対等
「お、おわっ! ちょちょ待って待って!」
なんか炎が上がって爆発が起きたと思ったら、グウェンの体が空中に放り出された。グウェンの体はだらんと力が抜けていて、自力で着地をできる状態じゃないと一目でわかった。
「よし、よっと! ふぅ、ギリギリセーフ」
「ハ……ハルキ……?」
なんとかグウェンの体を両腕でキャッチすることができた。重いという言葉は決して使わない。女性には禁句だと桜楽に教えてもらっているからな。
「なん……で……」
「やべえな。こんなになるまで戦ってくれたんだな。後は俺に任せろ」
「どうして……戻って来たの?」
「大丈夫だ。桜楽は逃した」
「全然大丈夫じゃない! 早く私を捨てて逃げて! 今ならまだ間に合う!」
「だってお前死ぬだろ!」
ぶつけたのは怒りだ。でも瞳で訴えかけたのは恐れだった。
「俺たち助けるために死のうとしてる! 俺はグウェンは強いって、絶対なんとかしてくれるって思い込んでた! でもお前が弱ってるのを思い出して、勝てないんじゃないかって思った! 来たらそら見ろ! 戻って正解だったな!」
「仕方ないの……助けるためには私が身を削るしかないの。無関係なハルキに……迷惑はかけられない」
「……グウェンは優しすぎだ。自己犠牲にも限度があるってんもんだ」
「えぇ?」
「この場だけじゃない。お母さんのことも。守る執念が強いって思ってた。私が絶対守る、あなたのためならなんでもできるとか、漫画の中の強いキャラがよく言うんだ。でもそういう奴に限って、守る対象に自分が含まれてない。なんでもかんでも自分で背負い込んで駄目になる。疲れた自分の顔を鏡で見ないんだよ」
もし今鏡があったなら、グウェンに自分の顔を自分で見てもらいたい。今のそのボロボロな姿は、魔物を何千体も葬ってきた魔術師なんかじゃなくて、どこにでもいるただの女の子なんだと気づいてほしい。
「なあグウェン。違ってたら聞き流してくれ。本当はさ……元の世界に帰りたくないのか?」
「……どうして?」
切ない吐息の問いは、Yesと言っているような物だった。
「帰ったら訊こうと思ってた。俺鈍感でさ。桜楽に言われるまで思いつかなかった。簡単だった。そりゃ嫌だよな。自分が死ぬかもしれない場所でさ、魔術で魔物ぶっ飛ばし続けるなんて。気が狂うよそりゃ。誰かのためなんて言っても限界はある。それも俺と同い年くらいの女の子が? あり得ない。戦争なんて馬鹿だ。おかしい。こんなのおかしいだろ。グウェンはやめていいんだよ…………て、軽々しく言う権利は俺にはない。だって……俺は何も知らない。見てすらもない。今日まで知り合っても、多分俺はグウェンのことを理解できてない。ただ好きな物押し付けてた……ただのクソガキだったんだろうな……」
視界が滲んできた。なんで泣こうとしてるんだ俺は。そういう場面じゃない。俺が泣くのはお門違いだ。まだグウェンに伝えたいことがある。
「初めて言われた」
「何が?」
「やめていいなんて。いや……違う。そうだ。お母さんは言ってくれてた。私と一緒に逃げようって。でも私は路頭に迷わせたくなくて……私1人が頑張れば良いって……ずっと……ずっとずっと私……私は……っ!」
グウェンの2つの瞳から涙が溢れる。映画の中のヒロインが終盤で見せるような、年相応の女の子のそれだった。桜楽の泣き顔だって見たことなかったから、女子が涙で綺麗な顔を濡らすのを見るのはこれが初めてだった。
映像で見る物とはまるで違った。なんでこんなにも切なくて儚く見えるのか。死なせてはならない意志がより強くなった。
「言ってくれる人が周りにいなかったんだよ。それか言葉に気づかないほど視界が狭まってたか」
「逃げたいなんて思っちゃ駄目だと思ってた。だってお母さんを裏切ることになるから。お母さんが私を守ってくれてた分……私が親孝行しなきゃって」
「こっちの世界じゃ、親より長く生きることが何よりの親孝行って言葉がある。あー自分で言うと恥ずいな。とにかく俺が言いたいことは、グウェンに死んでほしくない。お前の守りたい気持ちも覚悟も本物なのはわかってる。でも死ぬのは駄目だ。頼むから……俺は……俺はもう……見たくないんだよ……っ!!」
【あなたが死ねば良かったのに!】
苦く動悸が激しくなる言葉と景色が脳裏に浮かぶ。最近は思い出すことはなくなった。忘れてはならないことなのはわかってる。
俺は人殺しだ。あんな言葉を吐かれるのは当然で、罪は背負って生きていかなければならない。でも日常から少しでも遠ざけないとまともに生活ができなかった。頭の中は変になるし、胃の中が空っぽになるまでゲロを吐いた。
死なせてしまった出来事は、俺の心に一生の傷を残した。立ち直るのにも時間がかかった。だから俺はずっと願ってた。もし……過去に戻れるなら、絶対に助ける。目を離さない。もう手遅れだけど、ずっとずっと願い続けてた。
「ハルキ……泣いてる?」
グウェンからの言葉で自分の頬を触ると、生暖かい涙液が指先についた。泣くつもりなんてなかったんだけどな。
「なんでハルキが泣く?」
「さあ、わかんね……わかんねえなあ……」
「あのさー?」
語気が荒くなった呼びかけが鼓膜を揺さぶる。眼前に広がる黒煙の壁から半裸の男が現れた。
「やられてないかそりゃ」
「あーあもぉ、萎えちゃったじゃん」
「一生萎えてろ外道」
「ねえ君、馬鹿なの? ええっと、なな、なんで戻って来たの?」
「女子1人置いて逃げるとか、映画の主人公だったら世間から大炎上してるわ」
「えんじょう? よ、よくわかんないけど、こっちの世界の人間も頭が悪いみたいだ」
「死なせたくないだけだ」
「君の方が先に死ぬよ」
肌がひりついた。この短時間でまるで人が変わったみたいに男の存在が異なって見えた。さっき蹴られた腹の痛みが蘇る錯覚に陥る。強気に返しては見たけど、拳を握り続けていないと怖さで膝から崩れ落ちそうだった。こいつから見た俺は蟻以下の存在でしかないんだと、つまらなそうな視線を見ればわかる。
「そ、その子はボロボロだけど、君よりはまだ力がある。戻ってくるなら、自分に立ち向かえる自信と実力を持たなくちゃ。今の君は助けに来たんじゃなくて、自分にまた腹を蹴られにきた部外者だよ」
「……わかってるよ」
「いっはは、わ、わかってる人間はわざわざこの場にいないんだよ。やっぱり頭が悪いみたいだ。せ、せめて魔術師にでもなったら、腹を殴られずに済むかも」
全く俺のことなど意に介していない。見下すことすら当たり前になっている。でも言ってることが全て事実だから何も言えない。
俺みたいな弱者が死なせたくないなんて言葉をかけたって、ただのお節介でしかない。俺には安心させる説得力がない。力のある奴が言うから説得力は生まれる。俺の言葉に説得力を持たせるには────
「俺が相手になってやる」
「は?」
「グウェンのターンは終わりだ。俺がお前をぶっ倒してやる!」
自分が口にした宣言を現実にする。これが1番手っ取り早い方法だろう。俺の勇気ある宣言は、1人の嘲笑と1人の驚愕が第一印象だった。
「馬鹿じゃなくてイカれてる」
「俺は至って正常だ」
「ハルキ! 一体何を考えてる!?」
「言った通りだ。死なせたくないなんて口だけ男のままで終わる気はねえ。グウェンに言葉向けられる対等な存在になるためにはこれしかない」
「馬鹿を言うな! 死ぬぞ!」
「うるせえ俺は死なない!」
「自棄になってるでしょ! 魔術もなしであいつに立ち向かえるはすがない!」
「いや、ある」
「え?」
「魔術ならある」
俺の一言に最初に反応を示したのは、意外にも名無しの傭兵だった。
「え、君、魔術使えるの?」
「ああ、使えるぜ。お前の魔術なんて比にならない、全盛期のグウェンだって目じゃないくらいのやばい魔術をな!」
「へー面白そう。いいよ。1分待ってあげる」
俺を小馬鹿にするように丁寧に数字を数え始めた。俺を面白がって遊んでやがる。いいさ好都合だ。
「ハルキ……嘘だろ?」
名無しの傭兵に聞こえないようにするためか、グウェンが囁き声で俺に問うた。俺は自信満々に答える。
「もちろん嘘だ」
「なんでそんな自信満々なんだ!? 本当に頭が壊れたの!?」
「壊れてない。でも後1分後には肉体が壊れる。だから一か八かを試すんだよ」
「試すって、何を?」
「今のグウェンじゃあいつに勝てない。さっきの爆発が振り絞り終わったやつなんだろ。見てればわかる。でもって俺は論外。戦う相手とすら見られちゃいない。最悪極まれりな状況。でも、俺ならこのクソ展開を打破できる可能性が1%はある」
「それは?」
「今の俺は魔術が使えない嘘つき野郎だろ? なら嘘を本当にしちまえば良い。俺が魔術師になれば良い」
俺が一縷の希望を差し出した時、あいつが15秒を数え終わるのとグウェンの小さいながらも困惑した声を耳にしたのが同時だった。
「どうしてそんな結論になる?」
「俺があいつを倒すにはそれしかないだろ」
「ハルキは魔力を持ってない」
「今はな。俺は宝箱を持ってるだけの状態。開けるには鍵が必要になる」
「……まさか……っ!」
「グウェン。俺に鍵をくれよ」
「そんなの無茶よ!」
きっと今、俺とグウェンの頭の中には過去の会話の内容が再生されている。あって間もない頃の部屋での会話だ。
【魔力を鍵に例えると、魔術は宝箱の中身。鍵がないと箱の中身は見れないの】
【あ、でも例えばさ──────】
魔力のない奴はそもそも魔術を扱う権利すらない。でも簡単な話、魔力があればいいんだ。でも魔力という鍵を求める俺をグウェンは拒絶した。
「言ったでしょ。この世界の人間には魔力がない。人体の構造は私と特に違いはないはずだけど、それでも魔力という異物を手に入れたら、人体にどんな影響を及ぼすかわからない。もし万が一のことがあったら……っ!」
「箱の中身がわからないのがネックか」
ドラクエだったら中身を調べる呪文があるのに。でも残念ながらここはゲームの中じゃない。30秒が経過した。
「でも当たりだったら全部解決できるぞ。あいつ倒して俺もスーパーパワー手に入れて。おお、そしたら俺はヒーローか? やったね」
「死ぬ可能性もあるよ」
「やらなきゃ絶対死ぬだろこれ」
40秒を超えた。このまま待つだけならあいつの魔術に殺される。そんなの御免だ。まだ観たい映画が山ほどある。アニメも漫画も。高校だって入ったばっかだ。桜楽とまだまだ行きたい所もやりたい事もたくさんある。
それにグウェンのことだって、俺は諦めたくない。
「なあグウェン。頼むよ。俺に助けさせてくれ。もう何もできないのは嫌なんだ」
「……後悔しない?」
「それはもう随分前にしたよ。でも、今日は違う」
気づけば1分が経っていた。
「はい、時間切れ」
名無しの傭兵の足元や背後から、植物の根とか葉とか木の枝とかの色々な物が無尽蔵に生み出されてきて、気づいたら奴の頭上に一塊になっていた。
あれが何なのかさっぱりわかんねえけど、ヤバい攻撃が来る予兆は感じ取れた。
「……盾が欲しいな」
心の声が漏れ出ていた。剣とか斧とかの攻撃武器よりも今は、自分の身と周りを守れる盾が欲しい。キャプテンアメリカの盾みたいなすごいやつを。まずは攻撃を防げなきゃ、グウェンを守れなきゃ、何も始められない。
助けられる人がいるから、助ける奴はヒーローになれる。俺にできるかな────
「バイバイ」
死のお別れと同時に、俺の右手が握られた。少し冷たくて、少し暖かい、優しい女の子の手だった。
「ヒーローになって」
絶望と希望が交差して、俺は──




