怖い
第2章です。
私は幸せだと、胸を張ってそう言える。
だって春喜がいるからね。今日だって春喜と映画デートだった。ちゃんと1時間前には待ち合わせ場所に着いた。これまで遅刻なんて1回もしてない。うん、完璧だ。早く着くのには春喜の好みに合わせるっていう理由があるけど、実はもう1つある。
中学2年の冬だったかな? 今日みたいに映画を観ようと約束して、私は早く着いてウキウキの状態で春喜を待っていたら、大学生くらいの男グループに声をかけられた。顔を見てすぐにいつもの奴らだとわかった。実際そうだったし。
しつこく誘って来たからめんどくさかったな。周りに人もいるし目立ったことはしたくなかったから無視をし続けた。そしたら胸ぐらを掴まれた。引き下がるかと思ったけど中々強情だった。しょうがないから1発殴ろうかと思った時に、男の腕を来てくれた春喜が払いのけた。
そしたら春喜が「俺の彼女なんで」と言って私の手を取った。いやーあれはやばかった。顔から好きが溢れ出そうになるくらいかっこよすぎた。隠すのに苦労したよ。その後春喜はめっちゃ恥ずかしがってたけど、その顔はめっちゃ可愛かった。
それから待ち合わせには必ず春喜よりも早く来るようになった。あの時の春喜がもう1度見れるかなーって、淡いお花畑みたいな願望を私は抱いている。子どもみたいだ。でもいいよね、高校生なんだし。
服も春喜に褒めてもらった。もうちょっと言葉が欲しかったけど、別に今日だけじゃないし。ホラー映画を選んだのは少し申し訳なかったけど、観たい映画は春喜と一緒に観たかったから。
下着見られて恥ずかしくなったり、いつもの映画感想会が楽しかったり、どれもこれも全部記憶に永久保存するべき物だったけど、あれは逆に衝撃過ぎて記憶から飛んでしまいそうになる。
まるで映画みたいだった。変な奴が現れたと思ったらドカーンて音がして、建物がぐちゃぐちゃになって、春喜と一緒に逃げてたら変な奴に追いつかれて、話をしてたと思ったら春喜が吹き飛ばされた。
理解が及ばないのを他所に怒りが込み上げた。今度こそ1発拳か蹴りをお見舞いしてやろうと決意したけど、私は何もできなかった。春喜は私の心配をしてくれてたけど、私は早く逃げて欲しかった。わかってた。春喜は優しいから逃げてくれない。
自分に対する焦燥と不甲斐なさでいっぱいになってると、エマワトソンみたいな銀髪美少女が空から降り立った。もう頭がぱっぱらぱっぴーの思考放棄状態に陥りそうだったが、とりあえず助けてくれたことは感謝だった。お姫様抱っこの初体験を取られてしまったことは不服だったけど。
どうやら銀髪少女はあの変態に追われているらしかった。それに春喜が巻き込まれたとかなんとか。何にせよ私たちでは勝てそうになかったが、少女は手から真っ赤な炎を出して牽制して、逃げろと言ってくれた。
なんかすごく暗い表情をしてたけど、私には何もできない。それにあの時は春喜とすぐにでも逃げたかった。でも途中まで一緒に荒れた建物内を走ってたら、春喜は険しい表情になって足を止めた。
「春喜?」
「ごめん桜楽……俺行かなきゃ」
「え?」
「先逃げててくれ!」
手を引っ張ってくれた春喜は、振り返って背を向けて走って行った。助けに行ったんだとすぐにわかった。春喜はずっと私の手を握ってくれて、ずっと私を守ってくれてたけど、この時は私じゃなくてあの子のことを考えてた。
他人じゃないのは会話の進行からわかってたし、本人もそう言ってた。色々と問い詰めたかったけど、そんな場合じゃなかったし。でも親しい間柄じゃないと助けになんていかない。私だってそう。
割と喋る女子友達と春喜が川に溺れてたら、私は迷わず春喜を助ける。あれだ、スパイダーマンだったらMJと市民を器用に同時に助けられるけど、私はスーパーパワーを持ってないから。春喜がいない世界に楽しみなんてない。
私は春喜の隣を離れないし、たとえ春喜が私を嫌いになっても、私が春喜を嫌いになることはない。それは絶対なんだけど……春喜が手を離した時は、ちょっとだけ悲しくなって、すごくすごく怖くなった。
だって春喜は死ぬかもしれなかった。あの少女が戦おうとしていた相手はやばい。喧嘩が強いとか、運動神経が抜群とか、そういう次元のレベルじゃ話にならない。少なくとも地球の人間が丸腰で挑んで勝てないことくらいはわかる。それでも春喜は行ってしまった。
春喜は逃げろって言ったけど、その願いは聞けなかった。引き返そうと決めた時には春喜の背中は見えなかったけど、私は全力で走り出した。
戻ってる最中は、ただただ失う怖さに怯えていた。まだ春喜とやりたいことがたくさんあるんだ。一緒に観たい映画も何本もある。クレーンゲームは春喜と一緒にやるから楽しいんだ。まだ返事も聞けてない。
この時初めて、春喜の心中に触れることができた気がした。
「こんな……感じだったのかな」
失いそうになる恐怖と生きていて欲しい希望が入り混じって、ぐちゃぐちゃな感情が心の中で渦を巻いている。でも均等かと言われればそうじゃなくて、怖いという黒色が白色の希望を覆い尽くそうとしている。
痛くないのに頭痛がする。これが春喜の感じていた痛み……いや違う。春喜の痛みはこんな物じゃない。もっと残酷で、悲痛で、苛虐で、恐ろしい物だ。だって春喜は────
「あっ」
「おっ」
さて現在、私は不審者に出会っていた。不審者と称するのは顔が見えないからだ。よく見れば顔だけでなく全身がスーツで覆われていた。誰だと口に出しそうになるが、目の前にいる不審者は少女を背負っていることに気づいて、その少女が私と春喜を助けてくれた子だった。
「え、ど、どゆこと?」
「桜楽! 逃げろって言ったろ!」
「その声……もしかして春喜!?」
少し声が籠ってるけど、春喜の声を何千回と聞いてきた私の耳は誤魔化せない。紛れもなく春喜の声だった。
「は、はい? えあ、ど、どゆ、どゆえっ、何?」
「桜楽のそんな動揺してるの初めて見たな」
「な、なんでデアデビルみたいな格好してるの?」
「そんな見た目俺?」
「え、あの変態は……?」
「ハルキ今は…………」
「あー悪いけど、今喋ってる時間ないわ。桜楽行くぞ」
「へ?」
春喜が私を抱いた。
「ちょ、ちょっと!」
「スーパーマン気分をしばしご堪能」
春喜は女子2人を抱えて猛スピードで駆け出した。あーわけがわからない。どういう状況? でもさっきまで感じていた不安と痛みは消えた。そして呆然とするしかない心の中で、私は春喜に抱かれながら思った。
やっぱり今日の出来事は、一生記憶に残り続けるだろう。




