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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第2章:二人目
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やること③



「返事こねえな」


3人の話し合いから3日後が経った。今俺は体操着に着替えて、体育館で男女混合のバスケットボールをしていた。男子は現在休憩中で、コートで女子たちが楽しく勤しんでいた。しかし俺は、この3日間あまり学校の授業に集中できていなかった。


「春喜ー! ちゃんと見てるー!?」


コート上から元気いっぱいの少女が、手を振りながら俺の名前を呼ぶ。制服から体操着に着替えても、その少女の魅力は変わらないどころか跳ね上がっていた。滴る汗水が彼女の笑顔をより輝かせている。コートに舞い降りた天使だとか、クラスの男子の誰かが言っていた。そんなアイドル的人気を誇っている桜楽であった。


「見てるよー」

「声援が足りなーい。もっとくれたら後5点は決めちゃうな―」

「もう10点1人で決めてんじゃん」

「さあ、天方桜楽の華麗なレイアップシュートをご覧あれ!」


俺にピースを見せてドリブルでコートを駆け抜けていく桜楽。一気に2人、3人を抜き去り、宣言通りの見事なレイアップシュートで得点を決めた。相変わらず運動神経抜群だ。試合は終わってチームの他の女子とハイタッチを交わし、俺の元へ駆け寄ってきた。


「イェーイ」

「お疲れ」


俺の右手と桜楽の右手が大きな音を鳴らす。俺たちのハイタッチに、周りの男子が羨みと妬みのダブルパンチの視線をぶつけてくる。この光景も中学の頃に見飽きた。尚、俺と桜楽がぶちのめしたグループの奴らは、舌打ちをするだけで特に何もしなかった。


あれ以来、前は睨んでいたのに、こっちが視線を向けるだけでビビっているのか、全く近寄らなくなった。効果覿面で何より。


「いやーやっぱたまに体動かすのは気分がいいねえ」

「俺は日曜で1ヶ月分くらい動いたから十分だ」

「熱い声援だけでもくれませんか?」

「周りがやってくれる」

「春喜のがほしぃー。でもまあ、春喜はあまり授業に集中できてないからなー」


桜楽も気づいていた。俺の様子はわかりやすかっただろうか。


「もしかして、グウェンさんがお家からいなくなって寂しくなってる?」

「子どもか」


「冗談だって」と桜楽は薄く笑う。グウェンは俺の家にはもういない。月曜の話し合いの後に俺が二度寝してる間に、グウェンと桜楽は2人だけで色々話したらしい。その中で決めたことが、グウェンを桜楽の部屋で住まわせることだった。理由は単純で、仮にも健全な(人を一瞬で消し炭にできる術を有している少女を健全と呼ぶかはわからないが)自分たちとそう歳が変わらない美少女を、健全な男子高校生が近くにいる家に置いておくわけにはいかないとのことだった。


グウェンは桜楽の家の空いている部屋に匿ってるらしい。


「ていうか、春喜おかしいよね。あんな銀髪美少女がすぐ近くにこの2、3週間いたのに、手は出さないどころか緊張すら見えない。もしかして春喜性欲ない?」

「あるわ。手なんて出せるわけないだろ」

「そりゃねー。出してたら私が再起不能にさせてたかも」

「怖っ。緊張なんて今更しない。桜楽で慣れた」

「おいおい、私は春喜が彼女作るための布石だったのか~?」

「んなわけないだろ。あんまりくっつくな」


桜楽はいつも通りだった。現実離れした光景を見て、現実離れした話を聞いても所作1つ変わっていない。むしろ以前よりテンションが上がっているようにさえ思えた。


「それで、グウェンは何か言ってた?」

「ああ、ね。アベンジャーズ面白かったって」


200度くらい曲がった言葉が出てきた。


「え、何それ? MCUそこまで見たの?」

「新幹線が駆け抜けるようにズバッと。視聴してる時、ハルクは誰だってずっと疑問に思っててすごく面白かった」

「ああ、エドワード・ノートンね」


インクレディブルハルクとアベンジャーズに出てくるハルクは俳優が違う。俺も当時観た後に、ハルク役がマーク・ラファロに代わっていることに気づいた。


「異世界の人でも映画って楽しめるんだね。やっぱり万人エンタメ映画は次元を超えて万人だってことが証明された。ドクターストレンジみたらどんな反応するか楽しみ」

「推しキャラも早くに決まるかも……て、グウェンが観た映画の話はいいの!」

「あ、違う? 魔術の話?」

「そっちだそっち」

「今週中には来るんじゃない?」


なんで疑問形なんだよ。


「不的確だな。一緒にいるんだろ」

「部屋は別だし、私が変に口出すことじゃないよ。グウェンさんは優しいから、余計に悩んでるでしょ」

「俺たち助けるくらいだからな……」


グウェンは自分の今後を考えるのであれば、あの時、俺たちを助けに来るべきじゃなかった。身を潜めて自身の回復に専念して、俺たちを見殺しにすることが最適解だった。


所詮少し知り合った程度の関係。それも自分の世界でもない世界の他人。見捨てて自分が助かる道を選べたはずなのに、グウェンは命を賭けて俺たちを助けに来てくれた。あの時のグウェンは間違いなく、俺が憧れた映画の中のヒーローだった。


そんな勇猛で優しい少女を、俺は助けたい。でも優しいが故に、グウェンは俺の提案を拒んでいる。助けられた鶴が布を織るためには、家に入らせてもらわないと何も始まれない。


「せめて自分が万全になるまで、頼ってくれればいいんだけど……」

「ふーん」

「何その意味ありげなふーんは?」

「私には頼ってくれないのかなーって」

「……それ俺かよ」


グウェンの話してたんだけど。家で言った魔術の教えを請うのに、桜楽が入ってないことを根に持っているのか。


「魔力は渡さないぞ」

「なんでさー。ヒーローに相棒は不可欠じゃん」

「ロビンにでもなる気か。1人でやれるまでは1人でやる」

「強情だなー。私がそんなに大切なのか~? なーんて」

「そうだよ」


魔術の恐さを少しは理解したつもりだ。人が死ななかったのは奇跡だけど、下手をすればこの世界から死者が出ていたかもしれないし、もしかしたらその死者の中に、グウェン本人がいたかもしれない。魔術は自分も他人も傷つけてしまう。グウェンが思う恐さの理解にはまだ遠いかもしれないけど、傷つく人が1人でも減ることを願うのは同じなはずだと思う。それが近くにいる親しい人間なら尚更に。


「もしかしたらこんな事態になるかもって思ってたから、桜楽には何も話さなかった。あるだろ、主人公が正体明かしたら、続編に出てくる敵がヒロイン人質に取るやつ。弱みを握られるパターン。俺はんなの御免だ。傷つくのは俺1人で十分──」


前を向いて喋ってたから、横にいる桜楽の顔を見ていなかったが、顔が異様に火照っていた。バスケで体が熱を持ってしまったからだろうか?


「へ、へえ……そ、そうなんだ」

「なんか顔赤くない?」

「動いたせいです!」


腕で額に付いた汗を拭う。


「そうだよって…………ふへへへへへ」


気持ち悪い笑い声が腕の中から聞こえる。体育館の喧騒のおかげで、その声は俺にしか聞こえていなかった。


【片方幸せ満開な所申し訳ない】


突如、誰かに話しかけられた。体育の先生から注意を受けたのかと思ったが、どうやらそういうわけではなかった。そしてこの奇妙な感覚は見覚えがあった。


「グウェンか?」

【反応しなくていい。周りが不審がる】


やっぱりグウェンだった。これは出会った当初の時に使っていた念話か。久しぶりだけど未だに慣れないな。


「おーすごい。頭に直接響いてくる感じ」


桜楽が横で感心に耽っている。こっちにも念話を使っているみたいだ。


「今どこいるんだ?」


周りに怪しまれないように口元を隠して喋る。


【学校の外。今は授業中みたいだったから】

「何か問題があったか?」

【いや、問題はない。強いて言えば、サクラの部屋にあったメタルマン、という映画はMCUの今後のために観た方が良いのかと】

「「観なくていいマジで」」


俺と桜楽の声がハモった。


【な、なんでそんな強気なの?】

「その存在は忘れてくれて構わない」

【なんかアイアンマンに似てるけど】

「それはただの無関係なクソ映画だ」

【くそ映画?】

「おい、お前あれ観させようとしたのか?」

「違うよ。グウェンさんが勝手に私の部屋にあったパッケージ見ただけでしょ」


あれ観るくらいなら90分ランニングした方が有意義な時間を過ごせる。ある意味楽しめる映画ではあるけど。


【まあいいや。ハルキ、お昼に話したいことがある】


話したいことと聞いて、俺は唾を呑みこんだ。


「わかった。空き教室で待ってる」

【了解】


グウェンの声は聞こえなくなった。今はまだ2時限目。昼までが待ち遠しくなってきた。


「案外早かったね」

「そうだな」


男子のバスケの試合を始めると体育の先生が声を上げて、俺は重い腰を上げた。



         ────



「私は、春喜に魔術を教えようと思う」


空き教室に入った瞬間、待ち構えていたグウェンにそう言われた。


「ド直球だね」

「俺まだ場所教えてないんだけど」

「ハルキの動きを気配察知(エアーセンス)で見つければ、自ずと辿り着く場所に先回りできる。人がいない教室はこの階でここくらいしかないし」


ほんっと魔術便利やわ。昼休みの時間帯になり、桜楽を連れて(勝手についてきた)グウェンと話をするために空き教室へと出向いて、今に至る。


俺が欲しかった言葉がすぐ様聞けた。


「今の言葉、俺の空耳じゃないよな?」

「魔術を教えるとはっきり言った」

「よし!」


思わずガッツポーズを決める。グウェンと口論にならなくて良かった。


「ありがとうグウェン」

「よく考えたの。考えて考えて……やっぱりいざという時のために必要だって思った。戦えなきゃ、私がハルキたちを助けた意味もなくなる。それに、ハルキは魔力を手に入れてまだ日が浅い。与えた時点で体に副作用もなかったから平気だと思うけど、魔術を覚えて魔力をより体に循環させて馴染ませる必要がある」

「そう言えば、ハルキは何ともないの? 魔力ってどんな感じ?」


桜楽が興味津々で尋ねてくる。


「普段通りに過ごしてる分には、特に何も感じない。あれからあのスーツも着てないし。でも体の中に何かがあるのはわかる。不思議と体も軽くなった気もする」

「私は魔力がない体の状態を知らないから、何とも言えない。別に不便はないはずだけど」

「へえー。やっぱり気になるなー」

「うらめしそうに見ても駄目だからな」

「ぶぅー」

「でも魔術を教える代わりに、1つ約束してほしいことがあるの」


神妙な面持ちで俺の眼を見つめるグウェン。「それは?」と聞き返す。


「死なないで」


短い3文字が、長い間の後に告げられた。


「あ、それだけね」

「それだけ!? 私が魂込めて言ったセリフがそれだけ!?」

「ごめんごめん! あれだよ、別に軽薄とかじゃなくて、約束って時点で、もっと要求される物だと思ってたから。例えば、敵がどこにいるかわからない以上危ないから、外出は夜8時までにしなさいとか」

「なんでそんな門限をハルキに付けるの」

「レイトショー観れなくなる」

「そこかよ」

「変な要求をするつまりはないわ。死なないことが1番大事。私に魔術の教えてくれた先生も言ってた。魔術に憧れを抱くのは良いけど、魔術に呑まれちゃ駄目。自分の身は自分で守れるようにならなきゃならない。昔はよく理解できなかったけど、多分あれは、私の身を案じて言ってくれたんだって、今ならわかる。魔術の恐さを先生は知ってたんだ」


魔術は人の命を救えて、人の命を奪える。表と裏の面があって、俺が魔術を学ぶ限りは、その真実を知ることは避けられないんだろう。だからこうして、前もってグウェンは俺に伝えている。


「私はできれば、ハルキには魔術の全部を知って欲しくはない。でも我が物にする以上、それは難しい」

「大丈夫だ。俺は絶対死なないし、魔術は素晴らしい物なんだってわかってる。気持ちは変わらないって、グウェンが教えてくれたからさ」



【ただ綺麗って思ってただけの私は無知で愚かだったけど、絶対にそれは間違いないって思うから】



透き通るような尊さが、あの言葉にはあった。信じてみようと思うのは自然だった。それに命を救ってくれた恩人の言葉なら、十分に信頼に足る物だった。


「だからグウェン。俺を信じてほしい」

「わかったよ。ハルキを信じる」

「いいねえ。修行編の始まりだ」

「準備前に敵が来なきゃいいんけど」

「相手がどんな手練れを送り込んでくるかわからない。次の土曜日から本格的に始めよう」

「よーし、じゃあ諸君手を出して!」


桜楽が右手を前に出した。意図を察して俺も意気揚々に右手を桜楽の手と重ねる。グウェンは状況をよくわかっていない様子だった。


「ほらグウェンも」

「え、うん」


グウェンも綺麗な白い手を俺の上に乗っけた。


「絶対成功させるぞー!」

「オッー!」

「オ、オッー!」


グウェンの宣誓がが遅れて聞こえた。


もう後には引けない。敵が来るまでの期間で俺自身を強化する。ゴキブリホイホイ作戦、否、処刑人狩り作戦を成功させるために。やり遂げるんだ、敵が来るまでに──



         ────



「ハルキ、悪い知らせよ。敵が来た」



作戦終了の鐘が、俺の中で鳴った。




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