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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第1章:一人目
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黒い穴



話しは少し脱線する。


太陽系第三惑星『地球』が存在する宇宙ではないどこかの宇宙、すなわち異世界での話だ。


その世界の住人の一人に、グウェンという名前の少女がいた。彼女の素性を第三者が知れば、恐らく出てくる第一声は「かわいそう」である。


彼女の父親は国の国王であった。ならば母親は国の王妃だと思うかもしれないが、残念ながら現実は異なる。母親は王宮で働いていた料理人だった。


国王と肉体の関係を持ち生まれてしまった、いわゆる妾の子と言う立場だった。身籠った事実が王妃の耳に入ると彼女は激怒した。


その卑猥な体を使って王を誑かしたなどと暴言を吐いた後、大した金も渡さず王宮から追放した。


頼れる人もおらず貧民街スラムで暮らすことを余儀なくされた。産声を上げるその前から、グウェンの人生は転落していた────わけでもなかった。


「かわいそう」とは所詮客観的な物。グウェンは絶望に下落してなどいなかった。その要因は母親が一番関係している。


「お母さん」

「ん? どうしたの?」

「私、お母さんのこと大好きだよ」

「え? 何、どうしたの急に?」

「言ってみたかっただけ」

「何もぉ、ふふふ。私も大好きよ」


好きと言えば好きと返してくれる母親のことが大好きだった。母親は暴力なんて一切振るわず、怒鳴ることだって一度もしなかった。悲惨な境遇に涙の一つも流さず、むしろこんな暮らしをさせてごめんねと時々謝ってきた。


謝罪を口にする母親をあまり見たくなかったので、グウェンは精一杯の愛情を伝えた。グウェンにとって父親とか追放とかどうでも良かったのだ。自分の側にいる母親こそが全て。王宮で培ったノウハウを使って、はたまた誰でもできる雑用仕事を何個も受け持って、自分のために汗水垂らしてお金を稼いで育ててくれている。


辛い時もあるはずなのにグウェンの前ではいつも笑顔。そんな母親のために何かしてあげたかった。


「あれは……」


ふと目に留まった。母親と一緒に街の教会が奉仕活動の一環で行っている食料配給の列に並んでいた時、街道の隅で一人の男が掌から火を出していた。温まるために孤児で飢えている子どもたちが男の周りに寄って来た。男は何もない空中から水を生み出す芸当もして見せた。


男は魔術師(ソーサラー)だった。


少女がいる世界には魔術があった。魔術を扱える人物を魔術師と呼んでいた。


グウェンは初めて魔術を目にした。神秘な力に目を奪われ、同時にこれだと確信した。


「お、お母さん」

「何? どうしたの?」

「わ、私ね…………魔術を習いたい」


あの綺麗な火を自分も出してみたい好奇心もあったが、それ以上に魔術を学べば母親に楽をさせてあげられると思った。魔術を使う分野は幅広く、魔術師は希少な存在。歳を重ねて大きくなって魔術が扱えれば、お金が沢山もらえると踏んだのだ。


「ど、どうかな……?」


言ってはみたが、正直駄目と言われるかと予想していた。なにせ自分たちは貧乏だ。その日に食べる食料の確保だって難しい時があるのに、魔術を学ぶなんてどうかしている。学びに費やすお金を家の改築代に使った方がマシだと自分でもわかっていた。


だから当たって砕けろの気持ちだった。もし駄目なら別の方法を考えようと思っていたが、


「本当に!? わかったわ! お母さん、頑張ってみるね!」


満面の笑みでオーケーを出してくれた。後から聞いた話だが、母はグウェンがやりたいことを言葉にしてくれて、とても嬉しかったと言う。


これまでグウェンは、食べたい物も買いたい物も何も言ってこなかった。環境に遠慮をして、グウェンを縛り付けていたことを悔やんでいたと、母は泣きながら言ってくれた。


王宮からなんとか持ち出せた高価な物を全て売り払い、母親は家庭教師の魔術師を雇ってくれた。魔術を教わることができてグウェンはもちろん嬉しかった。その姿を見て母親はもっと嬉しくなった。


魔術は二人を救ってくれた。決して裕福になったわけじゃなかったが、前よりも生き生きとなって、これからの未来に希望を持てるようになった。



しかしその希望は、風前の灯火でしかないことを知ることになる。



「だ、誰ですか?」


魔術を学ぶようになって四年が過ぎた頃、突然一人の男が家に押し掛けてきた。男は王の使者と告げた。既に記憶から薄れつつあった懐かしき王の姿が、母親の頭に蘇って来た。


なんでも王妃が、定期的に使者を遣わせて自分たちの様子を随時報告するように言っていたらしい。自分たちの貧相な暮らしぶりを聞いて笑っているのだと思った。ただそれだけなら、わざわざ使者を直接会いにこさせる意味はない。一体何事かと身構えていたら、目を疑う話を聞かされた。


「貴方の娘様を、国境付近で劣勢状態の魔王軍との戦場に送り出せとのことです」


二人は言葉が理解できなかった。


この世界には魔王という存在がいる。全ての魔物を統率する首領でありながら、その正体を誰も知らない。約百年もの間、魔王軍と人類の戦いは続いている。その一軍隊が自国の王領までの進路を進行していて、王国の騎士団や魔法師団、街から徴兵を行い兵士を総動員しているらしいが、魔王軍の勢いが凄まじく劣勢状態にあると言う。


そこでグウェンの力を借りたいと言うわけである。ここまでの話でなぜそうなるのかと疑問に思うかもしれないが、本人と母親には心当たりがあった。


「グウェン様。貴方の魔術の才が王妃の耳に届いてしまったのです」


グウェンの魔術の伸び幅は、はっきり言って異常だった。家庭教師である魔術師も驚きを隠せず、二年も経つ頃には教えることがもう思いつかないと口にするほどに、グウェンの才能には目を見張る輝きがあった。


その上グウェンは努力家だった。新しい魔術を覚えれば、母はすごいすごいと褒めてくれた。それだけでグウェンはなんでもできたし、自分が誇らしく思えた。


そんな尊い思いがこんな形で使われることになるとは、夢にも思わなかった。さらに使者の男が言うには、それは表向きの理由なのではないかと語る。使者は王妃の指示に懐疑的だった。


グウェンが王の血を引くことはもちろん公にはされていない。箝口令は永久に敷かれている。王家との関係は完全に途絶えている。ただそれでも、グウェンが生きているという事実が心にわだかまりを生んでいた。


なら表向きは国のために力の限りを尽くせと言い張り、内心では、戦場での訃報(・・)を望んでいる。戦場で死はつきもの。魔王軍の侵攻を少しでも食い止められれば上々。最後には誰にも看取られず魔物に殺される────そんな王妃が望む未来を聞かされた時には、生きた心地がしなかった。


「代わりにグウェン様が出向くことを条件に、ララ様の生活の支援を約束するとも仰っていました。さらにこれは王権令であり…………背くことは許されないと」


親の生活維持を餌にし邪魔者を秘密裏に排除する。そんな馬鹿げたことを受け入れることなどできなかった。


「そ、そんな…………私のことはいいんです! そんなことより、グウェンをそんな所に連れていくなんてできません!」

「わかっています。私もそんなことは望んでいません。ですからララ様、この国から去ってください」


使者も王妃の命令とはいえ、年端も行かぬ少女を戦争の死地に送り込むことには反対だった。だから提案を促した。二人の死を偽造し、どこか遠くの小国にでも逃がすことを。またゼロからの生活を始めなければならないが、愛娘の命を守れることを知って母はすぐに承諾した。


「グウェン。一緒に逃げましょう。また新しい生活を始めましょう。私があなたを守るから」


「うん」…………と言いたかった。母とずっと一緒にいたかった。でもグウェンは、


「お母さん…………私行くよ」

「え? な、なんで?」

「私が行けば、お母さんは今よりも裕福な暮らしができるんでしょう? なら私行くよ。お母さんのために」

「何言ってるの! 私のことなんていいの! それにあの魔王軍と戦うことの過酷さが理解できていないわ! 死んじゃうかもしれないのよ!」

「大丈夫。心配いらないよ。私、自分がすごいの自覚してるし。もしかしたら魔王なんて簡単に倒しちゃうかもよ? それに私が魔術を習いたいって思ったのは、全部お母さんのためなんだから。私、お母さんのためならなんでもできるんだよ」

「グウェン…………私はそんな…………私は…………」

「お母さん。私を育ててくれてありがとう。これから沢山、恩返しするね」


グウェンの気持ちは揺らがなかった。その覚悟は鋼の如く、まだ二十年も生きていない少女が背負うには重すぎる物だった。



         ────



死ぬ気も倒れるつもりもなかった。生きてまたお母さんと再会する。そんな希望が持てたから、今日(・・)まで戦えてこれた。


「貴方は強いですね」


こいつ(・・・)だって踏み倒して、また明日を生きるって思ってた。


「私では斬れそうにない。だから消えてください(・・・・・・・)


首を跳ね飛ばそうとしたのに、突然目の前に黒い穴(・・・)が出現して────



「さようなら」




意識が真っ暗になった。




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