ことづて②
ほんの少しの確認事項の後に幹部たちは解散した。ネイトはどこかへと去り、ジンは瞑想の続きをすると朽ちた教会に居残った。
「ふぅ……」
クグツはライムの街を離れ、直属配下6人を連れて既に使われなくなった山小屋に来ていた。もちろん人の気配はなく、頬を撫でる冷たい風だけが音を立てていた。
街から離れ山小屋に辿り着くまで、クグツを除く彼らは依然沈黙を貫いていた。
「もう喋っても大丈夫だよ」
クグツがそう告げると、オレンジ髪のポニーテールの少女が大きく息を吸い、吐き出した。
「怖かったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
あまりの声量のでかさに、クグツも含む全員が耳を指で塞いだ。
「うっさいホープ! クグツ様は大声を出せなんて一言も言ってない!」
隣にいたエメラルドグリーンのショートヘアーの少女が、ホープという少女を強気な口調で怒鳴り散らかす。「だってルミちゃん!」と泣きそうな目で縋り付く。
「やばいよあの人たち! 魔人なんて初めて見たけどちびりそうだったよ! でもやばかったのはもう1人の方のジン様! なんか褒められてた気がするけど全く喜ぶ気持ちになれなかったよ! あの時一言でも喋ったら首が飛ぶって本能が叫んでたよお!」
「気持ちはわかるけど少しは自制しろ。あの人に聞こえたらどうするの?」
「ここまで離れれば心配いらない。僕もホープの気持ちはわかるよ。僕も最初に会った時は、どうしていいかわからなかったからね」
「ですよねクグツ様。でも急に指差すのはやめてください! 心臓飛び出るかと思いましたよ!」
「ごめんごめん」
クグツが静かに宥める。
「俺もホープと同じく、生きた心地がしませんでした」
今度はホープの目の前にいる男が口を開く。雪のように真っ白な白髪が特徴的な少年だった。「ほらほらシャインも言ってる」とホープが隣にいるルミナスの肩を揺らす。
「クグツ様が俺たちに言った助言がなければ、俺たちは一体どうなっていたのか」
クグツは同じ残虐の撃剱であるジンとネイトの会話の中に入る前に、部下である全員に小さな声で「街を出るまでは一言も喋っては駄目だよ」と告げていた。
「あれは念の為だよ。ネイト様は、ジン様よりは肩を軽くして話せるんだ。下手な外道よりも常識がある。でもジン様は違う。きまぐれなんだ。静を乱す罰当たりには容赦しない。性別年齢問わず、赤ん坊だって時には斬る。僕はそれなりに顔を知り合わせてるからいいけど、シャインたち初対面は指の先一つの動作も気をつけなきゃいけない。下手な態度を取れば命が危うくなる」
「例えば咳払いとかはどうです?」
「体が三等分になるかな」
「うげぇ。やっぱ幹部様怖い」
「サ、サンも……」
おどおどした発言がひっそりと零れる。発言者は、顔の右半分を長い水色髪で隠した小さな少女だった。自身をサンと呼ぶ彼女は「幹部の皆さん……こ、怖かった……です」と続けた。
「そうだねサン。怖い思いをさせてしまってごめん。やっぱり少し早かったね」
「い、いえ……で、でも……クグツ様は、別ですよ。全然……怖くないです」
「ありがとうサン」
クグツの優しい手がサンの頭を撫でる。サンは頬を赤らめさせて微笑んだ。
「え、えへへ……」
「クグツ様クグツ様! 私も私もー!」
「わ、私も……」
「へ、お前ら子どもだな」
「はあ? 元はと言えばグローリ、あんたが言い出したんだからね。幹部様に顔を見せようなんて」
ルミナスが、目つきの悪い薄橙色のがさついた髪の少年に食いかかる。名前はグローリと言った。
「ここいらが良い頃合いだったろ。まずは俺たちを認知させる。それをしないと何も始まらないからな。ここから俺たち直属配下の有用性を示して、俺たちとクグツ様の地位をもっと上げるんだよ!」
「グローリは少し早とちりだよ。サンも怯えていたし」
「はっ! 泣く弱虫なんて知るか!」
「そんな……グローリーお兄ちゃん……酷い」
サンが瞳をうるうるさせる。その姿にグローリはぎょっとする。
「え、いや、あの」
「あー! グローリがサンを泣かせたー!」
「ばっ、な、泣かせてねえよ!」
「あーあ。グローリが心にもないこと言うから」
「うぅ……弱虫でごめんなさい」
「ち、違うって! わ、悪かった! 俺が悪かったから!」
グローリはサンに歩み寄って、どうにか泣き止ませようと試行錯誤する。慌てふためいている姿をルミナスとホープが笑っていて、シャインがやれやれとすくめる。
「お遊びはその辺にしておきなさい」
和やかな雰囲気に似つかわしくない冷たい声が響き渡る。声の主の方に全員が振り返る。黄みがかった長い金髪に思わず見惚れてしまう美しい少女。最早少女と呼ぶには大人びた雰囲気を醸し出しているが、年齢は他の者たちと大した差はなかった。
「いいんだよエレーナ」
クグツは柔らかな声色で少女の名前を呼ぶ。
「せっかくみんなで集まれたんだ。任務の話は後でも構わない」
「そうですか。すみません、出過ぎた真似を」
「気を遣ってくれてありがとう」
クグツの感謝にエレーナは目を逸らした。
「それにしても、消えた少女の始末なんて妙な任務ですね」
シャインが話題を変えると、皆が同意するように頷いた。
「クグツ様の仰っていた通り、たった1人の少女にそこまで手間をかけるなんて奇妙です。『魔帝』が飛ばされた世界から戻ってくるんでしょうか?」
「でもさー。戻ってきたとしても、個の戦力が魔王軍を滅ぼす決定打になるとは思えないんだけど。ましてや人間側の劣勢を覆すなんて夢のまた夢でしょ」
「シャインとホープの意見はわかるよ。でも結局、辿り着くのは何もわからないってことだけ。考えても仕方ない。ただ僕たちは任務をこなすだけだよ」
「あれ? ちょっと待ってくださいクグツ様。もしかして私たち全員で行くんですか?」
ホープの指摘に視線がクグツに集まる。クグツは特に動じず答える。
「うん。そのつもりだったけど」
「ホントですか!?」
「でも行く場所は未知な世界だ。どんな危険があるかわからない。不安があれば僕1人で────」
「やったああああああああああああ!!」
ホープが元気モリモリの歓声を叫ぶ。クグツ以外の全員も同じく喜ばしい笑みを浮かべていた。
「久しぶりにみんな一緒だ! わーいわーい!」
「はしゃぎ過ぎよ。でも嬉しいのは同意するわ」
「みんな一緒…………嬉しい」
「俺たちバラバラだったからね。何人かは一緒にいた時はあったけど、全員はなかったな」
「いいないいなー。みんなで旅行だー!」
「旅行じゃねえだろ。でもいいなそれ。俺がさっさと片付けて観光でもすっか」
「はあ? グローリがいたらかえって足を引っ張るでしょ」
「なんだとルミナスこの野郎っ!」
「いい加減にしなさい。私たちも同行するなら、クグツ様の補佐に徹しないと。足を引っ張るなんて言語道断よ」
エレーナの強い発言に「ありがとうエレーナ」とまた感謝を伝える。
「でも急ぐ必要はない。ネイト様は時間のことは一切仰っていなかった。つまり時間はかかっても結果さえ出せば問題ないという意味だ。多少余裕を持っても心配いらないよ」
「やったー! 自由時間だ!」
「それに僕も…………最近ちょっと疲れて。休暇を取りたかったから丁度いいよ」
倦怠が見えるクグツの微笑に、エレーナが心苦しい表情を作る。
「申し訳ありません。私の尽力が足らないばかりに、クグツの負担がでかくなってしまって……」
「サンも……もっと頑張ってれば……」
「いや、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。みんなは本当に頑張ってるよ」
口ではそう言っているが、クグツが多忙なのは事実だった。現状、人間対魔王軍の戦争は明らかに魔王軍側が有利に働いている。数も武力も遥かに勝ってはいるが、唯一遅れを取っているのは統制力だった。
魔物の大半が知性を持たない。集を退けるほどの圧倒的な力を持っていれば話は別だが、無闇に魔物が暴れて瓦解するほど人間は馬鹿ではない。知性を持つ上位の魔物でも、人語を話すことができる魔物は魔人のみ。魔物同士ならば意思疎通を取ることができるが、人の身であるクグツにそれは叶わない。
統制を取るにはコミュニケーションは、欠かすことのできない物だった。
しかしクグツが有する魔術は、魔物を使役し操ることができる。ネイトのような存在そのものが傑物と呼ぶに相応しい格を持っていれば、自然と魔物が付き従う例もあるが、クグツはそれを持っている技量で補っている。
だがそれでも限界はある。細かい指示は必要になり、指示もまともに聞けないほど知能が低い魔物もいる。魔王軍に寝返った人間を操ることもあるが、魔物よりも力量が劣る人間では使い物にはならない。より洗練された選別をクグツがしなければならない。能力は彼しか持ち得ないギフトなのだから。
「今回はみんな一緒にいてくれて、心強いよ」
人の身であるクグツは疲労に抗えない。幹部の立場になってからはより顕著になっている。それを主に支えているのが彼ら直属配下。彼らに共通する1つは、クグツの有益となることが最上の誉れであること。彼からの労いの言葉は、心躍る光栄の極みなのだ。
「おお……おおっ! よっしゃあ! 俺が1番乗りにその消えた少女って奴をぶっ殺してやるかあ!」
「あんたじゃ無理よ。この中で1番新参者なんだから。私がちょちょいとやってみせるわ、クグツ様」
「ルミちゃーん。今回ばかりは譲れないなー。クグツ様の恩恵を授かるのはこの私!」
「サ、サンも……い、一生懸命……頑張ります」
「俺も今回は気張らせてもらうよ」
「戯言はそれまでになさい。全て私が片付ける」
クグツ以外の全員が喧々囂々と騒ぎ立てる。沈黙時とはえらい違いだった。
「みんな……一緒で……」
小さく洩れたクグツの声は、騒音の中に消えていった。




