主と配下①
●県●●町、某所にて、深夜1時17分、黒い穴は出現した。アース1において3度目の出現であり、それは異世界と異世界を繋げる扉だった。
そして扉からは案の定、人が出入りしてくるものである。
「旅行だーって、暗っ! 真っ暗闇!」
「だから旅行じゃないって」
溌剌とした印象を持つポニーテールの少女が1番に、続けて緑髪の少女、雪を被ったかのような白髪の少年、がさついた髪の少年、右眼を前髪で隠したおとなしい少女、金髪の大人びた雰囲気を醸し出している少女たちが黒い穴から出てきて、最後に彼らをまとめあげる主人──クグツが世界に降り立った。
「暗いのは嫌い。早く明かりを」
「待ったホープ」
クグツが前に出てホープの肩を掴む。
「どうしましたクグツ様?」
「魔術は使っちゃ駄目だ。今、陽光を使おうとしていたね?」
光を灯す魔術だ。出た場所が異様に暗かったため、ホープの視界を照らそうとする行動は別におかしくはないはずだが、クグツはそれを拒否した。
「ど、どうしてですか?」
「言い忘れてた。皆、今一度確認しよう。行く前に決めた、この未知の世界でのルールを」
「はい。常に隠密を身に纏うことです」
エレーナが鋭く発言した。「その通り」とクグツが、漆黒の双剣を彼らに見せながら声に出す。
「僕たちが隠密を起動することによって、相手からは僕たちの存在は感知されない。でもこの、干渉・莫邪までにその効果は行き渡らない」
クグツは何もない背後を振り返る。そこにはさっきまで、自分たちが通って来た黒い穴があった。
「肌身離さず持ってることで、この剣自体の魔力は隠せても、今開いたゲートの魔力までは隠せていない」
「えっと……つ、まり?」
「現時点で、今回の標的──消えた少女に私たちの存在を感知された可能性が高い、ということですね」
またもエレーナがずはりと告げる。その一声で他の直属配下たちも身が引き締まったようだ。
「え、そうなんですか!? やばいじゃないですか!?」
「やばいかどうかはわからない。知っている通り、標的は必ず疲弊した状態にある。ジン様の刺客を倒した理由は不明だけど、それでも『魔帝』なんて名前を付けられた脅威はなくなってるはず。僕たち7人に真っ向から挑むほど、相手は馬鹿じゃないはずだよ。念の為ここはすぐに離れるけど」
「あ、なるほど! つまり私たちが魔術を使うと相手に居場所を悟られる恐れがある! だから魔術を使っちゃいけないんですね!」
暗闇で手を叩くホープ。正解と、クグツは優しく褒める。
「居場所を感づかれるのは今限りだ。探すのは手間がかかるけど仕方ない。素人の魔術師なら漏れ出る魔力の残滓を追えば簡単だけど、なにせ相手は手練れ。単純に感覚で魔力を感じ取ることは不可能だ」
「相手が俺たちと同じく隠密を既に使っている可能性もありますからね。もし俺たち全員が気配探知を使って無駄骨に終われば、居場所を親切に教えるだけ。使い時は選ばなくちゃなりませんね」
「よーし皆! 慎重に扱わなきゃダメだぞ」
「お前が最初にやろうとしたんじゃねえか。たくっ、少しは頭使えよな」
「グローリだって脳筋のくせに」
「んだとっ!?」
グローリが怒鳴りつける。ホープとグローリの言い合いを微笑ましい表情で見ていたクグツは、次の指示を言い出す。
「とりあえずここから出ようか」
「ですね。というか、ここはどこなんでしょう?」
「空き家じゃない? 誰もいなさそうだし」
暗闇でよく見えないが、今いる場所が外ではないことが全員理解していた。とりあえず歩いてみると、ルミナスが階段を見つけた。どうやらここは2階のようだった。
「出る場所調整できなかったんですかね?」
「ジン様が言っていたけど、少女を飛ばした場所と全く同じ場所にはゲートは開かないらしい。最高で10㎞は離れるらしいけど」
階段を降りると殺風景な暗闇が続いていた。目が慣れてくると周囲を観察し始める。
「クグツ様。こっから外に出るんじゃないすか?」
「見つけた?」
「はい。でもこれ押し引きじゃないっすね」
「シャッターか」
「俺に任せてください」
自信満々な声の後に、グローリは奇妙な壁を殴打した。無残な破壊音が鳴り響くと同時、眩い青い光が全員の視界を照らした。
「乱暴だよグローリ」
「いいじゃねえか。ほら、早く出ようぜ」
破壊されできた穴から1人ずつ外に出てくる。「おおー!」とホープが最初に感想を洩らす。
「なんか綺麗だね~。あ、月が出てる」
「こっちもまだ夜なんだ」
「く、空気が……透き通ってる気が……します」
「確かに。なんか清潔感あるね」
空に、建物に、地面に、各々が物珍しげに周囲を見回す。エレーナだけは興味を最低限に止め、クグツの隣に寄り添い冷静な対応をする。
「クグツ様。これからどうしましょうか」
「……」
「クグツ様?」
クグツからの返事がなく戸惑うエレーナ。顔を見てみると、ぼーっとしているような、心ここに在らずと言った感情が表れていた。
「何か、気になることがありますか?」
「……車」
「く、るま?」
エレーナが知らない単語だった。クグツは歩き出すと、目の前の一軒家の駐車場にある1台の白い軽自動車の前に立った。後に続いてホープとルミナスが付いてくる。
「これが気になるんですかクグツ様?」
「なんだろこれ? 金属の塊? 何に使うんだろ?」
「魔物かな?」
「こんなに近づいたら襲ってくるでしょ」
「わかんないよ〜。もしかしたらこの姿は仮の姿で、ガチャガチャって変形するかも」
「そんな魔物いないでしょ」
クグツは2人の会話に入らず、ただ猫を撫でるようにボンネットに触れている。
「お、なんか書いてある」
ホープは車のナンバープレートに反応を示した。
「数字に、ん? あれ? この字って……」
「どうしたの……って、あれ? これって。クグツ様が教えてくれた字に──」
「おい、誰だこんな時間に」
彼ら全員が声がする方向に振り向くと、自動車の所有者である家主の男が自宅から出てきた。格好は寝巻きで、不機嫌な様子が表情から誰が見てもわかる。クグツたちの会話にうなされて起床してきた、そんな所だと理解できる。
「騒ぐんじゃないよ。てかあんたら、ここらじゃ見ない顔」
「失礼」
クグツが礼を詫びた刹那、剣先が家主の男の首に刺さった。無からクグツの手の中に現れた紫色の刀身の洋刀。クグツはすぐさま引き抜いた。
男に外傷はなかった。血がボタボタと溢れることはなく、刺されたなんて跡は何一つ残っていなかった。洋刀に刺された男は不機嫌な表情が無へと消え去り、呆然と遠くを見つめていた。
「訊きたいことがあります。あなたが住んでる国は、何と言いますか?」
「日本です」
男は嫌がりもせずにさらりとクグツの質問に答える。それもそのはず。クグツの能力によって、男は彼の奴隷と化した。今、目玉を潰せとクグツが命じれば、男は疑念すら抱かず実行するだろう。
「家に帰り、僕たちを見たことを忘れて、今まで通りの生活に戻ってください」
「はい」
男は自分の家に帰っていく。視界から消えた後、エレーナが賞賛を贈る。
「流石ですクグツ様。即座に情報を手に入れる手捌き、お見事です」
「ああ……ありがとう」
「にほん、ですか。何か変な名前ですね」
「クグツ様クグツ様! 見てください! 何かこの文字、クグツ様が教えてくれたのに似てるんですよ! ええっと確か──」
「日本語でしたっけ?」




