訓練①・主と配下②
「この世界は呪われているかもしれない」
「両面宿儺の指でも持ってんじゃない?」
「おかしいだろこんな展開!」
グウェンから魔術を学び許可を得られた週の土曜日。早速今日から魔術を教えてもらおうとグウェンと桜楽を家に呼び出し、玄関の扉を開けた直後に言われた言葉が、敵が来たよ。じゃねーよ!
「タイミング! 敵さんのタイミングがおかしい!」
「今日の深夜に魔力を感じ取った。ここから少し遠いけど間違いないわ」
「俺何も感じなかったけど」
「感覚を覚えないと難しいよ。それはそうと、この焼きそばという料理は美味しいわね」
俺の文句そっちのけでソース焼きそばを頬張るグウェン。今は昼の時間帯。2人が来るまでに人数分の焼きそばを作っておいたんだ。
「焼きそば食ってなかったっけ?」
「サクラの家で食べた」
「食べてんじゃん」
「味は塩だったよ」
「へえ……じゃない! 今は料理の感想はいいの! 普通映画なら、主人公の修行シーンが終わるちょっと前に敵勢力が攻めてくるのが鉄板だろ!」
「相手は待ってくれなかったね」
「おいこれやばいんじゃないか? 前みたいに俺かグウェン見つかって、家ごと爆破されるみたいな二番煎じになるんじゃ?」
「それは心配いらない」
グウェンは余裕の発言をした。家に来てから今までもだが、グウェンは特に焦っている様子はなかった。
「少ししか話していないから忘れてしまっているかもしれないけど、あの時名無しの傭兵がハルキを見つけることができたのは、索敵魔術、気配探知を使ったからなの」
何そのスパイダーセンスみたいな魔術。そう言えば、モールにいた時にそんなこと言ってたような気がする。
「何それレーダーセンス?」
「それはデアデビルのやつ」
「姿、形、髪型、心音に至るまで条件を設定して、人や魔物を見つけ出すのに重要な魔術の一種。覚えたての魔術師でも、自を中心とした半径500m以内の特定の人物は見つけられると思うわ。人や魔物に限らず、例えば、無くしたバッグや指輪の形状とかを正確に覚えていれば、見つけられるかもしれない」
「便利な魔術」
イヤホンとか無くした時に使えそう。
「名無しの傭兵は俺の体に付いた微小の魔力を辿って来た。そいや、なんで俺が狙われてグウェンは無事だったんだ?」
「単純に私を見つけられなかったからだよ」
グウェンは身を乗り出し「戦場で魔術師は、基本的に隠密を使っている」と続ける。
「自身の気配を消す魔術。私は今もそれを纏っている。隠密を使えれば、魔力を他人から探知されにくくなるし、自分が立てた足音だって聞こえなくなる。この世界、ええっと、アース1か。アース1に来てからは念のため常に隠密を使い続けてる」
「なるほどね。あの変態がそもそもグウェンさんを探すのはムリゲーだったわけだ」
桜楽が答えに導いてくれた。
「そうね。あの男の気配探知じゃ私の隠密を破ることはできない。だから必然的に、ハルキが狙われてしまったの」
「それはあれか、遠回しに私の魔術は優れているってこと?」
「That's right. 隠密は下位魔術に位置付けられるけど、それ故に性能の優劣は使用者の才覚に委ねられるのよ」
やっぱり自分の魔術の腕には自信を持って言えるんだな。そしてついに英語を使い始めた。字幕版ばかり観てるからか。日本語の次は英語をマスターしてしまうかもしれない。
「それで話はふりだしに戻って、その隠密を使ってるおかげで、敵さんからは俺たちの位置を特定できないわけか」
「どんな処刑人を送ってきたのか知らないけど、私の魔術を看破できるような実力者とは思えない。たとえジンでも難しいわ。魔力を魔術なしで知覚することもできるけど、それは隠密を用いてる魔術師には大して意味がない」
「ちょっと待った。今の話聞いて場所を特定されないことは理解したけど、それはグウェンだけだろ? 俺はまずいんじゃないか?」
グウェンは魔術を扱えるから良い。でも俺は違う。気配探知だって隠密だって使えない。天位魔術とかいうすごいらしい魔術を扱えるだけで、他の基礎技能も知識すらない。足し算できずに割り算だけできてるみたいなもんだ。
不安要素を述べても、グウェンはノープロブレムと言った表情を保っていた。
「心配ない。対策は既に打ってある」
まるで凄腕策士のような一言だった。
「補足しておくと、隠密は近くにいる人間になら効果は薄まってしまうけど、気配を隠す能力を付与できる。でも私が常にハルキの側にいられるとは限らない。そこでこれの出番だ」
グウェンはズボンのポケットから何かを取り出し、机の上に置いた。筒状の小さなカプセルだった。触っても良いかと許可を得て見てみると、中に小さな物がいくつか入っているのが透けて見えた。
「錠剤か……?」
「私の……違かった。アース2の世界には、魔装具と呼ばれる道具があるの。魔術が付与された多種多様な物。炎を纏う剣や暴風を引き起こす杖。大昔にいた魔術師たちが、自分たちの力を後世に残すために力を封じ込めた物だと私は聞いてる。魔術師じゃない一般市民たちが魔物と戦える武器として扱われていたり、闇市や違法賭博で売買されてるケースもある」
「武力を持たない人間でも使えて、それを高値で売り付ける、か」
想像できる話だ。確か魔王軍のジンって奴は、その魔装具って道具を何個も持ってることをグウェンが言っていたか。
「で、錠剤もその1つ?」
「そう、名前は『力の隠形』。私が携帯していた魔装具よ。1錠飲めば、気配はもちろん、体内にある魔力を外部から遮断することができる。魔物に囚われた捕虜や市民を救い出すのに使うことが多い。敵がこっちを認識できないようにするために」
なるほど。一般市民は魔術を使えないことの方が多いんだろう。だからこれを飲ませて、逃がすために隠密を使える魔術師と同じ土俵に立つ必要がある。
「これを春喜が飲んでれば、相手から気づかれることはなくなるってことなんだ」
「だからハルキの心配も大丈夫。とりあえずは、すぐに攻め込まれたりするようなことはないはず」
「ん? 待て待て。俺そんなの飲んだ覚えないけど」
「私がハルキの飲み物に入れて溶かしたおいた」
おい今さらっととんでもないこと言ってなかったか?
「いつ?」
「月曜日、ハルキが洗面台に行ってる時にコップに」
「怖っ!! 怖いよ! 何そのバレずに毒薬入れたみたいな暗殺者ムーブ!」
「大丈夫。味は無味だし体に害はないから」
「いや錠剤の心配じゃなくて、行為に恐怖してるよ俺は」
知らぬ間に体内に未知の物質入れられてたら怖いだろ。まあでもグウェンの言う通り、これで敵さんの心配はなくなったみたいだな。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「私もー」
ちょうど2人の食事が終わった。見事に完食。「お粗末様でした」と返し、俺はまだ残っている問題を言及する。
「難を1つ逃れた矢先に申し訳ないんだが、まだ大事な問題が残ってる。魔術の訓練ができない」
そもそも今日集まった理由は、訓練のためだった。
「襲われないのはわかった。でもそれは、あくまで俺たちが隠れてる前提条件が必須。魔術使ったら速攻相手にこっちの位置バレるだろ?」
「処刑人が相当な間抜けじゃない限りは。魔術を使えば『力の隠形』でも隠し通せない」
「壁を壊したと思ったらまた別の壁かあ」
どうしたもんかと悩んでいると、グウェンがまたもや「心配ない」と口を開いた。今日で3回目くらいの心配ない。最早、用意周到を裕に超えている領域にいると思う。
「他の魔術師だったら、こうはいかなかった。ハルキだから可能になった」
「どゆ意味?」
グウェンは、魔術の訓練について話した。
────
「生活をするには、お金は不可欠だ」
クグツとその配下たちは、5階建てのビルの非常階段をゆったりとした足取りで登っていく。太陽の半分が雲に隠れていて見えなくなっているが、時刻はまだお昼頃。このビルに一般人が入ることは滅多にない。
「硬貨は一応持ってきましたよ?」
「ありがとうホープ。でもこの世界は、僕たちがいた世界とはまるで別物だ。文化や様式も違えば、当然使うお金だって変わってくる。だから硬貨は残念だけど使えない」
「あーそっか。じゃあただの重いだけの塊じゃん」
「生きるために食べ物は必要だし、僕たちの着ている服じゃ少々目立つ」
クグツの指摘に各々も頷く。決して場違いとはいかないまでも、元いた世界の服装は、こっちの世界の衣服と比べて多少の違和感があった。
「まずはお金を手に入れて、それから買い物にでも行こうか」
「やったー! 私、さっきすれ違った女の子が着てた水色の服欲しい! めっちゃ可愛かったんだよね〜」
「俺たちが着てる服は、少し暑いですしね」
「可愛い洋服……欲しいです」
「ですがクグツ様、金銭はどうやって手に入れるんですか?」
「もうこれからだよ」
ビルの4階に到着した。目の前には中に入るための扉がある。
「しつこいけど、もう一度おさらいしようか。来る前に決めた、ルールその2」
「はい。極力この世界の住人を傷つけてはいけない」
「正解。さっきも言ったけど、この世界と僕たちの世界は全くの別物。少し歩いただけでもわかったと思う。この世界には──」
「はい! 魔物も魔術もない!」
クグツの言葉を奪ったホープをエレーナが睨む。
「ホープ。クグツ様の言葉を遮るな」
「ご、ごめんなさい!」
「いいよ。言ってくれてありがとう」
「でも信じられないっすよ。そりゃあ魔術使えない奴らなんて俺らの世界にもいるけど、1人もいないなんてあるんすね」
「浸透してる魔術の扱い方は、基本的に魔物から身を護るための手段。この世界じゃそんな必要もないんだよ。そもそも魔力もない」
「平和でいいですね」
「そうだね。だから他所の世界に僕たちが迷惑をかけてはいけない。でも……例外はどこにでもいるから」
ガチャ。扉を開ける。灰色の殺風景に7人が入り込む。
「道行く人に聞いたんだけど、どうやらここは、ヤクザの事務所らしいんだ」
「やく、ざ?」
「指定暴力団って言って……いや、いいや。要するに、平気で人を傷つける生きる価値のない人たちのことだよ」
瞬間、場は冬が来たかのように冷たくなった。クグツ含め、全員の視線が鋭くなったようにも見える。その時、前から大柄の男がクグツたちの元へ声を荒げながら近づいてくるが、クグツはそのまま言葉を紡ぐ。
「でもそういう人たちは、知っての通り貧しい善良な市民よりもいっぱいお金を蓄えてる。酷い話だよ。これなら魔物に支払う方が利口かもしれない」
大柄の男がクグツの首根っこを掴もうとしたが、できなかった。皮膚に触れる寸前で首が斬り落とされていた。掌の中には洋刀が握られていた。
「……どの世界にもいるのですね」
「悲しいね。だから奪ってやろう。全員殺していいよ」
クグツ以外の全員が散らばった。悲鳴が上がると同時に血飛沫が舞う。悲鳴、血飛沫、悲鳴、血飛沫。メトロノームのように残虐を刻んでいる。30秒も経たないうちに殺戮は終わった。
「良ぃ、運動になったなー」
ホープが両腕を天に伸ばしながらクグツの視界に入ってくる。その姿は血で塗れていた。周りを明るくするような彼女の笑顔だが、これではサイコキラーと間違われてもおかしくなかった。
「はーシャワー浴びたい」
「返り血浴びるなんてまだまだだな」
「グローリだって浴びてんじゃん」
同じく血濡れたルミナスがグローリを指差す。グローリも血飛沫を浴びているが、ルミナスやホープほどではなかった。
「俺の勝ちだぜ」
「競ってないし。子どもかっての」
ルミナスが悪態をついていると、奥からシャインとエレーナが現れた。グローリもほんの少しの量だったが、2人には返り血どころか赤色すら見られなかった。
「やめなよグローリ」
「ええ。遊びではないんだから」
「……すんません」
「あの2人には勝てないよ」
「うぅ……」
シャインが出てきた隣の部屋から、謎の赤い怪物がとことこと現れた。まるで頭から血を被ったかのように真っ赤に覆われている。
「サン!? どうしたのそれ!?」
「ごめん……なさい」
人外の見た目をしていたが、その正体は信じられないほど返り血を浴びていたサンだった。シャインが青色のハンカチで赤色になった肌を拭う。
「あーあもぉ。サンはやり過ぎな所があるね」
「少し加減を覚えなさい」
「ごめんなさい……グローリお兄ちゃん」
「え? 俺?」
「サン……下手っぴで……上手くできなくて……」
サンの瞼から流れる涙が血を拭う。グローリが謎に競争し始めた血塗れ勝負。サンが自分の醜態を情けなく思っていることに気づくのに、グローリの時間はかからなかった。
「あーあ。まーたグローリがサン泣かせたよ」
「また俺かよ!? 別にそういう意味じゃ、あーもう、悪かったって!」
「みんな良かったよ。この後どこかでシャワーを借りよう」
クグツが全員の前に立ち労いの言葉を与える。達成感で喜ぶ者もいれば、素直に感謝を受け取る者もいた。その後ろで赤色に染まった床を這いずる男が1人いた。
「残ってるね」
「あー私だ。死んだと思ってたのに」
ホープの取りこぼしだった。肩からの出血が見られるが浅い。「トドメ刺さないと」と、ホープが近寄ろうとするが、クグツから待ったが出る。
「丁度いい。身代わりになってもらおう」
代わりにクグツが忍び寄る。洋刀の剣先が床と擦れて音を立てる。
「そう言えばクグツ様、洋刀使って大丈夫なんですか? 魔術だから気づかれちゃうんじゃ?」
「問題ないよ。これは特別だから」
そしてクグツは、また刃を突き立てた。




