる形相じゃなかったか……」

「下?」


言われた通りコンクリートの地面を見つめると、そこには死屍累々の如く昏倒している人間たちが散らばっていた。全員意識がないように見える。当たり前だが、先輩がこれら全員を相手に完封できる体術は持ち合わせていない。


討伐に夢中で気づくことができなかった。


「これを……あなたが?」

「大智さんっていうの。わけのわからない状況で、もう駄目だって思ってた時に、大智さんが来てくれたの。凄かったんだよ! 春喜くんにも見劣りしないくらいで」

「あんたの蹴りも中々だったぞ。寝そべってる連中よりもパワーが段違い。頭に1発入れられた時は、マジで意識が飛びそうだったぜ」

「え……いやあの……」


つまりこういうことか。先輩が俺に電話をかけてきた時には不良共に追い詰められていて、俺が駆けつけている間にこの大智って言う人が来てこいつらを倒してくれた。


先輩が心を許している辺り、助けてくれたのは間違いなさそうだ。


「なるほど……」


じっくり話を聞く必要があるが、とりあえずやるべきことをやらなければならない。俺は今まさに、先輩を助けてくれた恩人を確認もせず攻撃してしまった。やることは1つしか思いつかない。


謝罪だ。



「すみませんでした!」



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