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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第2章:二人目
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ことづて①



リラという平和国が、40年前まで存在していた。


特段目立った観光地、農産物、海産物、産業などはなかったが、各都市の落ち着いた雰囲気が魅力と言われ、争いもなく、いつしか平和国と呼ばれるようになった。


しかし、リラは現在存在しない。ある日、南部にある港町に降り立った一匹の翼竜ドラゴンが、リラの国の終焉の啓示だった。


成す術がなかったと言う他ない。蹂躙と言葉で表現するには、あまりにも凄惨過ぎた。まるで人間側は歯が立たず、何千何万人もの人間が翼竜に焼かれ、踏み潰された。やがて都市も村も破壊尽くされ、国王は死に、リラは滅亡した。


繁栄の幻影は時と共に消え失せ、焦土と荒地だけが残った。


「……」


リラの山岳地帯に位置する街ライム。滅ぼされた後に人々の喧騒があるはずもなく、街は虫の気配すらなかった。その中央に位置する朽ち果てた教会の中に、1人の男が教会椅子に座っていた。


天から血を被ったかのように真っ赤な司祭服を身に纏った上品そうな男だった。麗しい美貌は女と見間違えそうなほどに天恵。目を閉じ、今にも落ちてきそうな天井を仰いでいる。その麗しい表情には小さな笑みがあった。邪念は微塵も感じない。ただ今感じている時を、雰囲気を、彼は楽しんでいた。



男は静寂を愛していた。



「ああ、いた」



だから一切の介入を許しはしない。男は既に座っていなかった。右手に木こりに使うような斧を携え、異様に真っ赤に染まっている刃を静謐空間に侵入してきた愚か者に振るう。


「だから」


血飛沫が宙を舞うことはなかった。目にも止まらぬ斧の一閃を、教会に入ってきた愚者はたった2本の指で受け止めたのだ。


「出会い頭にいつも斬りかかるなよ、ジン」

「……なーんだ、ネイトさんか。お久しぶりです」


司祭服の男──ジンは穏やかな笑みを返した。その表情は、さっきまで斧を微塵も躊躇なく振るっていた人物の物とは思えなかった。


「でも今のはネイトさんが悪いですよ。私は前にお伝えしたはずです。静寂に侵す者は死あるべしと」

「じゃあ俺はいつ話しかければ良かったんだ?」

「私が満足するまでです」

「待てるか」

「それにネイトさんは、私の斬撃の一つや二つで死にはしないでしょ? 魔人(・・)なんですから」


ジンが笑みを寄せる人物は、人ではなかった。禍々しいという表現が1番適している紫色の肌。つまらなそうなジト目をしているが、常人が目線を合わせるだけで、大体は恐れ慄き泡を吹く。背格好は人間のそれと酷似しているが、それ以外は人間とは全くの別物。人間の上位的存在──魔人。ネイトはそれに分類される魔物だった。


魔物は通常知性は持たず、一部の知性の働く魔物でも、人間には理解できない独自の言語を通じて互いに意思疎通を取り合う。しかし魔人は人語を話すことができ、今こうしてジンと言葉を交わすことができているのは、魔人であるが故の産物である。


「俺じゃなくて俺以外の奴が死ぬかもしれないんだ。お前の理不尽で死なれる身にもなってみろ」

「以後善処します」

「どうだか……その斧、前には持ってなかったな」

「あ、気づきました? 新しく手に入れたんですよ。鬼殺(おにごろし)という名前です。生き血を刃が啜ることで斬撃の威力が増す。シンプルで扱いやすい」

「それで『剣聖』を斬ったのか?」

「ええ、まあ」

「僕は斬らないでくださいね」


教会の壊れた出入口から複数の足音が鳴り響く。入ってきたのは7人の人間だった。先頭にいる肩まで伸びている黒髪の少年が、他の6人に小さな声で何かを伝えた。


「おお、クグツさん。貴方もお久しぶりです」

「はい。お久しぶりです」


クグツと呼ばれた少年が、他の6人を置いてジンとネイトの元に歩み寄る。


「ネイト様もご無沙汰しています。おニ人とも息災……かどうかは、訊くまでもありませんね」

「それはお前もだろ」

「そちらもお元気そうで何よりです。ところで、後ろの方々は? 初めて見られますね」


教会の出入り口付近に鎮座している6人に、ジンは興味を示した。クグツと一緒に教会内に入って来た彼らだが、今は口を閉じて沈黙を貫いていた。


「お会いするのは初めてですね。彼らは僕の直属配下(サーバント)です。各地に散らばっていたんですけど、丁度それぞれの仕事が終わり皆で集まり、今日こうして一緒に来たんです」

奴隷(スレイヴ)じゃない奴らか」

「はい。もし邪魔になるようでしたら、教会の外で待機させますが……」

「別にいいよ。どっちでも」

「いいですねークグツさん。皆さん実に素晴らしい」


ジンが何かを見定めるように6人を観察する。そのうちの1人、顔の右半分を長い前髪で覆い隠している水色髪の少女が肩を震わせる。その仕草は怯えている動作だった。


「ジン様。その辺にしてあげてください」


クグツがジンの前に乗り出す。


「彼らは慣れていません。お二人の存在を自覚しているからこそ、今は緊張で余裕がないんです。あまり怖がらせないでください」

「おっと、これは失礼。怖がらせるつもりはなかったんです。皆さんが落ち着いていて素晴らしくて。クグツさんが羨ましいです」

「お前は静か否かしか見てないだろ」

「大事ですよ。場をわきまえ冷静でいることは何より重要だと考えます。それに比べて私のあれ(・・)は廃棄物と呼べる部下でした。まあ部下とも思ってなかったんですけど」

「その廃棄物に用があって、俺たち幹部(・・)が集まったんだよ」


ジン、ネイト、クグツ。彼らにはセカンドネームがそれぞれ付けられていた。


『剣生』のジン。『制殺』のネイト。『人形遣い』のクグツ。


魔王軍の中核を為す柱たち。彼らは魔王軍幹部──残虐の撃剱(ソードオブギャング)に席を置いている怪物たちだった。


「もう始めるんですか? もう少し静寂を堪能したかったのですが」

「終わったらいくらでもやれよ」

「あれ、他の皆さんはいらっしゃらないのですか?」

「来ないだろ」

「ネイトさんに同感です。あの人たちは協調性ないですから、ああ、人じゃない(・・・・・)か。でもノスタルジーさんもいないんですね」

「あいつは今別件。とにかくまず、ちゃんとした話を聞きたいんだが……死んだって話」

「ちゃんと、と言われましても、それだけですよ」


ジンは手に持っていた斧を消して話を始めた。


「私はネイトさんから、魔王様からのことづて(・・・・)を受け取りました。私が世界から消した少女を完全に排除しろ、と。一体どういう意図があるのかさっぱりでしたが、私は従順に従いました。丁度良い駒がいたんですよ。魔王軍に寝返った人間。謀反奴(リベリオン)でしたっけ? その1人が私の加護を受けたくてしつこく付き纏っていたんです。その人、喋り方も挙動も気持ち悪くて、何より存在価値を示したいのか自分の有用性についてしつこく語りだして。身を捧げるだの幹部になりたいだの、もううるさくてうるさくて、斬ってしまおうと思ってました。でも腕は立つので放置していたんです。いやー運が良かった。おかげで達成と排斥が同時にできると胸が躍ったんですけど、うまくいかないものですね」


宝くじが外れたみたいな感覚で残念がるジン。クグツが質問を促すように右手を挙げた。


「すいません。世界から消した少女というのは?」

「知らないのも無理はありません。私とネイトさんだけの共有事項なので。ここ最近、『魔帝』と呼ばれる少女の出現に関してはご存じですか?」

「確か、2年前くらいからでしたっけ? ハルセ高原付近に配置された僕の奴隷(スレイヴ)の軍団が一掃された時がありました。それがたった1人の少女がやってのけた。直接はまだ見たことがありません」

「その少女がそれなんです。私が1ヶ月ほど前に、対面する機会がありまして。戦闘になりその途中で、私の魔装具(これ)に呑まれまして」


ジンは自身の空の両手に漆黒の双剣を出現させた。ひどく錆び付いていて、とてもじゃないが剣としての役割を果たしているとは思えなかった。


干渉(かんしょう莫邪(ばくや)。見ての通り切れ味は無に等しいですが、この双剣が切り裂くのは物体ではありません。空間です」

「空間?」

「空間に穴をこじ開け、無限に広がる多次元に干渉するゲート発生させる。それがこの双剣の有する能力。間違いなく魔古遺物(レリック)に相当する重宝ですよ」

「えっと……つまり、その剣で別世界の扉を開けられるということですか?」

「ビンゴです」


ジンは嬉しそうに微笑むが、クグツは半信半疑の様子だった。


「すみません、あまり呑み込めていないのですが……別の場所に移動するということでは……?」

「違います。単なる転移の魔術の系統とは異なり、次元を通り抜けるものです。あれです、多元宇宙という理論です。私たちが住んでいる世界とは別、そのまた別の世界が無限に広がっている。いやいや、私も疑っていました。ですが今現在、私と対峙した『魔帝』の少女は、世界のどこを探しても見つけることはできません。私がこの目で、深淵しかない黒い穴に呑みこまれるのを確認しましたから」

「そうなんですか……その双剣をここで使うことはできますか?」


クグツは、ジンが持つ双剣の持つ能力が如何様な物なのかを実際に確かめたかった。


「できますが、やめた方が良いです。これ後2回しか使えませんので」

「え?」

「私が手に入れた時点で4回が限度でした。少女を飛ばして1回、少女を殺すためにあの変質者を送り付けて1回。残りは慎重に扱わなければなりません」

「あれ……ちょっと待ってください。少女を始末させるために、ジン様の部下を送ったんですよね? その部下がこちらの世界に帰って来るには、その双剣が必要なんじゃないですか?」

「はい。帰らせるつもりは鼻からありませんでした」

「え?」

「先ほど達成と排斥と申したでしょう? 命令をこなせて厄介者も排除できて、一石二鳥だと思ったんです」

「そのことを部下の人は?」

「もちろんノーです。達成できれば幹部にしてやると唆せば、特に疑わずに信じてくれました。相手にするのは心底不快でしたけど、頭の悪さには感謝してます」


ジンは屈託のない笑みを溢す。大掃除を終えた後のスッキリしたような表情だった。ジンの言葉の後に「それで」とネイトが付け加えた。


「やっと話を勧められるが、死んだのは本当なんだな?」

「はい。と言っても、トドメを指したのは私ですが」

「なんでそんなことした?」


ジンの言葉にネイトが不満を含んだ言葉を返す。


「別世界に駒を送り込む前に、ちょっとその方に仕掛け(・・・)をしまして。別に言う通りに仕事をこなしてくれたら何もする気はありませんでした。ですがその仕掛けを通して状態を観察していると、何やら瀕死に近い状況に追い込まれているようでした。つまり任務失敗です。死んで情報を吐かれても不利益でしたので、仕掛けを発動して殺しました」

「てことは……世界から消えた少女がやったと?」

「今の所、それ以外に考えられる線はありません」


ネイトがジンの双剣を取り上げながら話を続ける。


「どうなってる。お前言ってたよな。きっとやれるって」

「それ落とさないでくださいね。仕方ないじゃないですか。まさかこんなことになるなんて私も想定外です。まさか弱っていた少女すら倒せないとは……」

「弱っていた?」

「私が別世界に飛ばす前に一悶着あって、彼女の脳に傷をつけたんです。外見じゃ判断がつきにくいですが、確実に脳にダメージを負っています。いくら手練れの魔術師(ソーサラー)と言えど、脳を傷つけられては本来の力を発揮できません。そんな彼女になら、あの無駄に気持ち悪いが腕の立つ子馬でもやれると、思っていたんですけど……」

「お前の考えが浅かったって話だろ」


ネイトが呆れのため息を洩らすと、ジンが抗弁した。


「ですが納得いかないです。あの少女が万全の状態だったならまだわかります。私でさえ追い詰められてしまった。しかし負傷した彼女を倒せるなんて……多少の魔力回復ができたとしても雀の涙程度のはず。何かおかしいと思うんです」

「協力者がいたとか?」

「どうなんでしょう?」

「細かいことはいい。問題なのはその女がまだ生きてるってことだ。まだ魔王様からのことづては生きてる。だからこうしてここに集まってもらった」

「んん……あ! そういうことですか!」


ジンは合点が言ったように掌を拳で打った。


「任務の引き継ぎを、我々幹部の誰かにやってもらおう。そういうことですね?」

「そうだ。仮にその女が万全の状態なら、半端な奴らじゃできないだろ」

「そうですねぇ、彼女は小英雄に匹敵する実力の持ち主です。末端やそこら辺にいる野良の魔物では戦いにすらなりませんね」

「僕たちが……あの、1ついいですか? そもそもなぜその少女を執拗に追うんてすか? もう僕たちの脅威になるとは思えないんですが?」


ジンが「そうなんですクグツさん!」と待ってましたと言わんばかりに声を上げた。


「ネイトさんに同じ質問をしたんです私。ずーっと疑問に思ってました。でもネイトさんは答えてくれませんでした」

「だから言ったろ。俺も言われただけでよく知らない」

「ネイトさんだけなんですよ。魔王様からことづてを預かれるの。本当に何も知らないんですか?」

危険分子(・・・・)だから排除しろって」

「またそれですか。ふわふわしてますねぇ。ま、わからないなら仕方ありません。やれと言われたならやりますよ」


「同じく」とクグツも同意見を示す。それ以上ネイトに問いただすことはなかった。


「じゃあ私が行きますよ。いくら不快だとはいえ、手下の尻拭いは上司の務め。ここで名誉挽回といきましょう」

「待ってください。ジン様は今お忙しいん時期じゃありませんか?」

「まあそうですが」

「なら僕が行きますよ。僕は今目立った仕事はありません。ネイトさんは司令塔だ。ここを離れるわけにはいかない。他の幹部の皆さんの意見がない以上、僕が行くのが適任かと思います」

「俺はどっちでも構わねえけど、大丈夫なのか?」

「僕がいない間でも、奴隷(スレイヴ)操作(コントロール)の指揮権は継続されるはずです。もし足りないようなら補充します。それに少女を殺すと言っても一筋縄ではいかないでしょう。どこかに潜伏していたり身を隠している可能性がある。諜報や密偵、潜入なら僕と彼らの得意分野です」


クグツが自身を指差した後、教会入り口に立っている直属配下(サーバント)6人を指差す。その時ポニーテールの少女がびくっと肩を揺らした。


「なるほど。一理ありますね」

「じゃあそれで行くか。頼んだクグツ」

「はい。承りました」

「面倒ごとを押し付けているようで心苦しいです」

「お前が出会った時に殺してくれれば、手間かけずに済んだんだけどな」

「だから強かったんですって。私だって死にたくはありません」

「お前が本気出してたか疑わしい」

「信頼されてませんねー」



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