恩人
春喜の悪い予感は、早くもグウェンの戦闘に表れていた。
「ああああああああああああああああああ!!!」
「でかい声だしても、ま、魔力は回復しないよ!?」
まるで樹海が狂気に悶えているような光景だった。植物の根、茎、葉が無尽蔵に折り重なり合い、時には巨大な槍に、時には散弾銃のような乱撃をグウェンにお見舞いしている。周囲の店を見境なく巻き込み、内部はギャングの抗争でも起きているかのような惨劇と化していた。
「はあああああああああああああ!!」
グウェンは雄叫びを上げながら荒ぶる魔力で魔術を行使する。氷雪で迫り来る猛威を凍らせ、疾風の真空の刃で幹の打撃を切り裂き、稲妻の雷撃が槍の雨の如き加虐を薙ぎ払い、地獄の業火の威力を持つ燃火が根元に至るまで焼却する。
あらゆる魔術を使いこなすグウェンの姿はまるで鬼神。まさしくグウェンは優秀な魔術師であると同時に、まぎれもない強者。なはずなのに、グウェンの表情は険しいものだった。
「クソッ!」
凍らせても、切り伏せても、燃やしても、名無しの傭兵の攻撃は続く。ひっきりなしに襲い掛かる樹木の触手を、今度は陽光の浄化で一度に光の彼方に消し去った。その光の陰に隠れて男は刃を振るう。
「えはっ」
「なんの……っ!」
ギィイインッ!!
男の右腕の上から形成された野太刀並みの長さを持った悪刃が、咄嗟に生み出した陽光の光剣と激しいぶつかる。グウェンは力を1秒でも緩めたら、身体がバラバラに砕け散ってしまう未来を一撃で思い知らされた。
「ぐっ……うううぅ……っ!」
「は、はは、うっははははは! あ、足が竦んでるよ? だ、大丈夫?」
「だ……まれ」
「本当なんだね。弱ってる話」
左右からの荊の刺突攻撃を間一髪後ろに飛んで躱す。息つく間もない攻防に歯を軋ませるが、それでもグウェンは眼前にある脅威から目を逸さず魔力を脳に集めていた。
(厄介……植物の攻撃と右腕の刃。樹木の魔術技量が異様に高い。それだけならまだ良かったのに、攻撃の一つひとつに毒害を混ぜてる。掠れば一瞬で死ぬかもしれない樹木と毒害の魔術結合。おまけに……)
グウェンは自身の震える両手を直視する。
(体が痺れてうまく立ち回れない。毒害の粒子を霧状にして、生やした木々や植物から放ってる……強い。ジンが遣わしただけの実力はある。こいつは魔術師として熟練者。劣勢なのは私で間違いない……でも……本当なら私が……っ!)
グウェンは過去の自分を嘆いた。そんな心中を嘲笑うかのように、名無しの傭兵は口元を歪ませる。
「き、傷ついてるんだよね? 脳」
「……」
「いはっ、怖い目。ジン様が言ってたよ、危なかったって。だからこの世界に飛ばした。ダメージ付きでね。幹部様に、こ、ここまで言わせるなんて、ほほ、本当にすごいよ。自分はき、君のことを、よく知らないけど、すごいのは真実みたいだ。う、噂じゃ君、『魔帝』なんて呼ばれてるみたいだし」
「うるさい」
「その大層な名前の威厳を、今の君からはまるで感じない」
グウェンは気配察知で男の背後に蠢く植物共を感知。2秒も待たずグウェンを串刺しにしようと百を超える触手が迫り来る。さっきよりも攻撃の速度が上がっていた。
「自分のこ、攻撃を、辛うじて防いではいるけど、それだけだ。決定打がない。そ、それもそうだよね。使っているのは全部、中位魔術までだけ。君は上位魔術を網羅してるんだって? じじ、自分はきっと、万全の、き、君になら、一撃や二撃で命を容易く屠られる。は、ははっ! やっぱり自分は運が良いなあ!?」
純水で形成した防御壁で耐え凌ぎながら心の中で嘆く。図星だからこそ、男の余裕に悔しさを覚える。万全の状態ならこのイカれた男を倒せる確固たる自信があった。これは慢心などではなかった。
事実、グウェンは戦争で多くの魔物、この男と同じ謀反奴を何匹も何人も返り討ちにしてきた。その中には男より強く凶悪な魔物も魔術師だっていた。グウェンが持つ自信は、過去の自分の功績から導き出した合理的な物。
傷を負っていなければ、こんな劣勢を強いられることなんてない。十分な魔力があれば毒の霧なんて打ち消すこともできる。魔力枯渇を恐れ半端な魔術しか出すこともないのに、グウェンは過去の自分を呪ってやりたいとさえ思っていた。
「でも……それだけじゃない」
「何がだ……っ!」
「君が弱い理由だよ」
右腕の凶刃による薙ぎ払い。燃火で炎上網を展開するが、突き抜けてきた荊の斬撃を肩に喰らってしまい、グウェンは全身の力が抜けていくのを感じた。
「しまっ……!」
「魔術の使い方が変だ。自分の防御に一辺倒じゃない……ま、まさかとは思うけど、周りのこと気にしてる?」
「……」
「呆れた」
グウェンの眼差しを見て男は失笑した。
「ば、馬鹿なの? 自分のい、命より、ただの石や鉄でできた塊の方が大事なの? ど、どうやら、『魔帝』と言っても、頭の方はまだ幼いらしいね」
「……考えたことはある?」
「ん?」
「お前が……魔王軍が都市や村を破壊した後、途方に暮れてる人々の顔を。人の命は助かってもそれで終わりじゃないんだ。生きるための生活がある。住む家がなければ、お金を稼ぐ場所がなければ、生き残ったとしてもすぐに死ぬ。考えたことなんてないでしょ? 破壊しか頭にないお前らにその絶望さが!?」
「ないよ」
名無しの傭兵はつまらなそうに答える。
「自分さえ良ければ良いんだよ。言ったでしょ? 他人のことなんて、か、考える方がおかしいんだ。て言うか、ここは元の世界とは違う。お、同じにするなよ」
「だから何もわかってないんだ」
刹那、空気に衝撃が走る。名無しの傭兵も感じ取った。原因はグウェンだとすぐにわかる。グウェンの全身が青白く発光し、雷模様が体のあちこちから漏れ出している。
(陽光と稲妻の魔術結合────雷輝石火)
グウェンは賭けに出る。残り魔力も少なく攻撃を喰らい、いつ体が言うことを聞かなくなるかわからない。だから一撃必殺で決める。上位魔術を使えないグウェンだが、魔術は単発で行使するだけではない。
複数の魔術を組み合わせて行う技術──魔術結合。光の速さと雷霆の如く威力を持った、今のグウェンが出し切れる渾身の一撃をぶつける。グウェンが勝つための活路はこれしかなかった。
「この世界は平和なの。だから壊すな、乱すな。私たちのような部外者が、別の世界にまで私情を持ってくるなんてことは、あっちゃいけないんだよ!!」
グウェンは疾駆した。その速度は自身の影を置き去りにするほど。走跡には雷が迸り火花が舞う。幻影が幾重にも散らばり現像がどれなのか区別がつかない。限界までスピードを速め打ち込む。グウェンは初めて名無しの傭兵の顔が崩れるのを見た。
「勝負に出たね」
「お前を倒してこの世界を出ていく! これ以上迷惑はかけさせない!」
「だ、大分入れ込んでいるんだね、彼らに」
「あ?」
「さっきの彼らだよ。自分を行かせないように攻撃を誘導してた。何? 彼のこと好きなの?」
「なんでも安易に恋愛展開に持ってのは良くないって言ってたぞ!」
「何の話?」
どんどん加速していく。ただの魔術結合ではここまでの芸当はできない。たとえ制限をかけられようとも、これはグウェンの魔術による才能の表れであった。
「に、にしても入れ込みすぎだと思う。大した時間経ってないでしょ? 自分を犠牲にしてまで助けるほどの価値が、彼らにあるとでも?」
「映画を知ってるか?」
「は? えいが?」
「あれは素晴らしいぞ。心が洗われる。お前のような下衆でも、一度見てほしいと思いたくなる娯楽だ。アニメという物も見てみたい」
「どうやら洗脳されてるみたいだ」
「ハマってると言ってほしい。彼は恩人だ。久しぶりに光に出会えた。昔のように……何かを楽しむことができた」
会話はそこで終わった。準備は整った。
(終わらせる!)
漲る稲光が炸裂する────




